表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/24

 9

      9.水曜日午後3時


 会見が終了したあとにも梶谷に連絡を入れてみたが、つながらない。

 さすがにおかしい……なにかがあったとしか思えなかった。

「……」

 不安をおぼえながらも、しかし次の行動が決められない。

 梶谷がどこにいるのかわからない以上、助けに向かうこともできない。梶谷は、トクマリゾートという会社のことを調べていた。

 ならば、そこに近づいてみるか……。

 手掛かりはないが、ネット検索をしただけで何者かが警告メールを送ってきた。ということは、もっと検索してやれば、むこうのほうからやって来るかもしれない。

 編集部にもどって実践しようかと考えたが、あそこのセキュリティーはあってないようなものだ。だったら、ここのほうがいいのではないか。

 ちょうど廊下のむこうから、中西が歩いてきた。

「あの!」

「どうしました、竹宮さん?」

「ここの警護は、しっかりしていますよね?」

 念のため確認しておいた。

「はい。万全を期しています」

「すみません、どこか部屋を貸してくれませんか?」

「どうぞ、好きなところをお使いください。なんでしたら、最上階の部屋でもいいですよ。代表も、竹宮さんなら許可してくれるはずです」

 たとえ歓迎してくれても、あそこでは落ち着かない。

 もう少し狭い部屋を(あの部屋はとんでもなく広すぎるので、正確に表現すれば、ずっと狭い部屋を)お願いした。

 とある部屋に案内してくれた。翔子にも覚えのある部屋だった。前回の懸賞金で、練馬一家殺人の犯人だと名乗り出た園田和人という男性をかくまった部屋だ。

 園田は、真犯人の服部幸弘になりすまして懸賞金を得ようと画策した。が、本物の服部幸弘に狙われることを心配して財団に助けを求めたのだ。

 そのときには本当に襲撃されてしまったが、それは園田が本部から外に出てしまったからだ。

 このなかにいれば、安全だろう。

 翔子はノートパソコンをもちこんで、トクマリゾートと西尾浩司という名前を検索しまくった。

 検索サイトも複数変えてみた。どういう仕掛けでワードを監視しているのか知らないが、編集部ではパソコンが特定されたわけだから、ここでもそれは同じだろう。

 問題は、パソコンだけでなく、この場所まで特定できるものなのか……。

 二時間ほどが経過した。

 いまのところ、あやしげなメールは届いていない。

 少し拍子抜けしたのだが、すぐにべつの考えが浮かんだ。メールのような、まわりくどい警告ではなく……。

 トントン!

 その音で、翔子は飛び上がりそうになった。

 ノックの音だ。

「だれですか!?」

 思わず鋭い声を放ってしまった。

「私です」

 中西の声だった。

「どうぞ」

「お茶をおもちしました」

「ありがとうございます……でも、そんな気づかいはしないでください」

「いえ。竹宮さんは、代表にとっても重要な方ですから」

「……」

 やはり特別あつかいされることは、気分のいいものだ。

「あの!」

 中西なら、肩入れしてくれる原因を知っているかもしれない。

「どうしましたか?」

「久我さんは……どうしてわたしを特別あつかいしてくれるんですか?」

 自分で口にして、とても恥ずかしかった。

「どうしてなのでしょう……私からお伝えすることは」

 知らない。もしくは、知ってはいるが、本人でないから語ることはできない──そういうことだろう。

「そうですか……」

「竹宮さんは、お好きなように行動してください。こちらへの気づかいは無用ですから」

 お茶をテーブルに置くと、中西は退室していった。

 それから一時間ほどその部屋で過ごしたが、なにもおこらないので、さすがにこもっているのがバカらしくなってきた。

 すでに外は暗くなっているだろう。

 翔子は、帰宅することにした。

 財団の前には、マスコミの人間はいなかった。

 会見の直後は立ち会えなかった記者たちもふくめて、まだ残っているものだが、今日はもう姿がない。追加の会見だったということもあるだろう。

 翔子は、夜道を歩いた。報道陣がいなくても、都心は交通量も多く、人通りも途切れない。

 が、なぜだか今夜は一人を強く感じてしまった。

「……」

 だれかにつけられてると思った。

 振り返っても、それらしい人物はいなかった。

 早足に切り替えた。

 ついてくる……ような気がする。

「だれ?」

 都心の歩道上なのに、この周囲だけには人の姿がなかった。車が通っているが、それすらいつもよりは少ない。そういうのも思い過ごしか?

