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ゆるーく読んでください

「ん……………ごめん、最近耳が遠くて………、なんて言った?」


「いえ、だから………婚約を解消していただきたいのです」


「ん……………ごめん、最近耳がとお」「何度これを繰り返すのですか⁉︎」



 月の光が宿ったように美麗な銀髪の少女、シャルドネは悲鳴をあげた。



「ははは、ごめんごめん。………さぁ、僕には財務があるからそろそろ席を外し…」「話を切り上げようとしないでください‼︎」


 シャルドネはゼェゼェと荒い息をしながら目の前の己の婚約者…太陽の光が宿ったように美麗な金髪に透き通るエメラルド色の瞳、顔面凶器と評判の美貌の持ち主、皇太子ローエンド、を睨んだ。


「ははは、何のことかな?じゃあ僕はこれで…」「なぁーーー⁉︎⁉︎」


 笑顔で逃げようとするローエンド、だが逃すわけにはいかない。


「だいたい貴方は“何時間でも話し合おう”と先程言っていたではないですか⁉︎」


「ははは、何のことかな?」


 しらばっくれる婚約者にシャルドネは半目で睨んだ。


「殿下!これは大事な話なのです‼︎まじめに聞いて下さい‼︎」


「嫌だな、シャル?僕はきちんと聞いているじゃないか?」


「どの口が言いますかッ⁉︎」


 ゼェゼェと荒い息を整える。


(ダメだ、またコイツのぺースに巻き込まれてしまうッ!気を取り直して………)


 ブツブツと自分に言い聞かせ、真顔になったシャルドネは再び何度も練習したセリフを言う。



「だから、婚約を解消していただきたいのですが?」


「………………………な、何で?」


 迷子のような弱った瞳を揺らすローエンド。


 そんな瞳を見たシャルドネは………



 ーーーーウゼェ。


 嫌悪感で顔がひきつるのを隠しもせず、まるで部屋を這いつくばる虫を見るような目で彼を見ていた。

 そんな目に気づいたのか彼は頰を赤らめる。


 ーーーーキモい。


 シャルドネは更なる嫌悪感に顔を歪ませ、潰れた虫を見るような目でローエンドを見た。


(嗚呼!いけないいけない‼︎いつもこうやってあっちのペースに持ち込まれるんだ‼︎落ち着いて落ち着いて………)



「婚約解消、してください」


 シャルドネは滲み出る嫌悪感をなんとかしまいこんで言う。


「………なんで?」


 ローエンドは彼女の本気の視線に気づき、もう逃れられないと悟ったのか皇太子のソレに変わった。


「僕らの婚約は王家と伯爵家、その両家の契約だ。お前がいくらそれを望んでも覆せるようなことは出来ない」


「はい、心得ております」


「………じゃ、なんで?なんで婚約解消したいの?」


「それは………」


 シャルドネの脳内に膨大な数の魔術式が浮かび上がった。その一つ、未だに謎の式を解きたい、という甘美なる欲求をなんとか理性で抑える。


「お前のことだ、部屋にこもって研究に没頭したい……みたいなことかな?」


「………」


 図星だ。

 もっと言うなら、社交界に出たくない、人と関わりたくない、だ。


 シャルドネは名門アルーシャ伯爵家の長女だ。アルーシャ伯爵家は古来より続く王家の古き血を受け継いでいる。

 それ故に今回皇太子ローエンドとアルーシャ伯爵息女シャルドネの婚姻が決まった。

 アルーシャ伯爵家は()()()として有名だ。古い歴史を持つこの家は代々優秀な人材を輩出してきた。シャルドネの父、ハルーシア辺境伯もそうである。

 だがしかしその才能の引き換えか、どこか人間味がかけている。

 ハルーシア辺境伯は優れた目を持つ。何事も本質の価値を見抜きそれを知ってはニヤニヤする。

 彼は関心がないものにはとことん関心がない。彼の関心は彼のみぞ知る真の価値の貴族らが起こすゴシップ、そして妻と一人娘と一人息子だけだ。


 また、シャルドネもアルーシャの血を色濃く受け継いでいる。

 彼女の興味は“魔術式”たったそれだけ

 だ。

 屋敷では、部屋にこもって数式を解いている。一度思考に入ると周りのことが見えなくなる。事実、一日中部屋から一歩も外に出ることなくひたすら数式に没頭していたらあの父親が泣きついて『食事を取ってくれ⁉︎シャルちゃんが死んでしまう‼︎』と哀願してきたぐらいだ。


 そんなこんなでシャルドネはローエンドの婚約者といえど最低限の人付き合いしかしていない。

 社交界にはほとんど参加しないし茶会に招かれても出席しない、勿論自身で茶会を開いたことは一度たりともない。



「………お前は、婚約者の僕に一度たりともお願いしたことがない。それで初めてのお願いがこ…婚約解消なのか?」


 ローエンドの声が降ってきて、シャルドネは顔を上げた。

 仏頂面の美麗な顔。女装なんてしたら誰も男だと気づかないであろう完璧な美貌がそこにあった。美人の無表情は怖い。


 だが、声が僅かに震えていた。


(あぁ、たしかにそれはショックかもなぁ)


