表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
歌奏和伝  作者: 自由のメガネ
始まりの初夏
11/65

ー漆ー「不良と呼ばれる少年」

ずっと白夜のターン

最長です。

 表の方が静かでおかしい、見てこいとおっさんに言われ、俺は表の様子を見に行った。

客は一人も食事をしておらず、立ち上がっている人もいる。

此れは何かがあった。俺は近くにいた客に声を掛けた。


「こりゃあ、何の騒ぎだ?」


話しかけた口をあんぐり開けていた男は振り向きざまにまた驚いたが、俺の質問には答えてくれた。


「客ん中にただ飯屋がいたようで、逃げちまったんだよぅ。四人店員が追っかけてるようだが、にゃろう我らが看板娘ちゃんを張った押しやがって…」


「ただ飯屋っていうのは何だ?」


「あんた、店員だってのに知らねぇのかい。最近増えてんだとよ。夜は店も追っかけて来ねぇからって日が落ちるまで待って、金を払わずに逃げようって連中が。かー!あーいう奴がいるから飯が不味くなるってんだ」


「店も追っかけて来ねぇ」。

此の言葉に引っかかって更に尋ねようとするも、客は愚痴しか言わなくなったからやめた。

後の事情は戸口傍で心配そうに外を見ている小母ちゃんに聞こうと、何やら集まっている客を退かしていくと、俺は地べたに座り込む少女と目が合った。


 座り込む少女の名前は琴。客からは琴ちゃんと呼ばれ親しまれている、おっさん達の一人娘で店の看板娘である。

そういえば客が看板娘を張った押したって言っていた事を思い出し、其れが起きたのは随分前だというのにお互いを牽制して周りを囲ってるだけの客に呆れを感じながら、俺は彼女に手を貸す。

起きた出来事、囲まれる威圧感に飲まれて立つ事を忘れていたらしい彼女は、俺の手に気が付いて、俺の手を使って立ち上がった。


立ち上がった彼女に一言残して、「色男野郎爆ぜろ!!」「よくも俺達の琴ちゃんを!」と口々に喚く周りの男共を無視して輪を抜け出し、俺は小母ちゃんに声を掛けた。


「小母ちゃん、そんなとこで何してんすか?」


「あら、白夜ちゃん。五月蠅くしちゃったさね。実は夜明ちゃん達がただ飯屋を追って行っちゃってねぇ…何もなけりゃあ良いんだけれど。あぁ~心配っさね~」


右往左往とする小母ちゃんの上から外を見る。


〈キィ…キィ…〉


 静かな空間で一際不気味に響く音を無視して、大通りを一通り眺める。

追って行ったという四人の姿は確認出来ない。


「あいつらもチビッ子ってわけじゃねぇんですし、其処まで心配しなくとも「そんな事言われても心配なもんは心配っさ!」…おう」


「万が一…万が一にでも”鬼”と出会ったらなんて思うと…どんなに心配しても足りないっさね!!」


「鬼…?」


腕をぶんぶんと振って感情を露わにする小母ちゃんに若干押されつつ、小母ちゃんの一言に引っ掛かりを覚えた。


「鬼って、想像上のだよな?子騙しの本当はいない…」


言って、はっと気づく。

風景は違っても大差なく通り過ごせていたから忘れていた、未だ不明確である此の世界では俺達の常識じゃない事が起こっても不思議じゃない事を。

俺の言葉に慌てた素振りのまま動きを停止して、へなへな体の力が抜けてく小母ちゃんは呆れたように言う。


「あんた達…今までどんな辺境で過ごしてきたんだい…?此の辺では見ない格好だとは思っていたけど、まさか”鬼”も見ないなんて、何でそんな天国みたいな所から出てきちまったんだい?」


 小母ちゃんは知る限りの”鬼”の恐ろしさを俺に語った。

鬼とは、人を食す歪な化け物らしい。大きさは大抵人の膝ぐらいの大きさをしており、形は様々で魚の様だったり犬の様だったり人の様だったりして、必ず生物では在りえない色の肌、大きな口に鋭い牙、ぎょろぎょろとした目を持っているそうだ。

基本的には山などにいて、都(小母ちゃんは街の事をこう言った〉に入っても退治されるだけだが、度々昼間に入り込んでは息を潜め、夜に人を襲う鬼もいるのだと。

だから、夜に出歩くべきではないそうだ。

ただ飯屋というのも、夜なら店の人も命を懸けてまで追いかけて来ないという理由で味を占めてやっているようだ。


「其の鬼を退治する奴等ってのは、刀を持ってる…」「そう、お侍さんっさね。鬼を切って、都を見回って、治安を守っているのさ」


昼間にいた門番や刀を腰に差していたのが、此処でいう「侍」とやららしい。

やけに気になった門番が人ではなく足元ばかり見ていた理由も分かった。見張っているのは人の足元をすり抜けるだろう鬼だったのだ。


「さっきから妙に頭に響く音が外からするだろう?此れは鬼の鳴き声さ。夜になると食事が出来る喜びから鳴くって噂だけど、気味悪いったらありゃしない。此の調子だと、今日は何処かに鬼が忍び込んでんだろうねぇ。だからあの子たちに出て行って欲しくなかったんだけど…」


