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 博士が去った後、呆然としていたが自室に戻るとそのカードを戸棚の奥深くに隠した。仮にも皇太子の婚約者が他国に繋がっていると噂されないように。


 それからのシャルドネは宙を見つめて思案に耽ることが多くなった。

 今まではペンを持っていないとソワソワして落ち着かなかったが、今はただ博士からもらったカードのことを考えていた。


(あのカード、どうやって使おう?)


 ただの一貴族ならあれを使っても良いのだろうがシャルドネは皇太子の婚約者だ。

 迂闊な行動はできない。


(嗚呼‼︎こんなに早く手に入れられるのだったらもっと早く婚約解消すれば良かったのに………)


 のらりくらりと婚約解消を躱すあの変態が恨めしい。




 けれどその変態からドレスが送られて来たのはそれから間も無くだった。


「え?このドレス、なんで?」


「王家主催のパーティーが開かれるからです」


「あら、ホント………」


 シャルドネはローエンドから送られてきた紺のドレスを見ながら呟いた。

 侍女がそのドレスをせっせと運ぶ。


「ねぇ、体調不良だと言って欠席するのは………」


「駄目ですね。王家主催なので欠席は主催者に泥を塗るのと同じです」


「………うん」


 とにかくパーティーから逃げられないらしい。諦めの境地に達した。



 それからパーティー嫌いのシャルドネには辛い時間が訪れた。

 殺人機と密かに呼んでいるコルセットを締め上げられ、いつもはボサボサの髪を結びつけられ、顔にはこれでもかというほど紅を塗りたくられた。

『そんなに塗ったら顔赤くなっちゃうんじゃない?』と言ったら『お嬢様はこのぐらい塗らないと病人と間違えられます』と言われた。

 全く、主人の事をなんだと思ってるのだ。侍女よ。



「うん。今日は綺麗だね。シャル」


 律儀に屋敷まで迎えにきたローエンド。

 今日は、ってなに?という疑問はさておきこれから始まる苦行の事を考えると憂鬱だ。

 彼の手を取り馬車に乗り込む。


「僕の見立ては合っていたね。シャルには濃い色合いのドレスが似合う」


 ローエンドが馬車に揺られながら満足げに言った。


「そうですか」


 シャルドネは軽く相槌をうつ。

 自分にはなにを着ても似合わない。


「本当だよ?君の美しい銀の髪にピッタリだ」


 本気にしてないシャルドネにイラついたのか眉を寄せて髪を一房、壊れ物のように掴み唇を落とす。


「ちょっ!そういうスキンシップは結婚後で………って、なんでちゃっかり横に座っているのですか!」


「ん?向かい合うと触りづらいから」


 いやいや、何を言っているのだこの変態は。


 自分が反対側に座ろうと腰をあげたら片腕で押さえつけられ、抱き寄せられた。美人の芳しい香りがする。


「ちょっ!」


 変態の胸ぐらを割りと本気で叩くが、引きこもりのパンチなど痛くもかゆくもないらしく、離すどころか更に強く抱き寄せられた。

 こうなったらもう抵抗できない。大人しくローエンドに寄りかかっていることにした。


 ん?腰に当てられた手が不穏な動きをしているぞ?


