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歌奏和伝  作者: 自由のメガネ
始まりの初夏
14/65

ー拾ー「藤を宿す城主」

やはり説明回は苦手です。

 城の最上階は城主の私室と階段の繋ぎ部屋、其の間の広間が殆どの割合を占め、入室した際通った襖と対面の襖以外の側面に付けられた襖の先の木製の戸を引けば、先は露台。外になって都を一望出来る。

高所の吹き抜ける風は、予想道理に多かった階段で火照った体には心地好いものだった。




「もう御婿に行けない………」


 最上階を目指す都合上、惜しがられながら十二単は許してもらえたらしく、色の綺麗な三単(さんひとえ)を見事に着こなした夜明は、部屋に戻って来るなり、初雁さんが部屋を覗きに来るまで部屋の隅でいじけていた。

部屋を出るとなった時にも彼は隅から動かず、出すだけでも一苦労した。


「僕が女装をしているわけがないじゃないか」


 何かを失いながらも、首から下及び鏡も全く目にしようとしないで吹っ切れきった夜明を真ん中に、左に僕、白夜。右に白菊さん、さえちゃんが座り、上座で座る人物と相対した。

初雁さんは僕達の斜め後ろで見守り、門の前であった豊国さんも上座の後ろ側で場の様子を窺っている。


「うむ」


 上座の其の人は僕達一人一人に目をやった後、其の場から腰を上げる。

垂れ下がる明るい藤色の後ろ髪は身長よりも長く地面に届き、目の色髪の色に合わせた豪華な着物は其の人物の高貴さを示すだけの十分な働きをしていた。


「異界の客人よ。風香城によくぞ参った。儂が此の都を、そして南環(みなわ)の地を管理する風香城城主、藤という者じゃ」


 腕を組む堂々とした立ち姿は、彼女が上に立つ人間である事を僕達に分からせる。

だがしかし、威厳はあれど立つ彼女を見た瞬間脳裏を掛けた言葉が




ロ   リ   ッ   娘




だった事、口に出したとしたら僕の頭が体とおさらばしてる事だろう。



              ※          ※



「…ぬ。何やら失礼な事を考える輩がおるようじゃのう」


 眼を逸らし、咳をする。

よく聞けば、僕の両隣からも咳をする声が聞こえた。

彼女はじとっとした目で僕達三人の方を見るので安易に目線を戻せない。


「お主等が思って居る事なんぞ既に御見通しじゃ。此れまでも儂の事を幼き容姿と侮る輩は多くいたからの。じゃがな、儂は既に三十二(・・・)じゃぞ!儂は立派な大人なのじゃ!!だというのに――」


「藤姫様、話がずれてます」


「む…」


 藤…豊国さんに倣って言うに藤姫様は豊国さんの一言で口が止まり、座って丁寧に咳払いする。

其の間、僕の右から「合法…」と其れ以上口にしたら色々ヤバい事を言った事も素知らぬ顔で気持ちを整えたばかりの藤姫様を前に手を挙げる。


「藤姫様、先にて申し訳ないのですが、お一つ伺いたい事があるのですが、宜しいでしょうか?」


「うむ、申してみよ」


「何故…僕達の事を〈異界の客人〉、と?」


夜明の問いかけに藤姫様は立てた腕の指で頬を触りしばし考える。


「勘じゃ駄目かの」


駄目です。


「納得しませんね」


夜明は真顔でバッサリ切り、藤姫様は困った表情を浮かべる。


「う~む…お主等の服装、其の材質に無知度合い判断するに値する其れ等も決定的とは言えぬから、所詮勘に収束される以上言葉を持っておらぬ。玉梓の辺りは其処の白夜とやらから聞いておるようじゃがな。

…しかし、聴きたいのはもっと根本的なものじゃろう?例えば、”何故異界の可能性を得ているのか”とかの」


無言を肯定と受け取り、藤姫様は頷き、得意気に言う。


「ならば答えは簡単じゃ。

儂等は既にお主等の世界の存在を(・・・・・・・・・・)知っておる(・・・・・)


