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one more day

「…よし、最終チェック完了」


 ユイと出会ってから、六年の時が過ぎた。あれから特待生で編入したユイは、些か学業に遅れこそあったが、それ以外はこれといった問題もなく、共に学園生活を送ることが出来た。ちなみに、この些か、というのは大分オブラートに包んだ表現であり、実際のところハイデルンやプラチナらと同じく、僕やゴーズの頭を悩ませる存在になっていたのは間違いない。サファイアは早々にさじを投げた。


「準備は出来ましたか?ギルくん」

「ああ、大丈夫」

 

 スフィア母さんが僕の部屋までやってきて、そう尋ねた。

 僕はこれから、サファイアと一緒にマギエに一年間留学する。ユイは僕らの頭を悩ませる一因ではあったが、それ以上に僕の頭を悩ませていたのが、この力の扱い方だ。

 正確に言えば、この魔力の使い方だ。いつまでも力で抑えるだけでは芸がない。これを有効活用したいと思ったのだ。


 覚醒者である、ルビー母さんやゲオルグ学長と何度も相談したが、結局これと言った解決法はなく、最終的には学長から留学を勧められた。餅は餅屋、雷には雷の覚醒者。学長の古い伝手、マギエの雷の覚醒者、【雷帝】イヴァン氏から習って来いと、つまりはそういうことだ。僕もそれに異論はない。


「それで、どうしたんだ、母さん」

「可愛い息子の巣立ちですから、最後に少しお話を、と思いまして」

「大げさだな」


 僕はそんな母さんの言い方にくすりと笑った。所詮は一年間の留学だ。短くはないが、巣立ちという程長くはないし、最後というには本当に大げさだ。一年後にはまた、ミクトに戻ってくるわけだし。


「冗談ではありません」


 だが、母さんは笑み一つ浮かべずに言う。


「ギルくんも知っているでしょう。今、この大陸には大きな危機が近づいていることを」

「…まあ、知ってるけど」


 確かに、特に神領内では戦乱が巻き起こっているという。その危険性を鑑みて、それまで続けられていた特待生の神領遠征は、フーラ姉の代から取りやめになっている。

 だが、そんなことは僕が子供の頃から変わっていない。アネリアの天使共もそうだ。結局誰も、世界は帰られちゃいない。


 僕の、そんな不服そうな表情から考えていることを読み取ったのか、母さんは首を振った。


「心して、聞いてください。必ず、変革は起こります。今の騒動は、前振りでしかない」


 母さんの、シリアスな物言いに僕は思わず後ずさる。

 正直、母さんの言うことを僕は信じ切れてはいない。僕にとってはどれもが他人事で、現実味が薄い。

 だが、母さんの言うことは信じられる。母さんは、屍体男(デッドマン)によって作られたアンドロイド。莫大な演算能力を有し、時には疑似的な未来視すら可能とする。そんな母さんの言葉は、僕の狭い視野なんかより、ずっと信憑性が高い。


「だから、これを送ります。これが最後にならないように」


 そう言って母さんが僕に、剣を手渡した。巨大な、今僕が持っている大剣よりも僅かに大きく、そして比べ物にならない程の力を感じる。


「これは?」

「父が遺していった、神聖宝具です。この期に及んで、倉庫で眠らせておくのも持ち腐れですからね。サファイアちゃんや皆にはもう渡しましたから、心配無用ですよ」


 道理で。今のだってユイから貰ったのと母さんが造ってくれたものだってのに、それ以上のパワーだもんな。


「ありがとう、母さん」

「私に出来ることはこれが最後です。絶対、何があっても、帰ってきてくださいね」

「約束するよ」


 僕はそう言って、頷いた。確証が持てる話ではないが、不安げな母さんを安心させてあげたい一心だった。それから、母さんは何とか、少しだけ笑ってくれた。


「そろそろ、下に行きましょうか。皆、集まってますよ」


 僕はその大剣を背負い、母さんと共に、一階へ向かった。



「来たね」

「や、見送りに来たよ」


 一階に下りてくると、母さんたちだけじゃなく、レグ先輩や幼馴染共が来てくれていた。


「なんだよ、皆港まで来てくれないのか?」

「寂しくて泣いてるお前を見たくないからな」

「抜かせ」


 ハイデルンの軽口に笑って、僕は小突いた。昔は同じくらいの背丈だったが、頭一個分、僕の方がデカくなってしまった。まあ、その分、この兄貴は剣技の方が怪物になったから、トントンだろう。何がトントンかは知らんが。


「ギルぅ、行くなよぉ。テスト期間、あたしは誰に頼ればいいんだぁ」

「…ゴーズ」

(僕はハイデルンで手一杯だから…)


 泣きつくプラチナ、助けを求める僕、ゴーズは目をそらした。最悪、通話しながら教えてやることはできるが、理解してるか不安でしょうがない。

 本当はプラチナもマギエにつれていきたいくらいだ。それが必要ないくらいに万能だから、行かないんだけど。


「よ」

「ヘルちゃ、ヘル」


 ヘルに呼ばれて、癖でちゃん付けしそうになって止めたから、余計恥ずかしい。


「なんだよ、呼んでくんねえの?昔はヘルちゃんヘルちゃん言ってて可愛かったのに」


 ああ、やっぱりからかわれた。にまにましながら言うヘルに、僕は多分顔が赤くなっている。


「そんな恥ずかしがんなって。プラチナぁ、ちょっと来て!」

「姉ちゃん何?」

「もうちょい、近く」


 何故か、ヘルはプラチナを近くまで寄せて、ついでに僕も近くに寄せた。何?言えない話?こんな皆の前で?

