エスリール.2
そうして大神官に私は捕らえられて、物置のような小部屋に閉じ込められた。石ころのピアスは外した。捕まってしまったなら、取り上げられても仕方ない以上、とりあえずアイテムポーチに仕舞ってしまい、他人からの干渉を避ける方が良いだろう。部屋を見渡して逃げ出せないかと思っても、窓ははめ込みとなっていて開けることは出来ず、窓からの脱出は難しい。棚の後ろに何かあるようでもないし、扉は…開錠の魔法はまだ使えない。もっとレベルが上がらないと出来ない。シーフの上級職、ローグで覚えるからだ。ローグのジョブレベル3で覚えると言う、基本レベルでは30くらいに相当するものだ、まだ足りない。ゲーム中では、これを覚える頃には「マスターキー」と呼ばれる、扉や宝箱は何でも開錠出来るアイテムが手に入っていたので、この魔法は、あまり意味が無かったのだが…。どうでもいいが、「ローグ」って「ごろつき」とか、そんな意味なんだけど…いいのかな、プレーヤーがそんなジョブに就いていて。
そんな風に色々考えていると、扉が開き、大神官が入ってきた。他にも神官を二人連れている。3人倒して脱出は難しそうだ。
「こんな幼子が気配を薄める術を知っているとはな。お前は何者だ」
「…」
「言え」
ぐい、と胸元を掴まれる。チャラ、と冒険者カードの入ったペンダントが胸元から出てきた。
「…これは…そうか」
手にしていた赤い宝玉の杖でペンダントヘッドを軽く叩く。ふわ、と冒険者カードが浮かぶ。
「…え、どうして」
冒険者カードを本人以外が出現させるなんて出来るなんて聞いた事が無いのだが。
「儂は大神官だぞ?何でも出来る」
にやりと笑う顔は悍ましい。
「名前はアリサ、冒険者レベルは7、基本レベルは19…普通の冒険者だな。年齢は4歳。この歳で普通に冒険者をしているのは称賛するぞ」
「…」
胸元を掴まれたまま、ニヤニヤと嫌な笑いを浮かべられたまま褒められても、嬉しくない。
「お前はどんなジョブに就いているのだ?」
コツン、と冒険者カードを杖で叩く。他人のジョブレベルを見る事なんて出来るの?と思うが…この男は大神官だ。色々言動が疑わしいが、他人にジョブを与えられるのは間違いなく大神官なのだ。だとしたら。
「!見ないで!」
「ほう?これは…ん?」
「…!」
ニヤリと大神官が笑う。
「驚いたな…その年齢で、どうやってこんなにもジョブを極められる?見た目通りではないと言う事か…?」
ぱっと胸ぐらを掴まれていた手を離される。そのまま、その手をかざされる。
「拘束の輪」
不意に現れた金の輪に、身体をがっちりと拘束される。これは、ゲームの中でも使われていた技。ただし…敵限定、だ。1ターンに限り、何も出来なくなる技。敵…限定。
(魔物…なのに大神官…どういう事なの!?)
