身体マンション。
プロローグ
《平凡な人間なんてこの世にはいない》
もし、誰かこの意見に異議を唱えるというのなら当人を俺の前に連れてきて欲しい。頭を垂らしながら地面にひれ伏してやるからさ。
なぜそんなこと言っているのか。それはもちろん潜在的な才能を人間は持っているからだ。人間はその才能を短い人生の中で見つけることができるか、できないかそれだけ。それに人間は才能とまではいかなくとも得意なことを少なからず持っている。
例えば、学校の教科。テストですべて0点だったとする。これは勿論、平凡の域を悪い意味で越えているだろう。逆もまた然り。
では、もっと狭い範囲で考えてみよう。一教科だけいい点を取ったとする。絶対クラスにいるよな、そういう奴。残念ながらそいつも平凡とは言えそうにない。じゃあ平凡とはなんなのか。平均点の奴か? 学年順位がちょうど真ん中の奴か?
結局、そこで平凡といえるような点数を出してもそれはその人間の一部に過ぎない。なぜならテストは平均でもスポーツが得意であったり裁縫が得意であったり何かしら他者と比較して抜きん出ているからだ。
それから考えるとよくラノベの主人公が平凡設定で物語を繰り広げていくがあれはただの詐欺設定に過ぎない。つまり、この世に事象が発生している限り平凡な人間なんていないのだ。
だって……自身を『平凡』だと自覚していた俺に突然、五つも魂がとり憑いたのだから。
1
「ひきこもんなあ!」
平日 午前八時 俺は自分に向かって叫ぶ。もちろん他者から見れば痛い奴にしか映らないだろう。しかし俺にとっては例えそんな風に見えたとしても叱咤せねばならなかった。
『うるさいですね……自分は昨日見られなかった深夜アニメを視聴しているだけじゃないで……ぶひいぃぃぃエミルちゃんのパンチラ……デュフフww』
《朝っぱらからきめぇぞ。このブタが!》
【まあまあ、そんな悪口は言っちゃいけないんじゃよ】
(そうです。おばあちゃんの言うとおりです!)
{みなさん、もっと仲良くしてください!}
喧騒の渦巻く俺の部屋。傍から見れば録画したアニメを見ながら声を漏らすオタクにヤンキ―が文句を放ちそれを注意するおばあちゃんに賛同する児童の四人へ平和主義を主張する女子高生がいる光景だ。だが、これらの個々の言葉はそれぞれの口から出ていない。なんと一つの口、つまり俺の口から出ているのだ。
「それより、学校いけよ!」
俺はそんな驚くべき事実をそれ呼ばわりする。なぜなら……単純に慣れたからだ。そう。こいつらが俺の身体をシェアハウス化してもう一週間が経つ。さすがにあの時は心臓が止まる程驚いた。
一週間前 俺は何気ない平凡な私生活と学校生活を両立していた。別にそれを変えたいとも思ったことはなく、平凡っていうものは適度に居心地がいいものだ。学業でも常に真ん中、運動能力も平均並み、趣味は音楽鑑賞、将来の目標は未定と誰にも怒られもせず褒められもしないポジションだけどそれでよかった。しかし俺の寸分の狂いもなく一定間隔で回っていた歯車は突如として崩壊する。
いつものように友達と寄り道しながら帰りやがて家に着く。夕食を食べて風呂に入る。ゲームと宿題をしてベッドイン。何変わらぬいつもの俺的日常だ。そのまま目を閉じて明日を迎える……はずだった。
あんまり夢のことを覚えていることは少ないけどこの夢だけは衝撃が強くて忘れられない。それは年齢も性別もバラバラの五人がいきなり目の前に現れて一人ひとり俺の身体の中に入ってくる夢だった。曖昧な人間の形をしたそれらが無断で身体に入ってきた不快感はそりゃ堪ったもんじゃない。俺は必死にその悪夢を追い払おうとして頬をつねった。すると俺の口から六色もの痛がりを帯びた声がする。俺はさらに焦って現実への出口を探したのだけど見つからない。それもそのはず、俺の目はすでに現実を捉えていたからだ。それでも夢と信じ再度目を瞑ろうとするが、
《なんだこの貧相な身体は!》
勝手に口が開くと次々と文字が飛び出す。
『なっ、少女じゃない!』
(これは……不思議ですね)
【転生というやつじゃろか?】
{わたしは……えっ、え~男の子の身体!?}
なぜだ。これは夢のはずじゃ。しかし、この口の渇きと筋肉の収縮と弛緩は間違いなく現実のもの。どうなってる? 思考領域を逸脱しているこの状況に考えがまとまらない。
《おい!》
威圧的な口調が自身から漏れる。しかし誰に向けて放ったものか特定できない。
【どうしたんじゃ?】
《おまえじゃねえよ老いぼれ!》
(お年寄りは大切にしないといけませんよ!)
