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アセシックスル.4

馬車を借りてエルデロクに向かう最中も、ルディは十分に浮かない顔だ。私からは戦士としてちゃんと強く見えているのに、昔から「村の人からは強く思われていない」と扱われていたせいで、それがどうしても抜けないのだそうだ。15歳で村を出て10年以上、村にほとんど帰っていないせいもあるんだそうだ。半日以上かかったが、そうこうしているうちに、村が見えてきた。

「あれが村だね」

「ああ。まあ、小さい村だけれどな」

「でもルディの産まれた村なんだね。そう考えると感慨あるよ」

「そんな小さい子供の使う言葉かよ」

ぴょんと馬車から飛び降りる。それにルディも続く。

「早く!」

「そんな焦るなよ」

初めての場所だし、石像が手に入るかもしれないし、楽しみには楽しみなのだ、うん。

ルディが追い付くと、こちらを見ている女性に気が付いた。20代後半くらいだろうか。

「ル、ディ?」

「…え、エルナ?」

「ルディ!」

駆け寄ってくる女性。恋人だろうか。

「貴様ーーーーー!」

全力で正拳突きが飛んできた。回避も出来ずにルディはすっ飛ぶ。

「貴様、よくも、あたしを置いて村を出て行ったくせに、子供なんて作って戻ってきたなぁぁ!」

「…え」

どうやら私をルディの子供と勘違いしているようだ。…でも、そう考える方が自然か。こんな子供が冒険者しているなんて、常識の範囲内には無いのだから。どんなに幼くても、普通はスキルが見てもらえるようになる10歳からだ。

「…え、違う?ルディは護衛?君は冒険者?用があってこの村に来た?え、そうなの?」

「はい…」

「ご、ごめんなさい」

「私は大丈夫ですよ、私は」

ちょっと向こうに倒れているルディをちらりと見る。殴られた頬を押さえて痛がっているので、回復魔法をかけてあげた。

「ありがとうな、いてて…」

「ごめんルディ、あたし、てっきり」

「まずは聞けよな…。お前のその早とちり、何とかした方がいいぞ」

エルナさんはちょっと大柄な女性だ。ルディも背が高く筋肉質なせいか、並ぶとバランス良く見える。

「エルナは俺の幼馴染だ。例の、石像屋でもある」

「え、えええ?エルナさんが?」

「え、何、何なの?」

エドさんは、石像屋さんは気難しいと言っていたが、気難しいと言うよりも、ちょっと直情的な女性みたいだった。勘違いしやすいのが気難しいとか捉えられたのだろうか?よく分からない。それとも、幼なじみのルディが一緒だったから、気難しいとか、そんな感情がどこか行ってしまったのだろうか。

そうルディに聞くと、「職人としては気難しいぞ、こだわりはすごいからな」との事。職人としての姿しか見ていなければ、そういう感想になるんだろうな、多分。

エルナさんの工房兼自宅に連れて行ってもらって、事情を話した。

「はあ、石像をね」

「ああ、お前なら間違いないと思ってな」

「そうは言ってもねえ、姿を見た事もない人の実物大の石像って何なの」

二人がああだこうだと言い合っているのを見ながら、私は室内を見渡した。いくつか石像がある。人間もあれば動物もある。動物は馬やライオンが多い。城の前にでも飾るんだろうか。そんな中、工房の一番隅に布がかけられた像があった。布をそっとめくって見て、私は心底驚いた。

「これ!」

「え?」

「この…作りかけの石像…」

そこには首から上しか作られていないけれど、前世の私にそっくりの顔をした石像があった。


「夢を、見たんだよね」

「夢?」

「そう、夢」

それは、ある夜の事。いやに月が大きく見える夜。

あたし…エルナは、夢を見た。

そこには大きな二匹の竜が居た。一方は全身が金色、一方は全身が真っ黒の。その竜の向こうに、大きな光が見えた。その光の中には、一人の人間の影が浮かんでいた。長い髪をしていたその人は、年齢的には、あたしより少し若そうな、あたしより小柄な女性みたいだった。大きな竜が二体並んで立っている、それが見えているのに不思議とその女性の顔が見えた。まるで、その光を上から見ているかのように。金の竜が、その前足を差し出すと、その女性は竜の前足にふわりと収まった。

