風の中の少年
初投稿という事で、多分に試験的な要素を含む短編小説です。
パソコンを使い始めた頃に、テキストタイプの練習を兼ねて思うがままに綴った小説風の文章がベースです。
オチが無かったので、この機会にオチを付けてみました。
そこには、よく見かける少年の姿があった。
私は、声をかけてみる。
「貴方は、どこから来たのですか?」
少年は、ただまっすぐに前を見ながら、一度も私の方を振り向かずこう答えた。
「すごく……すごく遠い……。でも、美しいところから来ました。ここは、とてもさみしい所ですね」
私が子供の頃から親しんできた、お気に入りの場所を「さみしい所」と言われ、少々気分を害したがしたが、それでも平静を装い少年の見つめる方に目をやった。
無限に広がる地平。
風が……。どこまでも続く、草原の上を渡ってゆく。白い、それはとても白い雲が、真っ青な空にポッカリと浮かんでいる。
子供の頃から、この場所は少しも変わっていない。目を細めて見ると、空気の色ーーもちろん透き通っている、〝透明〟という色さえ感じられる。
不思議な、しかしとても素敵な場所。
ふと、この少年に対して私は怒りを覚えた。言葉では表せない、憎しみが湧き上がる。この場所だけでなく、私の過去さえも、そして現在の私の心も「さみしい」と言われたようで、刹那的にそんな感情に至ったのだろうか?
ゴォォォォォー
突然、そう突然に大きな風が吹いて、私は視界を失った。
「あっ!」
目を開けた私は、思わず声を出した。そこに立っている少年は……。こちらを向いて微笑んでいるその姿は、紛れもなく若き日の私だったのだ。心のどこかでもう一人の私が私に語りかけるように、彼はこう言った。
「君は、さみしかったんだね」
私は言い返す。
「ちがう!」
私はさみしくなんかなかった!私の心は満たされていた。過去も現在も。それを「さみしい」となぜ言えるのか?
いきりたつ感情は全身を駆け巡り、その怒りの矛先は、少年ーー若き日の自分自身の姿ーーに向けられた。私は衝動的に少年に殴りかかった。
「ほら!そんな行動にでるから、『さみしい』なんて言われるんだ」
私の右の拳を軽くかわしながら、少年はそう言った。その口調は、叱りつけるようでもあり、宥めるようでもある。また、小馬鹿にしているようにも感じられた。
私はますます怒って、少年に殴りかかっていった。
◆
時間にしてどれほど経ったのだろう。私はもといた風景の中に一人で佇んでいた。少年の姿はどこにもない。何度も、何度も殴ろうとしたはずだが拳は全て空を切り、次第に息が上がってきて、最後は両手を膝に当てたまま、疲れて動けなくなってしまった。
目をつぶり、数秒の後に再び目を開け姿勢を正した時には、先ほど少年の姿を認める直前の状態に戻っていた。
風は相変わらず吹いている。夢でも見ていたのか? 私の深層心理が若き日の自分自身の姿を持って、私自身に語りかけていたのだろうか?
「さみしい」
「さみしかった」
そう認めろと。
この景色さえも夢の中の世界ではと思ったその時、再び少年が話しかけて来た。
「君がいるべき場所は、ここで良いのかい?」
「先ほど言いったよね。僕はすごく遠い、でも、美しいところから来ました、と」
「そこが、君が本来いるべきところ」
私は、今度は怒らずに尋ねた。
「貴方は何者なんですか?」
クスッと笑った少年は、予想した通りの答えを返してきた。
「少年の日の君自身だよ。ずっとここにいたじゃあないか。何度も見かけていただろう? この容姿を見れば、すぐに解るはずさ」
しかし、この場所は実在する場所なのだ。過去の私と出会えるような幻想的な場所じゃない。私はもう一度目をつぶる。風が頬を撫で髪を揺らす。そして、もう一度目を開く。若き日の私自身の姿をした少年は、やはりそこにいる。
「いつまでも夢を見ているわけにはいかないんだよ」
「君は、そんな大人になるつもりだったのかい?」
「君のいる場所は、ここでいいのかい?」
煽っているつもりなのだろうか、少年は話を続ける。
私は、この少年を無視する事にした。少年が私の深層心理が生み出した幻なのか、若き日の私にそっくりな実在する誰かなのか、解ったものではないが、これ以上、戯言に付き合ってはいられない。
気分を害した私は、この場を去る事にした。
◆
あの日から十数年の歳月が流れた。
ふと、あのお気に入りの草原の事を思い出したのは、生活に追われる日々に飽きてきたためだろうか。
若き日の私自身にそっくりな、少年の姿が脳裏をよぎる。彼から聞いた言葉は、あまり気分のいい思い出ではない。また、あの少年に会ったら、それは、とても嫌な思いをするのだろう。それでも、もう一度行ってみたい。
◆
私は再び、草原にやって来た。
風は相も変わらずやさしく吹いている。そして、あの少年もあの日と同じ姿で、やはりこの場所にいた。少年はあの日と同じ言葉を、再び口にする。
「君は、さみしかったんだね」
「君がいるべき場所は、ここで良いのかい?」
「以前、言いったよね。僕はすごく遠い、でも、美しいところから来ました、と」
「そこが、君が本来いるべきところ」
私は背中越しに聞こえてくる彼の声を無視し、風渡る草原を眺めている。
そしてふと、何の脈絡も無く私は気付いたのだ。この景色の好きだった感覚が失われている事に。あの日と変わらぬはずなのに、色あせて見える平凡な景色。
ここはもう、私のお気に入りだった風渡る草原ではない。
溢れ出す涙。
やはり、私はさみしかったのか? ここは私が本来いるべき場所ではなかったのか? 彼の言う、彼が来たという「美しいところ」こそが、私が本来いるべき場所なのか?
風はいつの間にか止んでいた。
私は振り向く。彼に問うために。
しかし、少年の姿は、もうどこにも認められなかった。
唯一変わらぬ青い空の下。私はただ呆然と立ち尽くすだけだった。
拙作をお読みいただきありがとうございました。
物語の内容に関しては、何か特別に意味を持たせている訳ではありません。
自分自身でもよく解らないまま感覚的なものに頼って文章を綴り、何か感じる事ができれば良いかなと、そんなコンセプトで書いてみました。