エセブンディア.7
戦闘が始まってしまう。私は必死に、その攻撃をかいくぐり、魔法を放ち、攻撃を加える。徐々に息の上がっていくヴァティルに、一瞬の隙が出来る。そこに思いっきり、剣を打ち込んだ。
「が…」
もちろん、刃を立ててはいない。フラーの部分で殴るような感じで、剣を鈍器として使ったのだ。
だって、私は彼を殺したいなんて、かけらも思っていないのだから。
どさり、と倒れた彼に、そっと1つのペンダントをかけた。それは、いわゆる呪いのアイテム。MPが増大する代わりにHPが減り続ける効果がある、「吸血のルビー」と言われているもの。もちろんゲーム中では使ったことがない。HPが延々と減り続けたら、ゲーム中では動けるものの、現実では体がだるくてたまらないだろう。
さすがに、また攻撃されたら嫌だから、対策させてもらったが、本来ならこんなことしたくない。だけど、ヴァティルの態度はあまりにも敵愾心が強くて、どうしようもないのだ。
「ヴァティル」
「…なんだ」
「アールヴァルのところへ…行きましょう」
「…」
よろよろと、魔法陣に向かって歩き出す。魔法陣は発動し、見覚えのある城へたどり着く。城の裏庭に小さい小屋があり、そこに転移の出口があった。帰りもきっと、ここから行くのだろう。小屋の壁に小さい魔法陣が書かれている。こっそり魔力を送ってみたが発動しないので、ヴァティルだけが発動出来るようだ。
アールヴァルのいるところに着く前に、私は気になっていたことを聞いた。
「ねえ、ヴァティル」
「…なんだ?」
「あなたは何を守護しているの?」
「…は?」
「あなたはこの国の守護竜だと聞いたから。でも、国を憎んでいるようなあなたが、何を守護しているのだろうと思ってね」
「…まあ、察しの通りだ、俺は何も守護なんてしていない」
「やっぱり」
「本当の守護竜は、アールヴァルの方だから」
「え」
「もう想像ついているんだろう?俺はこの世界を壊し滅ぼしたい。そもそも、俺がこの世界に来たのは、ここに俺とアールヴァルの国を作るため」
「二人の国を?」
「ああ。竜の世界では、1つの卵から双子で産まれる竜は縁起が悪いとされている…母は他の竜に迫害されて死んだ。父も、そんな母を守ろうとして、倒された」
「そんな」
「そして、この世界への時空の割れ目を見つけて、この世界へやってきた俺は、まずは世界を壊そうとした」
「…」
「世界を壊して、自分たちのいいように作り変えようとしたんだ。それを止めたのがアールヴァルだった」
「そうなの…」
「この世界に来て、触れ合った人間を好きになったんだ、アールヴァルは。アールヴァルが俺を止めてたから、俺はこの世界を壊さないに過ぎない」
つまり、世界を壊そうとするヴァティルのストッパーになって、結果世界を守っていたのか、アールヴァルが。
それなのに、守護竜とされて大事にされているのはヴァティルの方で。
それは、アールヴァルにもヴァティルにも、不幸だと思う。
そして、不意に思った。
『今のこの状況は、結果的にエンディング後の隠しダンジョン完全攻略後の状況に似ている』
隠しダンジョンのボス、ヴァティルの首の数が8本になったりとかはしていないものの、聖女の称号を与えられ、金の髪の王子を仲間にして、最強装備ウェディングドレス(聖女のドレスと呼ばれているけど)を手にしている。その状況で、アールヴァルの元に向かっている。
『あれ…隠しダンジョン完全攻略後のアールヴァルを倒したエンディング…どうだった?』
私がこの世界に来る直前までやっていたゲーム、それは隠しダンジョン完全攻略後のエンディングを見ていたはずだ。しかし、何だか画面は暗く、コツコツとヒールを鳴らしてどこかの階段を降りていた。攻略サイトも見た気がするが、「やってはいけない事をすると、バッドエンドになる」って書かれていた気がする。
その条件って…何だったかな。
ええと…。
「あ!」
「あ?」
「あ、いいえ、何でも」
確か…ウェディングドレスを装備したまま、仲間になった金の髪の王子を連れて、アールヴァルを倒すこと。ゲームの際に、それを全部やってた気がする。最強装備だし、王子が仲間になったの嬉しかったし、アールヴァルを倒さないとゲーム終わらないし、と思って。
エンディングが流れる中で、意識が薄れていったが、うっすら覚えている。画面に映る王子が、憎々しげな眼でこちらを見て言った言葉を。
「よくも俺の目の前で大事な弟を殺したな。この血に濡れたウェディングドレスを着たお前に永遠をくれてやる、永遠にお前の命を奪う形でな。お前は決して許さない」
画面の中、金の竜に変化した金の髪の王子が大きく口を開け、画面が赤く染まるのを。
どうして忘れていたのだろう。どうして覚えていなかったのだろう。
ただ、今のタイミングで思い出せて良かった。
大事なことを間違わずに済んだから。
きっと、アールヴァルを倒してはいけない。
ただ、アールヴァルを倒さずに、どうやったらエンディングを迎えられると言うのだろうか。その方法は知らない。
