スツート.4
「エリネーゼ様は、知りませんでした。僕も一緒に何度も転生していた事を」
「え?」
「…エリネーゼ様が最初に転生する儀式を行った際に…魔法陣がお二人にかかってしまったせいで、あの二人を巻き込んだと、そう言ってはいませんでしたか」
「…ええ…言っていたわ」
「実はあの時…もう一人、その儀式に巻き込まれた存在がありました」
「もう一人?」
「あの時…エリネーゼ様のお腹には、赤ちゃんが居ました。本人も気付かないような、ごく初期でしたが…確かに、命が宿っていたのです」
「ええ!?」
「本人に自覚も無いのに、子供であるなんて名乗る事も出来ず…ただ、一緒にこの転生を繰り返していました…」
エリネーゼの、仕事をしていた机に、そっと手を触れる。
「一度でいいから、『お母さん』って呼びたかった、な」
そしてカイは、その仕事机の引き出しから、いくつかの封書を取り出した。
「これは、ギルドに提出してください。エリネーゼ・スツート様はスツートの領主を辞任し、ギルドの選出する新しい領主に全ての権限を委譲するとの信任書です。そしてこちらは、エリネーゼ様の叔父にあたる人物の不信任の書類、そして訴状。奪われた全てをこちらに戻し、新たな領主に移譲するとの書類です。それと、新しい領主になる方へ、街道沿いの結界に魔力をそそぐための媒体とパスコードですね」
「何て言うか…しっかり色々用意していたのね」
「伊達に400年転生し続けていた訳ではありませんから」
もちろん、依頼完遂の書状もあった。領主の仕事のマニュアルまであった。
本当に、この生にうんざりしていたのだろう。
ぽろり、と、封筒の間からメモがこぼれ落ちた。拾って見てみたら、こんな言葉が。
『強い力なんて、持つものじゃない。巫女姫なんて、なるものじゃない』
何故だかその言葉に、頭を殴られるような衝撃を受けたのだった。
カイと一緒にギルドに書類を提出した。その書類の中にはエリネーゼのイヤリングが入っていた。そのイヤリングに使われていたのは、魔物の魔力がこもった魔石で、魔物の魔力とエリネーゼの魔力が混ざって、きらきらと輝いていた。
「これは…」
ギルド長が、そのイヤリングを見て驚いていた。
「これは…代々の『エリネーゼ』が常に身に着けていたもの。もちろん当代のエリネーゼお嬢様も。それが、こうして封筒に入れてギルドに渡されたと言う事は…本当に、もう、これを必要としなくなったんだな…」
寂しそうに、イヤリングを見つめていた。聞けば、ギルド長は先代のエリネーゼ…つまり、当代の祖母と仲が良かったのだと言う。そして、先代は本当にギルド長を信頼していたので、こう言った。
「やがて、孫娘が産まれるわ。その時、私の命は終わりを告げる。でも寂しくないわ、私はその子になって産まれてくる…こうして、エリネーゼは何度もエリネーゼになって産まれるの。また必ず会える。あなたの名前を呼ぶわ。絶対よ」
そうして、産まれた孫娘は、初対面の自分の名前を過たず呼んだ。
「また会えたね、アールマディンゲン・ヒギンボウサム」
この長い名前を。先代も何度も呼び間違えた名前を、間違えることなく呼んでくれた時、泣いたと言う。
「このイヤリングの魔力を…冒険者カードに移してもらえますか」
「…ああ」
そうして、冒険者カードに魔力が移される。カードの裏に、また文字が浮かぶ。
『リミッター解除』
そうして冒険者カードは、レベル8を飛ばしてレベル7になったのだった。
「もし良ければ…もう、この魔力は残っていないイヤリングは…貰っても良いかな」
「どうぞ」
本当に大事な友人だったんだろう、エリネーゼ達が。
「さて」
ギルドの外に出た私は、次の町へ向かう事にした。これ以上ここに居ても、新しい領主の選出とかに巻き込まれても困るし、エリネーゼの叔父たちに因縁を付けられても困る。逃げるが勝ち。
「あの、待ってください」
そこにはカイが立っていた。
「何か?」
「あの…俺も、一緒に行っていいですか?連れて行ってください!」
「へ?」
「俺は、門番で…あのお屋敷から離れた事はほとんどありませんでした。そして、間違いなく…あのお屋敷からは解雇されます。エリネーゼ様の叔父様には逆らいましたし、新しい領主はきっと、あのお屋敷を何もかも新しくしようとするでしょう。それを黙って耐えられる自分では無い自覚もあります。あのお屋敷に、自分は居ない方がいいんです」
