エセブンディア.5
オリバーさんの杖を手に持ったまま来てしまったな、としばらく進んでから思った。
「デニー、この杖、返した方がいいと思う?」
紫色の宝玉が先端についた杖は、割と高価そうだった。
「いや、いいんじゃないかな。有紗を殺そうと襲ってきた相手に、そこまで義理立てする必要も無いだろう?」
「うーん、まあ、そうか」
その杖をポーチにしまう。大事なもの、紫の宝玉の杖を手に入れた。
そうして通路を歩く。何もない通路を歩いていると、またも大きな扉の前に立つことになった。
「大きいね、きれいな扉」
銀の縁取りに彩られた、赤い扉。唐草と鳥のモチーフがきれいだと思った。その扉をゆっくり押すと、扉は音もなく開いた。
「あ…」
扉の開いた先には、黒い髪の青年…まだ少年かもしれない、が立っていた。あの金の髪の王子ととても良く似た顔をしていた。
「あなたが」
「初めまして、宿命の姫。便宜上、アールヴァルと呼ばれています」
「アールヴァル…」
「またの名を黒龍ですよ」
にっこりと笑うその表情は、いつも冷たい表情の金の髪の王子とは対照的だった。
「宿命の姫、お名前を伺っても?」
「有紗…川岸有紗、です」
「有紗殿、ですか。良いお名前ですね」
「ありがとう…ございます」
隣に立つデニーは、そっとナイフに手を添えているが、アールヴァルに敵対心を感じないので、戸惑っているようだ。
「こうしてお客様が見えるのは何年振りでしょうか…宜しければ、お茶にお付き合いくださいますか?」
「…はい」
そうして、手元のベルをチリンと鳴らすと、角の生えた女性の魔物がワゴンを運んできた。ワゴンには見事なアフタヌーンティーが乗っている。サンドイッチにプチケーキ、スコーンの3段トレイ、ティーコゼーの下から現れたのは白く繊細な磁器のティーポット。薄口のティーカップはポットとおそろいのものだ。恐る恐る口にした紅茶は薫り高く、すっきりとしたもの。食べ物も、どれもとてつもなく美味しかった。あまりの事に、目を白黒させるしかなかった。ラスボスの本拠地、しかもラスボス相手にアフタヌーンティーって何事なんだろう。こっそり隣を見ると、デニーも心底、戸惑っている表情をしていた。そりゃそうだろうなあ…。
「あの、有紗殿」
「は、はい」
「申し訳ありません、僕のせいでこの世界に呼びつけられた事」
しゅん、と落ち込む姿は、なんだかこちらが悪いことをしているようで、何とも言えない気分にさせられる。
「ああ、いえ、あの、いえ、大丈夫です!」
「ですが」
「あの…本当に、大丈夫なんです」
ふう、と一つため息をついた。
「私、前の世界では孤独だったんです。友達はいないわけではないんですが、親友と呼べるような間柄の子はいませんでしたし、両親との関係は冷めきっていました。学校でも職場でも、居心地が悪くて…こちらの世界に来てからの方が、みんなが優しかったんです。両親も、仲間も」
「それでも、そうさせたのは僕です」
「いいえ、たとえ強制力があったとしても…方法はあった。あの世界でも、居場所を作ろうと思えば作れたんでしょう。でも、そうする気さえ起きないくらいに、前の世界は冷たくて、今の世界は冷たくなくて」
「有紗殿…」
「私に選択肢があったら、前の世界よりこちらを選びます、そういう事です」
「そうですか…」
一言、彼はそう言うと、不意に手の平を上にして、片手を出してきた。何事かを身構えると、ふわり、と手の上に金色の光球を出した。何だか見た記憶がある。
「これ、は」
「これは、あなたの『力』ですよ」
「え、でも、これ、ヴァティルに食べられたんじゃ…」
「そうなんですが、あまりに頑なにあなたのスキルを食べないものだから、心配した兄…ヴァティルが、飲み込んだ力の半分を吐き出して、私の口の中にこれを突っ込んできたんですよ」