確か…と、前世の記憶を必死に探る。確か「守護竜の導き」と言うゲームには、4つのエンディングがあった。最初にゲームをクリアした時に見るノーマルエンド、先程思い出したバッドエンドに、バッドエンドの条件を1つ以上外したグッドエンド。そして、もっと何らかの条件があったトゥルーエンドだ。多分、竜の二人を救えるのはその条件を思い出せないトゥルーエンドなんだろうと思う。
助けられたらいいのに。何とかして助けたいのに。
あの優しい空気のお茶会を思い出せば、本心でそう思う。穏やかで優しくて、寂しい思いをしている竜なだけなのだ、悪い事なんてしていない。寂しさから魔物を作ってしまい、その魔物が悪さはしているのだが…。その悪さをしている魔物も、方法は間違っているがアールヴァルに心酔した結果、なんだろうなあ。
コツコツと足音が響く。アールヴァルの城の中をあの王子と一緒に歩いているのはとても変な感じがする。大好きな相手と思い込まされた相手だから。不意に手を握りこまれる。もちろん王子じゃない。デニーだった。
「有紗、俺がいるよ、大丈夫」
「…ありがとう」
意識が王子に行っていると思われたのだろうか。だけど大丈夫、王子に対して恋愛感情は無い。
どうアールヴァルと相対したらいいのだろう、それを考える。戦いたくない。けどゲーム上では戦わないとゲームが終わらない。
考えはまとまらないが、歩みは進む。唐草と鳥のモチーフの赤い扉の前に立つ。
ギイ、とゆっくり扉は開く。そこに、アールヴァルはぽつんと一人、立っていた。
「ああ、宿命の姫。来てしまったんだね」
「アールヴァル…」
「僕を…終わりにしてくれるかい?」
その手には海コハクが握られていた。スツートのエリネーゼ姫がアイテムを集めさせて発動させた、転生を止めるアイテム。既にエリスリアの花、真珠草の実、ディオマ山の溶岩までも、横に置いてあるワゴンに乗っていた。本当に本気で、転生を止めたいのだと察した。
「アールヴァル」
「…兄さん」
「お前、本気で」
「本気だよ、もう嫌なんだ、これ以上生きることが」
悲しそうな表情を浮かべるアールヴァル。一緒にお茶をした時の、優しい顔が浮かぶ。前世の私に同情した、寂しい思いをしている竜。そんな彼を、このまま死なせてしまっていいの?いいえ、良くない…。
「アールヴァル…。海コハクを使った儀式を行うことは…そのまま、ここであなたの死を意味するのよ、私には…」
「待てアールヴァル、本当に死ぬ気なのか!?」
「そう言っているじゃないか、もう僕は十分生きたんだ、いいでしょう?」
「お前、私を一人にするのか!」
「何言っているのさ。一人じゃないじゃないか。僕と違って王家に受け入れられて。王子として大事にされて。守護竜なんて持て囃されて。何が不満なんだ」
「そんなの一つも私は望んでいない!」
「じゃあ代わってよ、代われるのなら」
「え…」
「ずっと…ヴァティルの立場になりたかったんだ。一人でこんなところに居ることもなく、家族がいて、人間に認められて。ここにいるのは、僕が作り出した魔物ばかり。自分で作った人形で遊ぶような真似なんて、もうしたくもない」
唯一の例外が、あの、邪魔をしてきた魔法使い、オリバーさんか。それだって、アールヴァルからしたら、長い生の中でやっとそばにいてくれた人だ。長い絶望を解消なんて難しい。いや、無理なんだろう。
終わらせる事、それが私に出来る事…なの?本当にそれしかないの?
『戦いますか? はい いいえ』
不意に、目の前にウィンドウが出現した。戦いますか?なんて。
『いいえ』
戦いたくない。戦うなんて嫌だ。
「!?」
アイテムボックスすら開いていないのに、
―聖女のドレスを装備しました。
何で、ウェディングドレス…じゃなかった、最強装備でありながら、エンディング条件で分岐の条件になる聖女のドレスを装備しているの?
『戦いますか? はい いいえ』
『いいえ』
さっきよりウィンドウが少し大きい気がする。
―戦乙女の兜を装備しました。
…こんな防具あっただろうか?ステータスを見たら、さっきまで装備していた「ルビーのサークレット」…これが最強装備のはずだったのに、それよりも防御力が高い、何故?
『戦いますか? はい いいえ』
『いいえ!』
―フレイヤの槍を装備しました。
これも今までの最強武器よりも強い武器。
『戦いますか? はい いいえ』
『いいえ!』
―ブリーシンガルの首飾りを装備しました。
ああ、勝手に今まで持ったこともない、強い装備が与えられていく。アールヴァルを倒せと言うの?
『戦いますか? はい いいえ』
『絶対に嫌!』
ウィンドウが目の前まで迫っていた。ウィンドウ以外、何も見えないくらいに。
『戦いますね? はい いいえ』
『嫌です!』
『戦ってください。 はい いいえ』
『嫌だってば!』
『戦ってくれないのですか? はい いいえ』
『はい、戦いたくないです』
『戦え! はい いいえ』
『どうしても嫌です!』
『どうやっても戦わないのですか? はい いいえ』
そこまで問われて、ウィンドウが沈黙した。目の前では、アールヴァルとヴァティルの口論は続いていた。
「アールヴァル!どうしても死ぬつもりか!」
「もう、散々生きただろう!?何でまだ生にこだわるんだよ!」
「私はお前と一緒にいたいだけだ!」
私は二人をじっと見ていた。




