フィルファイブ.1
そうして私はスフォーファンドの地に別れを告げる。
スティートに乗って、ぐんぐん進む。フローティアも良かったが、スティートのスピードは全然フローティアと違うので、進んでいて気持ちがいい。やがて境界を越えて、例のぞわりとした感覚も味わって。出現するモンスターのレベルも上がり、今までよりも倒しにくくなった…が、レベルが上がれば苦にならなくなるのだろう。多少の苦労はしても、倒せない事は無いし。装備のレベルも上げておいたので、まあ、大丈夫だろう。
フィルファイブの地に入ってまず感じたのは、違和感。空気が重く、暗いのだ。
上空には輝く太陽、雲が立ち込めているとか、そんな訳では無いのだけれど、それでもひどく空気が重く感じるのだ。
「何、この感じ?」
今、私が居るのはフィルファイブの外れにある村だ。行き交う村人の表情は何だか硬く、暗い。
「あの…」
通りすがりの村人に声をかける。
「ん?なんだ嬢ちゃん?」
「私、スフォーファンドから来ましたけど…何かあったんですか?何だかすごく…雰囲気が…」
「…いや、この村に何かあった訳じゃないよ」
「そうなんですか?」
「ああ、けどなあ」
村人が言うには、数年前までは作物も良く育ち、暖かで豊かな地域で、誰もが住みたいと思うような地域がフィルファイブだったのだそうだ。
「それが何で?魔物でも出たとか…」
「まあ、この地域は結構魔王の城に近い地域だから、それなりに強い魔物は出るけれど、そうじゃないよ」
フィルファイブの2つ向こう、エセブンディアの外れにあるのが俗に魔王と呼ばれている黒竜アールヴァルの居所だ。確かに近い…けれど、それだったら、きっとエセブンディアや、その隣、アセシックスルは壊滅的なダメージを受けている。王様の感じでは、そんな感じは受けない。
「数年前…まあ、噂なんだがな…この地域を治めている領主様の所に、何やら色々あったらしいんだ」
「領主…」
「知っているかな。侯爵様、リュシター家」
「!」
それは…。「お父さん」ラートの本名だ。コンラート・リュシター。
そうか、ここは…侯爵領か。
「領主様は、何でも代々とんでもなく気難しい人でな。良く周囲の人間に当たり散らしていたんだ。ここは侯爵領でも外れの方だから、まだ良かったが…侯爵家の城下町とも言えるフィルファイブの街の連中なんかは、いつもビクビク怯えて暮らしていたらしいんだ」
「気難しかったの?」
「ああ。侯爵家に雇われた人間は、大部分が短期間で音を上げる。残れた連中は、余程後が無かったか、珍しく気に入られたかのどちらかだそうだ」
「はあ~…」
「まあ、そんな中でもな…数年前に、急な事で当時の領主様が亡くなられて、息子さんに代替わりしたんだそうだ。その方は穏やかで。その方に代替わりしてから、気候も過ごしやすく穏やかになったんだ。まだお若い方だったんだが、俺らはその新しい領主様を好きだった」
「…」
「でも、この領主様。お若くして亡くなってしまい…それからだ。まるで領主様の息子の死を嘆くように、空気が重苦しく、不安定な気候になって…作物の育ちも悪くなっちまったんだ」
「そんな…」
「偶然だとは思うんだけどもな…。いくら亡くなられ若様が立派な方だったとしても、天が嘆くなんてなあ」
何だろうな…。フィルファイブの中心地に行かなければならない気がした。
この重い空気と荒れる気候、そこに、侯爵家が関係している気がしたのだ。「う~ん」
侯爵領の中心地、フィルファイブの街。そこに着いたからと言っても、そう易々と侯爵家に行ける訳ではない。例え、王様から授けられた冒険者カードのペンダントがあっても。
とりあえず様子を見ようと、冒険者ギルドでいくつか依頼を受けて過ごした。いくつか依頼を受けて、その中の一つに魔物の討伐依頼があった。ラッタスと言う、大きめのネズミのような魔物で、大して強くないものの数が多くて、1つを倒している間に他から質より量の攻撃を受けるので、大変に鬱陶しい。それを片付けている最中に、魔物が緑に輝く雫型の宝石を落とした。