「…何だかちょっとイヤ…」
「まあ、そう言わずに」
くすり、と笑うアールヴァルは、表情が豊かだと思う。
「まあ、これを僕の口に突っ込んで満足したのか、兄は去っていきました。僕は、しばらくこれを、口の中でどうしようかと転がしていたのですが…」
そう言いながら、手のひらで光球を転がす。
「ほら、ここ…少し、色が違うでしょう。この部分があったから、僕は思えた」
「…」
「一人じゃない、って」
それは、光球の中で色が違う部分。ゲームキャラクターでない「川岸有紗」の部分である。
「この部分が舌に触れた時に、他の部分はとろけるように甘いのに、この部分は苦い味がしたんだ…それが、この力の持ち主の悲しみと苦しみと涙の味とわかるのに、そう時間はかかりませんでした」
「私の…前世の…力が」
「物語の中のあなたは、何でもできる、何でも叶えられる、万能の力を持っていたのでしょう。あなたのスキルを手にした時も、自信に満ち溢れ何でも出来るという気持ちが伝わってきましたから」
「うう、否定出来ない」
スキルの全てをコンプリートした私は、ゲームの中では何だって出来た。それは確かだ。
「一方で…この色の違う部分は…前世のあなたは、無力に嘆き、喘いでいた…何だか、それが、その孤独感が、とても…他人事でないように思えたのです」
「他人事で、ない」
「そう、あなたの…前世のあなたの魂は、とても孤独な味がした。それがとても愛おしかった」
「そんな…」
「だから、あなたの事は、他の人よりも信じてもいいかもしれない、少しだけ…そう思えたんですよ」
優しく笑う顔。深く傷つけられて、何度も裏切られてきたのに、それでもまだ人を信じようとする、優しい竜。
「優しいんですね、アールヴァル…あなたは」
「兄以外にそう言われるのは、何百年ぶりでしょう」
ふわりと互いに笑いあう。少しだけ、竜の心に近付けた気がした。
「そうですか、魂の分割ですか」
「はい…」
「王は、王家は、相変わらず分かっていない。僕を…王子としての僕を取り戻したところで竜としての僕はどうなってもいいと言っているだけじゃないか」
「あの、アールヴァル。あなたは人であって竜なの?」
「そうですよ、王子としての僕と竜としての僕は完全に同じです、あなたみたいに1つの身体に2つの魂が入っている訳ではありません」
「じゃあ、下手に魂を分割なんてしようとしたら…」
「そうですね。記憶を壊してしまったり、性格が破綻したり、はたまた、人として生活出来なかったり…不具合の出る可能性はあるでしょうね」
「そんなぁ」
「そもそも、人間の部分だけ取り戻せたらそれでいい、って考えが間違っているんです」
「…そうね」
お茶を飲みながら、確かにと思った。深く傷ついた竜の心をなぐさめる事、それが果たされるべき竜との約束のはずなのに。それなのに、未だにこの国は、竜との約束を果たそうとしない。小手先の方法で、お茶を濁そうとしているだけ。
「そうですね…僕は、転生にもう疲れてしまったんです、何度転生しても同じなんです。竜としての生はだいたい200年、それが終わる頃に、魂に刻まれた転生の儀式が勝手に始まってしまうんです、それが辛くてならない」
「転生…」
「それを止める方法があればいいんですが」
そう言われて、思い出した。あのスツートの巫女姫、エリネーゼの事を。
「あります、スツートにいた巫女姫が、繰り返していた転生を止めました!」
「スツート…ああ、400年前にいた場所か」
そう言えば魔王を吹っ飛ばしたって言ってたけども、それがアールヴァルか。
「その際に、転生の呪法を使おうとする娘がいた。人の身で使うことも、何度も転生を繰り返してしまうことになるのも、良いことではないから止めようとしたが」
「え?」
エリネーゼは魔王の呪いで何度も転生してしまうと言っていたが、違うみたい。