 シャルドネは憐れみの目を我が婚約者に向けた。



 彼はたしかに婚約者との関係を良好なものにしようと幾年もの間努力してきた。


 お茶をしようと宮殿に招いたり、共に教養を高めようと図書館へ誘ったり、城下町へお忍びでいこうと誘ったり……などなど、彼の努力は計り知れない。

 だが当のシャルドネは、体調が悪い、気分が悪い、怪我をした……などと言って全て突っぱねてきた。

 勿論、魔術式を解くためだ。


 何故わざわざ妙にキラキラとして煩い空気を漂わせているこの男に会わなければいけないのかわからなかった。


 なるべくなら関わりたくない、と婚約当初から距離を取っていたのだ。


 普通なら婚約者にこんな態度を取られたらもう愛想が尽きて別の異性に奔るだろう。

 だが、この男はそれで諦めるような者ではなかった。


 シャルドネを屋敷の外に出すのは無理だと悟ると皇太子自ら屋敷にやってきたのだ。

 伯爵側としてはこれを阻止することは出来ない。シャルドネを屋敷に留めておくことに尽力を尽くしていたハルーシア辺境伯は半泣き状態だった。


『やあ、婚約者殿。随分と物好きな趣味だね』


 紙のみならず壁や床にも殴り書きされている魔術式を眺めながらローエンドは言った。


『………………そうですね』


『こんな日当たりの悪い部屋にこもっては健康に悪いぞ。ほら、君の肌は病人のように真っ白じゃないか』


『………………それが何か?』


『食事を度々すっぽかしているとも聞いた。きちんと食べなければダメじゃないか。ほら、君の体は棒切れのように細いじゃないか』


『……………』


『さぁ、そんな陰気な研究なんかやめて僕と日の目を浴びに行こう』


『………………』


 突然の訪問者に部屋にこもって研究をしていたシャルドネは木の葉が積もっていくように、紅く不愉快な感覚が積もっていくのを感じた。

 今ならこれはイライラしているとわかるがこの当時はまだこんな感覚を味わったことがなく、ひどく動揺していた。


 その日、嫌がるシャルドネを無理やり外へ連れ出そうとしているのを、ハルーシア辺境伯に目撃されたローエンドはその目を弓なりに曲げた辺境伯に別室に連れてかれた。部屋から出て来た彼はその美貌に恐怖を滲ませていた。


 それ以来ローエンドには辺境伯が大の天敵だ。


 けれどもそれに懲りることなくそれからも彼はシャルドネの元を訪れる。

 粘着質な彼にシャルドネもさすがに引いた。



『シャル?入るぞ?』


『………』


 シャルドネは机に向かいペンをせわしなく動かしている。


『いゃあ、相変わらず散らかってるな』


『………返事を待つことなく人の部屋に入るな、と殿下は教わらなかったのですか?』


 一度、目の前の作業をとめ、勝手に自分のテリトリーに踏み込んで来た無礼者に振り返りもせず嫌味を言う。


『ん、だってお前、部屋の外からいくら声をかけても気づかないじゃないか』


『………』


『ほら、カーテン開けて、窓も開いて、風を通せ。ンー、紙が散らばりすぎてんな………』


 そう言ったローエンドが部屋に散乱している紙を拾い上げる気配が背後からした。


『あー、そういえば。お前が前発表した魔術式なんだが、隣国の学者がひどく感心しててな。お前に会いたいんだと』


『本当ですか‼︎会います会います‼︎』


『………うん、だと思ったよ』


 学者の話をした途端振り返り目を輝かせる婚約者にローエンドは苦笑した。生憎“可愛げ”なんて言葉はシャルドネには持ち合わせていない。

 対面の日付を確認すると、再び魔術式の世界へ飛び込んだ。


 シャルドネが発見した公式が応用され、魔道具が発明されたのはそれから一カ月後のことだった。


 それ以来シャルドネは“皇国の魔術姫”と呼ばれるようになった。




 思い返せばこの男は昔から色々とちょっかいをかけてきたな、と目の前に座る美麗な婚約者を眺めた。おかげで集中の妨げになってよくイライライライラしていた。迷惑極まりない。

 だが、何故そんな自分に構うのか、とも思う。

 棒切れのように細い体は17歳とは思えないほど凹凸がない。日々部屋に引きこもって研究に没頭しているので陽の光を浴びず、まるで死人のように青白い肌。顔はお世話にも美人とは言えない。


(この男はこんなに美人なんだから女なんて選り取り見取りだというのに………)


 美しい婚約者の顔を眺めながら、シャルドネは嘆息した。



 結局、その後話を全く聞かないローエンドは“財務がある”と言って部屋を出て行ってしまった。


 シャルドネは実に困ったと嘆息する。

 婚約解消、してもらわねば。


 拳を握りしめ、決意を固め、シャルドネも談話室を後にした。


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