エスリール.1
なんだかすっきりしない気持ちで、宿を後にした。目指すはエスリールのジョブ神殿だ。
ふわふわとフローティアを動かす。神殿の近くで燃料切れを起こしてしまい、フローティアをアイテムポーチにしまう。
「ジョブか…。私のジョブレベル、一応全部、レベル10なんだよね」
何のためにジョブの神殿に行くのか?それは、神殿にある、図書室。今後の参考にならないかと思って。王都にも図書館はあるが、一般庶民がおいそれと立ち入れる場所では無い。だが、神殿は一般に開放されていて、そこは決められた時間内なら自由に立ち入りできるのだ。
「よし」
目の前にある、大きな神殿。そこに向かう事にした。
「う~ん、大きい」
目の前に立つ神殿は、とても大きい。その神殿に多くの人が行き交っている。ジョブを与えられなかった人も、ここの大神官だけはジョブを与える事が出来、与えられたジョブを極めた…要はジョブレベル10になれば、新たなジョブにチェンジさせる事も、大神官は出来るのだ。
ただ…気になる事がある。
神殿に向かう人は表情に意欲があふれているのだが、神殿から帰る人の中に、ちょくちょく表情が暗い人が居るのだ。そんな表情が暗い人が、小石に躓いて荷物を落としたので、拾ってあげた。
「はい」
「ああ…ありがとう…」
はっきりと表情が暗く、顔色も悪い。どうしたのだろう。
「お兄さん、具合悪いの?お水でも飲む?」
「え?ああ、いや…大丈夫だよ」
「でも、顔色悪いよ」
「そうかい?そんなに分かりやすいかな」
通りすがりのお兄さんは、目の前にあったベンチに座った。私も隣に座る。
「勘違いしていたんだ」
「勘違い?」
「そう。俺はね、ジョブを極めたら、そのジョブを『持ったまま』新しいジョブに就けると思ったんだよ」
「へ?」
「そうだね、例えば…魔法使いのジョブを極めてたくさん魔法を覚えてから、剣士になれば、魔法も使える剣士になれる…そう思っていたんだ」
「違うの!?」
「違ったんだよ。ジョブを変更、って言うのはね…今まで積み重ねてきたものを全部まっさらにしてしまうんだ。俺は前のジョブがシーフで、今度は僧侶になって回復魔法を覚えたいって思っていたんだけどもね」
「けども?」
「大神官様にジョブの変更を願い出たら…急に身体に力が入らなく…いや、身体から何かが抜けていくような感じがして、気を失ってしまって、気が付いたら僧侶にはなっていたんだけれど、代わりにシーフのジョブレベルもスキルも全部、失っていたんだ」
「え」
「どういう事かと大神官様に聞いたら、『今までの事は今までの事、新しいお前になって、新しく経験を積み重ねて行きなさい』だと」
「はああ」
「そうだと知っていたら…ジョブを変更したりなんかしなかったよ。苦労したんだよ、ジョブレベルを10にするのって」
「えーと…ご愁傷さまです」
「…ありがと」
力なく笑うその人は、がっくりと肩を落として立ち去って行った。ゲーム中ではジョブレベルは、ジョブを変えても無くなる事なんて無かったけれど、どういう事なのだろう。
「…気になる」
神殿に入ってみる事にした。
「これで、よし」
気配を消して、存在を勘付かれにくくするアイテム、「石ころのピアス」を装備した。そこらの石と同じような扱いをされる、そんなアイテム。エンカウント率を下げるアイテムなのだが、今回はそこの効果はどうでもいい。毎回、本来の効果ではなく、アイテムの説明文の方の効果を期待してアイテム使っている気がするな。
何人もの人がジョブを求めて大神官の元に歩いている。私も、そんな人にまみれて大神官の傍まで行ってみた。大神官が居るのは、それほど大きくは無い部屋で、ジョブチェンジを希望する人と大神官の二人きりになる。ちなみに、隣の小部屋に大神官付きの神官が控えている。呼ばれるまでは大神官の部屋には誰も入れない。ジョブチェンジは神聖な儀式である、と言う名目らしい。そんな部屋の片隅に、ジョブを希望する人とこっそり一緒に入ったのだった。
「おお、敬虔なる神殿の使徒にして、大いなる力を求める者よ。そなたの願いを申しなさい」
あ、これ、ゲームと同じだ。
大神官の前に、一人の女性が跪く。
「はい、大神官様。私に、僧侶のジョブをお与えください」
「おお、持たざる者よ。そなたに僧侶のジョブを授けよう、こちらへ」
そういうと、大神官の持っている杖の先端に付いている宝玉に触れさせる。赤い光が周囲に満ちると、きらきらとした光が女性に降り注ぎ、女性が淡く光った。
「これは…」
「そなたに僧侶のジョブが授けられた。行く道に光と幸いあらんことを」
このセリフもゲームと同じなのだが、何故だろう。大神官ががっかりした顔をしていた。
そして次の人がやってきた。20代後半くらいの男性だ。
「大神官様、私は剣士のジョブを極める事が出来ました。より高みを目指したく、槍使いのジョブになりたく思います」
そう聞くと、大神官はニヤリと笑った。聖職者にあるまじき、卑しい笑い方だ。目の前の男性が頭を下げていて、その表情を見ていないのは幸か不幸か。
「おお、なんと。敬虔なる神殿の使徒よ、道を究めた其方に新たなる道への祝福を」
そう言うと、杖を振り下ろす。途端、何やら禍々しい空気がして、男性からきらきらした光がこぼれだした。
「え、これは、何だ?」
そして大神官が杖をブンと一振りすると、こぼれた光が全て杖に吸い込まれ、男性はがくがくと震えた後、倒れ伏したのだった。気を失ったようだ。その後、先ほどの女性と同じように光が男性に降り注ぎ、男性が淡く光った。槍使いになったのだろう。
「これ、そこの神官。この者を休憩室に運びなさい」
「はい」
「最近では転職の際に意識を保てぬ者が多いものよ」
隣の小部屋に神官を呼び、そう言って神官が男性を運び出したのを見届けた後、大神官は杖を一撫でして、嫌な顔を浮かべていた。
「ふふふ、また一つ、力の塊を手に入れられたぞ。こうして、捧げる力を杖に貯めて…この力を主にお捧げするのだ」
(主?)
そう、にやりと笑う大神官の横顔。その目は…赤く、光っていた。
「!」
魔物と、同じに。
思わず、そっと部屋を抜け出した。初めて、人の形をした魔物を見たからだ。少し…いや、正直、かなり動揺した。目の前で見ていた事は何だろう?主って誰?それよりも、ジョブチェンジは大神官しか行えないはず。あの人は、大神官なの?それとも…魔物でもジョブチェンジは出来るの?もう、何が何だか分からない。
不意に、背後から両肩を掴まれた。
「!」
「ほう、声を上げぬとは、な」
「…だ、大神官…さま」
「ふふ、頑張ってはおったようだが…まだまだ未熟よ」




