エピローグ 繰り返される季節の下で
ピリリリリ
発車の合図とともに電車はゆっくりと動き出す。
2両しかない車両の乗客は茜と駿の二人だけだった。二人は早い朝食をとり、帰宅の途についていた。
茜はむっつりとした表情で頬杖をついて車窓から外の景色を眺めていた。
二人の間に言葉はなく、気まずい空気だけが流れていた。実際、朝食から駅までの道でも必要最低限の言葉しか交わされることはなかった。
どうしたものかなぁ、と茜の表情を盗み見しながら駿は悩んだ。これ以上、この緊張感に耐えるのは辛すぎる。
「ねえ、昨日のことなんだけど」
駿は意を決して口を開いた。
「雅司さんの行為に意味があったのかってことさ。昨日、ずっとそのことについて考えていた。
で、考えていたら、なんかさ、これ逆なんじゃないかなって思ったんだ」
駿の言葉に茜は顔を向けてきた。表情は硬く、言葉もなかったが、とにかく自分の方を向いてくれたことに勇気づけられ、駿は言葉をつづけた。
「前もいったけど、特攻が無駄だったのか無駄じゃなかったかというのは様々な人が関わっているから、一言で断じることはできないと思う。強いて言えば、人ぞれぞれで違うっていうことかと思うんだ。だけど、一つだけ確実に言えることがあると思う。
それは、意味があったかかどうかは今を生きている僕らが決めることだってことさ」
「今を生きる……私たちがきめること……?」
「そう。過去にああいうことがあって、雅司さんや櫻さんたちのような人がたくさんいた。その事実をちゃんと忘れず、じゃあ、どうすればよかったってことを僕らが考えて、行動する。そうすれば雅司さんや櫻さんの犠牲に意味がでてくるんじゃないのかって思う。
少なくとも今回のことで僕は、雅司さんや櫻さんという人があの時代に生きていたってことを知ることができた。茜もそうだと思う。
もしも、あの雅司さんの手紙が遅れていなかったら、僕も茜も雅司さんが生きていたことも。櫻さんがどんな思いでいたかも知ることがなかったんじゃないかと思う。
今度のことで櫻さんたちのことを僕は決して忘れないと思う。そして、ずっとこのことを、こんなことを繰り返さないためにはどうすればいいかを考えることができると思うんだ。
そう考えると、雅司さんの死や櫻さんの悲しみも、手紙が届かなったことにも意味があったって言えると思う……
って、ち、ちょっと、待った!
なんでまた泣いてるの?!」
茜の瞳にまた涙が溢れてくるのを見て、駿はあたふたと慌てる。茜の泣く姿をみたくはなかった。
と、茜は腕で涙をごしごしと拭い、「ごめん」と言った。
「分かってる。本当は分かっているのよ。駿は何も悪くないって。
悪いのは私だ。勝手にキレて、子供みたいに駄々こねた私が悪いの。
馬鹿呼ばわりしたけど馬鹿なのは私の方。ずっと謝りたかったけど、謝れなかった。
ごめんなさい」
立ち上がると茜は深々と頭を下げた。
「それで、ありがとう。櫻ばあちゃんたちのことを意味があるって言ってくれて。
うん、そうだよね。私たちなんだ。私たちが櫻ばあちゃんたちの思いを忘れずに、これからに役立てていかないといけないんだよね」
そう言って、顔を上げた茜はもういつもの駿の良く知っている茜だった。
「実は昨日の夜。おばさんにも同じようなことを言われてね。それでこれもらっちゃったのよ」
バックの中にから茜は小冊子を取り出した。
「それって、雅司さんのスケッチブック?」
「うん。おばさんがね、私が持ってろって。
私に好い人ができて、結婚するまでのお守りにしなさいってさ。
後、駿にもよろしくってさ」
「げふん!
ああ、そう……そうなんだ……」
駿は顔の火照りをじわりと感じたのであわてて窓の外へ顔を向けた。
窓の外には見事な桜が咲き乱れていた。
「綺麗だよね……
ね! 来年もまたこの季節にここに来ようよ。
今度は櫻ばあちゃんと雅司さんのお墓参りをしよう」
「ああ、そうだね。桜が春に咲くのを忘れないように、僕らも櫻さんたちを忘れないように、またここに来よう」
茜の提案に駿も静かに頷いた。
2022/04/30 初稿