離れた所から「え」と小さな声が零れる。

驚く声に、原因の言葉を言った彼女は満足そうだ。


「何故ならば、此の世界はお主等の世界があるが故に生まれたのだからのう」



 例え話をしよう。

此処に一つ、コップがあったとする。コップの中に水を注ぎ続ければ、何時かはコップの中は水で一杯になるなり、其れ以上の水は入らなくなる。

僕達の住む世界は確かに限りがあり、まるで水を注がれるコップだ。

けれど、一杯になったコップに更に水を注げばどうなるか。当然、水はコップから溢れコップの外に出ていく。

世界も同じで、日々更新される歴史の積み重ねを内包し続ける事が出来ず、世界の外の空間に洩れだすのだそうだ。


「世界の外に洩れ出た形のないもの。儂等は此れを〈概念〉と呼んでおる」


 やがて世界の外に流れた大量の概念は、一つに集まる動きを見せ、僕達の世界とは異なるもう一つの世界を造り上げた。其れが此の世界だ。

世界になった理由は不明だ。が、概念とは元は僕達の世界で意味を持っていた何かであり、世界から漏れたものの大抵は世界が手放すに値したもの、要は不要物である。

一度は形を取り、失ってしまったからこそ、もう一度形を成そうとしたのではないかというのが、藤姫様の予想だ。

 そして今、僕達の世界と此の世界は付かず離れずの距離で寄り添い、僕達の世界の漏れ出た概念が此方に流れる、そういう流れが世界間に出来ている。


「お主等の世界の全てが原子なるもので出来ておるように、此の世界の全ては概念じゃ。とはいえ、そう違うものではない。食事一つで、”食事の内容を体に取り込んでいるか””食事の内容の概念を体の概念に溶け込ませているか”、違いだけなら、其の程度のものじゃ」


向こうの方で大きく手を挙げている。場所からして、白菊さんか。


「じゃあ、世界を移動した私達って今如何いう状態な…んですか?」


「おそらく…魂に似た状態じゃろうな。体という器の中にあった概念に置き換え可能なもの、精神のみが此の世界に移動しておるのじゃろう」


其の言葉を受けてか、白夜が左手を挙げた。


「此の世界で怪我したりとか、仮にも体の一部を失っちまったらどうなるんスか?体は向こうにあるんスよね」


白夜は自身の右手の事を言っているのだろう。僕は彼の隠れている手の方に目を移してしまった。


「体は無事じゃ。しかし体の一部の概念を損失したとなれば、勿論其の部位は自分の一部ではなくなり、自分の意志で動かせなくなるじゃろう。自分の体に異物が付いた様な感覚になる筈じゃ」


白夜は悔しそうな顔で俯き、左手で自身の右手のあった場所を撫でる。

其れを見てると、昨日の僕を制する手の記憶を思い出して、僕は目を背けた。


「話を戻すが、お主等も会った鬼。あれもまた概念で形を成した存在ではあるが、少しばかり勝手が違う」


 鬼を構成する概念は全て”概念が形を持った此の世界でさえ不要とした”概念だ。ものを形にする際に生まれる切れ端ともいう。

切れ端程の細やかな概念はものに変わるには不十分で、世界外の空間に放置された。

しかし、其れ等は何としても形を持とうとして切れ端同士で集まり、形を成そうとした。だが、それぞれが余りにも違い過ぎる雑多な概念である事、何より世界が其の存在を認めなかった事から、”物”ではないから動き回る、”生き物”ではないから痛みのない、そんな”何でもない何か”に形を変えたのだという。

本来ならば鬼という名称も正しくない。けれども誰が言ったか、其れは〈鬼〉と呼ばれるようになった。


 生き物ではないのだから食事は必要ない。ならば何故食べる行為をするのか。

其れは鬼が”何でもない何か”から”意味のある何か”になる為だ。既に形を成す概念を取り込む事で自身の規則性のない概念を補う、だから鬼は此の世界の色んなものを食すのだ。

とりわけ膨大な概念を孕んでいるのは思考し、本能を制御して自ら動く力を持つ人間である。此れが意味する事は、人間を口にする事こそが鬼にとって意味を抱く為の大きな一歩になるという事だ。

