ー拾伍ー「文官の御仕事」
後書き最高記録
万さん(拾弐話初登場)が出ると何故だか心が愉快になるんですよね。結果、後書きが万さんの補足情報で埋まりました。
ノーサイド
藤が彩る世界に少年が一人。
彼が見る先、木の壁には直径十メートルの大きな穴が開き、周りの木が壁の修復を始めていた。
少年は其の光景を見ながら、暫し考え込んだがやがて考えが纏らないと長い髪をクシャクシャに掻き雑ぜた。
「面白くない…!」
ノーサイド エンド
※ ※
文月の五日。
藤に似た、しかし図鑑にも載っていないだろう形容しがたい花が一輪、池の傍に咲いている。
「あれは藤姫様の…?誰か借りてるのかな…?」
此の花が藤姫様の歌の出入り口。藤姫様の歌意には条件があり、必ず空間の何処かに出入り口を作らなければいけないらしく、向こうで扉を通ると此の花の前に出てくるようになっている。
要は此の花が咲いているという事は藤姫様が歌を詠ったという事。
藤姫様は気前が良く、稽古の場所が必要な時にも気軽に貸してくれるのでしょっちゅう此の花は見たりする。
今日は誰がいるんだろうと眺めていると、花から光が零れ人の形を作る出した。
中にいた人が出てきたのだ。其の人は僕の見知った人だった。
「よ、夜明」
「ん…?あ、友」
夜明は僕を見つけると、迷いもなく傍に来て僕に抱き着いた。
当然、僕は戸惑う。
「えっっ!??」
「如何しよう…。面白くない……!!」
僕にはまだ夜明が理解しきれない。
彼が僕を使って落ち込む分には別に良かったが、今の夜明は男の格好であるのに近くの廊下を通る文官の女性が「あらあら」と頬を染めて甘酸っぱいものを見る目で足早に去っていくのが戴けなく、早く此の場から立ち去りたくなった。
※ ※
所は変わって、城や殿の文官武官がお腹を空かせてやってくる食堂。
昼を食べ忘れていた事を思い出し、藤の空間に籠もっていた夜明もきっと食べてないだろうと思い、寄り掛かる夜明を引き摺って空いてき始めた此処にやってきた。
「で、面白くないって何、さ」
「僕の歌」
一段上がった座敷に並ぶ机を一つ借りて夜明を座らせ訊くと、そう返された。
僕は彼の歌だけ見ていない。僕に白夜、白菊さんやさえちゃんと異なり、阿古辺さんは夜明が詠って直ぐに解除するように迫った。
見ていないにしろ、鑑定士としての勘から君の歌は此処で使うべきではない、と。
其の後、阿古辺さんを伴って藤姫様の歌の中で歌を確認してから、彼は藤姫様の世界の中でのみ歌を使っているらしい。
彼の歌意を見ても阿古辺さんはうなりを上げた。
墨が表した二文字は《再昇》。
歌意は阿古辺さんの歌の都合上二文字縛りになり、阿古辺さんが勝手に読んでいるようだが、此の二文字は読み方に迷って保留にしていた。(ちなみに僕は一瞬にして其のまま読まれた。)
だから僕は彼の歌の一切を知らないが、阿古辺さんが止める程危険で強い力なんだろう。
刀方面の才能はないからと、強い歌を望んでいた彼が歌に対して「面白くない」という理由がよく分からない。
「制御がむ、難しい…出来ない、とか?」
と訊いても首を横に振られた。
「上手く使えてると思うよ、多分。でもそうじゃないんだよね。もっと、こう…根本的なところに物申したい気分?」
「はぁ…」
理解し切れぬまま、昼御飯が運ばれてくる。調理場との連絡口で注文して自分で運ぶのが此処の方式なんだけど、と顔を上げると、僕の視線に気付いた其の人は僕に微笑みかけた。
「何か悩み事…でしょうか?」
「う…うん。なんか、歌に不満がある、らしい、かな?」
「不満は無いんですぅーただ面白くないだけですぅー」
彼の言う「面白い」が何を基準にしてるかは定かでないが、机に顎を乗せて不満の分まで頬を膨らませて、其の空気がタコの様になっている口から抜けている様子に二人揃って苦笑いを浮かべるのは間違ってない筈だ。
「歌…ですか。わたしは詠い手ではないので、相談に乗るのは難しそう…ですね。すみません」
ふんわりとした緑がかった茶髪の中、垂れた目を伏して謝る彼は梓 弦作。
「んお?おお!夜明に友ではないか。此の時間に昼飯たぁ、時間を忘れるぐれぇ頑張ったって事だな!よぉし沢山食べな!!御代わりなら今からでも作ってやるからよ」
もう一つの膳を持ってきた同じ髪色の体格の良い男が持ってくる。此の人は梓 緒。
此の世界クオリティにより見た目の大分違う二人だけどもちゃんとした兄弟であり、緒さんが次男、弦作さんが三男なんだそうだ。
