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 前々から旅立つ準備をしていたため、ことはトントン拍子に進み、とうとう旅立つ日になった。


 シャルドネはアーバン卿から借りたお忍び用の地味な馬車に乗り込む。

 馬車に揺られながら、すっかり発展したアルーシャ領の都市を眺めた。


 人々が忙しなく商店街を歩き回る。肉屋、八百屋、パン屋、色んな店が立ち並ぶそこは活気に満ち溢れている。


 だが、馬車が郊外へ進むとその風景は荒れたスラムへと変わった。

 先程の雰囲気とは打って変わり、暗く陰湿なものだった。

 このスラムでは流行り病が度々流行しており、少なくない数の領民が息を引き取っている。

 だが、発展した都市部ではそのようなことはない。


 何故か。


 それは設備の違いだ、とシャルドネは睨んでいる。


 都市部でよく使われるのは魔道具で、それが生活水準を向上させている。故に、沢山の魔力を必要とし、魔術師たちがせっせと働いて魔道具を動かしている。

 だが、それはスラムではできない。魔術師を雇えないからだ。魔道具そのものは買えても、魔術師を雇えなければエネルギーとなる魔力がないのでそれを動かせない。


 領地経営でスラム問題の解決は非常に難しい問題だった。

 シャルドネは窓の外を眺め、物憂いに浸った。



 都市部、スラム街を過ぎるとのどかな農村地帯が現れ、それを越えると険しい山脈地帯に入った。


 緩やかな傾斜を選んで進んでいるが、ガタゴトとやはり揺れる。


(んー、やっぱり国境越えはきついね)


 馬車での移動があまり好きではないシャルドネにはこの揺れは苦痛だった。

 なので、きたる酔いに備えて目を瞑った。


 とつぜん、馬車が一層激しく揺れた。


 ギァァァァァ⁉︎、と御者の悲鳴が上がる。


「な!ど、どうした⁉︎」


 パッと目を見開いたシャルドネは慌てて馬車の扉を開け、前方を確認する。


「なぁ………‼︎」


 その光景に思わず目を疑った。


 御者は黒いフードを被った男に羽交い締めにされ伸びている。数少ない護衛のものも地面に転がっていた。

 その周りを幾人もの黒フードの人影が囲む。


 ーーーー逃げなくては。


 シャルドネは驚きのあまり働かない頭に浮かんだこの言葉に素直に従うことにした。

 馬車に背を向けて思いっきり走る。


 だが。


「………ッギャ‼︎」


 肩を掴まれ、口鼻にハンカチを押し付けられた。

 どこか甘い香りのするハンカチの匂いを嗅いだシャルドネはだんだんと意識が遠のいていった。




 ピチョン、鼻先に冷たいものを感じてシャルドネは目をゆっくりと開けた。


 暗闇の中かろうじて確認できたのは冷たいタイル状の床と、雨漏りしている屋根だ。腕を動かしたらガシャガシャと冷たい金属の音がした。手枷がつけられている。


(これって、誘拐?)


 シャルドネは未だに朦朧とする意識の中考える。


(………やっぱり、警備が薄かったのか。ダメだな、私は)


 未だ皇太子の婚約者という立場にあるにも関わらず簡単に誘拐されてしまった自分を恥し、唇を噛み締めた。


 ギーと不快音が冷たい暗闇に響き渡り、シャルドネは顔を上げた。


「お、お前は………」


「お久しぶりね、魔術姫?」


 そこに立っていたのは美しい笑みをたたえる女性だった。


 シャルドネは首をかしげる。


(あれ、この人、どこかで見たような………)


「私とお前はどこかであったことがあるのか?」


「………………は?」


 真面目くさった顔で思わぬ質問を口にするシャルドネに女は間抜けな声を漏らした。


「だ、誰って私のことがあんた、わかんないの?」


「はぁ、どうやら前あっていたらしいが、私はお前にあまり興味がなかったみたいだな。だからお前ことを覚えていない」


「なにそれ」


 女は思わず頭を抱えた。


(ああ、これは、ちょっと申し訳ないことをしたのかも………)