鬼が人を好むのにはそういう理由がある。


「儂の見解では、お主等は更に狙われやすかろう」


「僕達と貴方方で違いがあると?」


「あるとも。儂等は体から概念で出来ておるから、母方父方の概念と補いのお主等の世界から放逐された人の概念、後は人である為の概念によって儂等は生まれてくる。両親とは無関係の人間の概念が入るからか親子で似る事も少ないのう。

対して、お主等は此処に来る時点で両親の要素たる体を置いてきた云わば精神体、自己が作ったもののみじゃ。雑多な鬼から見ても此れ程までに涎が洪水を起こすものも無かろう?」


昨夜、鬼がもう殺した人を放って僕達を追ったのはそういう事かと納得する。迷惑な話だ。

下手したら、昼間の道中でも襲われていた。今更ながらに安堵する。


「此の世界の人間の概念の構造上、もう一つお主等の世界の人間と異なる点がある。

其れが〈歌〉じゃ」


「「「「「歌?」」」」」


五人異口同音に言って、そして僕は思い出した。

初雁さんが、帆風さんが口にした言葉を。


「人である為の概念と言ったじゃろう。其れは人間の生態的概念以外に各々の個性も含めたものじゃ。其処に稀にお主等の世界で言う短歌や俳句、詩といったもの、つまり歌が雑ざる場合がある。人が作ったものじゃからかのう。

ところで、歌は凄いの。決まった音、短い言葉の中に己の思いに激情、目にした光景を美しくまとめ上げ、目にする者耳にする者もまた歌に心を重ねる。

主等の世界の者はよくぞ此のような言葉の芸術を生み出したものよ。儂は尊敬するぞ。

お主等の世界で歌がどんな扱いかは知らぬところじゃが、此の世界で歌はある大きな働きをする。

先ずは見た方が早いかの」


藤姫様は再び立ち上がり、目を閉じて一つの歌を口にした。


『我が宿の 池の藤波 咲きにけり

              山ほととぎす いつか来鳴かむ』







 目の前が真っ白になる。



 次に目に映った風景は城の最上階でなく、床は地面、畳ではない。

広間より広い空間は木なのか蔦なのか、茶色い木らしき細いものが絡まり合って敷き詰められている。


 上から何か、僕の前を通る。

視線を落とせば、五枚の特徴的な形を残したほの明るく光る紫色の花。天井を仰げば、ちらちら花を降らす一面の藤の花が其処にあった。

帯びる光が空間を優しく照らすから、暗くないのだと気づく。


「…綺麗……」


 小さく零すさえちゃんだけでなく、天井を眺めては感嘆を、周りを見ては呆気にとられ、口を閉じている人はいない光景は前から見たら愉快其の物なんだろう。

藤姫様は腹を抱えて大笑いしていた。


「はっはっは!!お主等本当に良い反応をするのう!

理知も玉梓も慣れ過ぎて反応がつまらんのよ。あ~、此れで此処一週間は楽しく過ごせよう。感謝するのじゃ。

…さて、此れが歌じゃ。儂は此の歌を己の概念に内在し、詠う事で其の歌の膨大な概念と己の概念により生み出される力、〈歌意うたのい〉を此の世に現界させる事が出来る。此のような力を持つ者を此の世界では〈詠い手〉というんじゃ。

儂の歌意は《藤世(ふじのよ)》。藤が彩る世界を作り出す能力じゃ」


彼女が「『解』」と口にすると、また真っ白い光に包まれて、僕は広間に戻っていた。

其れが特殊な力だって事は心では分かっていたけど、まだ夢の中にいるような…狐につままれた気分だ。


「先までに儂がお主等に説明した世界の事柄も和国に住まう世界間観測の歌意を持った詠い手が調査発見した事。此の世界では歌によって動かされた歴史が幾つも存在する。だからこそ、和国の人間はお主等の世界を〈原成世界(げんせいせかい)〉と呼ぶのに対してこう呼ぶ。