「これって」
それは、ゲーム中でもかなりレアドロップのアイテムだった。それを持っていると、隠しイベントが発生する。ゲームクリアには全く関係ないイベントだったから、スルーする人も多かったらしい。何せ、ドロップ率は0.1%、1000体倒して1つ落とすくらいのレア率。ゲーム中で本当にさりげなく示されたヒントで情報を知った私はめちゃめちゃ魔物を討伐した。ゲーム中に「モンスター図鑑」の名称で、討伐した魔物の情報や討伐数が出てくるのだけれど、実際にこの宝石をゲットする頃には討伐数が1300を超えていた。ちょっとドロップ運が悪かったようだ…。それがこんな何気ない討伐で手に入れてしまって…良かったのだろうか。
実際に、隠しイベントは発生して、そのイベントのムービーの美しさに私は満足した記憶がある。
「今回も…発生したりするのかなあ」
手にした緑の雫型の宝石、その名を「森の朝露」をじっと見つめた。
すると、後ろからガサリと音がした。ここは森の中、居るとすれば野生動物か魔物だ、咄嗟に身構えると
「何でお前がこんなところにいる」
それはこちらの台詞だと思うが、とりあえず跪く。
そこに居たのは、スフォーファンドで冷たい目を向けられた、あの王子だったのだから。
「お前、その手のものは」
「え、これは」
「何故、お前がそれを持っている!盗んだのか!?」
「盗んだ!?」
突然、森の中に現れて、人の事を盗人扱い。何でこんな人なんだ、この人。
「盗んだだなんて人聞きの悪い事を言わないでください、王子様でも言っていいことと悪い事があるんです!」
「な」
「これは、さっきラッタスを倒した際に、ラッタスが落として行ったものです。盗んだなんて」
「…すまない」
おお、王子が謝った。
「この宝石…森の朝露が石碑から消えていたものだから、盗まれたのだと思ってな。冷静になれば…人間に盗めるはずもないのにな」
「?」
「…森の朝露を手にした人間には知る権利があるだろう、ついて来い」
王子がくるりと方向を変えて歩き出した。そちらは森の奥、どこに行くのだろう?そう思いつつ、王子の後を付いていくと、段々と森の雰囲気が変わってきた。
「さっきまでと…森が違う」
「幻術がかけられている。目的地には、普通の人間はたどり着けぬ。案内が無ければな」
目に見えていたのは幻術で、今、目に映っているのが本当の森だと言う事か。
手にしている森の朝露は、最初はほんのりと光っていただけだったのに、段々と輝きを増してきていた。
そして、王子がぴたりと足を止めた。そして胸元からペンダントを取り出すと、目の前の森に掲げた。すると、森がゆっくりと開いていく。王子がそっと服の中にしまったそのペンダントは、私が王様に与えられたペンダントに似ていた。
「そのペンダント…」
「…説明は後だ」
開いた森の中、そこに石碑が1つぽつんと置かれていた。何やら文字が刻まれている、大きさとしては人よりは少し大きい…2mあるかないかくらいかと思われる。いくつかあるくぼみと、石に刻まれた文章。王子に阻まれて、読めるほど近付くことが出来ていないが、なんて書いてあるんだろうな?そもそも読めるのかな…。
その石碑の真ん中に、雫型に開いた穴がある。ここに森の朝露がはまっていたのだろう。
「それを寄越せ」
「…」
黙って森の朝露を渡す。少しだけ緑色に色付いた、ほぼ透明の雫型の石。王子がそれを両手で握ると、魔力を込めたようだ、王子の両手の中の森の朝露が激しい光を放つ。
「!」
目をそらすと、光はすぐに収まった。そおっと目を向けると、森の朝露は、まるで翡翠のように、鮮やかな緑色をしていた。
「色が…」
「ああ、森の朝露は王家の魔力を充填すると色が濃くなる。魔力が抜けるに従って、色は薄れる」
「ラッタスがこれを奪ったのは」
「ラッタスは攻撃魔法が全く効かないが、魔力を欲しがる性質がある、それ故に魔力が貯められているこれを欲しがるのだろう…いったい、いつ持っていかれたのだろう…」