 シャルドネは居心地が悪くなり、(もともと居心地は悪いが)身をよじらせた。


「私は!二ラリー男爵の娘、ライラよッ‼︎……………二度と忘れないでよね⁉︎」


「ああ‼︎あの半裸で部屋を出てメイドに悲鳴を上げられた令嬢か‼︎」


「ワァァァァ‼︎‼︎煩い!煩い!」


 シャルドネは合点がいき、深く頷いたが、女…ライラは両耳を抑えて叫んだ。


「で、なんで私をここに?」


「そんなの決まってるじゃない」


 立ち直ったライラがニィッと笑う。


「あんたを消すためよ」


「………⁉︎」


 シャルドネは耳を疑った。


(私を消す?男爵風情の娘が?)


 そんなことができるはずがない。シャルドネは大貴族アルーシャ家の長女であり、皇太子ローエンドの婚約者(仮)だ。


 ゆうゆうと余裕の笑みをたたえるライラに違和感を覚える。


(後ろに何か付いているのか)


 シャルドネは二ラリー男爵についての後ろ暗い噂を思い出した。

 あの噂もあながち嘘ではなかったらしい。


「………それで、私をどうやって消すつもりなんだ?」


 低い声を出すシャルドネにライラはびくりと肩を震わせがすぐに余裕の笑みをまとった。


「そうねぇ、最初はただあんたを殺せばよかったんだけど………」


 そこで言葉を不意に切り、シャルドネを好奇の目で眺めた。


「あんた“皇国の魔術姫”なんて呼ばれてるらしわねぇ?」


 なら、と言葉を続ける。


「私、お父様からもらってる土地があるんだけど、最近雨が降らなくって困ってるのよう。だから………」


 雨を降らせて?


 ライラはシャルドネの耳元で囁いた。


 彼女の笑みを見て悟る。

 この人は勘違いしているのだ、と。


 シャルドネは深いため息をついた。


「な、何よ」


 ライラは怪訝そうな顔をする。


「残念ながら、私にはその役目を果たせない」


 シャルドネのその言葉にライラは首を傾げた。


「私は魔術を使えないからだ」


 ライラは更に顔にシワを寄せた。


「ど、どういうこと?」


「その言葉のままだ」


 私は魔術を使えない、シャルドネは繰り返す。


 沈黙が訪れ、シャルドネは生唾を飲んだ。


「魔術が使えないって……あんた魔術姫でしょ?そんなはずない」


「その魔術姫、という称号なのだがな。それは私が次世代を担う素晴らしい魔術式を開発したからだ。魔術がつかえるからではない」


「………そ、そんな!な、嘘でしょ⁉︎」


 シャルドネは肩をすくめた。


 ライラは膝の力が抜けたのかへなへなと床に座り込んだ。


「………なぜお前は魔術にこだわるんだ?」


 シャルドネが問うとライラは首をふるふると振って口を開いた。


「言ったでしょ、お父様からもらってる土地がこの頃日照り続きで雨が降ってないの。このままだと作物が育たなくて、経営が、難しいのよ」


「経営?」


「そ、私はまだ認められてない。十分な経歴を作らないとお父様は私を認めないの」


「成る程」


 ライラはポツリポツリと語り出す。シャルドネは彼女の姿を観察した。

 先程まで自信に溢れていた笑顔は引き真顔となって背を丸めている。


「認める、とはそんなに大事なことなのか?」


「あったり前でしょ⁉︎⁉︎」


 ライラはガバッと顔を上げシャルドネを睨む。


「認められるって、どんなに幸せか分かってんの?あんたはいいわね、色んな人から認められて、称号まで手にして、そしてあのローエンド様に愛されて」


 ずるいずるい‼︎と叫ぶと彼女は再び床に突っ伏して泣いた。


 シャルドネはその様子を呆然としてみた。


(私は………認められていたのか)


 シャルドネは他の人間に関わらない。唯一彼女の興味を惹き付けるのは魔術師やその学者ぐらいだ。

 なので世間一般の自身への評価など気にしたことなどなかったのだ。


「私は、恵まれていたんだな」


 ポツリと呟く。


 今まで自分の境遇が不満だった。

 魔術姫、というレッテルを貼られ事あるごとに魔術を求められた。そしてそのレッテルがあの厄病神ローエンドを呼び出した。そのせいで自分の好きなことに打ち込めない苛立ちを常に感じていた。


 だが、それは傲慢な思考だったのだ。


 他人から認められて得たレッテル。

 それが欲しくて欲しくてたまらない人間が一体何人いるのだうか?