「あ」

 肝心なことを忘れていた。久我が護衛をつけてくれたのだ。

 名前を呼びかけようとしたが、聞いていない。

「ボディガードさん、ですか?」

 やはり返事はない。

 これでだれもいなかったら、自分はただのヘンな人だ。

 仕方がないので、このまま歩くことを選んだ。

 駅について、ホームに入ったら緊張も解けた。まだ遅い時間ではないから、人の数は多い。

 電車がやって来た。

 そのときだった。

「え!?」

 ふわっと身体が浮き上がった。

 なにがおこったのか、理解できない。

 背中を押された!?

 このままでは!

 何十メートルも落下したようだった。

 警笛が耳を刺す。

「大丈夫ですか?」

 翔子は、地べたにへたり込んでいた。線路に落ちたのかと思ったが、ホーム上にいる。すれすれで落下をまぬがれたようだ。

 声をかけた男性は、翔子の知っている人物だった。あのボディガードだ。

 翔子は、差し出された手をにぎって立ち上がった。

 周囲を見回す。

「!」

 もう一人、知った顔があった。

 名前までは知らない。CC財団のオペレーターの女性だ。たしか、今回から採用されていたのではないだろうか?

 その女性は、翔子の顔を見ると逃げるように遠ざかっていった。

 瞬間的に、長山が話していたことを思い出した。財団の内部に公安が入り込んでいるかもしれない──。

 彼女は、公安のスパイ……。

 翔子は、ボディガードの腕を振り払って、彼女を追った。

 彼女は改札を抜けて、駅の外へ出た。後ろを気にしてはいるが、危険にあったばかりの翔子が尾行をするとは考慮していないのだろう。そこまで警戒はしていない。

 通りでタクシーをひろった。翔子もタクシーをつかまえて、それを追った。もしかすると、梶谷の行方を知っているかもしれない。

 タクシーは、官庁街へ向かっているようだった。やはり警視庁へ帰るのだろうか?

 しかし、その一帯で停車することはなかった。どうやら都心からは北上しているようだ。

 橋を越え、荒川区から足立区に入ったらしい。道路の名前は、『尾竹橋通り』と案内標識には書いてあった。

 いったい、どこへ……。

 大きな通りから左折して、さらに右折したら、車一台分しか通れないような路地に入った。

 しばらくしたら、タクシーは停まった。

「ここでいいです」

 翔子もタクシーを降りた。

 女性は、古びたアパートに入っていく。二階建てだ。

 翔子はアパートの周囲をうかがった。

「ん?」

 女性は二階の部屋に入っていったのだが、裏手からその部屋を確認してみたら、窓からあるものが見て取れた。

 望遠鏡のようなものだ。

 カーテンの隙間から、まちがいなくそれがのぞいている。

 すぐにあの部屋でなにがおこなわれているのか想像できた。

 監視だ。あの部屋で、どこかを監視している。やはり彼女は、そういう部署の人間なのだ。

 では、いったいどこを監視しているのだろう?

 翔子は、望遠鏡の向いている方角をたどることにした。当然、その場所は監視されているわけだから、うまく近づかないと翔子の姿もとらえられてしまう。

「あれかな?」

 アパートから50メートルほど離れたところに、この周辺では背の高い雑居ビルがある。といっても三階建てのようだが、ほかが平屋か二階建ての一戸建てが並んでいる地域だから、そこだけ目立っているのだ。

