表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
24/24

24

      24.土曜日午後3時


 頭に入っている……。

 記憶しているということだ。

「文量は、どれぐらいなんですか?」

「二十万文字ぐらいでしょうか」

 長山の質問に、さらりとした口調で青柳は答えた。

 襲撃事件は、なかったことになっている。じつは今日の会見に生中継をしている放送局はなかった。平日とはちがって、土曜の午後にはワイドショーがない。

 記者たちには、かん口令をしいているが、強制力はないので、いずれ報道はされることになるだろう。しかし、財団として公式には認めない。

「一字一句……覚えているんですか?」

 恐る恐るといった感じで、翔子が問いかけた。

「はい」

 返事は、やはりあっさりとしていた。それがどうかしましたか、といった雰囲気だ。

 いまでも文書を管理できることに自信のあった理由だ。たしかに、新しい人間に入れ替えようとしても、青柳が生きているかぎり、K文書を所有していることになる。もしくは、高齢になって記憶力が低下するまで。

「新しい項目が増えたら、そのまま記憶をつけたします」

「青柳さんに、なにかあったとしたら……どうなるんですか?」

「K文書の中身は、永遠に闇のなか──」

「そんなまさか……」

 翔子には信じられないようだった。

「保険なんですよね?」

 長山が声をはさんだ。

「そういう言い方もできますね」

「長山さん……どういう意味ですか?」

「公安にとっての保険です。黒神藤吾が公安を切り捨てたときのための」

「え?」

「そして黒神藤吾も、K文書を持っていた」

「え!?」

 翔子の驚きは、回数が増すごとに大きくなっていた。

「おそらく久我さんは、それを眼にしたのでしょう」

「待ってください! 久我さんも持っているんですか!?」

 この場に久我はいない。青柳のために用意された部屋だ。

「黒神藤吾の遺産とともに、相続したのかもしれない」

 あくまでも想像だが、黒神ほどの権力者が保険を残さないはずはない。

 現在の黒神グループの社長、もしくは会長に継承されるのが自然だが、久我に託されていたほうがしっくりくる。

 青柳も、この考えにうなずいていた。

「でしたら、久我さん自身が公開したほうが簡単なんじゃないですか?」

 そのとおりだ。

 考えられるとすれば、黒神側のK文書は不完全なものだった。

 所詮は黒神個人のために記録されたものと、公安の保険のためとはいえ、国家機関が作成したものとは根本がちがうのかもしれない。

 翔子には、小声でその考えを伝えた。

 キーボードを叩く音が、無機質に鳴りはじめていた。青柳が頭のなかの情報を吐き出しているのだ。

 一週間から二週間──青柳は、この作業にかかる時間をそう明言した。おそらく、これまでに出力することはなかったのだろう。

 それをするときが、公安としての役目を終える瞬間なのだ。

「ほかにも聞きたいことがあれば、どうぞ」

 青柳は、作業などしていないかのようだった。

 翔子が不思議そうな顔をしていた。

「私の記憶力は異常ですから」

 思い出す、という工程は必要ないようだ。

「その記憶力だから、公安に?」

 彼女に遠慮という概念はなかった。

「それは、私のほうが希望したということですか? それとも、むこうが私を欲したということですか?」

「どっちなんですか?」

「どっちもですね」

 翔子は、どう受け取ってよいか困ったような顔になっていた。

「警察庁に入ったのは、最初から復讐するためだったんですか?」

 長山が、もっとわかりやすくなるように質問をかえた。

「真相を知りたいとは思っていました。ですが、たとえサッチョウに入れたとしても警備局に行けるとはかぎらない」

 たしかにそうだ。警視庁におきかえても、希望を出せたとして、公安部に配属されるとはかぎらない。それに警備局は、公安職ばかりの部局ではない。

「この記憶力が武器になるとは思っていました」

 その一点にかけたというのだろうか。しかし、警備企画課がそういう人材を欲していたと事前に知ることはできなかっただろう。

 その考えを伝えると、そこまで深くは想定していなかった、という答えが返ってきた。

