エンディング.2
球状になった結界に包まれたままの王様を連れて、エドさんは退室した。そこに私とデニーとオリバーさんだけが残された。
「オリバーさん…」
「姫。これは決まっていたことなのです」
「え…」
「姫は世界を見て回ったようですが」
「ええ…」
「少し疑問に思わなかったですか」
「え?」
「王は決して有能な方ではない。王位を簒奪しておきながら、日々、ただ王座に座り込むばかり。王妃を亡くした後は特にひどいものだった…。国を支えていたのは大臣以下、部下ばかり。最終決定すら放棄しては、亡くなった王妃と奪われた息子を嘆き、たまに冒険者を城に招いては黒龍の話を集めるばかりでした」
「そう言われれば…意外とすんなり王様に会えた」
一般庶民が王城に入り、王様に会うなんて、普通なら出来ない。いくら侯爵の口添えがあっても。
「結局、あの方に王なんて無理だったんですよ、地方の貴族で満足しておけば良いものを、野心ばっかり強いんだから…」
「う~ん、そうなの?」
「そうですよ、それに比べてエド様は、20歳で王族になった王様に比べて、まだ幼い6歳で王族になったおかげか、教育が行き届いている。王様は息子と年齢が近いからエド様から王位継承権は奪ったけれどもね」
「ははあ、そんな経緯が」
自分を脅かすものや、自分が大事じゃないものは平気で切り捨てて、手中の珠だけを大事にするタイプか、王様は。
「だから、奪ってやったんです」
「…」
「かつて、自分がそうしたように。むしろ王にとってはこちらの方が幸せでしょう。今後は、いくらでも王妃の事を、大事にしなかった息子を、一人で思い続ける事が出来るのだから」
「一人で」
「そう。今後は、王妃のために使われていた後宮に王は閉じ込められる事になります。幽閉ですね…今後はずっと、自分の見たい幻だけを見ていればいい」
「幻…ですか」
「ええ、まあ、そうです。王子としてこの城で過ごしていた金の竜の彼の性格はあなたもご存じでしょう、姫。決して優れた人物ではない。平気で人を見下せる人だ。そして王妃も、彼に良く似た性格をしていた」
「…そうなの」
「ええ。この国で一番の女性の地位に上ったためでしょう、それはそれは、と言うような性格を」
「…そうなの?」
「エド様が城から去ったのは、あの苛烈な王妃を嫌がったとの説もありますよ。結婚していないのも、女性不振に陥ったとの話も」
「あら~…」
「まあ王様にはイイ顔を見せていましたよ、演技の上手な方でしたから」
「何だか…王族、ろくでもないのね」
「貴族なんて、そんなもんです。あなたの祖母にあたるリュシター侯爵家のあの女傑も、苛烈な性格だったでしょう」
「…私の祖母では無いんですけどね、アリサの祖母です」
「まあどっちでもいいでしょう」
そうして静かに私たちは黒龍の城を後にした。もう、この城に来る事は無いだろう。今後、ここはどうするのかオリバーさんに聞いたら、少しずつ消えていくことになる魔物たちがしばらくは住むだろうとの事。黒龍がこの世界から去って、もう黒龍が魔物を生み出す事は無い。黒龍の魔力も、今はかすかにこの世界と繋がっているから魔物は生きていられるが、黒龍の魔力の繋がりが完全に切れたら、魔物は消滅してしまう…との事。魔物の核となっているものだけ残し、魔物はいずれ世界から消える。
エドさんの即位式にはお城に訪問する事を約束して、私とデニーはフォルワンの冒険者ギルドに戻り、ストラーダの3人と再会した。3人は元気そうだったが雰囲気が変わっていた。どうしたのかと思ったら、マリスとアルがお付き合いを始めたそうだ。エリスは普通にお酒を愛しているので、二人が付き合っても平気らしい。そもそもエリスはアルを仲間以外には何とも思っていないそうだ。告白して玉砕し、それを励まし慰めたことでマリスを意識するようになったそうだ。私とデニーは顔を見合わせて笑う。エリスにもなんだかんだで酒場で知り合った良い男性がいるとの事で、皆、それなりにやっていけるだろう。私とデニーは再びストラーダに所属する事になった。ただ、アル・エリス・マリスのレベルが23、冒険者レベル8級に対して、デニーはレベル52、冒険者レベル3級、私はレベル99、冒険者レベル1級なのである…少々気まずいが、アル達が気にしない、と言ってくれているので気にしないようにしておこう…うん。
数日は一緒に採取や討伐のクエストをこなしていた。そんな中、ギルドに手紙が届いた。…リュシター侯爵、『お父さん』からだ。自宅に来てほしいとの事で、私はデニーと一緒に侯爵家へ向かった。
「…久しぶり、だな。有紗殿」
「お久しぶりです、リュシター侯爵…」
お互いに何だか気まずい雰囲気だ。娘として振る舞うのはおかしいが、完全に他人としても振る舞えない。距離感をどうしたらいいのか分からないのだ。
「…有紗」
「え」
振り向くと、そこにはアリサが居た。可愛らしいワンピースをまとい、きれいに結われた髪。血色も良く、大事にされている事が分かる。
「そう言えば…侯爵のお母さまは…」
「ああ、母ならばアリサを娘に迎えると同時に引退してもらって、今は郊外の別荘に住んでいるよ、もうここに来る事は無い」
「そうなんですか…」
ちょっとほっとした。あの人がアリサをいじめていたらどうしようと思っていたから。
「母が、アリサに当たり散らさないようにね。あの人は何があっても、アリサを孫と認めないから」
「例え、アリサが侯爵家の血を引く者しか開けられない扉を開いても、ですか」
「ああ」
苦笑する侯爵。ただ、アリサは侯爵家の娘として受け入れられてるようで、心底ほっとした。アリサから色々を奪った身としては、アリサの幸せは願っていたから。
「有紗殿、そなたさえ良ければ、そなたも我が家の一員として…」
「いいえ、侯爵。私は娘にはなれません…今の年齢で貴族にはなれません。第一、私と侯爵はそんなに年齢離れていませんよ、娘として迎えるなんて変です」
私は25歳、侯爵はせいぜい30そこそこだ。おそらく、私を迎え入れたら、後妻候補と邪推される。それはご免だ。
「有紗…」
クン、と袖を引かれる。アリサが困った顔をして、そこに立っていた。
「有紗、私、わたし…」
「アリサ…」
私はアリサと目線を合わせるように座る。そして、肩にそっと手を置いた。
「アリサ、あなたは何も言わなくてもいいの。私があなたにひどいことをしていたのだもの。あなたの身体を乗っ取って、好きに使っていただなんて。あなたの心を押し込めてしまうなんて。ひどい話よね」
「でも…」
「あなたが幸せに毎日を暮らしているなら、私はそれでいいの。アリサ、幸せ?」
「うん!お父さんと一緒だもの!」
「そう、それが一番よ」
私に向かってにっこり笑ってくれる。もう、それだけで十分だ。アリサは元気に幸せに生きていける。だから、きっと、大丈夫なのだ。
侯爵からは、何か困った事があれば、いつでも力になるし、支援すると言ってもらった。本当に生きるか死ぬかになって困ったら、最後の手段として頼ろう。それ以外は…たまに手紙でも出そうかな。




