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      3.月曜日午後8時


 会見のあと、編集部にもどって原稿をまとめた。同僚たちは、いつものように小躍りしていた。

 会見での発言を大げさに称賛されるのは、いつになっても慣れることはない。居心地が悪かったので、残りの原稿は財団本部でやることにした。

 編集部へも、財団本部へも、「もどる」という表現になってしまう。どちらがホームグラウンドなのか、自分でもわからなくなってきそうだ。

 ビルの前で、長山と会った。警視庁へ向かうのか、そのまま帰宅するのかさだかでないが、顔が厳しく引き締まっている。とてもではないが、業務を終えたような安心感はなかった。

「竹宮さん、ちょうどよかった」

「どうしたんですか?」

 長山につれられて、すぐ近くにある公園に足を運んだ。夜八時を過ぎているから、ほかに人影はない。長山がよくこの公園にいるのを知っている。あとは、オペレーターの杉村遥が休憩時間につかっていることも。

「長山さん?」

「ちょっと、厄介なことになっているかもしれない」

「え?」

 長山は、さきほど脅迫するような電話がかかってきたことを口にした。

「捜査をされると都合の悪い人間がいるということですか?」

「そうなんですが……」

 どうにも歯切れが悪い。

「どうやら、警察のようなんです」

 予想外の展開だった。

「え?」

「盗聴なのか盗撮なのか……警察なら、仕掛けるのも簡単です」

 それも意外な発言だった。

「それって……違法ですよね?」

「当然です」

『犯罪捜査のための通信傍受に関する法律』、いわゆる通信傍受法というのがある。犯罪捜査のために盗聴を認めるための法律だ。

 警察だからといって、好きなように盗聴できるわけでは無論ない。組織犯罪をはじめ、適用できる捜査は限られている。が、そもそも捜査でないことに利用できるわけがない。

「長山さんも警察官ですよね……同じ警察官がいる空間を監視するなんて、意味なくないですか?」

「自分とは、ちがうタイプの警察なんでしょう」

 長山は、意味深長な表現をつかっていた。

「ちがうタイプ?」

「事件を捜査するだけが警察官ではありません」

 言っている意味がよくわからなかった。

「監視機器をためらわずに設置する部署は、一つしかありません」

 その言葉で、翔子にも思い当たる組織があった。

「もしかして……公安ですか?」

「それしかないでしょう」

 翔子も雑誌記者として、公安にまつわる記事を書いたことがある。ただしリアルなものではなく、都市伝説に近い噂話のたぐいだった。

 某事件の裏には、公安の暗躍があった──とか、出版社にも潜入していて、まずい記事が出そうになると妨害しているとか……。

 だから、翔子の頭のなかの「公安」は、スパイ映画の悪役そのものだった。

「なんでそんなことを……公安って、普通の事件には関与しないですよね?」

「そうですね。でもわからない……あそこは、とにかくわからない」

 長山のキャリアでも、動向をとらえるのは困難なようだ。

「以前、かかわった事件で接触したことがあるんですがね……」

 苦いものを思い出すように、長山は続けた。

「もしかして、例の誘拐事件ですか?」

「ええ、まあ……」

 長山が特命捜査対策室へ栄転するきっかけになったとされる事件だ。六年間未解決だった事件を終結させ、被害少女も無事に保護されている。

「竹宮さんも念のため、身辺には気をつけてください。公安といってもいろいろあるが、とても警察官と呼べない連中もいます」

「……どれぐらい危険なんですか?」

「なんとも言えません。公安がどのように、今回の件にからんでいるのかによります」

「今回の件って……どっちの事件ですか?」

 多摩蔵元毒殺事件か。

 港区会社経営者変死事件か。

「わかりません。電話をかけてきた男は、明言しませんでした」

 それすらも悟られたくないのだろう。

「久我さんは、知ってるんですよね?」

「……たぶん。どこまで知っているのかまではわかりませんが」

 それならば直接、たずねたほうが手っ取り早い。

「……」

 長山が、なにかを言いたそうにしていた。

「どうしたましたか?」

「あ、いや……久我さんに聞こうとしているようですが……」

「はい」

「いえ、なんでもないです」

「きっと、教えてくれないでしょうね」

 それを心配してのことだと考えた。

「ちがいますよ。私には答えてくれませんでしたが、竹宮さんになら……」

「え?」

「あ、忘れてください」

 長山は、口を滑らせたと言わんばかりに、公園の出口へ歩き出した。

「では、充分に気をつけてください」

 さきに失礼しますよ、と言い残して、長山は帰っていった。

 翔子は、本部ビルに入った。

 まずは、コールセンターに向かった。

 近づいただけで、電話の音が廊下まで響いていた。

 部屋には、久我や中西の姿はなかった。オペレーターの女性たち以外には、長山と入れ替わりで派遣されている特命捜査対策室の警察官がいるだけだった。すでにその刑事とも顔見知りなので、軽く会釈をしておいた。

 様子を見るかぎり、新たな動きはないようだ。電話は鳴り続いているから、ガセネタばかりのようだ。

 翔子は思わず、周囲を見回してしまった。

 本当に、盗聴器や盗撮カメラが仕掛けられているのだろうか?