 いろいろな偶然が重なって、K文書の管理人ができあがったということか……。

「いびつな偶然だ」

 どうやら、声が漏れてしまっていたようだ。

「偶然? ちがうと思いますよ」

 入力を中断して、青柳が首だけをめぐらせていた。

「どういう意味ですか?」

 翔子がうながした。

「私の側から見れば、たしかに偶然で片づけられるでしょう。ですが、むこうはそんな浅はかなことで人を選んだりはしない」

「警備局は、あなたを故意に選んだということですか?」

「私の生い立ちを調べないはずはないでしょう?」

 たしかに、そこの部分には引っかかっていた。どうしてそんな危険分子を最重要機密ともいえるK文書の管理人にしたのか。

「どういうことですか? まさか公安はそれを承知で、青柳さんを?」

 翔子は少し混乱したように、そのことを追及していた。

「私も最初は、偶然だと信じていましたよ。K文書の中身を読んで真相を知ったとき──復讐するチャンスを神が私にくれたのだと」

「ちがったということですか?」

「だれかに確かめたわけではないですが、しだいに……これは神ではなく、公安がくれたチャンスだったのだと」

「……意味がわかりません」

 翔子が理解できないのも当然だ。

 もしそうなら、公安は自ら危険分子をつくりあげたことになる。

「こういうことじゃないですかね」

 再び作業をはじめながら、青柳は続きを語った。

「彼らは、黒神藤吾との関係を切りたかった……」

「そのために、わざとあなたを?」

 復讐させるため?

 青柳が黒神を殺害すればよし。公安自身に怒りがむいたとしても、末端が何人死のうが、上の人間にとっては痛くはない──そういうことだろうか?

 だが、その矛先が「上」にむくことも考慮しなくてはならないはずだ。

「長山さん、あなたが考えていることはわかります。その答えは、簡単ですよ」

 また顔だけをめぐらせた。

「私を利用しようと思ったときには、すでに世代がかわってたんです」

 当時、指揮をとっていた幹部は、みな引退しているという意味になる。

 発端は四十年前の事件だから、たしかにだいぶ以前に現役を退いているかもしれない。

「いざとなれば、それは過去の話だと言い逃れすればいいのです。警察組織はダメージをうけるかもしれない。しかし、権力者は無傷のままだ」

 警察官僚だった当時の幹部は、その後、政治家なり、財界人に転身している人間も多くいる。そういう者たちを想定している青柳の発言だ。

「そして黒神藤吾側も、その思いは同じだったのでしょう」

 その推論は、意外な発展をみせていく。

「黒神藤吾も、公安と関係を切りたいと考えていたと?」

「そうでなければ、記録文書を封印していたでしょう」

 久我の手に渡ったのだとしたら、そういうことになるかもしれない。しかし、それはあくまでも想像の域を出ない。黒神藤吾が生きていたときには、同じあつかいではなかったかもしれないからだ。

「奇しくも、私が復讐を果たすまえに、黒神藤吾は死んでしまったわけです。そのときから、復讐相手は公安だけになった……なったはずだった」

「黒神藤吾が殺害されたのではないかと思いはじめたんですね?」

「ええ」

 長山の問いに、青柳はうなすいた。すでに顔はパソコン画面にもどっている。

「確証があったわけではない。あんな極悪人が、簡単に病死なんかしないだろう──そんな、理論にもならない考えからでした。それが確信に変わったのが、今回の懸賞金でした。私のもとには、黒神藤吾から遺産を受け継いだ久我猛の情報も入ってきますから」

 懸賞金をかけるにあたって、警察や遺族、その他方々への根回しをしておかなければならない。世間に発表されるだいぶまえから久我は動いているのだ。

「すべての事件が、K文書のなかでも重要な項目ばかりだ。ああ、この久我という男も、同じような記録をもっているのだ、とわかりましたよ。ならば、黒神藤吾の死の真相も知っているはずだ、と」

 飛躍している推論だが、結果として正解している。

「すべてをおおやけにできるのなら、私は久我猛の思惑にのってもいい」

「ご自身で、それをやろうとは思わなかったのですか?」

 翔子の問いかけだ。

「あなたの推測では、公安にとっては、内容を暴露されても、それほど困らないんですよね? だとしたら、発表できたんじゃないですか? 自分でできなくても、たとえば雑誌やテレビ局に売り込めば」