『これが今回の宿命の娘か…哀れな事よ』

『…こうして、この世界に送り込まれた娘…何人目になるだろうか』

黒い竜が悲しげに俯き言った。その尾をゆらゆらと勇ましく揺らす金の竜に対して、黒い竜の尾は地に落ちて力なさそうにしていた。

『私は、この娘の力をもらう。この肉体に込められた力は確かに極上だ』

金の竜は、光ごと女性を口に放り込み、一噛みした。そして、何かをぷっと吐き出した。竜の前足の上でふわふわと浮かぶそれは、赤く輝いていた。

『私は力の竜、ヴァティル。宿命の娘の力を取り込むことで、また一段と力を増すだろう』

その言葉通りに、竜は一段と光り輝いた。

『さあアールヴァル、技の竜。この娘の技の力は、これまた極上だ。お前の力を増すことが出来るだろう』

『…』

その黒い前足に赤く輝くもの…どうやらスキルが詰まっているらしいそれを、黒い竜はじっと見ていた。

レベルは肉体に宿り、スキルは魂に宿る、か…』

ぽつりと悲しそうに呟く黒い竜。

『食べたくない』

ふるふると首を振る。

『アールヴァル!』

『私は、人間を愛した竜。その人間に裏切られ、この身を闇に堕とした。今更、何をしても、この身が銀に戻る事は無いだろうよ』

『アールヴァル!』

『私は…もう死にたいんだ。なのに、例え命が尽きてもすぐさまに転生してしまう。何度も何度も…転生して…もう、嫌だ。消えたいんだ』

黒い竜の目から、ボロリと零れ落ちる涙。悲しげなその姿に、何も言えずに見つめるしか出来なかった。

『この世界の神か何だか知らない存在が、この世界に心を寄せさせるために、様々なものを様々な世界にばらまいた。書物、歌、詩、そして遊戯…。こうして騙されてこの世界に呼び寄せられた娘たち。最初は、この世界の人間でない存在が、私の心を癒すかもしれないと、そういった意味で呼び寄せられていたのに』

黒い竜の前足に乗っている赤く輝く光を見つめながら、竜は呟く。

『いつしか宿命の娘と呼ばれるようになった彼女たち。いつしかそれは時の王に利用されるようになった…竜を癒せないのならば、殺せと』

『…そうだな…どこまでも度しがたい存在だ、この世界の人間と言うものは』

あたしは何が何だか分からなかった。黒い竜の事は聞いた事がある。かつてはこのアセシックスルにも居て、暴れていたと言うが、人に圧されて段々とエセブンディアに押し込まれているとか…そんな昔話か何かで聞いた事がある。そして、金の竜はこの国の守護をしていると。その金の竜と黒い竜が仲が良くて、どちらかと言うと金の竜の方が人間を憎んでいるように見える。何でなの?

『…こうして、この世界に呼ばれるようになった娘たち…。いつしか力や技を身に着けてくるようになったな。我らを倒せるとでも思ったか』

『…』

『だから、こうして王が手にする前にかすめ取ってやったのさ』

『…また前よりも…強くなっているのだな、宿命の娘は』

『ああ、極上と言ってもいいほどに…。さあ、アールヴァル、その魂を飲みこめ。さすれば、お前は強くなれる。力を蓄えれば、お前ももしかしたら銀に戻れるかもしれぬではないか』

『…ヴァティル…。もう。もういいんだよ』

そうつぶやくと、黒い竜は手の中の赤い光をそっと両の前足で包むと、ぎゅ、と潰した。竜の前足から赤い光の粒子がパラパラと漏れると、やがてきらきら輝きながらどこかへ飛んで行った。

『アールヴァル!どうしてだ!』

『言っただろう、私はもう力など望んでいない。自分の命さえも望んでいないのに、力などどうして望もうか』

『私は認めないぞアールヴァル、お前と共に私は生きる。お前が一番大事なんだ』

そう言われても、黒い竜は力なく俯くばかりだった。そうして私は…静かに目を覚ました。何故だか私は泣いていた。まだ外は薄暗い空だった。だけど、不思議だ。私は、あの娘の石像を作らなくてはならない、そう思った。


「それから数日、その娘の石像を作っていたものの…他の仕事もあるのよ。そればかりに取り掛かれないのよね、それが仕事だって言うならさておき、誰にも頼まれていない事だから」

