エセブンディア.7
そっと二人を見ていたが、不意にヴァティルと目が合った。
「お前…」
「え」
「その装備…。まるで神が戦乙女を遣わしたみたいだな」
蔑むような冷たい目で、こちらを見ていた。
「そこまでアールヴァルを殺したいのか」
「…そんな訳は…」
「お前を信じたのが間違いだった!」
―王子ヴァルが仲間から外れました。
―王子ヴァルはアールヴァルに属しました。
「…有紗…」
そっとデニーが寄り添ってくれるが、アールヴァルは顔を伏せていた。表情は見えないが、まるで、「有紗が自分を殺そうとしている」と思っているようだ。
そんな事しない。私は…私は、
「友達を殺すなんて嫌だよ」
手にしていた槍を落とした。
首から下がる首飾りも外して落とした。
兜を脱いで、足元に落とす。
そして、聖女のドレスも脱ぎ、身にまとっているのは初期アバターと言ってもいいような、粗末なワンピースのみとなった。
「…姫…?」
アールヴァルが戸惑った表情を浮かべる。私とアールヴァルの間に、さっとヴァティルが立つが、私は何も装備しないままアールヴァルに近寄っていく。
ただ、アールヴァルの前に立ったものの、どうしたらいいのだろう。「アルヴィース」は戦闘中の呪文だから、戦闘中じゃない今は使えないよね…と思いつつ、呪文のウィンドウを開いた。すると、さっき移動中には表示されていなかったのに、呪文の欄に、一番下にポンと「アルヴィース」が出てきたのだった。
「あ…」
私は吸い寄せられるように、カーソルを合わせた。
「姫…?」
パアア、と周囲が光る。カーソルを合わせると、説明が表示されていた。
『竜の願いを叶える。消費MP990』
MPのほぼ全てを持っていかれるが、そんなのはいい。二人の本当の願いが叶うなら。
「アールヴァル。私の友達。私はあなたが大好きよ。優しい竜」
「え」
「だから…あなたに本当に幸せになってほしいのよ」
「!」
アールヴァルの周囲が、青い光に包まれる。人の姿から大きな竜の姿に変わったアールヴァル。その青い光がきらきらと輝くと、パン!と音を立てた。アールヴァルの黒い鱗がはじけ飛び、そこには白銀に輝く竜の姿があった。
「アールヴァル…」
「僕は…どうして…ああ、そうか…」
自分の腕を見ていたアールヴァルは、そっと微笑んだ。竜でも「笑っている」って分かった。
「心から僕を『友達』って…『大好き』って…言ってほしかったんだ。人間に」
「アールヴァル…」
「もう大丈夫だよ有紗、僕の宿命の姫」
「大丈夫…?」
「もう…死にたいなんて…思わない。誰か一人でも…心の底から…僕を友達だと言ってくれる『人』がいるのなら、怖くないよ」
「小娘…いや、姫。お前は…お前は今までの人間と違ったんだな」
「ヴァティル…」
「アールヴァルを黒龍の姿から解き放てる人間がいるなんて、思いもしなかった。何百…千年以上、現れなかったのだから」
「…私は、穏やかなアールヴァルを知っている、それだけよ」
「アルヴィース」が発動する。
きらきらと輝く光。足元に青い魔法陣が発動する。竜たちの本当の願いって…何だろうか。気付くと目の前に、何かが浮いていた。
「え?何でここに」
そこには「森の朝露」と、7つの宝玉。金の竜の隠し部屋に入るための石板に埋め込まれたはずの8つの宝石だ。見ていたら、森の朝露が強く輝くと、7つの宝玉を取り込んだ。光が収まると、その宝石は私の手の中にポトリと落ちてきた。それは虹色に色が変わる宝玉となっていた。
「…これは?」
疑問に思っていたら、アールヴァルが集めてきた、エリスリアの花、真珠草の実、ディオマ山の溶岩、それと海コハク。その4つが私の四方に勝手に置かれた。呆然とその光景を見ていたら、手の中の虹の宝玉がふわりと空中に浮かぶ。四方のアイテムが輝くと、これもまた虹の宝玉に吸い込まれた。宝玉が強く輝くと、手の中に落ちてきた。その宝玉には、模様が刻まれていた。
スツートの姫、エリネーゼの転生の時に使われた海コハクと同じように。
すると、これが…竜たちの永遠と続く転生を止めるためのアイテム。
そして、きっと竜たちの本当の願いが叶えられるアイテムだ。
手の中のアイテムを見ると、ウィンドウが浮かぶ。アイテムの名前は「永遠の約束」…「守護竜の願いを叶えられる、人と竜の絆」と書かれている。
アールヴァルと目が合う。アールヴァルは、銀の光を放ち、人の姿にその身を変える。そして私に近付き、そっとこの手の中にある「永遠の約束」を持ち上げた。人の姿に変わったのは、きっと竜の姿では爪が私を傷つけてしまうから。
「姫。有紗。ありがとう。僕を友達と言ってくれた、異世界の女性」
優しく微笑むアールヴァル。アールヴァルの心に、人との約束が叶えられたのだと…その気持ちが満ちているのだと…信じていい、んだよね?