「あなたは、その報道を信じますか?」

 翔子は、困った顔になっていた。

「こんな話は、普通は信じない。信じさせるためには、それなりの権威が必要です」

 この財団には、それがあるということを示唆している。

 いや、権威という言葉は適切ではないだろう。が、世間的な発信力は、まちがいなくある。それはイコール、久我猛という男のカリスマ性ともいえるものだ。

 この青柳も、久我の魔力に魅せられてしまったのだ。

「あの、もう一つ……」

 翔子が、申し訳なさそうにつけくわえた。ジャーナリストの性なのだろう。

「公安による抹殺を警戒してましたよね?」

「それが?」

「でも公安は、あなたがそういう行動をとることを想定していた」

「ええ」

「でしたら、あなたに危害をくわえることはないんじゃないですか?」

「その件については、そうでしょう。ですが、私は公安部員を殺害している」

 遠山の同僚のことだ。

「うちには自己完結のルールがある。公安の不祥事は、公安自身で完結させなければならない」

「そんな……」

「私が死んだとしても、巻き込まれたあなたたちに危害がおよぶことはないでしょう」

 その言葉を聞いても、翔子が安心することはないだろう。彼女は、自分の命だけを守ろうとする人間ではない。

 すがるような眼を長山に向けていた。

「ここにいれば、簡単には手出しはできない」

 長山は、そう答えた。気休めもいいところだ。永久にこのなかにいるわけにはいかない。自己完結とういうのが、どれぐらいの期間にわたるものなのか長山ではわからないが、むこうがその気なら、抹殺を防ぐ手立てはないに等しい。

「もし殺されるとしても、これだけは完成させますよ」

 長山と翔子は、そこで部屋を出た。

 念のため、遠山はおろか、秘密を知ってしまった長山と翔子、そして杉村遥も、このまま財団内で寝泊まりすることになったていた。

 そして、十日が過ぎた。



 財団の周囲には、不審な集団が多く徘徊していた。おそらく、特定の宗教団体の人間だと思われる。

 テロ教団の後継団体ではなく、もう一つの詐欺教団のほうだ。翔子が、鹿浜の教団関係者と思われる人物からの伝言をあずかっていた。その人物に、翔子と遠山は助けられたそうだ。おそらく、それは木下だ。

 その正体は、公安の潜入捜査官なのではないだろうか。翔子もそのような印象をもっているようだ。

 例の声は、もう一つの信者だ──そういう内容だった。

 例の声というのは、楢崎謙信が犯人だと語った女性のことだ。もう一つの信者とは、まさしくもう一つの詐欺教団のこと……。

 公安が狙撃事件を迷宮入りにさせたのは、その詐欺教団を守るためだという。教団と政治家の多くが癒着しているらしいというのは、噂レベルでは耳にしていた。かつての総理大臣も心酔し、多大な便宜をはかっていた──そのような話はむかしからあった。

 その教団の歴史は長い。1954年に韓国で設立され、日本でも布教活動を60年代に本格化した。当時の韓国は軍事独裁政権であり、純粋な宗教活動だったわけではない。同時期に暗躍していたKCIA(大韓民国中央情報部)の国外支部のような存在だっという話を聞いたことがある。つまり神のためではなく、政治的な目的で動いていた集団だった。

 日本の政治家にとりいるという戦略は、設立当初からきまっていたのだろう。その教団が動ているということは、つまり政治家たちの妨害工作ともうけとれるものだ。

 もう一つの懸念がある。当初、翔子が組み立てた推理だ。港区変死事件の被害者である仁科智文が、狙撃事件の犯人であるという説──。

 ただし、公安の工作員である人間が警視総監を襲う理由がわからない。が、この世の中、なにがおこっても不思議ではない。

 その場合でも、公安は妨害に動く。はたしてどちらなのか、それとも両方なのか……。

 答えは、K文書のなかに記されているはずだ。

 もうまもなくで、その内容が白日のもとにさらされる。

 どうやら久我のほうにも、有力政治家からの圧力がかかっているということだった。

 公安、政治家、宗教団体、この一連のラインが、青柳の行動を阻止するために動いているようだ。ただし公安は、あくまでも政治家の権威を守るために情報を流しているだけであり、実際の妨害活動は政治家自身が宗教団体をつかっておこなっている。