未だに頭は混乱していた。
物置部屋から移動させられた先は、それなりに立派な部屋だった。神殿にある、貴族が泊まる部屋なのだそう。何でこの部屋に移動したのかと言うと、単に鍵がかけられて、単純に脱出が難しいだけだ。貴族の部屋だから襲いにくいし貴族が逃げたり遊びに出てしまったりしてしまうのも防止していて、鍵もかなり複雑な鍵を使用しているのだとか。良く分からないけれど。先ほどの物置部屋すら逃げられなかった私が逃げられる訳もなく。第一、まだ拘束の輪で捕まえられているのだ。
「さて。お前は何者だ?」
目の前に立つ大神官が聞いてくる。
「4歳で、全てのジョブのレベルを10にするなど無理だ。生涯かけても難しい事を、お前は遂げている…どういう事だ」
「…」
「だんまりか…。まあ、それならそれでも良い」
拘束の輪が再びかけられる。
「あう!」
「それほどまでその身に力をため込んでいるのであれば…主にとって、さぞや良い糧になることだろう」
「…主…って…?」
「ふん、知りたいか」
「…はい」
「…良かろう、教えてやる…アールヴァル様、我が主…」
「!」
アールヴァル。いわゆる悪しき存在、ラスボスだ。世にはびこる魔物は全て、アールヴァルの魔力を受けて産まれるとまで言われている。アールヴァルから漏れる魔力が、欲を吸ったコインや宝石に宿り、魔物として命を得るのだと…攻略本に書いてあった。設定ってヤツです。
アールヴァルは黒いドラゴンで、世の中の全てを憎み、特にこのフィンセントの国を恨んでいた。ゲーム中で事細かに語られはしなかったが、フィンセント王家がアールヴァルに酷い事をしていて、恨みが募っていた。しかしながら脆弱な身であったアールヴァルは力を求め、様々な手段で力を集め、やがて手段が目的になっていった。やたらと力ばかりを求めるようになっていったのだ。本来の目的を忘れて。
そうして、いつしか魔王として祭り上げられ、アールヴァルの元には部下となる魔物が集まるようになってきた。この大神官も、おそらくは高位の部下なのではないだろうか。魔王に力を献上する役目を負っているのなら。
「さあ、死にゆくお前には、これ以上の情報など必要あるまいよ」
「…」
「アリサと言ったな…」
「!」
「くらえ!」
赤い宝玉の杖から、魔力がほとばしる。死なぬまでも、動けなくなる程度には傷を負わせるつもりなのだろう。だが。
「反射の腕輪!」
ゲーム中に3つだけ手に入った、1ターンだけ全ての攻撃を跳ね返す腕輪だ。もちろん一度しか使えない。もったいないからゲーム中では使わないでいた。そもそも、レベルマックスになっていたから、ラスボスなんてひとひねりになっていたから必要無かった。
「! ぐうっ!」
大神官に攻撃が跳ね返る。反射を流しきれずに、大神官は床に倒れる。こちらも、受けた攻撃の衝撃の大きさに、壁まで飛ばされて背中を強打した。ちょっとしばらく立てないかもしれない。何せ4歳の小さい体なので、軽々飛ばされてしまった。
「ぐ…うう…」
大神官が悔しそうな顔で、こちらを見る。不意に、大神官の姿が揺らいだ。
「え?」
「ぐ…大神官への定着が悪くなるな…」
ズル、と大神官から黒い靄のようなものが浮かび上がる。それは赤い目をしていた。足元の大神官が白目をむいていたが、微かに見える瞳の色は、青だった。赤からは一番遠い色。
「大神官を…乗っ取っていたの?」
「フン、有力者に取り付くなど、基本だろうに」
靄が大神官の身体に吸い込まれていく。白目から回復したその瞳の色は、赤だった。
「大神官に取り付くには苦労した…神殿に入り込むには、この神殿を訪れる人間に取り付き、そいつを操れば、そこまでは容易なのだが…何せ、神殿。聖なる場所。そこに魔物である儂が入り込むのはなかなか骨が折れた」
カツ、と手にしていた杖を支えに、大神官は立ち上がる。
「神殿を訪れようとしていた人間に取り付き、その人間の奥深くに身を潜めて、神殿の結界を通り過ぎる…表面に居るよりも、奥深くに居る方が結界の攻撃に対しては守られるのだが…危うく消えるところだった」
「消えかけるって?」
「人間の奥深くとは、その人間と融合、吸収される一歩手前の位置なのだ、もう数分その状態が続いていたら…取り付いた人間がうっかり結界の境目で立ち止まっていたら…。危うく誰にも気付かれずに無名の人間に吸収され消えるところだった」
