前編(1/2)
ゴムパッキンの木の下で一人、剣の修業をする者がいた。彼は、宇宙に伝わる霞流忍法の使い手である。
その横を、1本の水筒が通りかかる。水筒の背後に、こっそりと迫り来る影がひとつ。
「今だ! 水筒さーん!」
あやしい影は、水筒に飛びかかり、その蓋を開けた。
「開けちゃったー開けちゃったー! 水筒の蓋を開けちゃったー!」
「きゃあああっ! 何するのよ! 変態!」
水筒は逃げていった。
ゴムパッキンの木からゴムパッキンがひらひらと舞い落ちた。
「よう狼牙。今日もやってるな」
「相変わらずだな。エイプ」
道行く水筒の蓋を開けた若者は、エイプと呼ばれた。
ゴムパッキンの木の下で木刀を振る若者は、狼牙と呼ばれた。狼牙は目にも止まらぬ早業で木刀を振り、舞い落ちるすべてのゴムパッキンを真っ二つに切った。
「とかなんとか言って、お前も本当は好きなんじゃねえの? 1つしくじってるぞ」
そう言ってエイプは、真っ二つにならずに落ちたゴムパッキンを拾い上げた。その瞬間、ゴムパッキンは真っ二つに切れた。
「あら、お見事」
エイプは半分に欠けたゴムパッキンを持ったままつぶやいた。狼牙はしくじってなどいなかったのである。
「エイプ! またやっているのか! 道行く水筒の蓋を開けるとは!」
「やべえ! めんどくさい奴がきた」
「カークが怒るのも無理はありませんよ。この惑星コダイは、水筒が安心して飲み物を汲める惑星なんですから」
新たに駆けつけた若者が、エイプの行為を責めた。そこへ、オープンテラスでつるんでいる2人組の1人が声をかけたのだった。その若者はオープンテラスで本を読んでいた。
「宇宙の歴史は面白いですねー。かつて宇宙では、宇宙のあらゆる惑星が凍りついた、宇宙氷河期があったそうです。宇宙氷河期が終結して数万年後、宇宙中で就職難が起こり、再び宇宙のあらゆる惑星が凍りついた。それが宇宙就職氷河期といわれているそうです」
「へー。物知りだなあクマードは」
オープンテラスでクマードとつるんでいたもう1人の若者が、クマードの知識に感心しながら、自分の水筒の蓋を開けてテーブルに置いた。
「ガンマ! 水筒の蓋の内側を下にして置くとは、ハレンチな!」
「別にいいじゃねえか。細かいこと言うなよ」
カークが、水筒の蓋の内側が下になって置かれていることを指摘した。
「よくありませんよガンマ。水筒には優しくしないと」
「おい、あれはなんだ!」
ガンマが大きな声を出した。クマードの話を遮ったのではない。
宇宙昆虫が攻めてきたのである。
エイプたちよりはるかに巨大な昆虫の群れが、惑星コダイに押し寄せた。
宇宙昆虫は惑星コダイの水筒を次々と貪るように食べはじめた。
瓢箪もスキットルも食べられた。
「ひでえことしやがる!」
「なんてやつらだ!」
エイプとガンマが怒りをあらわにするが、巨大な相手にどうしようもない。
「どうしてですか! この惑星コダイは、水筒が安心して飲み物を汲める惑星なのに!」
悲痛な叫びをあげたのはクマードだ。
「こちらの意思が通じる相手ではない!」
宇宙昆虫たちはわかりあえるような存在ではないと狼牙が理解した。
「惑星コダイを侵略する気か」
水筒たちの避難を誘導しながら、カークがつぶやいた。
「やばいぜ!」
ガンマが指差した先で、逃げ遅れた子供用の水筒が立ち止まって泣いていた。
「えーん! えーん!」
子供用の水筒は、プッシュオープン式の蓋をパカパカさせながら泣いていた。
「今助けてやるからな!」
「おい待てエイプ!」
カークの静止も聞かず、エイプは子供用の水筒めがけて走り出した。
「なんて無茶なことを! クマード! ガンマ! 虫たちの注意をこっちに引き付けるぞ!」
「こっちですよー!」
「このやろう! このやろう!」
カーク、クマード、ガンマの3人が、宇宙昆虫たちめがけてゴムパッキンを投げつける。
「もう大丈夫だ」
一足早く子供用の水筒のもとにたどり着いた狼牙。
「さあ、早く逃げるんだ」
エイプも子供用の水筒のもとにたどり着いた。
「行こう、エイプ。カークたちがあぶない」
狼牙の言う通り、カーク、クマード、ガンマは宇宙昆虫に囲まれていた。駆けつけるエイプと狼牙。
「エイプ、狼牙、お手柄だったぞ」
「そんなこと言ってる場合か!」
エイプと狼牙にねぎらいの言葉をかけるカークであったが、エイプの言う通り今はピンチの真っ只中だ。
宇宙昆虫軍団の中でもひときわ大きなカマキリ型の宇宙昆虫がエイプたちに目をつけた。
カマキリ型の宇宙昆虫は、エイプたちめがけて火の玉を吐いた。
巨大な火の玉が5人に迫り来る。
「くそ! どうすることもできねえのか!」
「これまでか」
「もう駄目だ!」
「ちくしょう!」
「くっ!」
そのとき、5人の周りが光った。5人は別の空間へ飛ばされた。
5人の前に巨人がいた。
「お前も虫たちの仲間か! このやろう!」
ガンマが巨人にゴムパッキンを投げつけた。
巨人はとっさに身を守るポーズをとった。
巨人の体に当たるはずたったゴムパッキンは巨人の体をすり抜けた。
「ホログラムだ」
「やつはこの場にいないということか」
狼牙が巨人の姿はホログラムであることを見破り、カークもそれを理解した。
「あなたは誰ですか?」
クマードが尋ねた。
「私はキングガン。そして君たちは新たなキングガンに選ばれた」
「そのキングガンってのはなんだ?」
「キングガンは悪を封じる伝説の戦士。悪が宇宙を蝕むとき、キングガンによって選ばれる」
「キングガンだかヌガーだか知らねえが、俺たちは惑星コダイのただの若者だぞ!」
キングガンと名乗った謎の巨人と対等に会話するエイプ。
「今の私の力では、君たちと交信していられる時間はわずかだ。マイクロブレスを見るんだ。急げ。トライガンだ」
マイクロブレスとは、宇宙に広く流通しているスマートウォッチ型デバイス。
エイプ、カーク、クマード、ガンマ、狼牙の5人のマイクロブレスになにかのアプリを送信して、キングガンと名乗る巨人は姿を消した。
「こちらと交信する力が尽きたのか」
狼牙がそう言ったのと同時に、巨人と同様に謎の空間も消失。
5人は惑星コダイに戻った。
しかも、今まさに目の前に巨大な火の玉が迫っているところだった。
「トライガン!」
5人は一斉に、マイクロブレスのアプリを起動するためにブレスの画面をスライドした。
星形のマークがディスプレイに光った。
5人の体は鋼鉄のボディに変身し、その大きさは宇宙昆虫と渡り合えるほどに巨大化した。