スフォーファンド.1
ふわふわとフローティアを運転する。腰のアイテムポーチには、大事な物を秘めている。
「旅立つのでしたら、これを。小さな冒険者殿」
「大神官様、これは?」
「王に渡していただきたい書状です。神殿に魔物が侵入し、大神官である私が乗っ取られたなど、忌々しき事態です。私の封蝋の書状も別にあります。こちらを見せれば、王城に入れてもらうことも可能でしょう」
「これで?」
「仮にも、王家の覚えもめでたい神殿の大神官の封蝋の書状です。そう軽んじることも出来ますまい」
「はあ、そういうものですか」
――大事な物、大神官の書状を手に入れた。
と言う事を思い出しながら、ふわふわ進む。フローティア、4歳が普通に歩くよりは早いんだけど、もう少し早く進まないかな…などと思っている。もう少し早く進めたら、途中で宿に泊まる数も少なくなったりするんじゃないかな~、なんて。
そう思いながら、道沿いに現れた集落で宿を借りる。エスリールとスフォーファンドの間にあるこの集落は、住むには小さい集落ではあるが、それなりに需要があるらしく、そこそこに宿泊客が居た。
「おや、これは小さいお客様だ」
「はい、でも、ちゃんと冒険者ですよ、ほらコレ」
と、冒険者カードを提示する。
「はは、分かってるよ。こんな小さい嬢ちゃんが一人で歩いているなんて、冒険者じゃないなら迷子か自殺行為だよ」
からからと笑いながら、宿のご主人はチェックインの手続きをしてくれた。一息つくと、周囲の人を見る。行商人や冒険者が多い。集落を見て回ろうかと思って宿を出る。
「なあ、そこの娘さん」
突然、声をかけられた。
「…え、私?」
見上げる人物は30手前くらいの男性だった。
「そうそう。アンタ、変わった乗り物に乗ってるな」
「…ええ、まあ、はあ」
そんなに前の事ではないのに、何故だか随分、昔のように思える。二つ目の地区スツートの事。4つの媒体を集め、巫女姫とその仲間の解放と新たな仲間、そして別れを。
「なあ、それ、もっと早くしたいとか思わないか?」
「え?」
「俺は技師なんだ。アンタの乗り物、改造してやっても良いぜ」
「…う~ん」
正直、確かにもう少し、スピードが速いと良いのだが。
「じゃあ、これ借りるぜ」
「え、あ、ちょっと」
男性はフローティアを持って行ってしまった。名前も知らない人なのに。
「やだ、返して」
しかし男性は早足に、やがて駆け足になって行ってしまった。…盗まれた!
「待って、待ってよ!」
4歳の足では追い付けない。他に移動の手段があれば良かったのだが、空を飛ぶのはフローティアに任せきっていたし、自力で歩くか走るしかない。
そうして、おろおろと集落を彷徨っていたら、集落から少し離れたところにお屋敷が建っていた。貴族の別荘かな?
そっと裏口に近寄ると、建物の中に入っていく、例の盗人が見えた。
「!…何で」
幸い、裏口に通じる門の扉は開いていた。石ころのピアスを装備して、私もお屋敷に侵入した。
「何だ、それは」
「へへ、旦那様。珍しい品をご所望との事でしたので…こちらは、空をふわふわ飛んで移動できる乗り物でございます」
「…」
「…あの…いかがですか?」
「…くだらん」
「…へ」
「城下町に行けば、多少の値が張るが、空を飛べる乗り物も売っているわい」
「…え」
「所詮は庶民か…貴族の店で売っているものは知らぬと見える」
「…旦那様」
「つまらぬ、興が削がれた」
つまりは、男は技師でも何でもなくて、珍しい物を集めて、この貴族の男に売りつけようとしていたと見える。ただ、それが上手くいかなかったようだ。
「…」
貴族の男は立ち去り、盗人の男は屋敷から追い出された。私から盗んだフローティアを片手に。
「…く、こんなもの!」
男はフローティアを目いっぱいに地面に叩きつけた。
「あ!」
「!」
思わず声を出してしまった。男と目が合うが、その時には既にフローティアは地面に叩きつけられていた。ボキリと折れた翼、歪んだハンドル、割れた座面、魔石を入れる場所も割れ、穴が空いていた。
「何てことを」
2つの地区の相棒だったフローティア。もう、こんなに壊れてしまったのでは、乗ることは出来ない。
「…ふん」
男は引き留める間もなく、立ち去って行った。
――大事な物、壊れたフローティアを手に入れた。
壊れたフローティアをアイテムポーチに仕舞う。何だかとてもやるせなかった。私の不注意とか使い方が荒くて、それで壊れるなら自分のせいだから仕方なかった。でも、油断で盗まれて他人の手で壊されるなんて…切ないな。直すにはスツートの、あの職人の所に行かないといけないだろうが、スツートは遠い。ちょっとやそっとで戻れる距離では無い。
そして、この先の道を、フローティア無しで、てくてく歩かないといけない。今までよりも長い時間かかる。ちょっと…いや、だいぶきついかな…。宿の人で、スフォーファンド方面に向かう人に声をかけてみたら、その人から乗り合い馬車の情報を教えてもらい、スフォーファンドまで馬車で移動出来た。歩かずに済んで良かったし、宿の張り紙を良く見たらちゃんと書いてあった。何ということでしょう。
そうしてスフォーファンドの前まで来た。スフォーファンドはこの国の王城の城下町。国で一番栄える場所にして、国の中心に位置する。全部で7つある地域の4番目。魔物の強さも真ん中。フォルワンに近いほど魔物は弱く、7つ目の地域エセブンディアに近くなるほど強くなる。
そして、前世で一目ぼれして好きだった王子が、この地域のどこかに…いや基本王城に居る。
大神官の書状…お城に届けないといけないが、どうしよう。こんな4歳児が城に大神官の書状を持って行っても、信じてもらえるか?大神官の封蝋を偽物とか思われないか?ああ、説得力が欲しい…。
うん、とりあえず冒険者ギルドに行ってみよう。宿泊場所も押さえたいし、何か良いクエストがあったりしないかな。そう思ってギルドに行き、登録をする。クエストの張り紙を見ていたら、変わった依頼があった。
「…なにコレ」
『秘められた力の解放の助手』
依頼金は普通だが、依頼内容がナンダコレです。秘められた力…?