ようこそ〈歌奏世界(かそうせかい)〉へ。儂が代表してお主等を歓迎しよう」



                ※          ※



「…と」


 藤姫様は気が抜けたとばかりに、敷いている座布団(?)にぼすっと勢いよく座る。


「まぁ、此れで此の世界の事は少しは分かったかの。此処からが儂としては本題、異界から来たお主等に対する頼み事じゃ。

先に言っておくぞ。儂等はお主等が世界を移動する事になった要因を一切知らぬ」


 歌奏世界は原成世界の存在がある為に出来た世界で、今でも其の恩恵を受けている。

此の関係がある為、歌奏世界が原成世界に干渉する事は先ず無理だと言える。つまり、僕達が歌奏世界に来る原因は原成世界にあるという事になる。


 世界が他世界に直接干渉する事は両世界にとって不利益、下手すれば中に住む存在諸共消滅の危険性があるので原成世界が自ら出向く事も出来ず、代わりに僕達を遣わした。

肝心の遣わした理由を僕達は知らないし、余所の世界の事情なんぞを藤姫様も知るわけがない。

しかし、関係しているかもしれない事がある。

楽な姿勢で肘を立て頭部を支える彼女は、にやり笑っていたけれど内容を面白く感じてない事だけは外面でも明らかだった。


 南環の地にて鬼の行動の活発化している。

昨夜の鬼の都潜入を含め、鬼の被害は数週間で普段の倍を記録し、村などでは派遣している人員では手が回なくなっている。

其処に僕達がやってきた。藤姫様は此の二つに何らかの接点があるに違いないと睨んでいる。


「まったく由来性の無い周期的なものであるならば其れも良し。南環を守る者として此の事態を見過ごす事は出来ぬ。じゃが、此の都を守る武官も多いわけでもない。よって、儂がお主等に望むのは此の都の武官として南環の地を守護する事。其処にお主等の目的が関わるのなら一石二鳥。そうでないのなら問題の解決後、儂等は総力を挙げてお主等に助力しよう」


僕は藤姫様の言葉に戸惑った。


「ちょ、ちょっと待って下さい。そんな事言われても、ぼ、僕達戦えませんよ!?昨日だって、お、鬼からは逃げるしか…」


 白夜も片手が。僕は隣に座る彼に目を移したが、目を閉じて動向を見守るようで、余計な口出しになりそうだと思っていう事を止めた。

僕が言った事に藤姫様は驚かなかった。予想通りといったところだろうか。


「うむ、そんな事百も承知じゃよ。此れでも武官文官の元を締めている者じゃ。お主等の体付きが戦いをしてきた者の其れではない事は一目で分かる。じゃが、世界が他世界に遣いを送るとして目的を達成出来るとも分からぬ非効率な者を送ると思うか?幸い此の世界には戦えぬ弱者がどんな形であれ強者に成り代われる可能性を持ったものが一つある。歌じゃ」


「つまり貴方は歌があるから僕達を誘う。詠い手とやらが五人増えるのは心強いと。けれど、其れはあまりに軽率ではありませんか。もし歌がなかったら?もし其の歌が戦える歌でなかったら?貴方は僕等を如何するでしょう。僕等は貴方の素性をよく知っているわけでは無いのです。貴方の下に就くとすれば、歌の無い僕等を捨て駒として扱う事だって「其の様な事はせぬ!!」」


藤姫様の言葉に反応した夜明が遮ってでもつらつら強い口調で言う言葉に、彼女は声を荒げた。


「儂は武官の、文官の、南環で生活する全ての民の命を預かっておるのじゃ!儂には其の一つ一つの命を守る義務がある!増してや命を粗末になどとは……!」


 今の藤姫様が〈姫様〉としての余裕のみで話していない事はあからさまだった。此処まで感情を露わにする彼女を僕は上に立つ人間にらしくないと思った。

でも、決意の他に怒りや悲しみ、悔しさが雑ざりこんだ言葉は彼女の心のままの言葉で。

彼女が抱く其れ等の経緯を僕は何も知らない。

けど僕は藤姫様という人物がただ只管に優しい人である事だけはよく分かった。

長くなりそうだったので少し微妙なところで終わります。

もう少し友や他の人に話させる予定でしたがうまくいきませんでした。

此れからまた文章を変えるかもしれません。


【初出の歌】

我が宿の 池に藤波 咲きにけり 山ほととぎす いつか来鳴かむ


          『古今和歌集』 百三十五首 読み人知らず


誤字脱字、文章的におかしな点はないでしょうか?

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