そのアールヴァルの肩に、ヴァティルの手が置かれる。二人は目を合わすと、そっと頷いた。
「行けるんだね」
「本当の願いが何だか分かったんだよ」
「本当の…」
二人を見上げる私の視界の端に、不意に開く扉があった。
「突然結界が消えた!どこにいる私の息子!」
「え」
そこには、駆け込んできた王様がいた。私もデニーもアールヴァルもヴァティルも。呆然とその姿を見つめていた。
「おお、聖女。どうしてここに?そうか、アールヴァルを討伐に」
「いえ、あの」
「何故お前まで居る?ヴァル」
王様にとっては王子ヴァルは長年一緒に暮らしてきた息子だ。
「双子の兄に会いに来ることの何が疑問ですか」
「双子の…ああ、そうだな。兄には会えたのか?」
「え…?」
王様の目には、目の前にいるアールヴァルは見えないの?こんなに二人、そっくりなのに。
「何を言っているのですか王よ。目の前に居るでしょうに」
「何…?だが髪の色が」
確かに今のアールヴァルは銀の髪だ、黒髪ではない。
「…黒髪ではないお前は…妃の髪と同じでないお前には…価値などない」
「…!」
ただ王妃と同じ髪の色の子供だったから望んだだけだと?
「なんてことを!」
足元の魔法陣が強く光る。王と私たちの間に、青く透き通る壁が出来る。
「な、なんだこれは」
王は壁に触れるが、押しても叩いても斬り付けても、壁が消えることは無かった。
王の言葉も、何分の一かになる。ささやき程度の音量の声しか聞こえない。王様の言葉は無視して、二人を見やった。
「ヴァティル、アールヴァル。あなたたちの望みを」
「ああ、本当はずっと…」
「…帰りたかったんだ」
「竜の…国へ…」
二人の手の中にある「永遠の約束」が輝く。二人の後ろの空間に亀裂が入り、ゆっくり開いていく。
その亀裂の向こうには、空を飛ぶ様々な色の竜がいた。
「…空間が繋がったのね」
「ああ…帰れるんだな」
「二人でな」
「あれから長い月日が流れた…もう、俺たちが双子の竜なんて知るものはいない」
「ああ。転生の魔法を構築出来るのは双子に産まれた竜だけであったようだからな、普通の竜に転生は出来ない。もう誰も俺たちを知らない」
「双子の竜ってそんなに産まれないの?」
「ああ、基本的には卵の中で兄や姉にあたる竜が下の子を食べてしまうから、双子として産まれてくるなんて何万分の一かの確率だな」
「卵の中で」
「卵の中にいたときから優しい兄だったんだよアールヴァルは」
「ふふ、それっぽいね」
「姫まで…」
「…行くのね、二人は」
「ああ」
壁の向こうでバンバンと壁を叩きながら王が何かを叫んでいるが、私たちの耳には聞こえない。唯一、壁の近くにいたデニーには聞こえたようだが。
どうやらヴァルは返せ、と言っているようだが、ヴァル王子に帰る気など無いだろう。
ふわりと「永遠の約束」が優しく光る。どうやら術が発動したらしく、二人は顔を見合わせて笑って言った。
「術が発動したよ、もう転生することは無い」
「竜の国で、普通に生きて、普通に死ねる」
「もう二度と転生の術なんて使わないよ」
「苦しい生だったからな」
「…そうなの、良かった…のね?」
二人は優しく笑うと、その身を竜に変え、空間の亀裂に飛び込んでいった。亀裂の向こうで、金と銀の竜が、他の竜に混じって飛んで行った。やがて空間は静かに塞がって、それと同時に足元の魔法陣も消えた。
「!」
一度に990ものMPを消費したせいで、精神的に疲れが来て、私は足元に崩れてしまった。
「有紗!」
デニーに支えられて、私はほっと一息ついた。
「終わったんだ」
これがきっと、本当の…あのゲームのトゥルーエンドだ、きっと。条件は…「アールヴァルと話し、戦うことを10回拒み、装備した武具を全て外した状態でアルヴィースを使うこと、ただしMPを990以上持っていることとする」…かな?
そんな条件、誰が分かると言うのだろうか。
とは思うが、「アールヴァルと話して、絶対に戦いたくない意思と敵対しない態度を示すとアルヴィースを戦い以外で使えるようになるので、それを使う」って事…なのかな。
そんな事を考えながら息を整えていると、王様が顔を真っ赤にしながら近寄ってきたのだった。