「あ、あの?殿下?」


「なんだい?」


 ニコリと笑い、不穏な動きを続ける変態。

 手が胸の辺りに差し掛かったところで頭を思いっきり振り上げ、変態の顎を殴った。

 変態がクッ、とうめき手の拘束が緩んだところで反対側の座席に移り距離を取る。


「調子に乗らないでください」


 シャルドネが氷点下の声音で言い放つ。その目は、生ゴミに住み着くネズミを見ているように睨め付けていた。ローエンドは一瞬顔を青くしたのち赤くした。

 照れてるらしい。


 なんだこの筋金入りの変態は。

 シャルドネの頰が引きつった。


 その時、ガチャ!と馬車のドアが開く音がした。


「殿下、アルーシャ様。目的地に着き………」


 御者は馬車の中、顎を押さえうめきながら恍惚と婚約者を見つめる皇子、そしてその婚約者は彼を腐った死体を見るような目で見ているこの面妖な構図に目を丸くした。


 いけない、こんな珍プレーを皇太子とその婚約者がしているなんて広まったら、皇国の威信に関わる。



「……………お前は何も見ていない。そうだろう?」


 シャルドネが未だに恍惚とこちらを見据える変態に変わり、御者に声をかけた。

 御者は顔を青くしてコクコクと頷く。


 シャルドネはため息をついた。


 ローエンドの尻拭いはいつもシャルドネだ。彼女には非常に億劫で、彼と関わり合いたくない理由の一つだ。

 だが、それはローエンドが彼女の前でしか失敗をしないということだ。しかしながらシャルドネはそれに気づかない。



 ローエンドのエスコートでパーティー会場に入ると今までの喧騒が嘘のように静まりかえった。


「あら、アルーシャ様今日はいらっしゃたのね」

「珍しい」

「いつもはいらっしゃらないのに」


 歩くと周りからヒソヒソと音が立つ。


 シャルドネは終始真顔でフロアの真ん中についた。


 軽やかな曲が流れ始める。

 ローエンドとシャルドネはステップを踏み始めた。


「こうやってダンスするのは久しぶりだね」


「………そうですね」


「何ヶ月ぶりかな?あぁ、隣国の学者団が出席している侯爵夫人主催のパーティー以来か」


「………そうですね」


「僕のファーストダンスを踊ってくれる令嬢を探すのは大変だったよ、君が学者と話し込んでまったく見向きもしてくれないから」


「………そうですね」


「ん?お前、そんな足元ばかり見るんじゃない。あと話聞け」


 そんな事言われてもこちらはステップを踏み間違えないよう必死なのだ。

 ダンス中に話なんて高度な技は出来ない。先程踊りに加わった侯爵夫妻が煽情的なダンスを踊っている最中にキスしたのを見て目ん玉飛び出るぐらい感心したのだから。


「まったく………」


 ローエンドはふぅと息をつくと腕に力を込め、シャルドネを引き寄せた。


(ちょっ‼︎近い近い‼︎)


 蕩けるような熱情を灯したエメラルドの瞳がシャルドネを間近で見つめる。


(そんな目で見ないでほしい)


 対してシャルドネは彼を見つめ返すことが出来ず、目を伏せた。

 妙に息苦しい。


 シャルドネは首を傾げた。


「殿下、ここは空気が薄いのですか?」


「………はぁ?」


 喋ったことで案の定ステップを踏み外し、ローエンドの足をヒールでおもいっきり踏んでしまったのは仕方ないことだった。



 なんとかファーストダンスを終えると、渋る婚約者を力ずくで引き離し(割と本気で殴った)、壁の花に徹する。


 化粧はしているものの、それでも青白い肌、枯れ木のように細い手足、おまけにハルーシア辺境伯の偏愛が重なれば、シャルドネの元には誰もこない。

 シャンデリアの光の届かない丁度影になっている部分でぼうっとパーティー会場を眺めた。


 どこか浮世離れしている煌びやかな世界はシャルドネには眩しかった。


 その中で、ローエンドが笑みを浮かべ美しい令嬢と踊っている。

 煌びやかな世界には彼等のような煌びやかな人がお似合いだ。



 ん?やけに距離が近くないか?