キィキィと、金属と木材で擦り合わせて鳴らしたような無機質な音がまさかの喉から響かせる声だというのだ。

不快になる声を出すあたり、其の体躯も容易に想像がつく。


「けれど、こんなだだっ広い都でそうそう鬼に出会うとは思えないし、一匹二匹ぐらいならお侍さんが直ぐ片すだろうから心配する必要はないかも…」〈キィ…〉



〈キィ〉    〈キキィ〉

      〈キィ…?〉    

                   〈キキキ〉

〈キィィ〉   〈キィ〉                  〈キャッキャ〉

〈キ〈キャ〈キィ〈キシャ〈キキャキャキャキャキャキャキャキャキャキャ〉〉〉〉〉


「「!!?」」


 小母ちゃんの言葉を嘲笑うように其処ら中から聞こえる一や二に収まらない数の聞くに堪えない声。

俺が唖然とする間に小母ちゃんは戸口を勢いよく閉めて、中にいる客達の方を振り返る。


「あんた達、今日は泊まってきな。此処は開放しておくから、死にたくないんだったら決して外に出るんじゃないよ」


中はずっとガヤガヤ騒がしかったからか、俺と小母ちゃんの聞いた声は中まで響いておらず、理由は分からないにしろ家に帰る手間が省けた、かみさんに会わずに済むと喜ぶ客ばかりだ。

俺はただ、外に出てしまった四人を思い浮かべる。

其れを分かっての事か、小母ちゃんは耐える様に口を開いた。


「…あんたもだよ。今にも飛び出したいって顔しているようだけど、そしたら白夜ちゃんが襲われるかもしれないっさ。残酷な物言いだけれど、先ずは自分の命を大切にするっさね。…必ず襲われるってわけじゃないっさ。あんたは此処であの子達が無事に帰ってくる事を願って…ちょっ!何処行くっさね!?」


