ー拾壱ー「都を護る者達、僕の歌」
細切れ気味です。
藤姫様の声は空気を震わせ、多分外まで届いたと思う。
言い終えた彼女は豊国さんに言われるまでもなくゆっくりと腰を下ろし、其の次に訪れたのは無言の時間。
ちらちらと藤姫様と夜明に視線を寄越すが、二人共難しい顔をして無言(夜明は小さな声で思考の整理をしている?)であり、少々気まずかった。
静寂を破ったのは、背後から聞こえた襖の開く音。
振り向けば、背筋を曲げ気味に青がかった灰髪を掻きながら、濃い藍色色の甚平を来た四十は超えているだろう男が軽い笑みを浮かべて入ってきていた。
「やっ嬢ちゃん達。下の階まで嬢ちゃんの声が聞こえてくるし、と思えばしんと静まっちゃったようだけど、込んだ話は終わったかい?」
男に対し藤姫様は少々黙り込んだ後、息を吐きだして、
「返事は明日聴こう。〈殿〉の方に一室用意しておく。今日のところは其処で体を休めるがよい。儂からは以上じゃ」
「なんか御免よ。終わらしてくれちゃったみたいだ。けど其の方がおいちゃんも嬉しいわ。
隊長全員招集したでしょ?天地君が早々に来たのは良いけれど、うちのちーちゃんと鉢合わせしちゃったもんで、果てに刀を取り出したいざこざだよ?おいちゃん面倒見切れないよ?
あー、嬢ちゃんは話が早くて助かる。じゃあ、皆を呼ぼうか」
男は入った襖の方に声を掛けた。すると開いて、ぞろぞろと入ってくる十二人。
仏様の様な表情で此方に関心を向ける人や寧ろ一切の眼を向けずさっさと自分の座り位置らしい座る人、其処に意識が存在しているのか定かでない程目を横二線にぼうっとした装いの人…個性しかなさそうな集団だ。其の中には、昨夜会ったすまし顔男と彼に苦言を呈しながら歩く黒装いの男もいた。
彼等に声を掛けた真っ先に広間に入ってきた男も彼等が入った事を確認してさっさと自分の所に座りに行ったが、興味関心を示した人達はこぞって僕達の方へ。
すまし顔男と黒装いの男に用事だと話しかけられた白夜、彼等が入るのとほぼ同時に立ち上がって藤姫様の所に向かった夜明、白菊さんの後ろに隠れたさえちゃんは無理として、つまり僕か白菊さんの方に。
白菊さんへはバンダナ状の物で髪を後ろに流した男と来た人の中でたった一人の女性が向かっていった。
トタタと軽く駆けてきて僕の傍にやってきたのは、狐の面を斜めに頭に乗せた目の大きい僕くらいの背の少年?だった。
「きみ達が遠い所?から来たっていうお客さんなんだね!ぼくは標野 守!十の隊の隊長をやってるんだ!!きみの名前は?」
夜明とも小母ちゃんとはまた違った、ずいずいと迫られる感じは人との関わり合いのまだ薄い僕には慣れない。後ろに下がれば、其の分だけ距離を詰められた。
僕は戸惑いを隠せないまま、彼に答えた。
「え、っと…高砂、と、友です」
あ、名前で噛んだ。
「ととも君?変わった名前だね!きみの地域はそういう名前が普通…なのかな?ぼくね、都からすっごい遠い所に行った事ないからすっごい興味があるの!!だからね、えっとn「守君、彼が困ってる。困ってる」」
肩を叩かれ標野さんが振り返り、座っている僕が見上げた先には黒髪を意図的に跳ねさせた現代でいう無造作な髪形をした男と後ろから覗く所々赤髪の雑ざったアッシュの黒髪の男。
標野さんは肩に手を置いた人の好さそうな顔立ちを困ったと曲げた其の男を見た途端嬉しそうに、
「真!!此の子、ととも君っていうんだって!面白い名前だよね!」
僕を押し出すように抱き着いて背中を押した。前に出される事にも、名前を間違えて紹介された事にも僕は焦りを感じたが、紹介された彼は動じる事無く、
「うんうん、彼は友君っていうのか」
「友君、じゃなくてととも君!!」
「そうか、友君か」
どんなに訂正しても直してくれない男に標野さんは頬を膨らませて腕を振り回すが、頭を片手で抑えられて届いていない。
