スツート.2
その後も、2日に1クエストくらいを受けて、やがて基本レベルが1上がった。冒険者レベルも、上がりそう…で、なかなか上がらない。上がる寸前で足踏みしているような感じだ。
「なかなか冒険者レベルが上がりません」
ギルドの受付のお姉さんに、相談してみた。
「この町の冒険者レベルは7級なんだけれど…アリサちゃんは今、9級なのよね?だったら、8級に上がるのに、そんなに足踏みしないはずなんだけれど…」
お姉さんは、私のペンダントからカードを取り出して、くるりと裏をひっくり返してみた。
「あら?何か書いてある…」
「何か?」
カードの裏は、本来なら何も書かれていない。しかし、カードの裏には、こう書かれていた。
『巫女姫の願いを叶えよ』
と。
「巫女姫…」
「願い…って、あれ?」
掲示板の小さい固まりの依頼表。それを叶えろって?
クエスト発生、巫女姫の願いを叶えよ。
「う~ん…」
ゲームの記憶を振り絞ってみるが、何せ4年以上前の話だから、さすがに割に序盤のイベント、あんまり詳しく覚えていない。これがゲームと全く同じイベントである保証もない。
「巫女姫に…話を聞いてみようかな」
受付のお姉さんに紹介状を書いてもらい、巫女姫に会いに行くことにした。案の定、丘の上のお屋敷に住んでいるようだ。
紹介状を片手にお屋敷に向かう。お屋敷までが遠い…。丘の上にあるから。空でも飛べたら良かったのにな。スキルを見ても、アイテムを見ても、特に有効なものは無い。大人でも楽ではない道のり、4歳児には厳しすぎる。石段を1つ上るのも、大人ならなんてことない高さなのに、子供の短い脚では、とても高く感じる。馬車道は坂になっているから、石段じゃなくてそちらを行けば良かったかなと後悔しつつ、ぜいぜいと息を切らしながら、丘を登っていく。ふもとで馬車か何か借りれば良かったかな…後悔しても後の祭り。
何とか家の前に着いたのは、夕方だった。
「すみません、冒険者ギルドから紹介を受けてやってきました、アリサと言います」
門扉の前に立っていた青年に話しかける。兵士の格好もしているし、門番なんだろう。
「へ?そうなの?こんなお嬢ちゃんが…あ、いや、失礼」
門番の青年は慌てて屋敷に飛び込んで行った。何だろう、いやに砕けた口調だな…。そう思いつつ、目の前にある家を見てた。夕方の薄暗い時間でも分かる程度には、家は…荒れていた。がたついている門扉、雑草の生えた庭、掃除の行き届いていないアプローチ。明かりのつく窓の少なさから、家の中の使われている部屋も少なそう。あの門番も、質は高くなさそうで。
「…大丈夫かな、これ」
門番の青年は、一緒に老年と思われる男性を連れてきた。おそらく執事だろう。
「これは、小さな冒険者様。わたくしは、この家の執事を勤めております、デルタと申します」
「はい、デルタさん。ご丁寧にありがとうございます。私はアリサ、冒険者です」
そう言いつつ、紹介状を差し出す。それをざっと一瞥すると、デルタさんは
「確かに、正式な紹介状でございますね。麓よりご足労いただきまして、ありがとうございます」
そう告げて、家の中に私をいざなった。
家の中は、見た目よりは酷くないが、それでも、掃除が行き届いてなくて煤けた雰囲気をしていた。
「何せ家の中には人が少なくて…」
「少ない…の?」
「ええ…お嬢様を除けば、執事の私、私の妻でメイド長のイータ、門番のカイの3人のみでございます」
「え?」
3人…?