二人は文官の傍ら、此処の食堂の料理人としても従事している。料理人の多くは外からの雇いで、両立は大変なんじゃないかと思ったけど、食糧管理等の仕事もしやすいんだそうだ。
膳を運んでもらった事こそ初めてだけど、ちょくちょく遅れて昼の終わり時にお邪魔させてもらう事も多く、其の際には仕事の終わった二人と机を共にする間柄になった。とはいっても、僕は殆ど話せず、其の時一緒に食べてる人が話してるか、聞き役に徹しているかしかないけど。だけど、こうやって声を掛けてもらえるだけで嬉しいのだ。
「今日、も、美味しそう、ですね。いっ戴き、ます」
「はい、どうぞ。召し上がって下さい」
弦作さんの柔らかな笑顔に見守られながら、手を合わせた僕達は食事にありついた。
昼の献立は、海側から運ばれてきたという鯵の干物、夏野菜の漬物、白味噌の味噌汁に御飯。シンプルに美味しい。
御飯は基本として、夏は物持ちが悪い為漬物や干物が多く出される。正直汗が良く出るので、塩分が沢山あるのはありがたい。
元の世界では洋食の方が多く、漬物はあまり口にした事が無かったが、此れは戻っても毎日漬物を食べてもいいかもしれないぐらいに嵌まった。
鯵が御飯に合うのは周知の事実で、二杯目三杯目の御飯でも苦じゃない程に進む進む。
白味噌の味噌汁はさっぱりとしていて、どの具材に対しても白味噌は邪魔をせず味を引き立てた。
「うん、美味しい」
夜明も機嫌が治って御満悦そうだ。
「いっ緒さん。つ、漬物貰っても、いいですか?」
「いいぞ!どんどん食え!!」
僕は厚かましくもお代わりを何度もした。
※ ※
「「御馳走様でした」」
箸をつける前同様に手を合わせた僕等の前の膳に残りは無く、お腹も満足に膨らました。
「うむ。良い食べっぷりであった!!」
「美味しそうに食べて頂き、ありがとう御座います」
緒さんは豪快に口を開いて、弦作さんはほんわかと、対照的に笑う。全く兄弟に見えない。
「お、御二人は直ぐに、文官の方のも、戻るん、で…すか?」
「はい。まだまだ仕事は残ってますから」
「別に直ぐにやらねばならんもんではないのだがなぁ…」
緒さんが言葉を濁し目を背け、弦作さんも苦笑を隠せず首を縦に振る。
「あ、そうでした」
曇った表情から一転、手を合わせて弦作さんが何か思い出す。
顔を夜明に向けたから夜明に用事のようだ。夜明も顔をキョトンとする。
「昨日より頼ませて戴いた業務に関連する文書…と御求められていた記録書がありますので、此れから共に来て戴きたいのですが…」
「其の事ですか。分かりました」
笑みを浮かべ頷いた夜明は、僕の手首を思いっ切り掴んでいた。
※ ※
「ぼ…僕も、つ、付いてくる必要あった…かな…」
「まぁまぁ」
別の仕事の緒さんと別れ、弦作さんの後ろを歩いていた。
「に、しても…夜、明はぶ、文官の仕事をし、てるんだ」
「仕事、というより簡単な手伝い…だね。こんな小童に仕事を全面的に任せられるわけないよ。精々乱雑な資料の整理とか分かり易く書き直しとか其の位だよ。歌を使うにも藤姫様に場所を借りなきゃ駄目だし、刀を振っても意味がないって言われてるからね。僕に出来る事といったら此れ位しかないのさ」
「細かい雑務は後に後に回しがちで、其の多くを隙間の時間を縫うように万さんが行っていたのでとても助かってます。其の儘でも出来なくはないですが、やはり見つけ易い見易いでは業務の捗り具合が違いますからね」
と、歩いていると渡り廊下の向こうにある部屋が何だか騒がしかった。
僕達三人、顔を見合わせる。
原因の部屋の前には一人、中をげんなりしながら見ている弦作さんとよく似た人物が立っていた。
「みこ」
と呼ばれた、弦作さんの髪を短くし釣り目にした女性、梓 みこさんが此方に顔を向ける。
「何で其処で立ってるんです?」
「…弦作、説明すんのも億劫だから自分の目で見て」
疲れた顔で彼女は体を退かし、僕達は其処から中を覗き込む。
中は戦場だった。
「ははははは!!今回の嫁は駆け引き上手で!僕は!生きるのが!楽しい!!!」
「誰かっっっ!此の五徹絶食した馬鹿野郎を止めてくれっっ!」
前に見た時より黒い隈を血走った目の下に作って、机全体に紙や文書、巻物を広げ、両手で筆を動かす阿古辺さんがいて、大野さんや他の文官の方々が机から引き離そうと、筆を止めさせようとするも阿古辺さんは止まらず書き終えた文書を左に積まれたタワーの上に投げて乗せていた。
右にも左より低いタワーがあり、一番下の文書を引き抜いて空いたスペースに中を開いて置いた。
「あれは…一式の業務ですか?あれ程のは本日は無かった筈では…」