そんな状態で彼の視線は僕に向いた。
「いやぁ突然守君がすまない。驚いた…かな」
「だ、大丈夫です」
「守君は元気で色んな事に興味津々なのは良いけど、ちょっと二十歳越えに落ち着きが欲しいな…っと、自己紹介がまだだった、俺は葛飾 真継。九の隊を恐れ多くも任せられてる者さ。
よろしく、友君」
葛飾さんが軽く手を挙げて挨拶するのを僕は会釈で返す。
と、葛飾さんの後ろでこっちを見ていたアッシュ髪の男が遠慮気に葛飾さんの隣に立った。
「なぁ…高砂とやら、俺の顔に見覚えはあるか?」
アッシュ髪の男は自分を指差して問うが、僕は彼の顔に見覚えが無く、首を横に振る。
顔というか、こんな特徴的な髪色なら一度見たら覚えている。
「だろうな…俺はお前等の格好の珍妙さから印象に残ってたが、そっちからしたら一介の番人でしかないんだから分からなくて当然だ。俺は夕山辺 燈。三の隊を預かってはいるが、隊長ではあるが一隊員に混ざって日夜人と鬼を門で見張るしがない御身分ってやつだ。
そんな事はどうでもいい。俺がお前に声を掛けたのは一つ、謝りたい事があって…だな…」
夕山辺さんは言葉を躓かせ、口をもごもご動かしては言うのを躊躇っている、そんな様子だった。
「其の…すまなかった。三の隊の隊長として高砂、お前に謝りたい。鬼を都に入れない役割であるというのに、複数の鬼を都への侵入を許してしまった。俺達がちゃんとしていりゃあ、あそこにいる鵲に怪我を負わせる事も無く、お前や仲間にも怖い思いをせずに済んだだろう」
「い、いえ…そんな事は…其れに門の方も大変だったとお、聞きしました、し…」
「だが、其れもまた力不足故の事。春人は印南をめっぽう怒っているようだが俺にも火が飛んでくる事は確実だろうな」
悔し気な顔で俯く夕山辺さんを下から覗いて、標野さんは笑った。
「でも、あれは仕方がなかった数だと思うよ。だってぼくとさっちゃんが向かった時凄い数の鬼がいたもん。ぼくびっくりした~」
「へぇ、城の裏じゃあ全然鬼がいなかったけど表は大変だったんだ。そういうのも、何とか多めに見て貰えるようにしないと。そろそろ位置につこうか、守君、燈さん。友君も見回りしてる時に見掛けたら声を掛けてくれよ」
葛飾さんが二人の背を押し、夕山辺さんは頭を下げて背を向け、「ととも君ぼくも!ぼくにも声掛けて!!」そう遠くない距離で大きく手を振る標野さんは葛飾さんに引っ張られて僕から離れて行った。
彼等と入れ替わり、立ち上がった僕の所に来たのは初雁さんと豊国さんだった。
「高砂君、お疲れ様。座っていたとはいえ、ずっとというのは疲れただろう?藤姫様も何時にも増して威厳示そうとしていたから余計にね。私はこれから七の隊の代表として此処に残るから、皆さんとは此処でお別れかな。とはいえ、私は何もやっていないけどね」
「しかし此の男は城勤め故、城の敷地内であれば嫌でも目にするでしょう。人と関わるのが大好きな面倒くさい男ですので、見掛けたら先程の彼等同様挨拶でもしてやってください。其れで満足します。
話は変わりますが、高砂殿。一つ頼みを聞いて頂いても宜しいでしょうか?」
酷い言い様だと空笑いをする隣を気にせず、豊国さんは彼の頼み事とやらを口にした。
「自分と、目を合わせて頂きたいのです」
人とは目を合わせて話しなさい。日本の誠意の見せ方として一般的な行動である為に僕も倣って彼の目とはいえずとも顔は見る努力はしていた。何故今そんな頼みをされるのか。
はいもいいえも言わない僕に豊国さんは眉を顰め、初雁さんは袖で隠して小さく笑っている。
数秒経って豊国さんは目を大きくして、少し赤くした顔を横に向けて咳を一回。
「言葉が足りませんでしたね。すみません。
