とにかくやってみよう
田舎町といっても物を探すにはやはり広い。あてずっぽうで小さな鞄を探しても見つからないのはわかりきっているので、とりあえずフィーネちゃんが来た方向と、家の目印になるものをまとめて簡単な地図をつくってみた。赤い屋根の近くにポストがあったという話から察するに、ここからせいぜい山代町までの範囲のようだった。
それと吼えた犬の特徴などをまとめて、ブチ経由で仲間に手分けして探してもらうことにした。猫だったら町に関して詳しいだろうし、よく吠えて茶系の中型犬ということなので、見つけるのはそれほど難しくないかもしれない。
即席でつくった地図を手にして支度を済ませると、私とクロミはフィーネちゃんの案内で山代町へと向かっていた。お日様はまだ高くて、時折、風に運ばれてきた桜の花びらが、私たちの前をひらひらと舞って通り過ぎていく。両側は人家が建ち並んでいるけど、人どおりはまるでなくて閑散としている。世界にはわたしたちだけしかいないんじゃないかと思えるくらい静かだった。
クロミが自分の顔に落ちてきた花びらを、迷惑そうに振り払った。
「ホントにこっちで当たっているの。赤い屋根やポストなんてどこにでもありそうだけどね」
「フィーネちゃんを疑っても仕方ないでしょ。それに私が思いつくのは山代町のポストくらいだもん。そのためにブチに頼んだんだから」
「ご、ごめんなさい。迷惑お掛けしてしまって……」
「かまわないって。今日は時間もあるから」
私は道路をキョロキョロしながら答えた。念のため、道路に鞄が落ちていないか探しながら歩いている。そのうち、永井川という小さな川と橋が見えてきた。道をこのまま行くと山代町だけど、橋を渡ると手島町となる。そこに差し掛かった時、前をふわふわ飛んでいたフィーネちゃんが立ち止まって、途方に暮れた顔をしながら橋と道路と交互に見比べていた。
来た方向に自信がなくなったらしい。
「橋を渡ってきたかおぼえてる?」
「うんと……」
フィーネちゃんはよくおぼえていないらしかった。何度も頭をひねって考え込んでいたが、やがてちゅんちゅんと頭上から鳴き声がして見上げると、二羽のスズメが電線で並んで止まっている。そうだ。スズメさんならナワバリもこの辺りだろうし、何か見ていないだろうか。
「すいまーせん、ちょっといい?」
「なんだ〝不思議探偵〟さんか。なんだい」
「私のこと知ってるの」
「この界隈でアンタを知らん奴はいないよ。いるとしたら、よほどのへそ曲がりさ」
「じゃあ、話早いや。この子、フィーネちゃんていう花の妖精さんなんだけど。この辺りで種の入った鞄を失くして困ってるの。この子のこと、おぼえてないかな」
スズメさんはフィーネちゃんを見て、ああと思い出した様子で羽根を山代町に指した。
「その子なら、数時間前に家々の敷地を飛んでいくの見たよ。スゴイ速さだったからおぼえているよ」
「その時、この子、鞄持ってた?」
「たしかそんなのは無かったと思うけど、きちんとおぼえてないな」
「いいよ。ありがとう」
私は礼を言って、再び山代町方向に歩き出した。ちょうど自転車を引いたどこかのオジサンと遭遇して変な顔されたけれど、私は気がつかないふりして通り過ぎた。まあ、こんなことしてるから、周りから浮いている理由でもあるんだけど。
「とりあえず、山代町付近なのは間違いないね」
「捜索範囲が広がったらどうしようなんて思っちゃったわよ」
「ごめんなさい。お手間とらせちゃって……」
「おぼえていないことなんかよくあるよ。私も忘れもの多くてさ、よくお弁当忘れたー教科書忘れたーなんてやってるよ」
「千鳥の場合はそそっかしいだけよ」
「なんですって?」
「ほら、おしゃべりしてないで鞄に集中、集中。散歩に来たわけじゃないんだから」
「……」
むっとする私を余所に、クロミは塀にぴょんと飛び乗って上から敷地内を覗き込みながら歩きだした。
