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舞踏会の事件から次の日。
「お嬢様!お嬢様!お嬢様!」
シャルドネは侍女に肩を揺すられ魔術式の世界から引きずり戻された。
「…………なんだ騒がしい」
ムスリと机から顔を上げると侍女がまくし立てる。
「皇子が!皇子が!皇太子様がいらっしゃいました‼︎」
「げっ」
シャルドネは顔を引きつらせる。
「………ハルーシア辺境伯はどうしている?」
「旦那様はいま、皇太子様とご会談をなさっています」
「そうか、ならいい」
そういうと、シャルドネは侍女に再び背を向け魔術式の世界に飛び込んだ。
ーーーあの大奇族のことだ、あんな事件を引き起こした皇太子を追い出すことぐらい朝飯前だろう。
その次の日。
「お嬢様!お嬢様!お嬢様!」
「なんだ騒がしい」
「皇子が、皇子が、皇太子様がいらっしゃいました」
「………今日もか?」
シャルドネは耳を疑った。まさか1日と待たず来るとは思わなかったのだ。
「ハルーシア辺境伯が対応しているのだろう?」
「はい」
「なら、いい」
ドア付近まで聞こえる喧騒が遠ざかっていった。
そしてまた次の日。
「お嬢様!お嬢様!お嬢様!」
「なんだ騒がしい」
「皇太子様がいらっしゃいました」
「………嘘だろ?」
シャルドネはギョッとする。2日ならいざ知らずまさか3日も連続して来る、そんなことがありえていいのか?
「は、ハルーシア辺境伯が対応しているのだろう?」
「はい」
「なら、いい」
ドアが叩かれる音が遠ざかって行く。
そして、次の日。
「お嬢様!お嬢様!お嬢様!お嬢様ぁぁぁぁぁぁぁぁ‼︎」
侍女の悲鳴が上がり、ドアが乱暴に開かれる音がした。
シャルドネは術式の世界から引きずりだされ、咄嗟にその音の方向を見た。
「で、殿下………」
そこには肩で息をしながら佇む、元、婚約者の姿だった。ちなみにその横には顔を紫に染めた父、ハルーシア辺境伯の姿もあった。
「殿下‼︎困りますぞ‼︎勝手に娘に会ってもらっては⁈」
「うるさい‼︎」
ハルーシア辺境伯はローエンドを止めようとその大きなコウモリのような姿で身をよじらせたが、ローエンドの振り回した拳がちょうど鳩尾辺りに辺り呻いてダウンした。
「シャル………」
ローエンドがシャルドネを見つめる。
彼の顔は疲労を隠せておらず目の下に大きなクマが出来上がっていた。頰もどこかやつれたような気がする。
だが、そんな疲労困憊した姿でさえ、いやだからこそ要らぬ色気がプンプンと漂っていた。
面倒なことになった、とシャルドネは舌打ちをする。
「殿下、いくらなんでも横暴ではありませんか?」
「………無理矢理にでも来ないと、話ししてくれないだろう」
まぁ、そうだが。
シャルドネは認めざるを得なく、ぐぬぬと呻いた。
「………ですが、何故このアルーシャの屋敷にいらっしゃったのですか?」
「おい、さりげなく無視しないでくれ。…………何故って、僕たち婚約者どうしじゃないか。婚約者の家に訪れるのは普通だろう?」
「殿下、元、をつけ忘れています」
「いいや、忘れてない」
ローエンドはその疲れた顔に意地の悪い笑みを浮かべた。
「じつは、婚約解消願いは承諾されていない」
シャルドネは目を剥く。
(なんだ!このコウモリ男‼︎仕事してないじゃないかッ⁉︎)
未だに床に転がっているコウモリ男、もといい、ハルーシア辺境伯に文句の一つを言いたくなった。
婚約解消は任せろ、と言っていたのは誰だッ⁉︎
「ふふふ、今回ばかりはいくらハルーシア辺境伯でも話を通せなかったなぁ」
悪者の笑みをたたえる、ローエンド。
シャルドネはこの美丈夫が疫病神にしか見えなかった。
ズカズカと部屋に乗り込んでくる。
「な、なにをなさいますか⁉︎」
「シャル!僕は不貞を働いていない!それはわかってほしい。もちろん、大広間でのあの行為は………その本当に悪かった、申し訳ない」
ローエンドは体を直角に曲げ、太陽の光を宿したような金色の頭部を晒した。
シャルドネはウッ、と行き詰るが再び声を張り上げる。
「なら、婚約解消して、償ってください‼︎」
「それは、困る。僕はシャルと結婚したいんだ」
「私にはそれが困るのです‼︎」
「酷いな。僕たちの付き合いじゃないか。お前はもうすこし心を許してくれてもいいんだぞ?」
「私にアレコレ、イタズラしてガードを固くさせてるのは誰ですか⁉︎」
シャルドネは叫ぶ。
ローエンドはははは、と乾いた笑い声をあげるとシャルドネにジリジリと近づく。
シャルドネは彼から逃げようと後退するが壁際まで追い詰められてしまった。
「な、何をなさいますか?」
「ん?婚約者との信頼関係をちょっと確かめようと………」
ローエンドは獣のように目をギラギラさせた。
「そんなものありません‼︎」
嘘だ、シャルドネはローエンドのことを信頼している。だからこそ、この婚約解消を仕掛けたのだ。
彼が不貞を行うなんてことはない。だからあの現場に漬け込んだ。
「うん。それは傷ついたなあ」
ローエンドは困ったように笑うとシャルドネをいきなり抱きかかえた。
「ノオオオオオオォォォォォ‼︎‼︎シャルちゃぁぁぁぁん⁉︎⁉︎」
後ろからハルーシア辺境伯の悲鳴が聞こえたがローエンドが部屋のドアを足で閉めてしまったので、廊下に転がっていた彼はお払い箱となった。
「なぁ⁉︎な、なにをなさるつもりですかっ!」
「………既成事実」
「ーーーー‼︎‼︎」
シャルドネはヒュッ、と喉を鳴らした。
そんなにコイツは婚約解消したくないのか。こんな棒切れのような女、さっさと捨ててあの男爵家の令嬢のようにグラマラスな美人を迎えればいいのに。
ローエンドはシャルドネをベッドの上に降ろすと、その上に覆いかぶさった。
「な!な!な!」
あらんばかりの力で抵抗するが、両腕を掴まれ、頭の上の方で固定されてしまった。
「殿下⁉︎合意なしの乱暴は犯罪ですよ⁉︎」
「………僕がなにもなかったと言ったら誰もが首を縦に振る」
コイツ、ヤル気だ!
