対【破壊竜】
「決まった、か?」
【雷一閃】を放った後、俺は誰に問うでもなく言葉を漏らす。
実際のところ、命中させた自信はある。だが、相手は純血の竜、神代の生き残りだ。決めたとて、倒せているとは思えない。だからこそ、次善の策は講じてはあるが。
「全く、予想外にも程がある。雷神の肉を食った者がいるのはともかく、その者がここまで神性の使い方を心得ているとは」
やはり、生きているか。土煙が去った後、易易と立ち上がるそれを見て、俺は少しの恐怖と共に思う。
「名を聞こう、若き神よ」
「ブロンズ、ブロンズ・アドヴァルト」
そう聞いたデスペラードの声音は、思ったよりも好意的な色を感じた。
交渉の余地は、あるか?彼が主犯ではなく雇われなどの協力者であれば、落とし所はあるはずだが。
「こちらも一つ―」
「その姓、聞き覚えがあるな。はて、どこだったか」
俺の言葉は遮られ、竜は思案に耽り始めた。交渉など、考えるべきではなかったかもしれない。相手は竜だ。かつての大陸の覇者であり、【死竜】による殺戮が開始する以前には、神代の神共や七英雄たちと互角に渡り合ったそれは、現代を生きる神以上に、理屈の通じない生き物だ。
答えを見つけ出したのだろう竜は、目を見開き言った。
「…雷に魅入られし、一族。ルドロペインめ、余を謀ったか」
苛立ちを隠さず、竜は吐き捨てた。
「気が変わった。【影】や大市など後回しだ、貴様の格を計るのが最重要だ!」
言い捨てた奴は、全身から光線を掃射した。背から、尾から放たれたそれらは、速度こそそれほどではないものの、とんでもない物量を持って俺の周囲に降り注ぐ。
(だが)
雷速なら、回避出来る。次から次へ降り注ぐ光線の、僅かな隙間を縫うように、
上手く回避できている。はずなのに、何故か、途方もない焦燥感がある。何か、間違えているかのような。その答えは直ぐに理解することになった。
「予想通りだ。生憎な」
最後、俺が回避し続けた先に待っていたのは、デスペラードの口腔から放たれる光線の、射程内。
「…成る程、影が守ったか」
スキアーさんから借り受けた影が守ってくれたことで、何とか事なきを得る。だが、これはもう使えない。本命を当てるために、戦術を練り直さなきゃならない。
しかし、強いな。本命の口腔からの光線を命中させるための、全身からの光線掃射。戦術としてはシンプルなものだが、あの威力、物量ならば掃射だけで十二分に必殺級だ。あれを、殆ど無尽蔵に放ってくると思うと、改めて竜という種族の恐ろしさを思い知る。
考えた末に俺は、【雷纏】を解除した。何も、自棄になった訳じゃない。こちらの方が勝算があるだけの話だ。
【雷纏】は確かに強いが短期決戦を狙うのでなければ、俺の魔力量を考えると、常時纏い続けるのは得策じゃない。それに、剣技の一部に強制的に雷が絡み、大技になりやすい。師匠の剣技の方が小回りが利くし、扱いやすい。
「飛刃連斬!」
早速俺は、上段に構え、切り下ろし、切り上げ、両の動作を幾度も繰り返し、その全てで刃を飛ばした。威力は【雷一閃】には及ばないが、奴の外皮を削り取る程度の威力はある。
「む…」
飛刃を受け続けたデスペラードは、厄介そうに顔を歪めた。それと同時に口を閉じる。
大市に向けて放った光線にある程度の間隔があったことから予想はしていたが、やはり、口腔からの光線にはある程度の溜めが必要らしい。ダメージとしては微々たるものだが、奴の必殺技を封じるには充分だ。
「成る程、実に的確な戦法だ。これでは貴様に狙い定めて光線を放つのは難しいだろう」
感心したように、奴は言った。
「だが、余の得手は光線だけではない」
瞬間、突撃。デスペラードが、俺に向けて、突進してきた。凄まじい速度!竜の身体能力から放たれるそれは、雷を纏っていない俺では回避出来ない。
「ぐ、おおおおお!」
突撃を受けた俺は軽々と吹き飛ばされ、全身を木に打ち付けられる。
全身に凄まじいほどの痛みが奔る。それでも、吐血しながら、俺は立ち上がった。咄嗟の【迂遠】で威力を和らげたから、何とか致命傷には至らなかった。だが、思ったよりもダメージが深い、光線以外もここまでの威力なら、【破壊竜】と呼ばれるのもうなずける。
「中々器用ではあったが、存外脆かったな。雷を纏い続けていたらまだ善戦できたものを」
既に勝負が決まったかのように言いのける奴に、俺は可笑しくなる。
確かに、予想外ではあった。それどころか、予想外のことばかりだ。奴がどうやら俺に興味を持ったのも予想外だし、全身から光線を放ってくるとも思っていなかったし、光線さえ封じてしまえば大傷は避けられると思ってたのに満身創痍だ。
悪いが、それでも現状は、俺の予想の内だ。
「操血、【泥沼】」
影を脱ぎ捨てた柚子が現れ、俺が吐いた血液で泥沼を作り上げた。デスペラードの、丁度足元に。
「…【影】の仕業か!」
片足を飲み込まれてから事態に気づいたデスペラードは、直ぐに柚子の存在を察知できなかった理由を悟る。
スキアーさんの分体を借り受け、柚子には姿を隠してもらっていた。俺一人の力じゃ勝てないことくらい分かっている。だから、使えるものは全部使う。全力で、そして全開で、全ての力を持ってして、絶対にデスペラードを倒す。それで、良い。
「なら、まずは貴様だ!」
デスペラードは満身創痍の俺を放っておき、泥沼を作り出している柚子に向けて、光線を放った。俺に魔力をつぎ込んでくれた柚子には、それほど魔力は残っていない。このままではまずい状況。だが、光線の対策は残してある!
「渦巻!」
柚子に向けて放たれた光線に、タイミングを合わせ剣を回し、その光線を絡み取り、そのまま打ち返す。光線はそのまま、デスペラードに直撃し、奴は苦痛からか、或いは怒りからか、咆哮を上げた。
「今だマリア!」
そのまま、怒りに身を任せてろ。このまま一気に、決着をつけてやる!
「任せてよ、準備はもう済んでるから」
両の手に膨大な魔力を抱えながら、マリアは頼もしく言った。二重魔法、膨大な魔力を有するマリアだからこそ出来るとっておき。
「【広範熱爆破】!」
まず一撃。デスペラードに向かっていった、泡のような柔い玉は、弾けると同時に極大の爆発を起こした。
「重ねて、【竜雷】!」
「紛い物に何が出来る!」
そして二発目、マリアは竜の様な姿を模した雷を放った。デスペラードはそんな雷をあざ笑い、光線で迎え撃とうとした。
しかし、その光線は無意味だ。何故なら、マリアが放った魔法はデスペラードを素通りし、俺の下へと向かってきたから。
マリアは天才だ。こと炎と雷属性の大規模な魔法にかけては、覚醒者たちにも劣らない実力を持っている。それなりの溜めを必要とはするが、それこそ俺の【大雷光】にも比肩する程に。
だから、それをそのまま、俺が押し込む。マリアの魔法に、俺の精一杯の魔力を注ぎ込み、極大の、【大雷光】を放つ!
「【極大雷光】!」
俺の腕さえ焼き尽かせてしまいそうなほどに強大なそれは、地を焦がし、木を倒し、デスペラードを飲み込み、全てを破壊していった。