「あなたは、ここのスタッフですか?」

 ふいに声をかけられた。

 語調がきつめだったので、翔子は少し驚いた。

「いえ、取材のものです」

 警備員の制服を着ている。一度も見たことのない顔だった。もしかしたら、久我が臨時に警備を増員したのかもしれない。

「入館証は、お持ちですか?」

「いえ、わたしは持っていません」

 翔子にかぎっては顔パスだから、そんな必要はこれまでなかった。

「この部屋は、関係者以外は立ち入り禁止になっているはずです」

 疑うような警備員の眼だった。

「その人は、大丈夫ですよ」

 長山と入れ替わりの刑事が、そうかばってくれた。そのために持ち場を離れている。

「久我代表から、許可を得ているはずです」

 本当ですか? という視線が翔子を射抜いた。

「本当です!」

「そうですか……失礼しました」

 警備員は、しぶしぶ謝罪をすると、室内をさらに見回ってから廊下へ出ていった。

「ありがとうございました」

 翔子は、特命捜査対策室の捜査員に礼を言った。名前はよく思い出せなかったので、そのことに罪悪感をおぼえてしまった。

「長山さんから引き継ぎのときに話を聞いています。ここの警備を強化したそうで」

 どうやら、どうして強化されたのかは聞いていないようだ。

「そうなんですか……」

 知らないふうをよそおった。そのほうが都合がいいと計算してのものだ。

「前回も、代表が襲撃されてますからね。竹宮さんも気をつけたほうがいいですよ」

「はい」

 曖昧に返事をして、翔子はその場を離れた。

 エレベーターで最上階へ。

 ワンフロアすべてが久我の部屋だった。無駄に広いから、何度来ても落ち着かない。みつけるにも、ひと苦労だ。

「あ、いた……」

 ようやく姿を確認して、近寄った。

「どうしましたか?」

 久我のほうから声をかけてきた。が、表情をうかがうかぎり、用件の見当はついているようだった。

「取材いいですか?」

「どうぞ」

「……長山さんから聞いたんですけど、どういうことなんですか?」

「どう、とは?」

 意味は理解しているはずだ。翔子は、イライラを眼力に込めた。

「……だれが仕掛けたものなんですか?」

「どうなんでしょうねぇ」

 あきらかにとぼけている。

「……長山さんは、公安警察の仕業じゃないかと言ってました」

「突飛な話ですね」

 久我は、笑みをたたえながら答えた。もしかしたら、公安警察という表現が可笑しかったのかもしれない。

「久我さん……あなたは、わたしにすべての取材を許可してくれました。その約束が本当なら、真剣に答えてください!」

 翔子は、久我に迫った。

 瞳をみつめた。

「……こちらも、確証があるわけではありません」

 静かに久我は語りはじめた。

「今回の事件を選んでいるとき、私のほうにも横やりが入ってね」

「横やり?」

「まあ、事前に警視庁へも打診をするわけですが、その直後からいろいろと妨害がね」

 なるほど。その話を聞くかぎり、警察によるものでまちがいないようだ。その時点では、犯人および警察以外の事件関係者は知らないのだから。

「どんなふうな?」

「電話だったり、手紙だったり」

「どちらの事件なんですか?」

「どちら?」

「いや、だから……」

 これも意味は通じているはずだ。とぼけようとしているのだ。

 翔子は、思わず睨んでしまった。

「怖い顔をしないでください。本当に、それがよくわからないんですよ」

 涼やかに発言している姿は、いつもながらに本心を語っているとは思えなかった。

「……知ってるんでしょう?」

「いいえ。ですが、どちらかの問題ではないのかもしれない」

「え? どういうことですか?」

「それを調べるのが、記者の仕事じゃないですか?」

 突然、挑戦をうけたような気がした。

「自分で調べろ、ってことですか?」

 久我はうなずきこそしなかったが、そういうことなのだ。

「わかりました!」

 翔子は、捨て台詞のように言い残してから、久我の部屋を出た。

 財団本部を出たときには、天気が急変してた。突然の雷雨だ。

「……」

 あることを思い出していた。

 前回の事件の一つ。『足立区会社員行方不明事件』の真相をつかもうとしたとき……。

 翔子は、久我のことを疑っていた。

 被害者が、久我の両親に詐欺をはたらいていたからだ。それが原因で、両親と妹は心中している。その復讐のために、久我が殺害したのだと考えたのだ。

 だが、真相はちがった。

 久我を疑ったことに、罪悪感は抱かなかった。久我は、わざとそういう事件を選んだのだ。

 被害者の娘である杉村遥に懸賞金を渡すため、四つの事件の一つに、それをふくめた。

「これにも……」

 今回の二件にも、そういうものが隠されているかもしれない。

 雷光が世界を白く染めた。

 あのときも久我の部屋から、この白い夜空を眺めていた。

 眺めながら、真相をあきらかにすると、自分自身と久我に対して誓ったのだ。

 まず疑うべきは、港区会社経営者変死事件のほうだ。もう一つの蔵元毒殺事件のほうはとても有名で、だれもが耳にしたことがある。が、港区のほうは、ほとんど知られていない。

 前回の足立区会社員行方不明事件も同じような印象だった。

 翔子は雷雨のなか、走り出した。

 もう一度、誓う。

 必ず真相にたどりついてみせる、と。


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