…自分もまた藤姫様と同じく詠い手なのです。其の歌の意は《去見》。他人の視界の記憶を己の記憶に転写する力で、人と目を合わせる必要があります。鵲殿にも協力して頂いたのですが、些か近過ぎる為に得たい情報としては不十分でしてね…あの場で唯一客観的に見つめる事の出来た貴方の記憶を頂きたいのです。
勿論人によっては見られたくない記憶を持つ者もいますから、藤姫様から口酸っぱく同意を得るよう仰せつかっているのですが、此れが如何にも慣れないのです」
「理知さんは原成世界の事が気になるみたいで、さっきなんて同意無しに折霜さんの記憶を転写しようとしたんだから油断も隙もあったものじゃないよ」
「黙って下さい」
理由も理解し別に構わないと僕が頷くと、豊国さんはほっとした顔で頷き返し、近寄って僕の目線に合うよう屈んだ。鼻と鼻が付きそうな距離で、視界は豊国さんの顔以外見えなくなって正直遠ざかりたくなったけど我慢する。
とても近い距離であったから、彼の歌はより鮮明に聞こえた。
「『梓弓 引き豊国の 鏡山 見ず久ならば 恋しけむかも』」
詠い終わった彼の眼、虹彩の縁取りがぼんやりと青く光る。
其れはとても綺麗で見入っていると、忽ち光は消えて豊国さんの顔は離れていった。
「ふむ…」
「何か分かったかい?」
豊国さんが顎に手を当てて考え込む。記憶に転写した昨夜の僕の見た風景を見返しているといったところだろう。少しして顔を上げた豊国さんは真面目一辺倒な表情のままではあるものの気持ち晴れやかで嬉しそうである事が受けて取れた。
「ええ、良い収穫です。御協力感謝します。此の後ですが、藤姫様がおっしゃった通り殿…城を囲むように造られた主に文官達の仕事場ですね。客の為の宿泊部屋もあり、其の一室を開けてありますので今日は其処でお休み下さい。案内は着替えの際に御一緒させて頂いた女中に任せてありますから、彼女に付いていくと良いでしょう」
※ ※
案内されたのは城を囲む平安時代の寝殿造りに似た、渡り廊下で一室一室が繋がった殿なる処の端の部屋。
廊下が縁側のように部屋を囲み、一方向の壁以外を襖で仕切られた、美しい庭の池が見えるそんな部屋だった。
案内をしてくれた女中さんにお礼を言い、襖を完全に閉めて僕達が行ったのは、此の世界に来た時の広場と同じく部屋のど真ん中で円になって座る事、つまり会議だ。
全員が腰を下ろして、まず夜明が言った事。其れは、
「藤姫様には詠い手じゃなかったらとか色々言ったけど、結局のところ其れっぽいの頭に浮かんでんだよね」
「「「其れな/其れね/…其れ…」」」
「…え?」
夜明の発言に言葉を失ったのは僕だけで、他三人は夜明に同意し、うんうんと深く頷いていた。
僕は右に左に視線を動かし戸惑いを隠せなかった。
彼等の反応に夜明もさほど驚いていないが、「へぇ」と零し楽しそうに口元を歪めた。
「みんなも同じ?なら藤姫様の予想は正しいわけだ。なんでも、詠い手は唐突に頭の中にふと歌が思い浮かんで、其れを詠む事で最初の歌の意の現界になるらしいからさ。此れが其の感覚なんだろうね。
さて此れは元々一部だったのか、若しくは此の世界に渡る際の外付けか…。
ねぇ、みんなは何時ぐらいから思い浮かぶようになった?」
「俺は此処で夜中に目が覚めた時…ぐらいか。よく分からないまま口遊もうとしたら春人さんに止められた」
「私は今日朝起きた時かな。気のせいかなって思ってたけど、さっき藤姫さんの歌を聞いてからはっきりしたというか…」
「…ゲソ…食べてた……時…」
皆が抱いている感覚が僕には無いので、話の内容をちっとも理解出来ない。
もしかして僕だけ歌が無いんじゃないか、そう焦りそうになったけども。
懐でカサリ、と服ではない固い感触が肌に触れた時、
(私達という友がいる事を、忘れないでほしい……!)
最後に見たあの人の姿が脳裏に浮かんだ。
あの人は出会った時、何をしていた?