 青柳は、ほぼ部屋から出ずに作業を続けていた。あれ以来、長山も翔子も室内には入っていなかった。

 食事は中西が運んでいるようだが、毒を仕込んだのは久我だということをすでに知っているので、二人のあいだで争いはおこっていない。

 なんとなく予感があったので、長山はその部屋の前に行ってみた。

「長山さん……」

 さきに翔子が来ていた。同じように予感があったのか、それともたんにヒマをもてあましていたのか。

 長山の到着を待っていたかのように、部屋の扉が開いた。

 青柳の顔は、やつれていた。だが表情には澄んだものが張りついている。

「終わりましたよ」

「……」

 長山も翔子も、かける言葉がみつからなかった。

「終わりました……」

 青柳は、繰り返した。

 通路をよたよたと歩く足音がしていた。長山よりも、翔子のほうがさきに気がついていたようだ。

「遠山さん?」

 おくれて長山も、気配の方向に振り返った。

 眼を見張った。

 彼女は、物騒なものをかまえていた。

 小型のオートマチックだ。

 肝心なことをしていなかったと、長山は心のなかで舌打ちした。彼女のボディチェックをしていない。保護すべき人物だと思い込んで、失念していた。

 乾いた音が、二度鳴った。

 撃たれた青柳が、通路に倒れた。二発とも、胸に着弾していた。

「そ、そんな……」

 遠山はさらに、部屋の入り口に近づいて、内部に向かって発砲を繰り返した。

 全弾を撃ちつくしてから、遠山は崩れるように膝をついていた。

 長山は、彼女から拳銃を奪い取った。

 抵抗はなかった。

「青柳さん!?」

 翔子は、青柳の安否を確かめている。小型だから殺傷力は低いはずだが、銃にかわりはない。当たりどころが悪ければ……。

 救急車を呼ぶために、長山は携帯を取り出した。

「そ、その銃を……」

 青柳が、声をしぼりだしていた。

 そのときには銃声を聞きつけてきた警備の楢崎と、中西も駆けつけていた。

 楢崎によって遠山は拘束された。

「いま救急車を呼びました」

 気休めになるかわからなかったが、青柳にそれを伝えた。

 中西が青柳の傷を確認している。その首が、左右に振られた。

「ど、どうして……こんなことを!」

 翔子の嘆きが、遠山を責めていた。

 長山は凶器だけではなく、もう一つのチェックも怠っていたと後悔した。

「携帯をとりあげて」

 翔子に言ったつもりだったが、反応したのは楢崎だった。

 楢崎が奪った携帯電話を、翔子が確かめた。

「何度か通話しています……あ、殺害を強要するようなメールもはいってます」

 ここで保護したときに、携帯をとりあげておくべきだった。外部の勢力は、脅すなり、説得するなりして、青柳と青柳が残そうとした文書をなきものにするため画策した。

「しかたなかったのよ……こうしないと、わたしが殺される……」

 遠山の同僚を殺害したのは青柳であり、公安が組織として彼女たちを狙うかどうかの確信はない。しかし、もう遠山にそんな分別はなくなっている。

 追い詰められた人間を甘くみていた。

「こんなことなら……東京になんて出てくるんじゃ……地元で親の畑を……」

 畑をつげばよかった──そう言いたかったのだろう。悲しく思った。他県から、わざわざ上京して警察官になる人間はむかしからいる。長山の同期にも何人かいた。

 そいつらの顔が思い浮かんだ。

「……その銃を……」

 消え入りそうな声が聞こえた。

「銃を……」

 青柳は、しきりに拳銃を要求している。

 反撃するためではないだろう。そもそも全弾撃ちつくしている。

「撃ったのは……わ、私だ……自分で、けりをつけた……」

 長山は、自身の確保した銃に眼を向けた。

 遠山の犯罪をなかったことにするつもりだ。

「すべての……せ、責任は私にある……」

 どうするべきか長山は迷った。

「事実をねじ曲げるんですか?」

 言いたいことを翔子が言ってくれた。

「こ、これは、公安案件だ……」

「……」

「そ、捜査をねじ曲げるのは……いつもの、こ、ことだ……」

 長山は、拳銃を渡した。

 それが意外なことだったのか、翔子に複雑な表情で睨まれた。

「こ、これでいい……」

 青柳の身体から力が抜けて、ぐったりとした。まだ息はある。ゆっくりと拳銃を、スーツの袖で拭っている。遠山の指紋を消しているのだ。

「あ、あとはまかせました……」

「で、でも……」

 パソコンは銃撃によって、破壊されているようだ。せっかく入力した文書が無事かどうか……。

「お、おくった……」

「送った? どこかに送信したということですか?」

「そ、そう……だ……」

「どこにですか?」

 翔子の質問に、青柳は息も絶え絶えに答えていく。もう残された時間は、わずかだろう。

「マスコミ……か、各社に……」

「こんな内容のものは……雑誌でも……」

 はっきりと言うことを、翔子はためらっていた。

 テレビ、新聞はおろか、雑誌でも掲載は厳しいということだろう。公安と有力政治家を敵にまわしてまで報道するところはないのだ。

「か、必ず……いる……く、久我代表や、あなたた、ちのような……」

「青柳さん!?」

「かなら、ず……」

 声は、それきり聞こえなくなった。

 復讐のための人生は、いま幕を閉じたのだ。




      エピローグ


 マスコミ各社に『K文書』が送られても、それを報道する媒体はなかった。

 ……いいえ、わたしの所属する『週刊ポイント』では記事にした。編集長を、なんとか説得して……。

 だけど、普段からうさん臭く思われているから、当然のごとく信憑性は疑われている。ただし財団関係のわたしの記事は、これでも一定の支持を得ている。なので、熱心なファンのなかには信じている人もいるようだ。陰謀論者のような人たちばかりなんだろうけど。