「はあ。お前がそんな夢のお告げみたいなもので石像作るなんて」

「別にいいでしょ」

「それにしても、他の仕事か。石を取りに行くとかか?」

「ああ、それはね」

「おーい、エルナさんや、石持ってきたぞ」

「あ、ありがとー」

「え」

ルディはエルナさんは人嫌いとか言っていた。村の人とあまり折り合いは良くないとも。でも、石を持ってきたと言う人物は村の人のようだ。

「最近は村の男の人が石を切ってきてくれるのよね」

「え、だって、お前、村の人と」

「ルディ、何年前の話をしているの。あれから村の人も考えを変えたんだよ。もう戦争がある訳でもないし、黒い竜はこのアセシックスルからエセブンディアに押し込んだから、この地の戦士の需要って少ないんだよ。だから村人は、今では何人も、あたしの仕事を手伝ってくれてるんだからね」

「そうか。エルナ…お前は、村人に受け入れられたんだな」

かつて、村の中では弱い男だったルディと、石像作りを生業にした異質な娘のエルナ。村から浮いていた二人は互いに寄り添っていたはずなのに、いつしかエルナは村に受け入れられていた。それがルディはもやもやしているみたいだ。

「ルディ、ねえ。あんた、すごく強くなったんだし、今なら村人と戦っても勝てるんじゃないの?」

「…エルナ、何を」

「ルディは強いんだから!絶対10年前のルディとは違うんだから」

「アリサ…そうかな」

「なあ、ルディ。あたしが村人に受け入れられたみたいに、あんたも強くなったって見せつけてやればいいんだよ」

「エルナ…」

…結論から言うと、ルディは村人に勝った。全勝だった。ルディが昔に戦った時は、ルディは15歳、相手は大人だった。今はルディが大人で経験を積んだ冒険者、相手は戦士としても戦っていない、力は強いが村人だ。敵う訳がない。

「俺、いつの間にこんなに」

「だから言ったじゃない、ルディ。ルディは強いよ、って」

「アリサ…ああ、そうだな。ありがとう」

「良かったね」

「ああ、エルナ。ありがとう…そ、それでな」

「ん?」

どうやらいい雰囲気だったようなので、私はこっそりとエルナの工房から立ち去って、ルディの家に先に向かった。ルディの親は話を先に聞いていたらしく、快く泊めてくれた。あ、いや、ルディも私に遅れる事30分ほどで来たのだったが。

「先に行くなよ、4歳の女の子を放置している人間と思われるじゃないか」

「いや、あんまりにもいい雰囲気で」

「4歳の女の子の台詞じゃないっての」


そうしてルディの家に泊まった翌日、私は再びエルナさんの家に行った。

「この石像を?」

「ええ、完成させてほしいんです!」

私が指差したのは、もちろん、例の首から上だけしかない石像だ。

「だけど、これって趣味みたいなもので」

「じゃあ仕事にすればいいんですよね?」

「そりゃそうだけど」

「私が依頼します!代金ももちろん払います!それならばいいですよね?」

「そ、そりゃあそうだけど…あたしの石像、それなりにするよ?」

「…えっと、おいくらで?」

「…25万」

「…大丈夫です」

「え」

私は、即決で25万を支払った。何せ、前世からアイテムも装備も散々持ち込んでいるので、全く買う必要が無い。使うお金も食事に食材と宿泊費…それ以外は空飛ぶ乗り物2つ買っただけだ。お金も前世から結構な金額持ち込んでるしね。

「何だか複雑だね…こんな小さい女の子から、大金受け取るって」

「小さくても、立派な冒険者ですよ私」

「いやまあ、そうなんだけどね~…」

そうこう言いながらも正式な依頼として受け取ってもらい、完成次第、アセシックスルの冒険者ギルドに連絡がいくようにしてもらった。

「あのさ、アリサ。悪いんだが、俺、少し…村に残りたいんだが」

「あら」

「ルディ…」

「エルナと、その、もうちょっと話をする必要が…あるみたいで」

「いいよ、一人で帰れるから」

「いや、1日待っててくれれば…」

「大丈夫だよ、またね」

私はトランスファーでそのまま、フォルワンへと飛んだのだった。唖然とする二人を残して。

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