(『 』)
そうだった。歌を、詠っていた。
そして滑るようにして書かれた其の文字は、今此処に。
「……?…友…如何したの…?」
そりゃあ心の底から湧き出るわけがないかと一人、納得する。
クスリと小さく笑ったらさえちゃんに拾われたらしく、疑問を投げ掛けられた。
何でもないと返すと彼女は首を傾げる他なかった。
「友、君は如何だい?」
「…うん。僕もあるよ。僕の…歌」
僕の直ぐ傍に。
彼はもう会えないと理解したなかで「また会おう」と優しく口にした。其れでも、彼が…彼等が僕に力をくれた事実は、僕の中に暖かく沁み込んでいった。
※ ※
歌は今は詠わない。歌の意には御する事が難しい凶悪なものも存在する為、歌がある場合はある人の前で先ずは披露してくれ。夜明は藤姫様にそう伝えられたらしい。
全員が歌を持つと分かった以上、藤姫様の出した条件はクリアしている事になる。
其処で次に問題になるのは、
「実際に藤姫様の申し出を受けるか否か」
彼の物言いに真っ先に疑問を呈したのは白菊さんだ。
「てっきり、夜明は二言目にはオッケーって言うと思ったんだけど…」
「今考えられる手段として都と僕等でwinwinな関係を持てるのは僕としては嬉しい。人を食べる鬼が闊歩していると分かっている今、外に出て僕達の目的を模索する手段を取るのは難しい。対抗出来そうだった白夜も…」
「役立たずで悪かったな」
夜明は白夜に視線を寄越すが、白夜は膨れっ面に言葉を吐いた。夜明は申し訳なさそうに視線を外す。
其の表情を見た白夜もまた気まずそうに顔を背けた。
「そんな事を言うつもりもないし、言う資格もない。けど此れで、僕等には鬼を撥ね退けるだけの武力は必要になった。なら侍の一員として戦い方を学んだ方が良い。出来れば、足りない知識や目的のヒントも得ていきたい。其の他諸々僕等にも都合が良い。
長としては如何かと思うけど、藤姫様の言葉も字面のまま受け取っていいよ。僕が保証する。近くで鯉口切られてもめげずに記者並みに藤姫様を問い詰めたからね!誰か僕を労わってk「そういうの、いいから」アッハイ。
そういう事で、白菊の言う通り二つ返事で了解と言いたいところだけど、問題は其処じゃないんだ。僕がみんなに聞きたいのは、
殺す覚悟が出来ているか、否か。殺される覚悟が出来ているか、否か。
此の二点だ。だから僕はなんだかんだ此の世界に来てからの方針やら何やら勝手に決めてきたけど、此ればかりは勝手に頷こうとは思わなかった」
殺す覚悟と殺される覚悟。此の言葉が出た折に、此の場の空気が引き締まったのを感じ、唾を飲み込んだ。
夜明は僕達一人一人(白夜を除く)の眼を確認した後に言葉を続けた。
「相手は人じゃないし、命があるかも分かんない。でも昨日見ている限りじゃあ、僕はあれを生きていると感じた。だから僕等がやろうとしている事は殺しに違いない。
僕等の目標は全員で元の、此の世界で言う原成世界に戻る事。でも僕等は僕等を食べようと、殺そうとしていた鬼に立ち向かおうとしている。其処に死の危険がある事を承知しないといけない。
もしかしたら、戦いに向いていない、センスがないって事で実際に戦わないしれないけど、其れは別の問題だ。
事の流れのままに頷かないで、よく考えてから答えを出そう、僕等一人一人で。無論、首を横に振る事だって構わない。じゃないと、本当に死ぬ事になる…と思う。僕はそうするよ」
「ちょっと其の辺散歩してこようかな」と夜明が立ち上がり、部屋を退出する。
少しして、白夜も無言で立ち、何も言わず部屋を出た。
残った三人で、顔を見合わせる。
「……二人…行っちゃった…ね………」
「…う、うん」
「私もちょっと気分転換しよっかな。二人は、如何する?」
「……じゃあ……付いてく………」
「あ、僕ちょ、ちょっと聞きに…いきたい事が…」
「「?」」
※ ※
「此れで…良し」
僕の懐で、大分曲がりが増えて申し訳なくなった細い堅紙に合う額を貸してもらえて良かった。
部屋に書院造の写真を思い出す壁からせり出た棚に乗せれば僕の懐にあるよりも似合う風景となり、僕は満足に息を吐く。
たかが額を借りるだけの用事だったけど、部屋に来がてら共同で使用する部屋なりは案内してもらったものの、此処はまだ慣れない敷地。僕は人間関係が絡まなければ問題なく話せるとはいえ、額は無いかと幾人に話しては親切にしてもらい、何度も迷子になって、部屋に初めて来た時にはまだ上の方にあった太陽も入りが近い時間になってやっと部屋に帰ってきた。