そう、ラッタスには魔法が全く効かない。なので全体攻撃魔法が意味をなさない。必ず集団で出現するにも関わらず一匹一匹、物理攻撃で倒さないといけないので倒すのが面倒な魔物だ。その頃の武器は全体攻撃出来るものが無い。序盤の、せいぜいレベルが10も無い程度くらいまでしか使わないレベルの武器しかなく、その後は全体攻撃したいなら攻撃魔法を使うのが当たり前。ラッタスは、そう言う意味で苦労する魔物だった。
「だが、これはこの石碑の封印の要、これは人間だけ遠ざけていたが、魔物も遠ざけるようにしないとならないな」
「人間だけ?」
「…人間など汚く醜い」
自分も人間なのに、この王子は極端に人間が嫌いなようだ…何故だろう。
「まあ、何はともあれ…」
王子は森の朝露を石碑のくぼみに嵌めこんだ。石碑に魔力が行き渡り、汚れ苔むしていた石碑が、まるで新品の姿を取り戻した。一体どれだけの時間、森の朝露が外されていたのだろう?何故王家の人間はその間、誰も来なかったのだろう?いや、ひょっとしたら来ていても、森の朝露を持っているラッタスに辿り着けなかっただけかもしれないが…。
「わあ、すごい」
思わず近寄ると
「寄るな!」
王子に怒鳴られる。びくりと驚き足を止めたものの…私の胸にあるペンダントが、きらきら輝いた。
「これ」
「…ち…」
王子が頭を抱えて舌打ちをする。
「よりによって本物を渡してしまったのか…愚かな」
王子は強引に、私の胸元のペンダントを引きずり出した。チェーンが切れることは無く、金の竜のペンダントヘッドは静かに光っていた。
「レプリカを渡せば良かったものを。いや、おそらく、いつの間にか本物とレプリカを取り違えるようになったのだろうな」
昔にくらべて宝石の研磨もチェーンの作り方も鋳金技術も加工技術も高くなっているしな…古いものより新しく美しいものを本物と思っても仕方がないか…などとぶつぶつ言っていた。どうしよう、放っておいてもいいのだろうか。もう帰りたい。でも、ペンダントから手を離してくれないし、何とかして…。
「仕方ない、説明してやる」
腕組みをして、私の前に偉そうに立つ王子。もう、いかにも不機嫌満載な顔をしている。
「そのペンダントは、はるか昔…王家が竜たちの供養のために作ったものだ」
「供養…」
「何とか、竜の心を鎮めようとしたんだろうな。竜の祭壇を作り、その鍵として作られたのが、自分の持つ銀の竜のペンダントと、お前の持つ金の竜のペンダントだ」
見ると、王子のペンダントは銀に青い宝石を抱くもの、そして私のものは金に赤い宝石を抱くものだ。
「…あれ?王様からいただいた時と…宝石が違う」
「…それが…鍵として起動したペンダントだ」
「鍵として」
「中の石がスタールビーに変化しているだろう」
王子のペンダントはスターサファイアなんだそうだ。
「この石碑の下には、王家が昔に作った竜の祭壇がある。だが、今は誰も入る事が出来なくなっている」
「ええと…どうしてか、って聞いても…?」
ギロリとにらまれてしまったが、王子は深くため息をついて答えた。
「王家は、この祭壇をいつしか忘れてしまったのだ…森の朝露の他に、必要な物があるのだけれども…それらは全て持ち去られてしまったのだ…他ならぬ、人間の手によって」
王子は、石碑を優しくなでるけれど、その目は酷く荒れていた。
「竜が人を愛しても、人が竜を愛さない」
「…王子」
「こんな有様で、王家から…ヴァティルもアールヴァルも解放されるものか」
もしも撫でているのが竜の石碑でなかったら、壊しているだろうなと思う表情だった。人間に対しての苛立ちがひどい。
「まあ…仕方がない。とりあえず…森の朝露を取り戻してくれた礼はせねばなるまい、何を望む」
冷たい目を向けられて、何が欲しいとか出てこない…あ。
「でしたら、一つ、お願いを聞いていただけたら」
「…なんだ」
「侯爵家に…リュシター侯爵家に、連れて行ってもらえませんか」




