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フィルファイブ.2

「リュシター家にか?まあ、行く予定もあったから、構わないが」

「お願いします」

「だが、お前の服だとか用意は無いぞ」

「服…これはどうでしょうか」

アイテムポーチから出したのは、シルクのドレス。防御力はあまり無く、売値が良い、序盤のお助けアイテムだ。…売らなかったけど。それに、翼のストラップシューズ、ルビーのイヤリングを合わせて出してみた。それぞれ、素早さと火魔法への耐性を上げる装備品だ。

「まあ、これならいいだろう。…どこから出したんだ、お前」

「ええと…空間魔法で」

何となくアイテムポーチの存在は言いたくなかった。

「ふ…ん、まあいい」

くるりと背を向ける王子を追いかける。子供の身体である私の事なんて、まるで考慮していない感じの、スタスタ歩き去る様子は、ますます自分の過去の心に疑問を抱かせる。何で好きだったの?自分。

そうして石碑の森を出たところに置かれていた馬車、それに付いていくことになった。…もちろん私は乗せてもらえない。スティートが無かったら、ただの置いてきぼりだ。

「庶民が王族と同じ馬車に乗れる訳が無いだろうが」

王子も、御者も同じ事を言う。それはそうかもしれないが。一応、王子が森の朝露を取り戻した礼として私を連れてってくれるって事なんだよね?と聞きたい。…聞いたところで答えないだろうけれど。

そうして、馬車はリュシター侯爵家へと入って行った。門を通る際に門番に一睨みされたけれど、一応王子が話を通してくれたので、無事に通過することが出来た。門を通ったところで、王子が馬車を降りたところで私を馬車に放り込んだ。一言「さっさと着替えろ」と。なので装備する要領で瞬間着替えした。髪はどうにも出来ないが、4歳が下手に髪をいじり倒しているのも変だろう、そのまま行くことにした。王子はちらりとこちらを見たが、全く関心は無いようだ。…まあ、4歳に興味持つ15歳は気持ち悪いか…。

そうして無事に侯爵家へ入った私は、王子の付き人よりも後ろに立って、こっそりと気配を消すようにしていた。王子にこんな小さい子供が一緒に居るのは不自然なのは分かっているので、王子に視線が集中しているうちに、そっと離脱しようと思っている。

「こちらでお待ちくださいませ」

応接室に通された王子一行と私は、応接室で待つ。もちろん座っているのは王子だけで、私も従者も立って待っている。私は何とかここから一人で抜け出せないだろうかと、周囲をきょろきょろ見渡す。すると

「みっともないからきょろきょろしないように」

と怒られた、従者に。…そりゃ私は平民だから、貴族の…しかも侯爵の屋敷って珍しいんだけれど、決してお屋敷を見渡している訳じゃない。…と言っても通じないだろうし、黙って頭を下げておく。

そうこうしているうちに、現れたリュシター侯爵。

つまり…お父さんだ。

「これは…お久しぶりです、王子殿下」

「ああ、リュシター侯爵も久しいな…5年ぶりか」

「はい…事情がありまして」

「…まあ、お前の事情に興味など無いから良いが…。後で少し、人払いして時間を取ってもらう、お前に聞きたい事があるのでな」

「私にですか」

「お前と言うよりリュシター侯爵家に、だな」

倍は年齢が違う、お父さんと王子。なのに妙に堂々と渡り合っているし、何なんだろうなあ…。

王子とお父さんが話しているうちに、石ころのピアスを身に着けて、気配を消す。どさくさまぎれに部屋を出たら、屋敷内を探索しよう。ひょっとしたら、重い空気とかの理由が分かるかもしれないから。