まだ部屋には誰も帰って来ておらず、皆何処で何をしているんだろうと思う。
早速出来た額を見て一考。
御利益がありそうな、既にあった気がするような其れに対し手を合わせて、
「なむ~~~~~~っと…」
ガラッ
「!?わ――――――――!!!」
「!?え、如何したんだい?友。変に手をバタバタさせて」
「な…何でも、ない…」
戻ってきたのは、夜明だった。
夜明は明らかに様子のおかしいだろう僕を追求せず、「そっか」の一言で微笑んで部屋の真ん中を通り、反対の襖も開けて、其の先の縁側でもある廊下から足を垂らして座り一息を着く。
「…戦いの才能無いって言われてきた……」
何があった。
誤解も無くホッとした矢先、彼の事を見なければいけない気がした。
夜明も多分僕が聞いている体で話し出した。
「散歩してたら声が聞こえてね。覗いたら如何やら道場だったみたいなんだ。で、ちょっとお邪魔してやってみたら…指導してた隊長さん直々に向いてないって断言されて」
「た、隊長さん?…もう会議…は終わってる、か」
「結構な時間は過ぎてるから、下手な会議でない限り終わってるよ」
「あそこにいた人の、だっ誰か、だよね。どんな人だったか…分かる?」
「あの場で周りも殆ど見てない僕に言う?でも、そうだね…白夜と話していた人だったよ」
黒い着物を着ていたかという質問に首を振られ、僕はあのすまし顔男だと理解し納得する。
昨夜しか顔を合わせておらず、増して言葉なんて一言だけしか交してない気がするが、そんな僕でも彼が顔色の一つも変えずにバッサリ言い切っている姿が容易く想像出来た。
「黒い服の侍さんなら床に沈んで、這いつくばった状態で「春人がそういうんなら、そうなんだろうよ。真に受けとけ」って口添えされてさ。…はぁ、みんなにあんな事言っといて僕は此の体たらくだよ。情けないなぁ…」
「十分に行動力があると思うんだけど…」
夜明が徐に此方を振り向いた。
「…………友は、僕の出した問いを如何思った?」
「僕は…戦うよ」
悩んでもいなかった事か、直ぐ返した事か、何方にせよ夜明は見える片目を開き、僕を収める。
そして見える口の端を上げ、僕を催促した。
「強くなりたいんだ。…背中に隠れて、血の流れる姿を見て、でも何も出来ないなんて、…そんな事の無いように僕は強くなる」
真剣に話す僕に対し、夜明はクスッと軽く笑う。
「なんだ。友、喋るのが苦手だと思ってたけど、そんな風にも話せるんだね」
「…え、あ、此れは…そ、其の…」
「段々とで良いから、そうやって僕と話して欲しいな。…うん、僕も…願うしか出来ないのは、もう御免だよ…」
夜明の声色は弱く、空気の中に溶けていく。
彼が僕から外の景色に目を移すのに合わせて、僕も外に目を向けた。
太陽も薄く光を残して、空は赤くもあり黒くもあり、其の助けもあって広がる庭は幻想さを増していた。
「友はさ、学校の傍を流れる川をちゃんと見た事ある?」
其の庭から眼を放さず、別の話題を夜明は持ち出した。
急な話題転換に頭を何とか切り替えあげる。
「…いや、そんなじっくりと見た事は無い、と、思う…」
「紅葉する木々のトンネルを通り抜ける川。周りは開発されて現代的なのに、其処だけぽっかりと昔を残すように存在してるんだ。とても綺麗で…全然違うのに此処の景色を見てたら思い出して。何故だろうね、此の世界に来たのはたった昨日…一夜越えただけだっていうのに、もう…懐かしいって思うんだ」
そう言う彼の背中は、僕には寂し気に見えて。僕は立ち上がり、彼の隣に腰を下ろし、空が完全に黒に染まり何も見えなくなる其の時まで、ただ無言で変わりゆく風景を見ていた。
此れが僕が此の世界…歌奏世界に来て二日目の、此の世界にして水無月と呼ばれる月の二十一日の出来事だった。
結構登場人物が増えてきました。
今更ながら藤姫と標野さんってキャラ被りしたかなと思っています。
まぁ(外身が)子供と(中身が)子供の違いがあると思っておいて下さい。
他にもこれからの登場人物の見た目や口調の差分も悩みどころです。
更にいえば、すまし顔男と黒装いの男。今回で名前出そうとしてミスりました。さて、何時出そう…。
【初出の短歌】
梓弓 引き豊国の 鏡山 見ず久ならば 恋しけむかも
『万葉集』 三百十一首 鞍作村主益人
誤字脱字、文章的におかしな点はないでしょうか?