 あ、今キスした。



 シャルドネは身を乗り出した。


 令嬢がローエンドの顔を掴み情熱的なキスをする。


 シャルドネは鼻息荒くその様子を食い入るようにみた。目を爛々と輝かせて。


 いいぞいいぞ!頑張れ!名前わからない令嬢‼︎


 周りがざわつき始める。シャルドネに沢山の視線が注いだ。

 その様子にシャルドネは彼女にしては珍しく笑みを浮かべた。ニタリと可憐とは程遠い笑みを。


 ローエンドが笑いながら令嬢と距離をとった。まんざらでもなさそうだ。そのまま彼女の腰に手を回し大広間を後にした。

 大広間を抜けた先にはいくつもの客室がある。きっとそこに向かったのだろう。


「あら、アルーシャ様?殿下は行ってしまわれましたがどうされたのですか?」

「誰ですか?あの令嬢は?」

「随分とお綺麗な方でしたけど」


 先程ほどまで独りを謳歌していたシャルドネの元にはいく人かの令嬢が集まる。


「心配はいらない。殿下とは近々話しておかないと思っていたからね」


 シャルドネは彼女達にニタリと笑みを浮かべた。

 すると彼女達は真っ青になり我先にとフロアへ逃げて行った。

 どうやら引きこもり女の青白い顔での笑みは光の当たらない影の部分であることも加わり、不気味だったようだ。


 シャルドネは再び独りの世界に入り込もうとした。


 だが、周りが一層ざわめき、シャルドネの周囲の人だかりが散らばって、彼女の独りの世界から引きずりだされる。


 コツンコツンと近づく足音。


「いやぁ、シャルちゃん。大変なことになったねぇ」


 甘ったるい声を掛けてきたのは何を隠そうアルーシャ家当主ハルーシア辺境伯その人だ。

 真っ黒なローブを羽織り背を丸めて歩くその姿はコウモリそっくりだ。


 シャルドネは久しぶりにみた父の姿に口角を上げた。


「ええ、ハルーシア様。随分とお熱いキスをされていましたね」


「ほんとほんと」


「ねぇ?ハルーシア様?私考えがあるんですけど」


「奇遇だねぇ。僕にも考えがあるんだよ」


 アルーシャの父娘はヒャッヒャッヒャッ、と不気味に笑いあった。

 周りはその様子に薄気味悪いものを感じずにはいられなかった。



「あの小娘は二ラリー男爵の隠し子でねぇ、最近社交界にデビューしたんだぁ」


「二ラリー男爵ってあの?」


「ああ、あの二ラリーだぁ」


 二ラリー男爵、一年ほど前、爵位をもらったばかりの新興貴族だ。

 当初は準男爵だったが、たった一年で男爵位まで上ったと貴族間では注目の的だ。


「この新参者にはぁ、色々な噂が流れているのをシャルちゃんも知っているだろぉう?」


「はい」


 二ラリー男爵、その異常な出世スピードから黒い噂が絶えない。マフィアと繋がっている、敵国の手下だ、などなど。

 シャルドネ自身はその噂を丸呑みにはしていないものの、やはり、臭いものがあると睨んでいる。


「最近、奴の領地周辺で怪しいものが捉えられてねぇ………おっと、機密情報を漏らしてしまったねぇ。危ない危ない」


 ワザとらしく口を滑らせ、目を弓なりに曲げて笑うその姿にシャルドネも笑みを誘われた。


「あの小娘と皇太子は客室にいるはずだぁ。キャッキャウフフしているぅに違いなぁい」


 ハルーシア辺境伯の言葉にシャルドネは笑みを深くした。


「ならば、できますね」


「うん、できるなぁ」


「「婚約解消」」





 ガチャリ‼︎とドアを力強く開ける。


 中に一歩入ると半裸の女とジャケットを脱いだ男がソファーの上でもつれあっているのが見えた。

 言うまでもなく、女は二ラリー男爵の息女で、男はシャルドネの婚約者ローエンドだ。


 女の方はシャルドネを見ると一瞬目を丸くしたのち、ニヤリと品の悪い笑みを浮かべた。


「し、し、シャル⁉︎」


 婚約者の素っ頓狂な声が響いた。



「御機嫌よう、ローエンド様。随分とお楽しみのようで」


 シャルドネはニコリと笑った。



「シャル!シャル!こ、これは!」


「おやぁ、随分とご乱心のようですなぁ?殿下?」


 ハルーシア辺境伯がコツコツと音を立てて部屋に入ってきた。

 ローエンドは彼の姿を認め、呆然とした。


「な、なぜ?お義父上?」


「貴様に義父と言われる筋合いはなぁい‼︎」


 彼がポツリと呟いた言葉にハルーシア辺境伯が噛み付く。


「ねぇ?ローエンド様ぁ?これってどういうこと?この人誰?」


 女がローエンドに絡みつきながら言う。

シャルドネは彼女の言葉に驚いた。いくら最近社交界にデビューしたとはいえ、大貴族である、アルーシャ家当主の顔を知らないとは信じられないからだ。


 ハルーシア辺境伯の頰が僅かに引きつった。


「黙れ、離れろ」


 対してローエンドは嫌悪感を隠さず彼女の肩を押し、突き飛ばした。

 女は鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしたが、ジワリと目に涙を浮かべ大声で泣き叫びながら部屋を走り去っていった。半裸のまま。


 シャルドネは廊下で悲鳴が上がったのをどこか遠いいものを聞くような感じて聞いた。


「お義父上ッ!どう言うことだ⁉︎」


「義父と言われる筋合いはなぁい‼︎どういうことか、それは殿下がご存知では?」


 ハルーシア辺境伯はローエンドに口を弓なりに曲げて微笑んだ。

 ローエンドはその横にいるシャルドネに必死に訴える。


「こっ、これは‼︎ち、違うんだシャルッ!」


「何が違うですか?婚約者がいるにもかかわらず大広間でどこぞの馬の骨と知らない女とキスをして、挙句の果てに客室でこう、ですよ?」


「……………っ」


 ローエンドはシャルドネの言葉に肩を上げた。

 シャルドネはため息をついた。


 もうすこしだ。


「けれども、殿下。これは殿下にほかの女に手を伸ばすほど私は力不足だった、ということです。これは私の責任、それを取るべく婚約解消をさせていただきます」



 シャルドネはニコリと笑みを貼り付けた顔から、無表情になり、彼に一礼をした。


「な、な、な、………」


 ローエンドは顔を真っ青にしてシャルドネの方へ手を伸ばした。だが、シャルドネは踵を返して部屋を出ていき………

 ついにその手は届かなかった。



 パーティ会場を後にしながらシャルドネはニンマリと嗤う。

 あとはあのアルーシャ家当主、ハルーシア辺境伯がこのスキャンダルを理由に王家に婚約解消願いを提出すれば終わりだ、と。



 屋敷に戻ったシャルドネはウキウキと荷造りをしていた。


「随分と楽しそうですね、お嬢様」


 侍女が呆れ半分に声かける。


「当たり前だ。あの、研究室に行けるのだぞ?今までは肩書きが邪魔をして行けなかったがもうそんな鎖はない。心置きなく研究できる」


 シャルドネはヒャッヒャッヒャッと気味の悪い笑い声を上げた。


「………殿下がお可哀想」


 侍女はボソッと呟くが、自分の呟いた言葉に顔を青くし、ゆっくりとシャルドネの顔色を伺った。

 シャルドネは一瞬顔を引きつらせ無表情になった。


「あの変態は、婚約者がいるにもかかわらず大広間でキスして、部屋にもつれ込んでナニをしようとしていた奴だぞ?」


 あームカつく、とシャルドネは怒りをあらわにした。

 そんな主人に侍女は複雑な心境になった。



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