「飛び入りで運び込まれたらしいの。其れを受け取ったのが万の馬鹿だからさぁ大変、一時間前には布団の中にぶち込める筈だったのに、予定大狂いって話よ。…で、あんたはやる事全部終わってんの?」
「…まだ…です」
「はぁ…?!ったく、鈍臭いわねぇ。まっあの馬鹿に盗られてないだけマシだわ。もう馬鹿に仕事をさせたくないからさっさとやってきて」
「…はぁい」
しっしと手で払われ、弦作さんは退散する。彼女は弦作さんの妹なんだそうだが、如何見ても弦作さんの方が立場が低い。
また歩き、大野さんの怒号も聞こえなくなった部屋に入った。大野さん達の一室と違い、幾つかの人のいない机を除いて黙々と筆を動かしていた。
「先の事もあって、日がまだ高い此の時間でも成す事の終わっている人は多いんです。午後は大抵が唐突に飛び込んできた事柄の処理の方が多いですね。此の時間まで仕事を残している私は、まだまだ未熟者です」
人の座ってない、三段並べて綺麗に置かれている机に行くと、弦作さんは右の一段を下から持ち上げ夜明の手の上にドカッと乗せた。
そして其の隣の、真ん中の段も持ち上げて其の上に乗せる事を知ると夜明は僕の方を向いて目で助けを求めた。手を後ろに隠すと其の顔は絶望に染まった。
「最初に渡しましたのが業務に関係するもの、後に渡しましたのが藤姫様が管理なされている此処、南環の地の各所で退治された鬼の記録になります」
と弦作さんが説明するものの、当の夜明は其の重さに悲鳴を上げていた。
無い資料があればまた訊ねるとして、両手の塞がった夜明の代わりに戸を閉めた。
夜明の腕は既に限界を示して震えている。
僕が彼の手元から目を離せずにいると、彼は痩せ我慢な余裕の笑みで口角を上げた。
「此れで此の世界と僕等の関係性を洗い出そうと思うんだ。藤姫様達は此処最近鬼の動きが活発になったって言っていたからね。其れを調べれば、僕等の最終目的も見えてくるんじゃないか、ってね。
みんながみんなの出来る事をしているんだから、僕もやれる事やらないと」
危な気に歩く彼に付いて行くべきか迷い、しかし此れ以上自分の修行時間を遅らせては駄目だと彼に背を向けようとして止まった。
結局彼は何にあんな項垂れていたんだ?
彼の背中に叫んだ。
「な…何が、面白く、なかった…の…?!」
歩みを止めてくるっと振り向いた夜明は言う。
「僕にとって、”面白い”は憂いもなく腹を抱えて笑える事。”面白くない”は憂いがあって笑うに笑えない事。僕の歌は、僕にとって憂いだらけなのさ。
どんな歌なのかは、此れからの、お・た・の・し・み♪」
満面の笑みに少し軽くなった足取りで夜明は去った。僕にはよく分からないままだった。
けれど、あの顔を見る限り去っていった夜明は”面白い”と思っているんだろう。
なら、いっか。と、僕も足取りを軽くして其の場を後にした。
ほんとは入れたかった弦作さんの証言
「残してしまうと、万さんがやってしまうんですよ。為すべき事を肩代わりして戴く事は申し訳ない反面、感謝したい事なんですが、其の分万さんが就寝する時間が削られてしまうので、如何にか阻止したいのですよね…。何時も寝かせている社さんが大変そうですし、万さんも気付いた時には書物に埋もれて亡くなられているんじゃないかと思わずにはいられません」
という事で、文官と夜明の殿での仕事ぶりでした。
元々武官もとい侍しかいない状態で話を作っていたので此の話は上手く書けませんでした。
今後直すかもしれません。
文官の皆さんが働く職場は都の各地に点在している設定ですが、城の傍にある殿は其れ等の大元にあたります。勿論役所仕事なので仕事は多いのですが、お仕事大好きな万ならおそらく一人で出来るでしょう。ただし、其の場合は一か月ないし一週間で過労により昇天します。
なので、殿で働く文官達は「仕事が多いから忙しく働く」というより「万に仕事が渡らないように忙しく働いて仕事を減らしている」のです。
たった一人の命を懸けて皆で力を合わせる、ある意味アットホームな職場ですが如何でしょうか?
万自身に課せられたノルマ自体は起きて二時間後には終わってます。
部署的なもので分類すれば大野さんと万は同部署、みこと弦作がそれぞれまた異なる部署になります。みこが部屋に入らなかったのも自分の仕事場ではなかったから入る必要がなかった、ただ万の事情は聴いていた&万を寝かせるのは全文官が協力している事なので惨状を見に来てうわっと思った感じです。が、仕事がなくなった万には問答無用で盗られます。被害が大きいのは万自身の部署。