世界が終わる夜に
『明日、世界が終わる』
最後に松田大佐は確かにそう言った。
1年程前、環太平洋造山帯やアルプス・ヒマラヤ造山帯で多数の大地震が起こり、それに伴い火山の噴火が度重なり起こった。
その被害は計り知れず、火山灰が空を覆い、食物が育たなくなり世界的に飢餓が始まった。
そして2、3ヶ月前に、絶対に起こってはならないことが起こってしまったのだ。
第三次世界大戦。
残り少ない食料の取り合いだ。
第二次世界大戦のように連合国対枢軸国のような戦い方ではなく、それぞれの国同士で戦う、いわゆる個人戦のような形になった。
すでに弱小の国々は滅びた。アメリカは大量殺戮の為のウイルスを開発し、ロシアの一部にアウトブレイクを行った。
初めは話し合いが行われていたが会談が終わる前にロシアがアメリカにミサイルを発射、これを機に世界大戦が始まった。
ロシアが数年前から設置していた、「死の手」システムはミサイルから核兵器に変更された。
「死の手」システムとは敵国が攻撃してきたときに自動的に報復ミサイルを放つシステムだ。
数日前にとうとうアメリカがロシアに核兵器を使用し、ロシアの
「死の手」システムによりアメリカにも核兵器が使用された。
もはや、世界は理性を失っているような状態にある。
『非人道的』という言葉はもうこの世にはない。
現在、世界終末時計は1分を差しているらしい。しかし実際は30秒もないだろう。
松田大佐の話を聴いて次郎は失望した。
次郎は小さい頃から軍隊に憧れていて自衛隊に入った。
21世紀に入って30年経ったこの時代に次郎なんて昭和のような名前に次郎は、コンプレックスを抱いていた。
次郎はパニックになりながらも松田大佐に聞いた。
「大佐、世界が終わるというのはどういう事なのですか!?」
「明日、アメリカが日本に核兵器を使用することが日本のスパイを通じて判明した。
それと同時にわが国もアメリカ、ロシア、中国、オーストラリア、イギリスの5ヶ国に核兵器を使用することが決定した。
正確に言うと世界が終わるのではなく、世界を終わらせるのだ。」
松田大佐は顔を俯かせる。
しばらく沈黙が続いたあと、松田大佐が続けた。
「上からの命令で君達の誰かに核兵器発射のスイッチを押して欲しい。」
一瞬ざわつく。
「大丈夫だ。1人ではなく数人の人に一斉にボタンを押してもらい誰が本当のボタンを押したのかわからないようにする。
スイッチを押すのは明日の夜8時になるだろう。」
いやいやいや。おっさん、何言っちゃってんの!?俺らがスイッチ押すなんか(´Д`)
次郎は心の底から思った。
「今日は一度故郷へ帰りなさい。君達がまた明日来ると信じて待っている。」松田大佐をそう言うとどこかへ言ってしまった。
家に着いた頃には、太陽が海の中へ半分さよならしていた。
家に入るとおふくろは寝ていた。最近腰が痛いらしい。
俺に次郎と名付けた親父はこの前戦死した。立派な最期だったと聞く。
しばらくしたあと、俺は想い出の場所へ行った。小さい頃からよく遊んだりした河原だ。
小さい頃にはたくさんいた魚も今は全くいない。水質汚染で魚が棲めなくなっている。「次郎ーー!!」
ふいに呼ばれた声に振り返る。
土手の上に懐かしい顔があった。大志だ。大志という名前の割にはたいして志もないような気もする。こけそうになりながら急いで坂を駆け下りる大志を見ながら、急に切なくなった。核兵器のことは誰にも言えない―。
「久しいなぁ お前。」
やたら目が生き生きしている。
大志は頭が悪く、俗に言うブサイクだ。スポーツも出来ず モテない。人間として失敗作だと思う(笑)。もうすぐ23だが付き合ったことはなく、もちろん童貞だ。
「あぁ 久しぶりだな。」
素っ気なく返事をする。
「なんだよぉ。愛想悪いなぁー。ヤなことでもあったか?」
戦争っていう充分嫌なことがある
そう言おうとして口を開きかけたとき 大志が続けた。
「あ、なぁお前最近ひなたとどうなんだ?」
『ひなた』という名前を聞いて、その顔がゆっくり頭の中に蘇る。ひなたは俺の彼女だが、最近は逢えていない。ニヤニヤする大志を見て
「うるせぇなあ」
と一言言って後ろ頭を軽く叩いた。
「仕方ねぇから逢いに行ってみるかな」
皮肉っぽく行って
「じゃあな」と言って土手をのぼる。後ろから聞こえた
「おう」という声がどこか元気ない感じだった。
15分くらい歩くと一戸建ての彼女の家にたどり着いた。最後に2人で逢った夜の事をまた思い出してにやける。
やべぇ エロい顔してる
真顔に戻してチャイムを押した。
この辺りは戦争の被害が少ないらしい。
「はーい」という声がして女の人が出てくる。目の前に抱きしめたい人がいる。
「次郎!?」
驚いたような、嬉しそうな顔をするひなたを思わず抱きしめた。「ひなた、久しぶりだなぁ」
「うん。あ、とりあえず中に入って」
置物に脚をひっかけて転びそうになるひなたを見て少し笑いそうになる。昔から彼女はおっちょこちょいだ。
しばらく2人で色々話した。彼女とは高校で知り合って 卒業したあとに付き合いだした。周りのやつらはかわいさランクは中の上くらいだと言うが、俺は最高にかわいいと思う。
卒業から1年後くらいに付き合いだして、半年経った頃にとうとうヤった。
今日 またできたらいいなぁ…(笑)
しばらく話したあとに
「心配かけてごめんな」と言ってキスをしながら、ゆっくりひなたを押し倒す……。
家に帰る途中、なぜかまた大志に会ってしまった。
「次郎、実はな‥」
柄に合わずやたら真面目な顔をしていた。
「俺、ひなたの事が好きなんだ」
は??