俺は我慢出来ず、閉めたばかりの戸口を勢いよく開き、外に出た。

おそらくあいつ等と同じく後ろから小母ちゃんの声がしていて、俺はちゃんと聞こえていたけど、振り返る事は無く心の中で小母ちゃんに謝った。


まだ会って一日も経っていない。だからといってほっとけるわけがないんだ。


俺は大通りを一人、四人が行ったらしい城の方向へ走った。









 夜明とさえは直ぐに見つかった。走る途中にあった小路から出てきてぶつかったのだ。

其処に友と白菊はいなかった。

其の事を指摘すると夜明は後ろを見て絶句して、さえを置いて(多分俺に託したつもりなのだろう)道を戻ろうとした。俺は夜明の肩を掴んで引き留めた。

何を焦っているのか尋ねると、夜明は口早々に得体のしれないものに襲われた、追っていた男はそいつに殺され、自分達も襲われそうになったから逃げてきたと口にした。


得体のしれないもの。鬼とみて間違いないだろう。


「さえと一緒に店に戻ってくれ。二人は俺が迎えに行く」


俺の言葉に、夜明は反論しようと口を開いたが、此奴は昼間自分で解決出来ないから俺に男達を任せたのだ。自分の力量はよく分かっている。

結局其の口から出たのは此処に至る道順で、最後に「頼む」と付け加えてさえを連れて店の方へ走っていった。

さえは終始何も言わなかったが、手を引かれて走る前に投げかけた目にははっきりと恐怖と不安が浮かんでいた。

俺はそんな二人を見送り、小路に入った。





 二人は直ぐ見つけたが、状況は最悪だった。

白菊は地面にへたりこみ、友も白菊を置いていけず其処から動かない。しかし傍で蠢く化け物…鬼は二人に距離を縮めていく。

あと少し、というところで鬼は二人に飛び掛かった。友は白菊の上に覆いかぶさり、白菊を庇う。

だが、此のままでは白菊は無事でも友が危ない。

鬼は一噛みで殺すつもりなのか、友の首に牙を向けていた。


俺は咄嗟に地面を大きく蹴り、丸める体を飛び越えて鬼の顔面に蹴りをかました。

足に例えようのない感触が伝わる。

真正面から蹴りを喰らった鬼は気味の悪い声を更に濁らせた短い悲鳴を上げながら吹っ飛び、離れたところに二、三回バウンドした。


「お前等、無事か?」


聞かずとも、顔を上げた友は疲れこそ顔に出ているものの怪我一つしてなさそうで安心する。

だが、気は引き締めなければならない。


〈キキキキキ〉


俺の前で、思いっきり顔をめり込ませて吹っ飛ばした鬼が何事もなかったように立ち上がり、此方を見てにやつく。

後ろには二人がいる。鬼からして襲いやすそうなのはこいつ等だけども、俺がいるから俺を先に潰さなければ食うに食えない。

鬼の狙いはちゃんと俺に向いてくれた。

其れで良い。隙をついて喰おうという事は無い筈だ。


〈キィィィイイイ!!〉


大きな口からだらしなく垂れる涎を其のままに奴は俺に飛び掛かった。


            

                 ※         ※



〈ッキキィ!?〉


 向かってきた鬼を勢いを殺さずに右足を振り切って蹴り上げる。

鬼は何度も転がったところに再度転がっていく。

小母ちゃんの忠告が嘘の様に鬼は大した事無い。

動きは酷く単純で、飛び上がっては噛みつこう、若しくは引っ掻こうとする以外脳がなかった。

だが、逃げる隙が見つからない。

地面に転がしても転がしても、壁にぶつけても、鬼は何事もなかった様に起き上がって笑う。

殴る蹴るの感触は相変わらず気持ち悪くて、鳴き声と相乗して俺の方が精神的にダメージを喰らってる。

ジリ貧は必至だ。


二人を先に逃がすかって考えは、鬼を数回吹っ飛ばした時に止めた。

後ろで目を閉じる白菊を揺する友がいる。白菊は気絶してる。喰われる恐怖のあまり意識を飛ばしたらしい。

友に背負わせて先に戻らせても、店先で聞いた鳴き声の数では途中で他の鬼に会うかもしれない。

だったら、此奴一匹を如何にかして俺も一緒に戻った方が良い。

此の判断が正しいのか、俺には一切分からない。


また飛び掛かってきた鬼を今迄以上の力でぶん殴り、より遠いところに転がす。

此れならと思って振り返り、友に声を掛けようとしたが、


〈キキィ…〉


背後では既に鬼が立って笑っていた。


「ちっ…!」


 如何すればくたばるんだ。憤りを舌打ちに込めて振り返ると、様子がおかしかった。

単純作業の如く飛び掛かって来るだけだった鬼が直ぐにやって来ない。眺めていた。

単に諦めてくれてんだったら俺としては助かるんだが、獲物を見る目である事に変わりはない。


〈キィ…〉


小さな声で鬼が鳴く。


〈ィ…〉


何もしない様が、不気味さを増長する。

俺は嫌に掻いた手汗を掌の中で握りつぶした。


風が一筋流れた。




〈キィ…シャァァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!!!〉




 風を吹き飛ばす轟音が涎垂れる大きな口から放たれる。

耳は耐えきれず、何時飛び掛かられてもいいと構えた手で塞いでも許容しきれない音がノイズになって耳に響いた。

空気もヒリヒリと肌に触れる。


叫びは数秒に亘って続いた。

周囲の山々が反響という余韻を残し、また鬼の声が聞こえる。


〈キキッ〉


其の声は目の前からでなくて。


塀を飛び越えて俺に飛び掛かる何かがいて、俺は其れを弾き飛ばす。

立つ鬼の隣にほぼ同じ形の鬼が転がった。


「に…二匹…!?」


友が言葉を無くす。二匹だったならどれだけ良かったか。





〈キーシシシ〉

    〈キャシャ―!〉

                     〈キシィ〈キャーキャッキャ〉〉

               〈キシャーキキ〉


〈キ〈キ〈キャ〈キ〈キャ〈キ〈キキキキキキシャシャシャシャシャ〉〉〉〉〉〉〉


 至る所から現れ、七匹の鬼が此方を見ている。

非常に不味い事になった。頬に冷や汗を流して現実だけはよく理解した。

一匹でも逃げ切れる予感がしなかったというのに、七匹って如何すればいいんだ。

打破する方法を思案しようとする俺に三匹の鬼が飛び掛かってくる。


三匹まとめて蹴とばしたが、現状に対する先延ばしにしかならなそうだった。

中途半端ですが、長くなりそうだったので切ります。


個人的に書いていて

「夜が危ないんだったら何で客入れてんだろ?」

と思ったので、小母ちゃんから補足、

「あん人達は良いのよ。自分で分かって来てるから。死んだら死んだで自己責任さ。一応複数人で帰らせるようにはしてるっさね」

との事。



誤字脱字、文章的に可笑しな点はありますか?

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