「彼女の呪法の魔法陣には一部問題があって、本人の望む望まないに関わらず、何度も転生してしまうようになっていたんだ…僕の最初に使った呪法を解読して使ったんだろうね。あれは不完全な呪法だったよ」
「アールヴァルのせいじゃないのね」
「ああ、もちろん違うよ、むしろ…転生を重ねることが辛いことだと知っているから、止めたかったよ」
「そうだったの」
なんて言ったらいいのか分からないが、エリネーゼが魔王のせいだと言っていた、苦しみの繰り返される転生がただの失敗の呪法のせいで、誰のせいでも無かったあたり、何だかな…と思ってしまう。
「それで、その転生を止める呪法、だったかな。それって…海コハクとか使うもの?」
「え、ええ、そうだけど」
「そっか…あれを使ったのか。確かに転生を止められるけれど…最初の転生の呪法みたいに、失敗が無いか調べていたんだ」
「でも、転生を止めるのの失敗って、どうやって調べるの?」
「そこなんだよね。自分が転生しなくなるとなると、自分では分からないし。誰かが転生するのを止めたからって、その人の魂がこの世界に本当に産まれていないか確かめようにも、産まれてきたことは調べられても産まれてこなかったことは調べられない」
「悪魔の証明みたいなものね」
「そうだね」
「何か証明できる方法があればいいんですれど」
「そうですね…」
うーん、と二人で悩んでみた。そしてふと思い出した。あの、魔術の後に残った宝玉を。
「これから何か追跡できますか?」
「ああ、これが海コハクの…」
そっと青い宝玉を手に取ったアールヴァルは、意識を集中させた。
「そうですか…魔術を追跡したら、成功しています」
「!」
「この術を再現できれば、僕も…」
「…そうはさせない!」
不意に、金色の光が飛び込んできた。
「わ!」
それは、金色の竜。初めて相見える、守護竜ヴァティルだ。大きさを調整しているようで、人間より一回り大きい程度になっているようだ。夢で見た時には、もっともっと大きかったのだけれど。
「ヴァティル!」
「お前か、宿命の小娘。お前ごときが、我からアールヴァルを奪おうと言うのか!」
「え…」
「許さぬ、絶対にアールヴァルを奪うなど許さぬ!」
「兄さん!」
金の竜が力を籠める。その後ろでアールヴァルは手のひらに光をためていた。
「姫!これを!」
光の一部をちぎって残りをこちらに投げてきた。それは私の「力」の光。ちぎった部分は、色が違う箇所。そうか、そんなにも…アールヴァルにとって、前世の私の事は救いになったと言うのか。手放したくないと思うくらいには。
その「力」の光に私の手が触れた。それと同時に、金の竜の攻撃が私を襲った。
「ここからいなくなれ、小娘が!」
金の竜の攻撃にさらされた私とデニーは、遠くに飛ばされた。悲しい目をしたアールヴァルが一瞬だけ見えた。
「う…」
気が付くと、そこは城の外。あの水晶と清い水で結界に穴を開けた場所。もちろん結界の外だ。結界は閉じられてしまっていて、再び開けるには水晶に力を籠め、清らかな水を汲んでくる必要がありそうだ。そして、ふと気づいた。ピロピロと鳴る音。レベルアップ音だ。
「え…」
ステータスを見ると、どんどんとレベルが上がっていく。最終的にはレベルが98で止まった。一部ちぎられたところがレベル99に該当する場所だったのかな?とか思ったが、まあ…経験値を貯めればいいか。
LV 98
HP 9679
MP 970
攻撃力 915
防御力 884
魔法攻撃力 875
魔法防御力 968
スキルも使えないのは、たった1つだけ。
「アルヴィース」…究極とも言える魔法。正直、もう詳しい事は覚えていないが、ただ、ラスボス戦で使う魔法とだけ覚えている。
ただ、ラスボス…。
私、アールヴァルと戦うの?あんな穏やかなひとと?一緒にお茶もしたあの人と?