 得たくて得た訳ではないものの、それに敬意を払わないのは傲慢だ。

 それに自分を愛してくれているあの婚約者。今まで酷い態度をとってしまった。

 愚行を省みてシャルドネは身を竦ませた。


 そっと、ライラをみる。

 泣きじゃくる彼女はまるで幼い子供のようだった。


「………お前は、認められたかったのか?」


 びくりとその体が震えて、泣き声が止んだ。


「………ぞ、ぞうよ」


「では、なぜ殿下に近づいたんだ?」


「ゔ、ぞ、それは………私はどりあえずお金が欲しかったのよ」


 お金、確かに皇太子のお手つきともなれば少なくない手切れ金が渡されるだろう。


 でもそれではシャルドネを消す理由にならない。


「本当に金のためだけだっのか?」


 シャルドネは涙に濡れたライラの瞳を見据えた。

 ライラはグシャリと顔を歪める。


(ああ、成る程………誤算か)


 シャルドネは彼女のその顔を見て理解した。

 彼女は初めは金の為にローエンドに近づいたのだろう。お手つきさせるためにあり得ないほど近い距離を保っていた。シャルドネも影から小耳に挟んだことだ。

 だが、そこで思わぬ誤算が生じてしまった。

 ライラはローエンドに恋をしてしまったのだ。

 恋をした、だからあの日彼と絡み合っていた彼女はシャルドネにニヤリと女の笑みを向けたのだ。愛しい人の婚約者であるシャルドネに、勝ち誇った笑みを。


 そこから、ライラの計画はちぐはぐになった。

 切羽詰まった彼女は裏についている権力を使い、シャルドネを誘拐したのだろう。


(なんというか……………馬鹿過ぎて笑えるな)


 シャルドネは床に突っ伏して泣くライラを冷めた目で眺めた。


「お前は何が望みなんだ?」


 ライラがゆっくりと顔を上げる。


「望みって………」


「父親に認められたかったのだろ?」


「ッ‼︎」


「お前はな、中途半端なんだ」


 そう、父親に認められたい。それなら他にもっと手があった筈だ。

 けれどライラは領地経営をしながら、皇太子に近づきそして領地経営に戻った。

 すべて中途半端だ。


「ーーーーあんたに何がわかるのよッ‼︎」


 ライラは叫ぶ。


「娼婦に産ませた子だって、周りから嫌な目で見られて、誰も話してくれなくて、連れてきたお父様にも相手にされない‼︎」


 悲痛な叫び。


 シャルドネは目を伏せた。


 彼女の叫びはシャルドネの奥に届いた。

 だが、自分にはライラの痛みがわからない。


 何も声をかけることが出来ず泣き突っぷす彼女を何とも言えない目で見た。


 その時。


 ドカーンと爆発音が響き、シャルドネとライラの体は揺れた。


 ガッガッガッと喧しい足音が近づき、部屋の扉がバーンと勢いよく開かれた。


 そこにいたのは沢山の鎧を纏った騎士たち。彼等が部屋になだれ込みライラを捕獲した。

 そんななか一人の騎士がシャルドネの目の前にくる。

 手際よくシャルドネの手枷を外すと正面に膝をついた。


「全く、困ったものだな。僕の新妻は」


 知っている声。人々を骨抜きにしてしまうフェロモンたっぷりの凶器となり得る声だ。


「………殿下?」


 シャルドネは信じられないと首を傾げた。


「正解」


 ガチャリと兜を外し見えたのはやはり、顔面凶器と名高い人知を通り越した美貌の皇太子ローエンドだった。




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