なんて良い陽気
三寒四温なんてよく言ったもので、3月のはじめころは寒い暖かいを繰り返す日々が続いていたのだけれど、下旬となってからこのところ、ようやく暖かさも安定してきた。春休みも終わり頃なある日の日曜、私は縁側でのんびりとひなたぼっこをしていた。
「あー、良い天気」
暖かい日差しの中で、ゆるやかに運ばれてくるちょっぴり冷たいそよ風が、とっても気持ちいい。
「春だよねえ」
「ホント、いい気持ち」
私が縁側から澄んだ真っ青な空を見上げていると、隣でねっころがっていたクロミが大きく背伸びしながらあくびした。
あ、クロミていうのはうちの飼い猫の名前。
黒猫で女の子だからクロミ。
「のんびりまったりした気分で背伸びしたり、ごろごろしたり、毛づくろいしたり、おひげの手入れしたりと天国みたいな気分」
クロミてばよく喋る。
といっても、クロミの言葉がわかるのは私だけで、端から見るとおそらくふがふがあくびしているようにしか見えないはずだ。
「こんな日は、のんびりとしていたいよねえ……」
クロミの真似をして、私もふがふが言いながら縁側でねっころがっていると、急に庭の椿の生垣ががさがさした。なんだろうと私とクロミがガサガサする生垣に顔を向けると、一匹の灰毛な猫がひょっこりと顔を出してきた。
「なんだ、ブチか」
「やあ、クロミ。それに“不思議探偵”もいるな」
「その呼び名やめてよ、恥ずかしいから」
私は急いで起き上がると、突っ掛けを履いてブチのとこまで急ぎ足に向かった。クロミも後からついてくる。
不思議探偵。
耳にしただけで身体中がムズムズする。顔が熱くなって、いたたまれない気持ちになってくる。
一、二度、このブチという猫に頼まれごとを手伝ってから“不思議探偵”なんて呼ぶようになったのだが、正直ダサい。
「三浦千鳥。三浦か千鳥かどっちかで呼んでよ」
「お前がそう言うなら、千鳥にするか」
ブチは壁を砕くようにして、生垣を何十もの葉を撒き散らしながら強引に抜け出てきた。ブチは三軒向かいに住んでいる灰毛の飼い猫で、いたるところにブチ模様なのでブチ。歳を食っているせいか、しゃべり方にも落ち着きがあり、体つきも大きく丸々と太っている。
「今日は……ずいぶん暇そうだな」
「暇そうじゃなく、暇にしてるんだよ。こんな日に慌ただしく出掛けたってもったいないじゃない」
「そうそう。第一、千鳥は友達がいないから、出かけるあてないしねえ」
クロミの発言にムッとして、私はクロミを睨みつけた。
半年前、クロミがこの家に迷い込んできてからブチみたいな猫や他の動物たちと話せるようになったり、他の人には見えないものが見えたりしてるから、何だか変わっているなんて言われているの知っているし、周りから若干浮いている時はあるけれど、友達いないはひどい。
「昨日はヨッコと遊びに出掛けたでしょ。勝手についてきたくせに」
「そりゃ、ワタシは“守護猫”だもの。主人を護るためについてくるのは当然でしょ」
「なら、もうちょっと主人を敬いなさいよ」
「それとこれとは別よお」
「まあまあまあまあまあ。喧嘩はおよしなさい」
ブチが取りなすようにして間に入ってきた。
「クロミは口が軽すぎるな。容姿は十人並みだが明るくて元気な千鳥に、色々と不憫な思いをさせてしまっているのは確かだ。まだ中学二年になろうという時に、我々の声やモノが見えるばかりにな」
「そうでしょ。ブチの言うとおり」
私はブチの言葉に心の底から同意して、大きくうなずいた。
明るくて元気と友達のヨッコにも言われる。
十人並みてよくわからないけれど、私一人に対して十人なんだから誉められているにちがいない。相手が猫でも誉められて嬉しくないわけがなく、もうすっかり気分が浮かれていた。