 そして、ヘルは俺とプラチナの背を押した。そして、僕と、プラチナの唇が、触れ合った。


「わーお」


 珍しくレグ先輩が驚いた顔をしてる。というか、全員目を丸くしてる。当然だ、何考えてんだ。


「…え?」


 それを僕が言葉にしなかったのは、プラチナの真っ赤な顔から視線を逸らせなかったからだ。目を潤ませて、何が起きたのか理解できていない様子の彼女は、そんな、珍しい、か細い声を上げた。


「…ねえ、プラチナ。大丈夫?」

「…ぎる?」


 僕が尋ねると、呆けた様に彼女は言った。僕がプラチナの肩に触れようとすると、彼女は咄嗟にそれを振り払って、それからぞっとした表情をして、また顔を真っ赤にして。


「ご、ごめん!」


 家から出て行ってしまった。


「…ヘルガー?」

(説教)

「ちょっと待って!あたしはあたしなりの気遣いでさ―」


 その間に、ヘルはフーラ姉とゴーズに連れ去られていった。


「ギル、追いかけた方がいいんじゃない?」

「…ごめん、僕も余裕ない」

「…へたれ」

 

 何とでも言え。あんなプラチナを見たのは生まれて初めてだ。こっちだって、頭ぐちゃぐちゃになってんだよ。


「さっきプラチナちゃんが走っていったけど、何かあったの?」

「あー、何だ?余計な茶々入れ?」


 車に荷物を詰めていたらしいユイが戻ってきて皆に聞いたが、返ってきたのはオブラートに包んだせいで良く分からなくなったハイデルンの返答のみ。


「成程、それはショックだったろうね」


 ただユイは心が読めるのであんまり関係ない。プラチナの心が読めなかったのは、それだけあいつが狼狽してたんだろう。


「ギルは案外冷静だね?」

「…生きてる限り、思考するってだけだろ」


 冷静じゃなくて、思考を回して落ち着こうとしてるだけなんだよ。こいつも知ってるくせに、玉に場を混沌に持っていこうとするから手に負えねえ。


「おーい、そろそろ出るよぉ」


 そんなことを話してる間に、港まで運転してくれるウィルおじさんが僕たちを呼びに来た。

 その前に、プラチナとちゃんと話したかったが、時間的には、そろそろ出ないとまずい。


「ギルくん、プラチナちゃんはこっちでフォローしておきますから」

(あっちに着いたら連絡してあげて)


 フーラ姉とゴーズがそう言ってくれたので、僕は後ろ髪を引かれながらも、車に乗ることにした。

 大丈夫、時間は幾らだってある。僕は絶対、生きて帰ってくるから。どんな困難が訪れようが、ここに生きて戻ってくるから。


「それじゃあ、行ってきます」


 そんな決心を抱いて、僕は皆に別れの挨拶を告げた。



「師匠、危ねえ!」

「弟子!助かった!」


 神領、竜の墓場。息子の留学の日だと言うのに、俺はそこにいた。それだけ、ここの状況が悪いからだ。

 大市連合軍、というには余りに貧弱な人数ではあるが、対天使軍の小競り合いは、ここ十年程度、幾ばくかの小休止を挟みつつも、一向に終わりの兆しが見えない。

 

「バーンさん!」

「任せとけ、弟弟子」


 俺は兄弟子に向かって、声を上げた。彼の大技で一気に決める。


「焼き尽くせ!【覇王双刃】!」


 バーンさんの二本の大剣から、二つの炎刃が生まれ、そのまま直線上にいた無数の天使軍を焼き尽くした。


「…撤退だ!」


 その光景を見て、天使軍の指揮官、【戦う者】は撤退の指示を出し、天使と共に一瞬でその場から消え去った。


「かぁ、結局いつも通りかよ」

 

 バーンさんは、憤慨したようにそう言う。俺も同感だ。こんなことをもう何度も、数えきれないくらいやっている。毎回は参戦していない俺でさえ思うんだ。常にここで防衛線を張っている師匠たちは余計に、だろう。

 師匠の推測によれば、天の母胎(プレグナント)を利用して生産しているというあの天使兵共は、際限がない。防衛だけでは千日手だ。本当はアネリアに侵攻するべきなんだろうが、それが出来ない理由がある。