「とりあえず王子殿下、お食事を用意しております。ごゆるりとお寛ぎください」

「そうか…言葉に甘えておこう」

そうして王子一行が案内のメイドに付いていく。私もこっそり王子一行にまぎれて部屋を出る。いや、出ようとする。私の姿など、誰も気に留めないだろう。

そう思っていたが…。

「?」

肩に重み。動かなくなる足。どう考えても、肩に手を置かれている。そして、こんなことをする人は…たった一人だ。

「…こ、侯爵…様」

そっと振り返ると、にっこり笑ったお父さんが立っていたのだった。

「侯爵様…」

にっこり笑ったお父さんは、部屋の扉をきっちり閉めた。分厚い扉なので、きっと部屋の外に声は漏れないだろう。

「…外に声は聞こえないが、小さい声でな」

扉から離され部屋の真ん中に連れていかれた私は、しゃがみ込んだお父さんに両肩をそっと掴まれた。

「アリサ」

「!」

優しい声と目。服装は立派だけれど、そこには、「お父さん」が居た。連れていかれる前の、庶民の、お母さんの旦那さんの、私のお父さんが。

「呼んでいいの?」

「ああ」

「前みたいに?」

優しく微笑まれた私は、不意にクラリとした感覚に襲われた。

『え?』

「お父さん!」

私の意思ではない誰かが、私の手足を動かしていた。

「お父さん!お父さん、お父さん!」

お父さんにしがみつき、ぼろぼろ泣きながら、ただ、お父さんとだけ連呼していた。そんな娘のことを優しくお父さんは抱きしめ返す。

「苦労させたな、アリサ…まだ4歳なのに…。辛かっただろう」

「お父さん…!」

ぴいぴい泣く少女を、横に立って見ている気がした。ああ、そうか…これは、「アリサ」だ。「有紗」じゃないんだ。今、お父さんに抱き着いているのは、本来、この身体に入っていたアリサ、私じゃない…。

そうか、アリサはずっと、私の中に居たのか…。それが、こうして、お父さんに甘えられると分かった時、表に出てきたんだ。それまではアリサと有紗はこの身体の中で同居して生きていた。でも、どちらかと言うと有紗が強くて、アリサはずっと後ろに追いやられていた。冒険をするには…4歳が生きるには、アリサでは生き抜けなかったから。だからずっと、有紗にこの身体の主導権を譲っていたのだろう。でも本当は、きっと…アリサも表に出たかった。そしてお父さんに…叶うのならお母さんに、有紗ではなくアリサとして、甘えたかっただろう…。どうしても4歳と25歳では25歳に旗が上がる。

やがて泣き疲れたのか、ふっとアリサの身体から力が抜ける。アリサは眠ってしまったようだ。その隙をついて、有紗は…私は、身体の主導権を取り戻した。

「お父さん…」

「…ん?どうやら、しっかり者のアリサが戻ってきたみたいだな」

それは、普通の4歳の少女アリサが後ろに行き、25歳の有紗が顔を出した…と言う意味ではないのだろうが…。

「お父さん、どうして…私に声がかけられたの?気配を消すアイテムを着けていたのに」

「私には、どんなアイテムも効かないよ、アリサ相手ならね」

頭をそっと撫でられる。

「私は、お前のお父さんなんだよ、アリサ。お父さんは、いつでもアリサを気にかけている。誰よりも、アリサのことを考えている。気配を消しても、分かるよ。お父さんなんだから」

「お父さん…」

不意に、扉がそっと開いた。私は咄嗟にソファの陰に身を潜めた。

「コンラート、こんなところで何をしている」

「…母上…」

紫のソプラヴェステのドレスを纏った、気難しそうな女性がそこに立っていた。

咄嗟に隠れたソファの陰から見る女性は、年齢は50代…半ばくらいだろうか。射貫くような厳しい目線は、お父さんをじっと見ていた。

「コンラート」

「…今、王子殿下一行を食事に案内しました。私もすぐに行きます」

「…そう、ならばお待たせしてはいけません、すぐに参りましょう」

ドレスの裾を翻し、コツとヒールを鳴らし、女性は去っていく。お父さんも、後に続いた。名残惜しそうに、ちらりとこちらを見て…重い扉は閉ざされた。

ソプラヴェステはちょっと古い型のドレスです。(ルネッサンス時代のドレスらしいです)

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