「だからって、何で私と…?見ての通り、4歳の幼女よ?」
「すみません、見てしまいました…エリネーゼ様の魔法陣が発動する際に、光を浴びた貴女が一瞬、黒髪の女性に変化するのを。普段の貴女は幼い姿に擬態していて、本当の姿を隠せるほどの強い力をお持ちなのではないかと」
「う~ん…」
そういう訳じゃないんだが…。自由に戻れるのなら、大人の…前世の姿になってみたいものですよ。デニーさんの姿が一瞬、頭の中を過って、慌ててかき消す。
「お願いです、少しだけでも」
「ん~…」
私もまだ冒険者歴が浅い。「ストラーダ」の真似は難しい。でも、少しくらいなら。
「少しなら、いいわよ」
「本当に!ありがとうございます!」
ぱあ、と破顔したカイは、少し幼く見えた。そうしてスツートの町でカイの冒険者登録をした。幸いカイはジョブ持ちで、戦士だった。ジョブレベルは3。ジョブレベルは最高で10なので、すごく高い訳では無いが、戦士としては十分戦えるだろう。
「さあ、行こうか」
「はい!」
一瞬とは言えど、大人の姿になっているのを見ているせいか、カイは私に対して敬語でも大丈夫なようだ。
そうして、ストラーダのみんなが教えてくれたように、採取をしたり、魔物を倒したりして、経験を稼いだ。今後も、一緒にやっていけるのだろうか。パーティを組んでみたりしても良いのかもしれない。
そして、しばらく経験を積んで、カイの冒険者レベルが1上がって9になった頃。
「ねえ、カイ」
「はい!」
「私、次の町に…エスリールの町に行こうと思うのだけど…」
「エスリールに」
「一緒に、行ける?それとも…」
「行きます!」
カイは、ぎゅっと拳を握った。
「もう、ここには何も無いんです。大事な人も、家も、もう何も。だから」
「そう。じゃあ、明日出発しよう」
「はい!」
静かな夜を過ごし、翌朝。とりあえず、まず目指すはこのスツートとエスリールの間にある小さな宿。そこに向かう。
「敵も適度に倒しつつ行きましょう」
「はい!」
そうして、夕方には宿に着いた。宿の横にはきれいな泉が沸いていて、夕陽を浴びて幻想的な光景。
「きれいねえ…」
「見せられるなら…エリネーゼ様にも見せたかったですね、こんなきれいな光景」
宿を取り、ゆっくりする。日が落ちた後、少し宿の周囲を散歩することにした。ぼんやり泉を眺めていると、ゆっくりと月が上ってくる。満月がちょうど泉の真上に差し掛かる時、カイが泉のそばに現れた。
(カイ?)
泉の前に立つカイは、静かに泉を眺めていた。ざわざわと風が吹く。そして、満月が泉を照らすと、泉が強く光ったのだった。
「!」
そして、泉に、ふわりと浮かぶ姿があった。
「え…」
泉の上に浮かぶ姿。それは、エリネーゼだった。
「エリネーゼ様…」
『カイ』
静かな声。きらきらと静かな光をこぼしながら、泉の上のエリネーゼはカイに微笑んだ。
「どうして…」
『この泉は、清らかな魔力が満ちた場所。そして満月には強い力が宿っている…このわずかな時間だけ、アリサの冒険者カードに宿っていた私の魔力を借りて、ここに現れる事が出来たの…』
言われてみれば、ほんの少し、冒険者カードが入っているペンダントが光っている。
『けれど、こんな事が出来るのは一度だけ…最後に、あなたにもう一度だけ…会いたかった』
ふわり。エリネーゼは微笑んだ。
『知っていたわ。私。あなたが…私の、最初に愛したあの人の…子供だって事を』
「え…?」
『でも…あなたに言えなかった。デルタとイータを私の長すぎる生に巻き込んだのも、自分が許せなかったのに、あなたまで…まだ世に産まれることすら無かったあなたを巻き込んだなんて、自分が許せなかった…』
「エリネーゼ様!」
『だけど…これだけは信じて』
そっとエリネーゼは両手を差し出した。
『愛しているわ、私の息子』
「エリネーゼ様!」
カイは駆け出した。泉の中に立つエリネーゼに向かって。月の光が道を作り、エリネーゼの元へ。
カイは初めて、エリネーゼの事を母と息子として抱きしめたのだった。
そして月が泉から離れていく。エリネーゼの身体が薄くなっていく。