「…来ましたね」

「もう!休む暇もありませんわ!」


 ケルビスが察知して、カミーラさんが憤ったのは、新たな敵襲。レギオンの一部、軍団からのはぐれ者たち。はぐれ者とは言え、相当な数がいるし、本隊同様不死性を持つあれらには手を焼く。


「…例の魔獣軍団も来ましたよ」


 そして、敵は更に増える。薬師によって、狂暴化した魔獣たちだ。薬師本体こそ、ケルビスたちの手で討ち取られたが、未だに彼女の薬の影響下に置かれた魔獣は少なくない。


「それで?どうするよ、司令塔」

「何ですかその言い方…」


 明らかにからかうようなバーンさんの物言いに、俺はため息を吐きながらも、皆に指示を出す。


「ケルビス、カミーラさん、バーンさんはあっちの魔獣を、俺と師匠ではぐれのレギオンを消し飛ばします」

「了解」

「おっけーですわ!」


 お二人は素直に了承してくれて、師匠と兄弟子はにやにやとこちらを見てきた。だから嫌なんだ、上の人がいるのに指示するの。


「師匠、仕事は真面目にやってくださいよ」

「分かってるって」


 俺がたしなめると、師匠は笑いながらそう言った。


「ただ、嬉しくてね」


 しみじみと言う彼女に、どうやらからかっているだけじゃないことに、俺は気づく。


「…私と初めて会った時のこと、覚えているかい?」

「忘れるわけないでしょ」


 入学して、ルビーたちと色々あって、ナインハルト先輩とスフィアに絡まれて、それから、教授に紹介されて、あなたと出会った。

 本当に、あれから、俺の人生は変わった。他人に誇れるものができた。下ばかり向かなくても良くなった。あいつらと、真っすぐ関わりあえるようになった。


「師匠」


 俺は構えながら、彼女に話しかけた。


「俺は、あなたと出会えて、本当に良かった」

「…そうかい」


 そう言って、彼女は安心したように微笑んだ。



 ここで、彼のお話はお終い。ブロンズ・アドヴァルトだけのお話は、お終い。

 だけれど、彼が紡いだ糸は、この先も続いていく。彼自身がまた、物語を動かす日も来る。


「また、会おう」


 だから、さよならは言わないわ。エンドロールも流れない。それはこの先の、結末までお預け。

 この世界に終末が訪れる、その日まで。



 アネリア、首都。大聖堂と呼ばれる、天使たちの総本部。


「皆、集まったな」


 車いすの少女の銅像の前に集結する、天使と幾人の者がいた。天使たちは一様に、只今姿を現した、司る者に対して敬礼し、他の翼を持たない者たちは各々、千差万別の行動で彼を迎える。


「戦う者、戦況はどうだ」

「変わらないよ。いつもの通り、剣聖と剣豪に薙ぎ払われた」


 彼の問いに、戦う者は端的に答える。司る者は特にこれと言った驚きもない様子で、次の問いを投げかける。


「【識る者】、再誕の日(ラ・バース)までの猶予は」

「こちらも変わらない。半年、と言ったところだろうね」


 識る者の報告には幾ばくか感じることがあった様子で、司る者はピクリと、眉をひそめた。


「ならば」

「ああ、恐らく、彼女は既に目を覚ましている」

「やはり―!」


 その返答に、司る者は大きく目を見開き、狂気じみた笑い声を溢す。

 

「戦う者、侵攻を早めろ。【揺らぐ者】、【侵かす者】、【変わる者】の動員を許可する。とにかく、少しでも早く神共を蹂躙してやれ」

「分かった」

「そして、リール、カブン、サリエル。お前らも戦う者に同行しろ」


 そして、戦う者と七大天使の内、三名にそう命じた。


「では、下がれ」


 そう言い残して、司る者は真っ先にこの場を後にした。その様子はまるで、イベントが待ちきれない子供の様に、落ち着きがなかった。


「再誕の日は、すぐそこだ」


 司る者は、笑みをこぼしながらそう言った。



 動いているのは司る者だけじゃない。他の勢力もまた、各々の思惑で動き続けている。

 だけれど、そんな奴らの好きにはさせておかない。この大陸の秩序は僕が守り抜く。


 それが彼と交わした、たった一つの約束だから。



「精々、かき回してやろうじゃないか」


 グランドホルンは、両手を挙げ、同盟の神々を鼓舞するように。



「…ようやくだ」


 ルドロペインは、噛み締めるように。



「また、あの時みたいに、派手にかましてやろうぜ。大将」


 アギトは、眠っているカインの頭を撫でながら。



「約束は、果たすさ」


 レーヴェルナーノは、どこか遠くを、北の氷結庭園を眺めて。



「…嗚呼、そろそろ、ね」


 ラララカーンは、プレゼントを開けたばかりの子供の様に。



「La…」


 ラ・バースは、夢うつつのまま、僅かに、瞳を開けた。

以上で、第一部は完結となります。

今後はひとまず過去編である【影の英雄譚】を完結させ、ギルフォード編を書くつもりです。


最終回まで応援いただき、ありがとうございました。

願わくば、今後もお付き合いいただけることを祈っております。

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