とても気になったので、依頼を受けることにした。場所は町はずれの研究室。そこまでてくてく歩いて行く。スフォーファンドは大きい街だ。城に近いほど有力者や金持ちが住んでいる。町はずれに近付くにつれて、街の雰囲気が荒れてきているのが分かる。道の横には3メートルほどの崖があり、その下を川が流れている。その川、道を挟んだ反対側は地下街が広がっている。その地下街は本来は下水道なのだが、貧しい人たちが下水道の中に集落をつくり、それがやがて地下街になっていったのだとか。裕福でない人が住み、日銭を稼ぐような生活をしていて、なかなかそこから抜け出せないのだとか。
私は平民なのだが…両親が大事に育ててくれたから、毎日、豊かではないが食事を摂れて、清潔に洗った衣服をまとい、掃除された家に住んでいた。それが恵まれた生活だったんだなと、今更ながら思う。やせ細った薄汚れた服を纏った人が、その地下街から仕事に出かける。私はしがない冒険者、彼らのために何も出来ない。それが、何だかくやしい。
…ゲームの中に、あんな地下街あったかな。スフォーファンドの町はもちろんゲーム中に存在していたし、こうして町の中を移動したはずなのだけれど…。
そんな風に悩みながらも、目的地の研究所に到着した。お世辞にも綺麗と言えない外観をした研究所だが…ゴミや埃にまみれているのではなく…どちらかと言うと、ススにまみれている気がする。
「あの~、すみません…」
そっと研究所の中をのぞくと、フラスコ片手に何かをブツブツ言っている人が居た。うわあ、いかにも研究者って感じ。
「ん?なんだ?」
「あの、冒険者ギルドの依頼を見て来ました」
「アンタが?…いや、あんた見た目通りじゃあないね」
「え?」
「ああ、いや~、このメガネな…研究に失敗して薬品かぶっちまって…そしたら、色々見えなかったモンが見えるようになっちまってなあ」
「え、じゃあ」
「ちっこい娘に重なるように、おっきい娘が立ってるわい。何だアンタ」
「!」
「このメガネが量産出来てたらなあ、研究費用も集められるかもしれんが…あの薬品、うっかり棚の上から落っこちてきた何かがビーカーに入って変な反応しちまったヤツだから…棚の上から落ちてきたモンが何だか分からん」
ブツブツ何か言いながら、研究者は背中を向けて研究に戻ろうとしている。
「あの!」
「ああ、忘れていた」
目の前に居た人を忘れないでください。
「ここらの材料を集めてきてくれんか」
お使いイベントか。まあ、別に良いけれど…。いくつか手持ちの材料もあるな、アイテムポーチの中に、これとかこれとか、ある。残りの材料は3つかな。
「そう言えば…空飛ぶ乗り物って、この街に売ってるんですか?」
「あ?ああ、貴族街に売ってるが、それがどうした」
「いや、単に欲しくて」
「アンタみたいな子供…いや、中身は知らんが見た目子供が買えるかね」
「高いんですか」
「それ以前に、いかにも庶民のアンタが、しかも子供の見た目のアンタが買えるかねって話」
「うう…」
そう言われると何も言えないなあ…。とりあえず、今は諦めるべき?それとも、何とかして貴族街行くべき?この短い足では、材料の収穫場所まで遠そうだもの。
とりあえず、リストの中で一番近場にあるものを採取に行く。4歳の身体が不便だと、やっぱり思う。何とかして、前世の25歳の姿に戻れないものだろうか。考えても戻る事は難しいと言うか不可能だろう。この世界で生きているのは「アリサ」なんだから。「川岸有紗」じゃないんだから。