「はあ…」
息を乱しながら大神官が近付いてくる。私は、まだ背中が痛くて立てない。
「だが、何とか結界を超えたら、後は人間が大神官の元へ連れて行ってくれた。少しずつ存在を浮上させ、大神官の前に立った時には、儂は一瞬で大神官に飛び掛かり、乗り移った」
まだ大神官側もダメージがあるのか、少し歩いては休む。思いの外、反射のダメージ大きかったんだな…そんなのをまともに食らっていたら、死んでたんじゃないかな私。
「大神官に乗り移りさえすれば、後はもう儂の思いのまま。結界を完全に無くすと疑われるから、少しずつ弱めて、今ではごく弱い魔物くらいしか防げない程度になっておる。大神官の力も自由に使える。魔法もなかなか良い腕をしているぞ、こやつは」
ニヤリと笑う。嫌な顔だ。
「だが、惜しいのは、こやつの力は聖なる力、清らかが過ぎて、魔王城に儂がこの身体を連れて行ったら、魔王様の力の影響を受けすぎてしまって、せっかくの魔力や魔法、ジョブを与える能力…そう言ったものが全部消えてしまう。それは、あまりにもったいないのでな」
もう、大神官は私からほんの数歩離れた場所に立つだけだ。
「儂はこの地で…人間の王城にも近く、また、人間の心のよりどころになっているこの神殿を、実質的に乗っ取った。そうして、この地に訪れる人間から、ジョブの為に貯めた力を奪い続けている…もう少しで、この宝玉も、奪った力でいっぱいになるだろう」
愛おしそうに、杖の先の宝玉を撫でる。
「魔王様に、この、力を蓄えた宝玉を献上すれば、さぞや素晴らしい褒美を頂けることだろう…そう思っていたが」
そこで、ちらりとこちらを見た。
「基本の下級ジョブの力ばかりを集めたところで、所詮は下級の力。そして、上級どころか特級のジョブを極めたお前は、この宝玉に集められた力の何十、何百倍の価値がある」
この世界には上級ジョブ…先の、シーフの上級職ローグみたいな、下級ジョブをいくつかマスターすることで開かれるジョブがある。ローグはシーフとウォリアーをマスターすることで開かれる。そしてその上級ジョブをいくつかマスターすることで開かれるのが特級ジョブだ。その上級ジョブに就いている人は少ないんだろうか…と思ったが、この大神官が下級ジョブをマスターする度にジョブを吸い取ってしまっていては、いつになっても上級ジョブになど就けないか…。
じりじり迫る大神官を目の前に、思考に沈んでいた私。そして、目の前に大神官の足先が見えた時、ふとアイテムポーチの中身を確認したのだった。よし。これが使える。
「さあ、魔王様の元に連れて行ってやる。偉大な魔王様の一部になれるのだ。光栄に思え」
「…誰が!」
そしてアイテムポーチから1つのアイテムを取り出し、大神官の足に、それを刺した。
「何を…ぐうう」
「…それは、『麻痺蜂の針』」
名前の通り、相手を麻痺させる蜂の針だ。効果は短いが、良く効く。(ゲーム中では、1ターン敵を麻痺させる。効かない敵も居るが効果のある敵は多いとされている)
そして、私は部屋の窓を割った。幸い、この部屋には大神官しか居ない。大神官が部屋のドアに鍵をかけてしまったので、大神官が開錠するか、外の人が合鍵を持ってこない限りは、侵入出来ないだろう。割った窓から飛び出すと、ベランダを走り、アイテムポーチから鞭を取り出して、それを木に巻き付けたり、ロープ代わりにして木を伝い降り、一目散に逃げだした。途中、石ころのピアスを装着して。
「はあ、はあ…」
私は、大神官が魔物である事を知ってしまった。どうする?どうすればいい?ゲームの記憶を延々とめくる。
「そう言えば…確か…」
このエスリールの地には、清らかな泉の中に封魔石と呼ばれる透き通った水晶がある洞窟があった…はず。ゲーム中では、村を荒らす魔物をその水晶に閉じ込めるクエストがあったが、魔物を閉じ込めるのならば、大神官に取り付いている魔物も同じではなかろうか。
そうして、フローティアの燃料の魔物の核を回収しつつ、洞窟へと向かう。所々にある集落で宿を借り、食料を売ってもらい、洞窟へと進んだ。洞窟の管理者に洞窟への入り口を開いてもらい、泉へとたどり着いた。