『カイ…手を…このままでは、あなたまで…』
「嫌だ、母さん!俺も、俺も一緒に行く!連れて行ってくれ!」
『カイ…』
エリネーゼからきらきらと光が漏れる。カイの身体からも、きらきらと光がこぼれていく。
「…」
それを見ていた私は悟ったのだ。カイは、カイとはここでお別れだ。
不意に、カイとエリネーゼがこちらを見た。
『ありがとう…アリサ。あなたの望みが叶うように…。私は見守っているわ』
「ありがとうございました…アリサさん。俺は…行きます」
私は笑って見送った。月が去っていくと共に、二人の姿も消え、後にはひとかけらの光が残り、それも泉に落ちた。
「さようなら、エリネーゼ、カイ」
幸せに。
翌朝、カイが失踪したと同じ事になってしまったので、カイの分の宿代も支払い、私は泉のほとりの宿を後にした。一抹の寂しさを抱えながら、フローティアに乗ってエスリールを目指す。
スツートに入った時と同じように、エスリールとの境を通り抜けると、ぞわりとする違和感があった。スツートに入る時は、デニーさんと一緒だったなあ。なんて、ほんのり甘い気持ちになる。いやいや、私には王子様が居るんだってば。前世の時に一目ぼれした、あの人が。
そう言えば…あの王子様って、名前何だったかな。
今、何歳なのかな。そもそも、同じ人なのかな。どんな外見しているのかな。
会ってみたいと思うものの、こんな平民の幼女が会える訳ないか…。
ふよふよとフローティアは進む。
確か、王城があるのは、この次の地区、スフォーファンドだ。フィンセント王国の城下町に当たる。
肖像画くらいはあるかもしれないね。
このエスリール地区の依頼を解決し、基本レベルを上げて、早めに向かうようにしようかな。
そう、心の中で思いながら、私は道を進む。このエスリールの地でも、もめ事に巻き込まれる事になるのを知りもしないで。
エスリールの町にまだかかる場所に、ぽつんと宿がある。エスリールにはジョブを持たない人間にもジョブを与えられる、国で唯一の神殿がある。その神殿に向けて旅をする人も多いので、その宿は中継地点として、一定の需要がある。
かく言う私も宿を取り、休む事にした。まだ、エスリールの町までは距離があり、ここの宿を取らなければ、真夜中でもエスリールにはたどり着けない。
一人。宿を取るのは一人。何とも言えない物悲しい気持ちになる。
何故だろう、海コハクとかを集めておる時も、一人で行動していたはずなのに…。
そうか、「誰かのために動いている」でも無い、「誰かと一緒に居る」でも無い、こんな夜は初めてなんだ。
ぼんやりと、窓の外を眺める。月は欠けていて、あの神秘的な泉の光景は遠くに感じる…実際は昨夜なのに。
ぼーっと、昔の事を考える。前世の事だ。
川岸有紗は、家庭環境に恵まれない子で、親を求めても、親から求められない子供だった。それ故に、進学で家を出たら、もう家に帰りたいと思わなかったのだ。
そうして、友人も少なくて、たまたま知ったゲームにのめり込んだ。ひたすらやり込み、画面の向こうの王子様を好きになって…。
あの時の、画面を操作していた自分の手を思い出す。今よりも大きい手。どうして、私は4歳なの…?もっと大人なら、せめて10代なら、もっと色々出来るのだろうに。
どうして、今は子供なの?4歳なの?どうせなら、前世を思い出すなら、もう10年くらいしてからでも良かったんじゃないの?と思う。どうせ…どうせ、両親と4年しか一緒に居られなかったのなら。こんな優しい記憶が辛くなるなら…欲しくなかったかも、しれない。
そう思いながらも、前世の事を考える。優しい記憶があったなら、もう少し両親を好きで居たのだろうに。今世の両親の事は好きだ。大好きだ。だからこそ、奪われた事が許せない。そうでなければ、こんな風に冒険者していない…のだろうな。いくら、冒険者でなければ浮浪児になると言われても。
ああ、そうなんだよね、本当は分かっている。私の本当の願い。それは、「両親に愛されたい」だ。私を産んだ前世の両親に愛されず、ゲームのキャラクターに恋してのめり込み、死んだ前世。その命が途絶える時に、少しでも思わなかっただろうか。
「私も誰かに愛されたい」
って。




