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歌奏和伝  作者: 自由のメガネ
進歩の夏
17/65

ー拾参ー「寂しい気持ち」

文月の一日。


 殿の渡り廊下を歩いていた僕が目にしたのは、隠れるようにして角の向こう側を見る白菊さんの姿。

様子を見ていると、白菊さんは移動し次の角でまた覗き見。


ストーカー…?




「…あの、し…白菊、さん…?」


「!?と、友っ此れは、其の…違うの!そうじゃなくて…」


 僕に気が付いた白菊さんは、焦りを見せながら人差し指を立てて僕に静かにするよう合図するが、ぶっちゃけ白菊さんの方が声が大きい。


「…き…気になる相手と「そんなじゃない!全然そんなんじゃない!!」す、凄い否定…」


「ほんと凄い否定っす。其処まで否定する事ないじゃないっすか~…流石に凹むっす…」


 白菊さんの後ろから僕じゃない声が掛かり、バッと白菊さんが後ろを振り向く。

其の際に舞った黒髪を白菊さんの後ろにいた男は「うおっ」という声と上げて仰け反って避け、腰に二本差した刀の柄から乾いた音がした。

白夜程ではないが僕の頭が肩迄で収まってしまう高身長の男は、鼻まで掛かりそうな前髪を左に寄せてよく見る事の出来る目は急な振り向きに藍の光彩を縮めて白菊さんを捉える。


「え、ええ~と…さっきからずっと後ろにいたみたいっすけど、俺に何か用っすか…?」


対応に困りがちな男の声を聞いて、暫し黙るどころか白菊さんは其の場に崩れ落ちた。


「…やっぱり違う……」


僕は状況も飲み込めないまま、沈んだ白菊さんとよく分からないが悲しまれ焦る男を見ていた。



                 ※         ※



「顔を合わせて話すのは初めてっすよね。俺は久動 蝉(くどう ぜん)。五の隊に所属してるっす。うちの道場で夜明さんとは話したんすけど、皆さんとも話してみたいって思っていたんで、こんな機会でも話しが出来て嬉しいっす!!」


 廊下の真ん中から話の出来そうな一室に移動して、久動さんを前に僕と白菊さんが座る。

久動さんは快活で嬉しさを前面に出して話しているけど、目線はちょくちょく僕の隣の彼女にずれて気になっているんだなって分かる。

分からなくもない、何故なら未だに両手で顔を覆って沈んでる白菊さんがいるのだから。


「あの、俺…悪い事したっすか…?」


眉を下げおずおずと久動さんが聞いても、白菊さんは顔を隠したまま首を横に振った。


「ううん…。ただ自分が馬鹿だなって思っただけ。そうよね…此処に〈静〉がいる筈ないのに…」


「静…というのは人の名前っすよね…?其のお方は、若しや白菊さんの「だ、だから!そんなんじゃないの!!」も、申し訳ないっす…」


 隠した顔を思いっきり上げて否定する白菊さんの威勢に負けて久動さんは後ろに転げそうになる。

顔を見せた白菊さんはまた気持ちを戻すのも難しく、観念したと息を吐いた。


「静は私の幼馴染、幼馴染でいえばもう一人いるんだけど、私達三人は生まれた病院も同じで其れからの付き合い。同い年なのにおかしいけど、みんな一人っ子だからか私達はきょうだいみたいだった。

もう一人がものすっごくおかんみたいな性格をしていて、何時も何時も私や静をカンカンに怒ってんの。

其れが普通で、こんな一週間近く会わないなんてあんまなかったから、静と同じ姿をした人を見てもしかしたら静も此の世界に来ているのかもしれないってちょっと…期待しちゃった」


 話す白菊さんは懐かしさと寂しさを含んで微笑んでいた。

「幼馴染」というワードに自分を当て嵌めたのだろう、久動さんも懐かしさを感じながら白菊さんの話を聞いていた。でも、久動さんの表情には懐かしさだけではない、悲しみ…?もあるようだった。