シャルドネは操の危機を感じた。
ローエンドはゆっくりと顔を近づける。
より一層激しく抵抗したが固定されている腕はビクともせず、脚は騎士流の組み技でも施しているのか上手く動かせなかった。
(あー、これは、マズイ)
冷や汗がドッと流れ出る。ここでヤッしまうのはマズイ。お互いに。
けれど目の前の変態は動きを止めない。
遂にお互いの唇が触れるか触れないかの距離となった。
「で、殿下………」
シャルドネがなんとか口を開いて声を出す。
「ん?なんだ?やめないぞ?」
ローエンドのほんのりと薔薇の香りを含む息がかかる。この絶世の美人は息までも麗しいらしい。
シャルドネは背筋に寒気が走った。
この変態はコレを続けるつもりなのだ。おそらく最後まで。
だが、それは嫌だ。婚約解消(アルーシャ家にて内定)の相手とのアレコレなど面倒なことこの上ない。
シャルドネはこの状況を打開すべく、キリッと彼の美貌を睨んで口を開いた。
「私の石頭、舐めんなぁ‼︎‼︎」
ゴンっと額を目の前の端正な男の顔にぶち込んだ。
ローエンドはフギュ、と情けないうめき声を漏らし、足の拘束が緩まった。その瞬間、シャルドネは膝でおもいっきり蹴りつけた。無慈悲にも股の間を。
「ーーーー⁉︎⁉︎⁉︎⁉︎」
ローエンドが言葉にならない悲鳴をあげ、崩れ落ちる。シャルドネはそれを払いのけ床に落とすと、彼を踏み台にしてベッドから降り、颯爽と部屋を出て行った。
かくして、シャルドネは貞操の危機を免れたのだ。
「なるほど、それは災難でしたなぁ」
アーバン卿が苦笑する。
「ええホント」
シャルドネはため息をついた。
ここは、アルーシャの屋敷。あんな恐ろしいことをする変態がいる城に、いくら研究室があるからって通うことはシャルドネにはできない。
自国の皇太子のこんな犯罪まがいの話をするのは間違っているかもしれないが、シャルドネはアーバン卿の口の固さをよく知っている。
「でも、あれからしばらく殿下は来てないんですよね」
「おや、寂しいのですか」
「まさか。静かな時間を謳歌してますよ」
即答するとアーバン卿は苦笑した。
「それで、例のカードは使うのですか?」
「勿論、あの超プレミアなカードを使わないわけないじゃないですか」
シャルドネはそれを思い出してか恍惚とした表情を浮かべる。
「成る程」
アーバン卿はそれを見て確信した。彼女はあのカードを使い研究するつもりなのだ、と。彼女の“目標”を達成する為には。
以前より彼女の目論見はなんとなく察して居たが、これほどまでに確信に満ちたことはない。
「隣国に行く手立ては整っているのですか?」
「……………いいえ」
シャルドネは首を振る。
残念なことにシャルドネはまだ皇太子の婚約者だ。迂闊な行動はできない。
この国は女性が行動を起こすのを嫌う。その国の代表の女性であるシャルドネが隣国へそれに研究をしに行く、となると王家の名にひびが入る。
せめて、ただの令嬢だったら………。
シャルドネは唇を噛んだ。
「私、お忍び用の馬車が一台余ってるのですが………貸しましょうか?」
シャルドネは思っても見なかった言葉にアーバン卿の顔をまじまじと見る。
「………なぜそんな………」
「私はこれでも魔術の発展を願う魔術師です。才のある人間に協力するのは当たり前です」
アーバン卿はニコリと笑い、その大きな前歯をのぞかせた。
その笑みにシャルドネもつられて笑う。
「ありがとうございます。では二週間ほど借ります」
二週間ならば、アルーシャの領地から出ても周りに隠し通せるだろう。
これは楽しみだ、とシャルドネはニヤニヤと笑った。
ここから、不定期更新となります
楽しみにしてくださってる方々、すみません!
なるべく早い投稿を目指しますので温かい目で見てください。そして、引き続きゆるーくお読みください。
ブクマ、評価、ありがとうございます!