「あの、その…お嬢様の、ご両親は?」
「お嬢様のご両親は、2年前に事故で他界しました…。突然暴れた馬ごと馬車が崖下に転落しまして…。それ以降はしばらくは、お嬢様の叔父にあたる方と、その妻になる方がこの家に住んでいたのですが…」
薄暗い家の中、ランタンを移動する。壁の照明は付けられていない。経費削減しているのだそうだ。
「その方々は、この家の色々なものを搾取していきました。この家は、このスツート一帯の領主なのですが…勝手に色々なことを決め、色々なものを買いあさり…やがて、新たな家をこの家の金で建て、使用人もごっそりと引き連れて、その新しい家に移り住みました…。領主の面倒な仕事を、年端も行かないお嬢様と、私ども残された者に全て押し付けて」
ぎり、とランタンを強く握りしめる。
「お嬢様も頑張ってはおられますが…この家に残ったのが我ら老夫婦と、門番さえも見習いであったカイだけ…。果たして、どこまで何が出来ましょう」
「あの…新しく人を雇い入れるとか…は?」
「その叔父どもが、この家の前段階でせき止めてしまう上に、お嬢様の悪い噂を流して、この家に人が来ないようにしているのです…そもそも、この家に、新たな人を雇い入れるお金はありません」
そう言えば、冒険者ギルドでも、巫女姫の事を悪く言っている人がいたな。
「ですので…こうして、この家に誰かが来てくれるなど、想定外でして」
人手が少なく、それも老齢二人では、片付けまで行き届かなくても仕方ないのか。門番のカイも、大幅に門から離れないところの作業…草むしりや掃除なんかをしているのだが、全く追い付かないのだそう。
そうこうしているうちに、立派な扉の前に着く。他の扉に比べたら、きれいに磨かれている。
「お嬢様、冒険者の方が見えられました」
「…どうぞ」
小さく細い声がした。しかし、この声…まさか…。
執事が扉を開ける。そこに居たのは…巫女姫、の女性…いや。
どう見ても、少女だった。
「あらあら、こんな小さい子が来るなんて思わなかった。まさか自分より年下の女の子が冒険者としてやってくるなんて、予想外にも程があるわ」
目の前に居るのが、巫女姫にして、スツート一帯の領主、エリネーゼ・スツート。御年11歳だ。
ゆるく波打つ淡い金の髪に、海のような深い青の瞳、あと5年もしたら大層美しい少女に成長するだろうと思われる、美少女だ。その立ち居振る舞いも巫女姫と呼ばれるそのままに、何だか神秘的に見える。窓の向こうが夕闇のせいだろうか。
「果たして、あなたはどの程度の実力があるのかしら…私の依頼に応えられる実力はあるの?」
11歳なのに、その瞳の奥が知れない。見た目よりも随分老成しているようにも見える。
「…応えられるかは…分かりませんが、応えたいとは思っています」
「…そう」
すると、エリネーゼは一通の手紙を差し出した。
「欲しいものの場所はここに」
手紙を手に取ると、一瞬だけ、キラリとした光が見えた。
「?」
「…あら」
くす、とエリネーゼは笑みを浮かべる。随分と嫣然とした笑みだ。11歳が浮かべるものじゃない。
「その手紙は、私の願いを叶えるに足る存在であればあるほど、強く輝くのよ。少なくとも、あなたには少しは力があるのね」
その日は、食事と宿泊を用意してもらえる事になった。人手が少ないとの事なので、自分も手伝った。エリネーゼも手伝っていた。メイド長…と言ってもメイドは一人しか居ないが、メイド長のイータと共にいるエリネーゼは普通の女の子のように見えた。さっきの嫣然とした様は見られず、ごく普通の少女だった。食事の時もそう。ごく普通だった。さっきのは…幻だったのだろうか?
手紙を元に、4つのアイテムを探しに行く。一番近い場所は海コハクのようだ。町まで戻り、何か移動手段を探してみた。何せ、4歳の身体なのだ。足が短い…。丘の上の家からふもとまで降りてくるだけでも、相当な時間がかかる。自力で動かすものでなく、大人が歩くより早いもので、4歳の身体で乗れるもの…。そんな都合の良いもの、あるかな。そうして町をうろうろしていたら、町はずれに古いおもちゃ屋を見つけた。あまり繁盛はしていなさそうなのだが、何故か心惹かれて、入店してみた。
「こんにちは…」
そっと扉を開けると、古びた匂いがした。
「おや…随分と小さいお客さんだ」
新聞を読んでいた店主らしきおじいさんが、こちらをじろりと見てきた。
「あの…」
私は移動手段の話をした。
「ふん…そうだな、悪くないものはあるが…」
「本当!?」
「ああ…だが、お嬢さんに使えるかどうか」
そう言うと店主は店の奥から何やら取り出してきた。見た目はタイヤが無くて翼の飾りのついた、足漕ぎ自動車みたいな感じ。大きさ的にもそれくらいだ。
「何ですか?これ」
「これはだね、私が作った、魔力を燃料にして動く、空飛ぶ乗り物だ」
「え、これ、空を飛ぶの!?」
「…そうは言っても、正確には宙に浮く程度だ、地面から50cmくらいしか浮かない」
「…でも、すごい」
大人では無理だが、この身体なら乗れるはず。
「で、燃料なんだが…人間の魔力では動かない」
「え?」
「どうしても、そこが上手くいかなくてな、魔物の核となったものを入れないと動かないんだ」
ハンドルの真ん中に、何かを入れるようなスペースがある。ここに魔物の核となったコインや宝石を入れるんだろう。
「お嬢さんが魔物を狩れるような子なら、これも使えるだろうけれど、そうでないなら…」
「私、冒険者です!」