「ん?」

 そこで気がついた。

 周囲にある掲示板に「出ていけ!」と書かれた張り紙が貼ってあった。一箇所だけではない。

 どうやら、宗教団体の施設が近くにあるようだ。

 もしやと思い、そういう眼で雑居ビルを眺めてみると、異様なたたずまいであることがわかった。

 ビルへの入り口が見当たらない。窓にあたる部分もべニア板で塞がれているようだ。

 すると、このビルが……。

 新興宗教団体の監視も、公安の役目だ。

「……」

 翔子は、自身の性格を思い出していた。部屋にこもって、おびえながらネット検索をしている性分ではないはずだ。

 宗教団体のビルか、公安の監視部屋か、どちらかに突撃する。

「こっち」

 翔子は、踵を返した。

 自分の命を狙った相手だろうが、かまわない。翔子は、監視しているアパートへ向かった。

 扉の前に立つと、勢いそのままにノックした。インターフォンのようなものはついていない。

 応答はなかった。しかし、なかに人がいることは明白だ。扉に耳をあてて、なかの物音をさぐった。

 なにも聞こえないが、扉の向こうで息をひそめている……ような気がする。

 もう一度、ノック。

「すみませーん!」

 わざと大きめに呼びかけた。隠れて監視しているのなら、目立つのは避けたいと考えるだろう。

 静かに扉があいた。

 玄関で立っていたのは、男性だった。

「なんでしょうか……」

「わたしのこと、知ってるでしょう?」

 ためらわずに、翔子は切り出した。

「なんですか?」

 しかし男性は、翔子の顔を知らないようだった。とぼけているのではなく、本当に困惑しているような表情を浮かべている。

「あの、どんなご用なんですか?」

 男性は、早く閉めたいようだ。うしろめたいことをしているのは、まちがいない。

「あなたは、何者なんですか?」

 翔子はストレートに質問した。

「何者って……」

 男性は困っていた。

「窓から、どこかを監視してますよね?」

 周囲を気にするように、男性の眼が泳いだ。

 次の瞬間、男性の手がのびて、翔子の口を覆った。

「いいから入って!」

 身の危険を感じたが、強引にひっぱりこまれてみて、危害を加えようとしているわけでないことを感じとった。

「あなたは何者だ?」

 男性が非難するように声を放った。

「わたしは、こういう者です」

 翔子は名刺を渡した。

「雑誌記者?」

「そうです。竹宮翔子です!」

 男性は、名前に反応しなかった。顔だけでなく、名前にも覚えがないようだ。

「本当に、わたしのこと知らないんですか?」

「知りません」

「……あなた、公安なんですよね?」

 勇気をもって問いただした。さすがに言い当てられたからといって、凶行におよぶことはないだろう。

「取材ですか?」

「いえ、そういうわけじゃありません。部屋のなかに、女性がいますよね?」

「?」

「あなたたちの仲間でしょ?」

「仲間?」

「とぼけないでください! わたしは、その女性に命を狙われたんですよ!?」

「……それ、誤解です」

 男性は、ためらうような表情を浮かべていた。

「さっき、ここに来た女性を追ってきたんですか?」

「そうです! 彼女に会わせてもらいますよ!」

 翔子は玄関から室内に侵入した。

 家具などはなにも置かれていない。空いている部屋をつかって監視活動をしているのだ。

 部屋には、もう一人いた。が、それも男性だ。あの翔子を狙った女性の姿はない。

「このことは、絶対に掲載しないでください」

 あとを追ってきた最初の男性が言った。

「この方は?」

 なかにいた男性も、翔子の侵入に唖然としているようだった。どうやらこの二人は、翔子のことは知らないようだ。

 最初の男性が三十代で、奥にいたのが四十代ぐらいだろうか。どちらも役所の勤めの公務員風だ。

「わたしは、竹宮翔子といいます。あなたたちは、公安の人間なんですよね?」

 二人は、困惑した様子で顔を見合っていた。

「わたしはいま、CC財団の密着取材をしています」

「あの懸賞金の?」

「そうです」

 やはり、二人の反応は鈍い。

「どうして、ここがわかったんですか? 情報源がいるんですか?」

 どうやら、取材の一環でここへ突撃したと考えているようだ。

「いまさっき、ここに女性が来ましたよね?」

 二人は、再び顔を見合った。

「その女性をつけてきました」

「……」

「彼女はどこですか?」

「なにか誤解をしている」

 部屋の奥にいた男性が言った。

「われわれと、その女性は関係ありません」

「でも、ここに来ましたよね?」

「あなたと同じです」

「え?」

 なんのことだ?

「さっきの女性も、あなたのように押しかけてきたんです」

「……あなたたちは、公安なんですよね?」

「そうです」

 男性たちは、むしろあっさりと認めた。

「ですが、あなたの思っているほうじゃない」

「?」

「さっきの女性は、そうなんでしょう。われわれにも、そう名乗っていました」

「どういうことですか?」

「われわれは公安は公安でも、公安調査庁です」


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