そばに倒れていたデニーも目を覚ました。周囲をきょろきょろ見渡していたが、私を見てほっとした顔をしていた。
「大丈夫か?」
「うん、大丈夫だよ、ただ…」
「ただ?」
「もうお城には入れないね、結界が閉じてる」
「どうすれば」
「…分からない。一度、王様に相談してみようか」
水晶と水の採れる洞窟は現在使えない。結界を解除する方法が他に無いものかと思い、王様に話を聞くことにしたのだ。
「と言う訳です」
「おお、そうか。黒龍と会ったのか」
「はい」
「素晴らしい!さすが宿命の娘。儂もあやつに会いに行くが、その前にそなたに褒美をやらねばな!」
「褒美?」
「言ったであろうよ、儂はアールヴァルの元に行かねばならぬ、その道を開いてくれたそなたに礼をするのは当然であろう」
「はあ」
そして、急遽、王様は私にお礼を渡す式典を開いた。城の人が集められ、まだ城にいたお父さんことリュシター侯爵とアリサ、デニーも式典に参加することになった。
「アリサ・カワギシ…そなたのおかげで、長きにわたる我らの悲願が達成された」
「…」
まだ達成どころか、会いに行ってもいないのに、暢気だな王様。
「そして、アリサ・カワギシの依代となった、アリサよ」
「!」
私と共に王様の前に立つように言われ、私の横に立っていたアリサ。王様に声をかけられて、ぴゃっと私の後ろに隠れてしまった。
「二人に褒美を授けよう!まずは、アリサ・カワギシ。そなたには、我が国の最高の防御を誇る聖なる服を進呈しよう…名を聖女のドレス。誰も儂を黒龍の元に導けなかったが、それをお主はやり遂げた。そなたを聖女と認定しようと思う」
「!」
――クエストクリア、聖女の称号を手に入れた。
ステータスにも、「称号:聖女」と書かれていた。…まだ一度も黒龍倒してないのに?
ふと思った。これは、ある意味エンディング後の世界線ではないか?と。「強くてニューゲーム」の「強くて」を取り除いたモードとでも言おうか。所持金とスキルとアイテムは持っていたものね。ただ、ゲーム中では聖女の称号は金の竜を何度も倒した後に渡されるものなのだが…何度も倒すどころか、まだ一度しか金の竜には会っていないのだけど。ゲームと流れが違うんだろうな。それとも、ゲームと違って何度も竜を倒すなんて出来ないんだろうか。そんなことをつらつらと考えている間に、王様の横に聖女のドレスと呼ばれているものが運ばれてくる。そこにあったのは、ゲームのエンディング後に手に入れられる、「ウェディングドレス」だった。ああ、やっぱり。
「これは、代々受け継がれてきた、大事な式典の時に着用すると言われている、神聖なるドレスだ。絶大な防御力と強大な魔法防御が施されている。そなたが目的を果たすのに、役に立つだろう」
「目的…」
「そうだ、竜を討つのだろう?」
「王様!」
「我らが子を取り戻した後は、竜はもう…守護してくれぬ竜は不要だからな」
「!」
「さて、幼子の方のアリサよ。お前は何を望む?」
「え…」
アリサは王様に話しかけられても、どうしたらいいか分からない。代わりに私が答えた。
「王様、代わりに私がお願いします」
「おお、どうした」
「アリサを…リュシター侯爵の正式な養子にしてください」
「ほう」
「!」
少し離れた場所に立つ「お父さん」が驚いていた。
「リュシター侯爵家を現在、代理で統治していた侯爵の母を隠居させた後…アリサをあの家の正式な子供にしてください」
「ふむ」
王様は考えるふりをしていたが、リュシター侯爵に顔を向けて聞いた。
「良いか?リュシター侯爵」
「はい、お受けいたします」
「良い、ではその娘、アリサは今後、リュシター侯爵が娘となるが良いぞ」
「は、はい」
こうしてアリサは「お父さんの娘」になった。侯爵の母、エディアはアリサを認めないと言っていたが、王の言葉を無視は出来ないだろう、嫌々ながらもアリサを家に迎え入れるだろう。いじめられたりしないように侯爵にお願いしておこう。
「王様、質問なのですが」
「おお、なんだ」
「現在、黒龍の城には結界が張られています。最初は突破する方法がありましたが、今はありません。王様は結界をどう突破するのでしょうか?」
王城に何か突破する方法があるのだろうか?
「なに、あやつは儂の息子だ。声をかければ結界に穴を開けてくれるだろう」
…ダメだこりゃ。
これは期待しないで他の方法を探した方が良さそうだ。
私は、この世界線がエンディング後であることを考えて…1つ、思ったのだった、あの石碑の事を。
宿命の「娘」と呼んでいるのは王家や国の人たち、「姫」と呼んでいるのは黒龍に所属する人たち、「小娘」は金の竜。黒龍たちは「この世界に呼んでしまって申し訳ない気持ち」王家たちは「この世界に来て当然」金の竜は「黒龍の願いを叶えたら自分と黒龍を引き離すことになる嫌な存在」と思ってます。