「……で、ところで何の用」
私がしゃがみこんで訊ねると、ブチは何か思い出したたみたいで、慌てて周囲を見渡した。
「どうしたの?」
「はずかし屋でね。多分隠れているんだ。……おーい、こっちだ出ておいで!」
ブチがさっき出てきた生垣に声を掛けると、ちらりと葉の隙間にちらちらと水色に映るものがあった。やがてがさがさと葉が揺れたかと思うと、そこから小さな女の子が姿を現した。小さいといっても人間レベルの小さいじゃなく、私の手のひらにおさまりそうなくらい小さい。丸顔で体型的には五歳くらいに見える。
栗色の肩までかかった髪に小さなお花の髪飾りをつけていた。それに花びらみたいなドレスを着て、背中からはトンボみたいな透明な羽根を伸ばしている。その子を見て、あとクロミが言った。
「あの子、妖精さんじゃない」
「この町に来たばかりらしくてね。ひとりでうろうろしてたから、話してこっちに案内したんだ」
そういうと、ブチはまだためらっている妖精さんのところに歩いていき、彼女を背中に乗せて戻ってきた。
「こんにちは」
「ど、どうも。ブ、ブチさんにし、しょしょしょ、紹介されて”不思議探偵”さんのところに参りました。わ、わわ、私、フィーネと言います」
「不思議探偵なんて呼び方はやめてよ」
大した呼び名でもないのに、なんだか背中がぞわぞわする感覚はなんだろうか。
「ブチから聞いているかもしれないけど、私の名前は三浦千鳥。こっちが“守護猫”のクロミ。呼び方は千鳥でいいよ」
「は、はい……」
「今日はどうしたの」
「あのあの、私、花の妖精なんです。咲いたお花の種を色んなところに蒔いて咲かせるのが仕事でして、今日はこの町に種を運びにきたんです」
「妖精さんてそんな仕事しているんだ」
ふわふわ飛んで、場所を見つけては種をまく。
フィーネちゃんのそんな姿を想像すると、なんだか可愛らしくて良いじゃん。
「いいお仕事してるね」
「ありがとうございます。ですけど……」
「ですけど?」
私が訊ねると、フィーネちゃんはぐっと押し黙ってしまった。瞳がうるんだかと思うと、肩が震えだしている。顔を伏せた拍子にキラキラと光るものがこぼれ落ちていった。
「種の入った鞄を落としてしまったらしいんだ」
引き取るようにしてブチが言った。
なんでも、種を植える場所を探している途中、突然、犬に吼えられてびっくりして逃げ出したまでは覚えているのだけれど、そこから無我夢中で逃げていたから、どこでどう失くしたのかわからないのだという。
「どうもこの町内らしいから、僕もこれから仲間に頼んで探させているけどね。千鳥とクロミにも協力してもらいたくてここに来たんだ」
「種ねえ……。どんな鞄なの」
「肩掛け鞄で、クリーム色で学生鞄みたいなつくりです」
「鞄の探し物かあ」
「どうするの。私はかまわないけど」
クロミが言った。
正直、めんどくさいなという気持ちがないわけではない。私には関わりのないことだし、せっかく天気のいい日曜。のんびりと過ごしたい。種くらいどうでもいいんじゃないのとも思うけれども……。
でも、目の前で途方に暮れながら瞳を潤ませているフィーネちゃんを見ていると、このまま放っておくのも可哀想に思う。妖精さんたちにとっては大事なお仕事で、鞄も大切な道具なのだから。
「良いよ、手伝う。ただ、むやみに探しても見つからないだろうし、覚えている限りでいいからどの辺りかは案内して」
「ホントですか。ありがとうございます」
フィーネちゃんの表情がぱあっと明るくなったのを見て、一度はめんどくさいから断ろうと思った自分が、なんだか恥ずかしくなってしまった。