意味不明。
理解不能。
何言ってんだ?こいつは…。
あ然としている俺に、大志は更に追い討ちをかけた。
「お前とひなたが付き合い始める前から ずっとひなたのことを想っていた。だから…その…えっとー………。」
俯く大志に
「だからなんだよ」
と口調を強めて言うと 俺の顔をじっとみた。今まで見たことなかった大志の顔だ。
「ひなたと別れてほしい」
「はぁ?ふざけんなよ。ひなたは俺の彼女なんだ。お前にそんなこと言う資格はねぇ」
その瞬間、世界が歪んだ。体がよろけるのと同時に左の頬に痛みが走った。右腕を突き出している大志が見えた。
「いってぇぇ」
殴られた左の頬をさすりながら大志を睨んだ。
「どうせヤる為に付き合いだしたんだろ!?本当は好きなんかじゃないくせに!俺ならお前なんかよりずっとひなたを幸せにできる。お前と付き合わされてるひなたがかわいそうだよ!」
そう言うと 大志はどこかへ走っていってしまった。俺がひなたを好きじゃない?ふざけんな。俺はひなたを世界で1番愛している。その自信はあった。なのに あんなことを言われるとさすがに頭にくる。しかし 明日世界が終わる。
こんな状態で世界を終わらせたくなかった。
急いで大志が走った方向へ向かった。
走りながら俺はひなたの家から出るときのことを思い出した。
明日 みんな死ぬのに、ひなたも死ぬのに何もしてやれない。
いや、むしろ俺がひなたを殺すかもしれないのだ。何も知らないひなたに俺が言えることは1つとしてなかった。明日世界が終わると言ってなにになる?ひなたが悲しむだけじゃないか。しかし何も言わずに死ぬのはあまりにも悲しい。助けてあげたいのに助けられない。自分にほとほと嫌気がさす。ひなた、ごめん。心の中で何度も謝った。
さんざん探したが結局大志は見つからなかった。家も知らない。明日の出発の準備があるのでもう諦めるしかなかった。次の日、家を出る間際に、今日 みんなが死ぬと思うとふと悲しくなった。玄関を開けたまま、お袋に振り返る。
「お袋、今まで俺を育ててくれてありがとうな。お袋にはすっげー感謝してる。…じゃあ、行くから」
今まで言ったこともないような言葉に、少し顔を赤らめたが、お袋は何も言わずうんうんと頷いていた。
ひなたの家へ行こうかと迷ったが、別れられなくなるのでやめた。
基地に着くと松田大佐と数人の仲間がいた。
もう少しでアメリカは核兵器を撃ち込むらしい。
世界が終わる夜に、ひなたと2人でいたかった。
大志とも仲直りできないままだ。
一発殴る前に死んでしまう。それが悔しくてならなかった。
と、その時いきなりドアが勢いよく開いた。
銃を持った男がぞろぞろと入ってくる。なんだなんだなんだなんだなんだ!?
「なんなんだお前らは!」
松田大佐が叫んだ。
パンパンパンパン。
乾いた銃の音が何発も聞こえた。
血を吹き出しながら倒れていく仲間。
その瞬間、目の前が真っ暗になった−。
いつか、また逢えたらいいな。
数週間前、彼と逢ったときに彼はそう言った。
その2日後くらいに核兵器が関西の方に落ちた。
こことは遠いためこっちには被害はなかった。
でも、あの日、確かに、次郎は、死んだ。
この事はつい最近知った。
あんな事言ってたのに、もう逢えないじゃん...
未だに戦争は続いている。
いつか世界が終わってしまうかもしれない。
でも。
あの日、次郎の世界は終わってしまった。
ここから飛び降りたら間違いなく死ねるだろう。
死のう。
次郎のもとへ行こう。
そしたら苦しい想いをせず、次郎とずっと一緒に居ることができる。
でもそんなことして、果たして次郎は喜ぶだろうか?
喜ぶわけがない。
なら私は何をすればいい??
次郎の分まで一生懸命生きよう。
次生まれ変わるときは、世界が終わらない世界に生まれて来ますように−。