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      13.木曜日午前7時


 戦闘態勢に入った翔子には、もう恐れはなかった。

 梶谷を人質にとり、なおかつそれをネタに脅しをかけたのは、あきらかにむこうの悪手だ。

 今後のために、睡眠もとった。すでに朝となっている。

「……これ」

 監禁場所の手がかりがないか、送られてきた画像をくまなくチェックしていた。

 廃工場のような空間だが、梶谷が倒れている奥に文字のようなものが見える。壁に社名のようなロゴが……。

「なんて書いてあるんだろ……」

 トクマリース。

 かすれているが、たしかにそのように見える。

 トクマ……。

 トクマリゾートの関連会社だろうか?

 それにかけてみるしかない。ノートパソコンで検索しようとしたが、そもそもトクマリゾートの情報もたいしたものはなかった。

「……」

 人命がかかっている。ここは、あの人に頼むしかない。彼の財力があれば、どうにかできるのではないか──そんな期待がある。

 翔子は最上階をめざした。

「なにかあったようですね」

 久我は、たくさんあるソファの一つに腰を下ろしていた。窓の外を眺めていたようだが、翔子に視線を向けると、そう声をかけた。

「お願いしたいことがあるんですけど……」

 なぜだか、負けたような感情が爆発した。

 久我のことを事件に関係していると考えているてまえ、力を借りたくないという思いが強い。だが、いまは梶谷のために頭をさげるべきだ。

「どういったことですか?」

「わたしの同僚が何者かに拉致されました」

 衝撃な内容のはずだが、久我の冷静さは崩れなかった。

「梶谷さんです……久我さんも会ったことありますよね?」

「はい」

「なんとかさがしだしてください」

「手掛かりは?」

「これです」

 翔子は、携帯に移した画像を久我にみせた。

「ここを見てください。トクマリースと書いてあります。たぶん、トクマリゾートのグループ会社だと思うんですけど」

 久我にトクマリゾートの話をしていただろうか?

 いまはそこまで頭がまわらない。久我ほどの男なら、いろいろ読み取ってくれるだろう。

「さがせませんか?」

「わかりました」

 久我の返事は、些細な約束をするかのようだった。

「やってみましょう」

 携帯でどこかに連絡をはじめた。おそらく、中西に要請するのだろうと考えた。

「すぐにわかると思いますよ」

 通話を終えると、久我は言った。

 この男の言葉は、気休めに聞こえない。

 すぐに着信音が鳴った。久我が携帯に出ると、納得したようにうなずいた。

「そうですか、ありがとうございます」

 まさか、もうわかったというのだろうか?

「梶谷さんの監禁されている場所がわかりました」

「え?」

 さすがに早すぎる。

「もう、ですか?」

「はい」

 軽やかな返事だった。

「どこですか?」

「埼玉県の三郷です。そこに『トクマリース』が、かつてありました。いまでも建物は残っているようです」

「どうやって調べたんですか?」

「私が調べたわけではないので」

 たとえ中西が調べ出したのだとしても、こんなに早いわけがない。簡単に調べられるほどのことなら、翔子にだってできたはずだ。

「……最初から、知ってたんじゃないですか?」

 久我が笑った。

 それを肯定の意だと、翔子は理解した。

「やっぱり……事件に関係してるんですね?」

「なんのことだかわかりませんね」

「前回も、関係している事件がありました」

 久我は、押し黙った。しかし、痛いところをつかれて言葉に詰まった、という感じではない。

「もし、私と関係しているのだとしても、あなたはそれを解くすべを知っているでしょう?」

「……自分で調べろって、ことですか?」

「あなたは、記者だ」

 またしても、それは久我からの挑戦なのだ。

 ジャーナリストなら自分で調べてみろ──。

「わかりました!」

 翔子も挑戦的に返事をしていた。

 しかし、梶谷の居場所に関する情報だけはもらっておかなくてはならない。携帯にトクマリースのあった位置情報を送ってもらった。

 本部を出て、アプリで呼んでおいたタクシーに乗った。

「あの、この住所に向かってもらえますか?」

 運転手に携帯の画面をみせた。

「三郷かな?」

「はい」

 ここからなら、けっこうな距離がある。が、財団関係の取材なら好きなだけ経費はおちるので、まったく気にしなくていい。アプリで呼んだから、割引も適用される。

 道路が混んでいたということもあって、三時間近くかかってしまった。降りた場所は、閑静な住宅街と工場や倉庫が点在する地区との境目付近だった。

 いまでは営業していないから、トクマリースの建物をさがすのに少し手間取った。

「ここね……」

 周囲が立入禁止の柵に囲まれていなければ、まだ稼働している会社だと思ってしまうほど、建物自体はしっかりしていた。トクマリゾートはペーパーカンパニーということらしいが、すくなくともトクマリースのほうは、かつてはちゃんと経営していたようだ。