僕には二人みたいに抱く感情はない。心に一つ石を乗せた重さを感じたけど、気の所為だと無視した。


「そうなると…俺って其の…静さんって人と凄い似ているって事っすか?」


 一通り聞いた久動さんは、事件の真相に辿り着いたみたいな表情で訊ね、白菊さんは頷いた。


「背格好、顔、声。全部静の何一つ変わらないわ。見た目で唯一違うとしたら…目が違う。静の眼の色はもっと明るいけれど、其れでもよく見ないと見分け付かないかも」


「じゃあ、俺が其の静さんの代わりをするっす!そうすれば白菊さんは寂しくないっす!!」


「却下。見た目は変わんないけど話し方が全然違うもの。静はもっとゆっくりマイペースに話すの。

ズバリ言うならなら静はマイナスイオンで周りを癒すのに対して、あんたはプラスイオンで周りを明るくする漢字の違いね」


「ま、まい…?ぷ、ぷら…?何すか、其れ」


白菊さんの言葉から閃いた!と提案した久動さんだったが、白菊さんに顔を背けられ採りあって貰えていなかった。



 襖が開き、誰かが顔を出した。


「おい、蝉のがいるのは此処か?」


僕は其の人を目にして、無意識の内に指差してこう言ってしまった。


「あっ…す、すまし顔男…!」


出てしまったのだ。仕方ない。

敢えて謝るとしたら、彼を視界に捉えて直ぐ様体の向きを直そうとしていた久動さんだ。

僕の吐いた言葉によって中途半端な体の向きで僕とすまし顔男の間で視線を彷徨わせる羽目に陥っている。

そんな久動さんに比べ、言われた当の本人は少し口元を歪めるも直ぐ元の表情に戻る程度だった。


「明日の任務について話がある。来い」


「は、はいっす!」


 ちゃんと向きを正して背筋を伸ばした久動さんの返事を聞き届け、立ち去るかと思えた男の眼が僕を見た。

ただ見られているだけなのに体が動かない、此の張り詰めた感じはあの夜一度目を向けられた時に感じたものと同じだ。


「蝉の。彼の身の名は何という」


「高砂 友っす」


「友の、か。友の、此の身には三井寺 春人(みいでら はるひと)という名がある。決して、すまし顔男なぞという名ではない」


言う事を言って、すましg…三井寺、さんは行った。

彼がいなくなって肩の力を抜くと、白菊さんからの視線に気が付いた。


「友…何で針なんて持ってるのよ」


「え……あ…!」


 言われて初めて、畳についた手の指の間に針を挟んでいると知った。

慌てて仕舞っている僕に、立ち上がっていた久動さんが疑問を投げ掛けた。


「友さんは春人さんが嫌いなんすか?」


 二、三回顔を合わせて嫌いという自信も気もない。

だけど、初めて会った三井寺、さんが白夜の生死を然程重視していなかった事が腹立たしく、其の本人である白夜が気にしていない所か、城の最上階にて隊長さん達に大いに絡まれた際にはとても丁寧に三井寺、さんと話していた事が余計にもやもやとするのだと言えば、久動さんは気まずそうに頬を掻いた。


「あの人は不器用なんすよ。思った事を自分の中で消費して表に出ないって人で、白夜さんの事も心底心配してた筈なんす。あの夜、鬼の鳴き声を聞いて真っ先に飛び出したのも、運ばれてきた白夜さんの部屋にずっといたのも春人さんっす。

そんな人だから俺達五の隊の人間はあの人を尊敬し、着いていこうと思うんす。そういう所を何時か友さんにも知って貰いたいっす」


開いたままの襖からまた久動さんを呼ぶ声がして、駆け足で久動さんは部屋を出た。


 此の部屋に集まっていた話のネタもなくなり、幾ばくもしない内に白菊さんも自身の修行に戻っていった。

残った僕も部屋を出るのだが、一度誰もいない部屋を振り返った。

白菊さんは言っていた。幼馴染に会えないのが寂しいと。

強くなりたい理由はあった。けど、僕の中で向こうが僕達の世界だからというのが僕の帰ろうとする理由であって、彼女…きっと他の三人もだ、彼女達みたいに早く会いたい誰かを理由にしようとは全く思わなかった。

僕が帰る理由は何だろう。


心にまたズシリと重くなった。


                ※        ※



「よう」


 何時もの修行場所に戻ると、前に阿古辺さんの立っていた場所に一人腰を掛けていた。


「あ…な、名取さん」


「かったいねぇ。二三で良いっての」


 ほぼ扇いでない扇子を揺らして、何が映っているようにも見えない、其れでいて何処か優しさを孕んだ灰色の眼を僕に寄越す。

彼は名取 二三(なとり ふたみ)さん。

一の隊の隊長であり、最上階で最初に入ってきた壮年の男性で、今僕が教えを乞うている人である。


 戦いのいろは以前に体も出来ていない僕に彼を紹介したのは初雁さんで、其の時も今と同じ場所で同じく扇子を扇いでいた。

初雁さんから紹介された僕に彼は持った扇子を指して言ったのは無理としか言いようのない修行内容と共に高く跳んであの塀の上に立って見せろ、そしたらおいちゃんが稽古をつけてやろう、という条件。

 鬼畜な物言いと真逆に、目だけは只管に優しかった。


「名取さ「二三ね」…ふ…二三さん」 「ん~?」


「もし…あ、貴方が僕達、みたいなじょうきょ、うになった…としたら、な、何を帰る理由、に…しますか?」


なt…二三さんは扇子を閉じ、顎髭を掻いて空を仰ぐ。


「おいちゃんにはよく分からないや。生まれて此の方、友ちゃんみたいな事になった事はないからねぇ。…でも、友ちゃんは何で強くなりたいのさ」


「そ、其れは…もう…足手纏いに成りたくない…から」


「なら、今は其れだけを抱えなさいな。悩みを抱えて強く成れる人なんて多くないんだから、そんな事考えて強く成れなかったなら其れこそ友ちゃんの成りたくない足手纏いよ。

今は出来る事をして、いざって時に考えましょう。うん、そうしましょう」


 扇子を開き、また風もなくゆっくり扇いでいる姿を見て、もう何も言うつもりがないと分かる。

まだ自分の浮かべた疑問に答えが出たわけじゃないけど、二三さんの言う通り、帰ろうと思う彼女達を答えのない僕が足を引っ張るべきじゃない。


気持ちを切り替えて、僕は修行を再開した。

赤ちゃんが出来る過程において母親と父親の一つずつの遺伝子から出来る中で特に父親の遺伝子は数万不要になる、という事できっと此の物語の中では不要になった遺伝子情報が概念として歌奏世界に吸収されるとなり、数話前で「放逐された人の概念」と記述が此処にあたります。

数万の遺伝子情報を一纏めにして歌奏世界の一人の概念です。でないと数万人似た顔が生まれるので。

つまり、静という白菊の幼馴染と蝉は、蝉に本人の親の概念が混ざっているとはいえ、次元を隔てて同じ父親or母親の遺伝子を持っている(かもしれない)という事になります。ある意味、兄弟。


誤字脱字、文章的におかしな点はないでしょうか?

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