腹は立つが、たしかに喧嘩している場合じゃない。私は気持ちを切り換えて、表通りに集中することにした。どこかでブチかその仲間に遭ったら、敷地内を探すようお願いしておかなくちゃ。
「おおーい」
もうすぐ山代町という時にどこからか呼ぶ声がして、声の主を探すと家屋の間の塀を、器用に駈けてくるブチの姿があった。その後ろを二匹の子分の猫たちが行列をつくって走ってくる。
「ミケという猫から連絡があった。この先にフィーネが教えてくれた犬と似たような犬がいる。そこに鞄みたいなのもあった」
「……」
「案内するから一緒に来い。仲間が監視しているが、かなり興奮しているから通りからそっと近づこう」
※ ※ ※
「なんだお前ら、何見てやがんだ! オイオイオイオイ!」
まだ距離がある時からその声は聞こえていたのだけれど、近づくにつれ、不愉快さがどんどん、どんどん増していく。鳴き声というより壊れたスピーカーのようだった。その鳴き声がする家の向かいに赤い屋根と近くにポストが見えた。私たちは一旦引き返し、途中にあった小さな公園で作戦を練ることにした。雑草が地面にベンチとブランコが申し訳程度に備えてあるだけの狭い公園で、いつもなら気にも留めずに通り過ぎてしまうような場所だけど、こういう時は助かる。
「あの声……」
「あの家で間違いない?」
ベンチに座り、うつむいたままはいと返事をしたフィーネちゃんの声が、小さく震えていたのがかわいそうだった。
私の足下にはブチと子分の猫が2匹。クロミは私の傍らにいる。周囲を猫に囲まれ、他の人が見たらいささか奇妙な光景に映るだろうが、せいぜい猫好き美少女くらいだろう。猫に話しかける人は珍しくはないし、スズメと会話しているより不自然さはないはずだ。
「はっきりとおぼえてます。あんな声でした」
「かなり神経質や奴でね。僕らが話しかけてもああして吼えるばかりなんだ。まったく話し合いになりそうもない。近所でも評判悪くて保健所連れいていけだとか、騒音苦情で警察が来たのも何度かあるらしい」
「家の人は?」
「留守だな。ちょうど車で出かけて行ったとこだ」
「そうかあ。いたら、家の人にお願いしたかったけど」
「小屋の中には鞄の他にもどこかで拾ってきたボールや人形なんかもあったぞ。収集癖もあるらしい」
「神経質ヤローにありがちね。ケチでやたら攻撃的」
クロミが罵倒するように、ふんと鼻を鳴らした。
「とにかく、私が行って話してみるよ」
「千鳥がか? 危険だ、やめておけ」
私の提案に、ブチもその仲間も目を丸くしている。
「だけど、このままじゃらちあかないし、家の人もいつ戻ってくるかわからないもの。それにスズメさんが私のことを知らない人はいないていってた。話せばなんとかなるかも」
「ま、いざとなったらワタシがいるしね」
「クロミはダメよ。猫が来たら興奮してそれどころじゃなくなるよ。入口で待ってて」
「本気なの」
クロミはあっけにとられた顔をして私を見上げていた。
「本気だよ」
ブチの仲間が監視している時もやたら吼えていたから、猫に対してはまだ興奮しているかもしれない。クロミも姿を見せない方が良いだろう。
「……やれやれ。こうと決めたらやるのが千鳥だしねえ」
クロミがわざとらしいため息をはいた。
「しょうがないわね。そのための〝守護猫〟なわけだしね」
「よし、じゃあ決まり。さっさと片付けましょ。ブチは仲間の人たちを離れさせといて。このままだと興奮したままだろうから」
「わかった」
ブチは身をひるがえすと、仲間と一緒に急いで公園の外へと走っていった。
ブチたちが消えると私も公園の外に出て、怖いワンちゃんがいるはずの家へと足を進めていく。
「なにか策はあるの」
「任せといて」
とクロミに言いつつも、さて、どうしようか。
そういや昔、私がフィーネちゃんくらいの頃、ゴムボールをよそのお家に投げちゃって困ったことあったな。その時も犬がいて怖くて入れないから、お母さんに泣きついたことあったっけ。あんな狂暴な犬じゃなく、チワワだったけど。
飼い犬ではあるのだし、きちんと話してみればなんとかなる気がする。