 なんとか柵を乗り越えようとした。しかし考えをあらためた。梶谷がここに監禁されているのだとしたら、簡単に入ることのできる箇所があるはずだ。

 翔子は、柵沿いに歩いてみた。

 柵が途切れている箇所があった。車も通れるぐらいの幅がある。タイヤのあとがくっきりと見て取れた。最近、ここを通過した車があったということだ。

 翔子は、そこから敷地内に入った。

 人の気配は、感じない。すぐそばにドアがあったので、ノブを回してみた。鍵がかかっている。べつの扉をさがした。

 もう一つのドアをみつけた。

 鍵はかかっていない。

 なかに踏み込んだ。日中なのに暗い。携帯の灯りをたよりに進んでいく。廊下が続いているようだ。

 少し開いているドアがあった。

 慎重に、その部屋をうかがう。入ってすぐの壁に、灯りのスイッチがあった。ダメもとでつけてみた。

 視界が一瞬にして白く染まる。

 まぶさしに眼をとじてしまったが、数秒後になれてきた。どうやら電気は通っているようだ。

 その部屋には、なにもなかった。ゴミ一つ落ちていない。

 逆にそれが不自然だった。

 ここが本当に廃墟なら、もっと物が散乱しているはずだ。管理がいきとどいている物件だとしても、きれいすぎる。

 その部屋を出て、べつの場所を調べることにした。灯りがつくのなら、探索には困らない。ただし廊下の電灯はどこにスイッチがあるのかわからないので、携帯の灯りをつかう。

 次の部屋。

 なにかの物は置かれているようだ。よくは見えない。壁のスイッチをさがした。それを入れようとしたとき、

 ドン。

 そのような音を聞いたような気がした。

 それを確かめることはできなかった。

 なぜなら、翔子の意識は……。

 頭を……殴られ……。



 ここが……。

 ヒントを……あげ……だ……。

 どうす……。

「……始末……か」

「西尾さ……上には……どう報……する……」

 じょじょに話し声が、しっかりと耳に残るようになっていく。

 ここはどこ?

 わたしは、なにを?

 自分がだれなのかも、頭がはっきりしなかった。

「……じょうぶ、ですか?」

 わたしは、竹宮翔子……。

 ここは……そうだ、三郷にあるトクマリース。

 だれかに頭を殴られた……。

「大丈夫ですか!?」

 ようやく、頭がはたらいた。

「う……」

 頭部に痛みを感じた。

「動かないほうがいいです」

 翔子は、視線だけで周囲をさぐった。

 見えるのは、天井。電気はついていた。

 そして、自分を見下ろしている男性の姿。

「あ、あなたは……」

 すぐには、だれだか思い出せなかった。久我のつけてくれたボディガードだった。

「私がだれだか、わかりますか?」

 翔子は、うなずいた。彼の補助をうけながら、なんとか上半身をおこした。

「警護の人……」

 自身の声がはっきりしない。

「い、いま……もう一人、いませんでしたか?」

 呼吸を繰り返したら、声の調子がもどってきた。

「いや、私がきたときには、あなただけだった」

「わたしを尾行していたんですよね?」

「それは言葉が悪いですけどね」

 軽口のようにボディーガードは言った。

 タクシーに乗っても、ちゃんと追跡ができたということになる。

「立てますか?」

「大丈夫です」

 だいぶ、頭はしっかりしてきた。ふらつくこともなく、立ち上がることがきでた。一応、服の汚れをはらってみたが、やはりきれいに清掃されていたようで、砂ぼこりは付着していなかった。

「車で来ていますので、病院まで送りましょうか?」

「いえ……」

 遠慮しようとしたが、状況を考えれば、甘えたほうがいい。

「病院ではなく、財団のほうに行ってもらえますか?」

「わかりました」

 建物から出て、乗用車まで歩いた。黒のセダンだった。翔子では車種まではわからない。

 後部座席に身を沈めると、ようやく緊張がほぐれてきた。

「……なにがあったんですか?」

「だれかに襲われたんだと思います……」

 翔子は、頭をおさえた。

 それほど酷くはないが、後頭部の一箇所が腫れている。

「それはたいへんだ。やはり病院に行きましょう!」

「あ、いえ……財団にむかってください」

 へたな医者よりは、中西のほうが頼りになる。久我が刺されたときに、彼の応急処置を眼にしている。

 しばらく二人ともが無言となった。車は順調に走行している。

 さきほど意識を取り戻しかけているときに聞いていた声が脳内で流れた。

 なにを話していた?

 どんな声だった?

「……」

 急激に、不安が膨らんでいく。

「あの……、どこに向かってるんですか?」

 関東近郊の道路事情にくわしいわけではない。しかしそれでも、財団本部に近づいていないことだけはわかる。

 さっきの声……二人いたうちの、一人は!

 運転している護衛の男が、振り返った。

「あの声は、やっぱり……」

 そのことを問いただそうとした次の瞬間、シューと音が鳴って、霧状のなにかが後部席に噴きかかった。

 護衛の男の眼が、爛々と怖く輝いていた。

「気づいちゃいましたか」

 男の声が、茫洋と響いた。

 翔子の意識は、再び薄れていった。


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