 肝心の内容……。

 じつに煮え切らなかった。一番知りたかった各犯人の名前は、どこにも記されていなかった。マスコミに送られたものだから、青柳さんがわざと隠した可能性はある。しかし、すでに故人となっているし、パソコンに打ち出したデータも破壊されてしまったので、それを確かめるすべはない。

 久我さんも新たに会見をひらくことはなく、静観したままだ。これで三件の追及は終わりになってしまうのだろうか……。

 ここまでわかっていることを整理しておこう。

 多摩毒殺事件のおおもとには黒神藤吾がいて、公安の忖度で殺人がおこなわれた。実行犯は不明だが、青柳誠三と仁科智文が公安の人間であることは、ほぼまちがいない。

 そしてその双方ともが、消されている。信じたくはないが、公安による排除であると考えられる。そして仁科智文の件が、港区の変死事件ということになる。

 狙撃事件の犯人も、仁科智文でないかとわたしは疑っていた。でも、その確証はまったくない。長山さんの見解を聞かせてもらったけど、やはり公安の人間である仁科がやったとは思えないと言われてしまった。狙撃事件と公安の関係は、宗教団体への関心をそらすためだけだったのだろうか……。

 結局は、いずれの事件も実行犯はわかっていない。しかし、いずれにも公安と黒神藤吾が関係していることは決定的な事実としていいのではないかと、わたしは考えている。

 はたして青柳さんは、わざと犯人を伏せたのか、それとも最初から犯人の名前は記されていなかったのか……。

 もしかして、と思う。

 K文書が公安側だけでなく、久我さんのもとにもあるのだとしたら、その久我さんのほう──黒神藤吾が作成させたほうには、実行犯の名前が書かれているのではないだろうか?

 公安にとっては、実行犯の名前を記録に残すということは、自らの犯罪性を立証する危険なおこないになる。しかし、黒神藤吾側にそれはない。だからこそ……。

 きっと、考えすぎだ。

 それなら久我さんが、その名を公表しているだろう。

 それとも、これも久我さんの計画の一部?

 あの人のことだから、このことにも意味があるのかもしれない……。

 なんだか、もやもやする。

 その感情がさらに強いのは、あることがわかってしまったからだ。

「どうしましたか、竹宮さん?」

 廊下の角で、久我さんと出くわしてしまった。

 すでにわたしをふくめて、長山さんも杉村さんも、普通に家へ帰っている。まだここに泊まり込んでいるのは、遠山さんだけだ。

 青柳さんへ発砲したことは、うやむやになっている。あくまでも青柳さんの自殺ということで警察は処理をしたようだ。世の中の闇をかいま見たようで、なんだかそら恐ろしい。けど、わたしのほうからそれを追求するつもりはなかった。いけないことなのはわかってるけど、青柳さんの意思を無視するような気がしてしまうから。

 せめてそれだけは……。

 それにわたしは所詮、週刊ポイントの記者だ。一流のジャーナリストいうわけじゃない。

「い、いええ……なんでもないです」

 わたしは、ぎこちなく言葉を返した。

「そうですか。困ってることがあったら、なんでも言ってください」

「はい」

 わたしは久我さんにとって、だれかに似ているそうだ。

 少し考えれば、その人物がだれなのかは想像できる。

 なんだか残念な気持ちがあるのは、わたしが久我さんに恋をしていたからだろうか……。

 でも不思議と、これまでよりも温かい気持ちがわきあがってくるのは、どうしてだろう?

 あのとき……わたしと梶谷さんを助けてくれたときの久我さんの顔は、肉親を心配する必死の形相だった。

「じゃ、わたしは行きますね」

 久我さんとすれちがいながら、わたしは心のなかだけでつぶやいた。


 おにいちゃん。


遠い声ちっくな内容になってしまいましたが、次回はパート1の路線でいきたいなぁと思っています。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