そう言って、冒険者カードを差し出す。
「おお、そうだったか。魔力をこれに使ったら、このカードのレベルアップには使えないからな。そこだけ納得してくれればいい」
そうして、私はその足漕ぎ自動車もどき、おじさんは「フローティア」と呼んでいた…を購入した。1万したが、それを即決して。おじさんは、私が1万持っていたことに驚いていた。…そうだろうね。
近くの森で魔物を狩って、フローティアの燃料にする。ハンドルのスペースに魔物の核のコインを入れたら、フローティアはふわりと浮いた。ハンドルを前に倒せば進み、後ろに倒せばスピードが落ち、やがて止まる。左右に行きたければハンドルをひねればいい。スピードは大人が小走りになる程度だけれど、この身体で歩くより早いし、格段に楽。ふわふわ浮きつつ、道を進んだ。途中で魔物を狩って燃料補給も忘れずに。
やがて、森を抜け海に辿り着く。
「うわあ、きれい!」
前世でも、海に連れて行ってもらった事など一度も無い。今世でも無いから、実際に海を見るのは初めて。きらきらと光る波、さらさらした砂浜。落ちている貝殻、歩くカニ。見ているだけで飽きないけれど、今の目的は海で遊ぶ事じゃない。
「ええと…手紙によると…」
海コハクは、樹液の化石が海でけずられ流れ着いたもの…では無い。ここで言う海コハクは、「海の色をした琥珀」だ。ブルーアンバーなんて言われて、地球上でも珍しいが、存在しない訳ではない。この世界でも珍しいらしく、この一帯でしか採れないそうだ。その中でも、天然で魔力を帯びた海コハクが必要なんだそうで、そんなものは、ごく少数しか無い。
大昔、スツートの領主が膨大な魔力を秘めた海コハクを見つけ、この海辺に封印したのだそうだ。何故そんな事をしたのかと言うと、その魔力入り海コハクは、あまりに魔力を帯びすぎて、それを持つ人間の感情をゆがめてしまうのだそう。そのために、それを手にしても平気な程に精神を鍛えた人間が必要なんだとの事。一般的に基本レベルが高い人は、精神の値も高い。高次元の魔法を維持したり、精度の高い攻撃をしたりするのに、どうしても精神の錬磨が必要になるからだ。
私の基本レベル11では、本来ならとても手に持つことすら出来ないのだが、精神を底上げするアイテムを持っている。それを装備すれば、海コハクの魔力に耐えられる。手紙を受け取った時の小さい光は、そういう事なんだと思う…多分。
手紙に書かれていた場所に着くと、見た目何もない岩壁だった。しかし、良く壁を見ると、花のような模様が描かれている場所があった。スツートの家の紋章なんだろう。手紙の封蝋の紋章と同じだ。
手紙に書かれていた方法で壁の封印を解き、目の前にある青く輝く海コハクに見入る。
「なんて、綺麗」
青く透き通る琥珀は、まるで海そのもののように美しかった。だが、安易に触れることは許されない、不思議な雰囲気も持っていた。大きさは拳大で、持ち運びはそんなに難しくは無い。私はアイテムポーチの中から精神の値を上げるアイテム「神聖銀のバレッタ」を装備した。神に祈りを捧げた銀で作られた髪飾りは、神に仕える者たちのような高い精神性を与えるとされている。ゲームでは中盤以降に手に入るアイテムで、モンスタードロップのレアアイテムだ。
そっと海コハクに触れてみる。多少のもやもやした感情は浮かぶが、大丈夫そうだ。
――大事な物、海コハクを手に入れた。
アイテムポーチに大事にしまうと、洞窟を後にした。ちゃんと、元通りに岩壁を閉じることも忘れない。
「何て言うか…思ったよりも簡単な依頼なのかな」
フローティアに乗りつつ、独り言ちる。
何せ、コハクを守っているモンスターが居る訳でもないし、岩壁の謎解きも教えてもらっている。そうして、ふわふわとフローティアを動かしながら道を戻る。
「それにしても…やたらとエンカウントするね」
そう、行きには意図的にモンスターの多そうな森や裏道を通らなければ出会わなかったのに、帰り道は何でもない道でも魔物に出会う。ギチギチ言っている魔物の声を、一度きちんと聞いてみた。
「ウマソウナ、マリョク」
…海コハクに込められた魔力の事なのかな?これは、急いで持ち帰った方が良いのかもしれない。そうして、山ほど魔物が押しかけて来るので、決して楽な依頼では無い事を、しっかりと思い知ったのだった。
まあ、基本レベルも上がりましたし、フローティアの燃料もたくさん手に入れられましたが。
そうしてエリネーゼの元に海コハクを届けた。まるでカチッとスイッチが入るように、無邪気な顔で執事たちにじゃれていた少女の顔が変わる。
「これは、確かに。ありがとうございます。今まで誰も、これを取りに行ってはくれませんでしたから」
「…あの、冒険者は『依頼料が割に合わない』と」
「…あら、そうでしたの。昔はこれでも高価な依頼料でしたのに」
「昔は?」
「あ、いえ、何でも」
11歳の少女の昔って、そんなに前でもないだろうに…。急激に物価でも上がったんだろうか。それよりも。
「この海コハクを持っている時ですが、やたらと魔物が寄ってくるのですが」
「ああ、そうですね。海コハクに限らず、依頼の4点はみんな、魔物を引き寄せる魔力を持っています。とても美味しそうなんだそうですよ」
「先に、言っておいてもらえますか…」
「先に言ったところで、解決方法なんてありませんでしょ。うっかり、そのアイテムごと冒険者の方が食べられてしまうなんて事も無くはないので、お気を付けて」
…えぐ。