{まったく、その通りです}
『あと二次元も!』
なんだこいつら、さっきまで現状理解に苦しんでいたのにもう喧嘩してやがる。なんて順応性に長けているんだ。それによく目を凝らしてみれば五人の姿が鮮明に見えてくるではないか。
《やっときたか、お前だよおまえ!》
「俺?」
言い合いを区切り、こっちを向いた金髪特攻服……如何にも不良といった風貌だ。
《そうだ。これはお前の身体だよな?》
「えっ、そうだけど……」
《よしっ……この身体はもらった!》
「は?」
いきなりのことで何を言っているのかさっぱり理解できなかったが、それはそのままの言葉だった。なぜなら俺は上体を起こし勝手に歩き出したのだ。意識がこちら側にあるのになぜ動けるんだ? すると、身体が急に止まった。
『そうはさせないぞ! このDQN!』
不良に楯突いたのはぷっくりと太って眼鏡をかけた……オタク。この要素だけではオタクと断定するのは難しいけど、美少女キャラがプリントされたシャツとリュックからはみ出てるアニメのポスターがこいつをオタクとして構築していた。
《このデブ! 邪魔すんな!》
『DQNなんかに好き勝手させてたまるか!』
なんとかっこいいオタクなんだ。アニメばかり見ているのか主人公さながらのオーラをだしている。しかし、それも一瞬の幻想に過ぎなかった。
『自分はこの身体を使って秋葉原の地に再び踏み入れるんだ!』
目に火を灯しオタクは叫ぶ。それとは対照的に俺は冷ややかな目をこいつに浴びせた。
そのまま二人は喧嘩へと発展し殴りあいが始まる。もちろん俺の身体を使って。
「『(【《{痛いっ!}》】)』」
六人同時に痛みを共有し全員頬に手を当てる。されど不良とオタクはまたも殴り合いを始めようした。
{やめてください! おばあちゃんとこどももいるんですよ!}
眼鏡をかけた優等生風の三つ編み女子高生(?)が仲裁に入る。高校生と判断したのは容姿と高校生っぽい制服からである。どうもさっきの殴り合いでおばあちゃんとこどもにも危害が加わったことが許せないようだ。
《けっ、真面目ぶりやがって止めたきゃ止めてみろよ眼鏡!》
『ふっ、自分は二次元の女の子しか興味ないんで引っ込んでもらえませんか?』
全く聞く耳をもたない不良とオタク。そしてまた両者、拳を相手の顔面に……否、俺の顔面に放った――が、顔に当たる前に拳が止まる。よく見ると不良とオタクの拳をさっきの優等生が両手で止めているではないか。そしてその見た目とは場違いな言葉が彼女から出た。
{やめろって言ってんだろ……殺すぞ}
ゾクッっと全身が凍りつき、第三者の俺でさえ恐怖に包み込まれる。それにさっきまでの女の子らしい高い声でなく闇の住人のような低く重い口調と獲物を狩る直前の鋭い眼光が眼鏡というフィルターを通して見え、この場の全員を慄かせた。ここで一つ悟ったのはこの中で最上階の捕食者側の人間はこの女子高生だということだ。
そのあとは、不良もオタクも表面上ではあるが仲直りして事態は収束したことにより、女子高生は最初の調子に戻ったのである。
{では、自己紹介をしましょう}
恐怖の余韻が残るこの状況で、眼鏡系女子高生のその笑顔は安心とは逆に俺達を萎縮させた。しかしそれを気にすることもなく女子高生は続ける。
{まず、私から……私の名前は優しく包むと書いてユホです}
このとき、みんな思っただろう。名は体を表してないことを……。
{まあ、皆さん会ったばかり、気心が知れた仲じゃないので個人情報はこのへんで――あっ、年齢は十七歳です}
やっぱり高校生か。それから順不同で自己紹介が始まる。
【ワシはサダ。この通りの八十一歳の老いぼれじゃ】
(そんなことありませんよ! 十分若いじゃないですよ)
{その子の言うとおりです。全然、八十代に見えません!}
小さな児童とユホが自虐するおばあちゃんを慰める。いや、でも年齢と外見照らし合わせたらこのおばあちゃんが若く見えるのは事実か。
(じゃあ次は僕が言いますね。僕はたける八歳の小学生……でした)
一瞬、タケルの顔に雲がかかると他の四人も心当たりがあるのか揃って同じ表情になる。しかし自己紹介は止まらない。
『自分は自宅警備員の仁獅。二次元の覇者と言ったところかな』
何言ってんだこいつ……。ただのニートだろ。とりあえず今はスルーしておこう。
「俺は紗騎。女みたいな名前だけど男だ。それにこの身体の持ち主でもある。なぜか俺が寝てる間にお前達が俺の中に入ってきたのか知りたい」
周りを見渡したが誰一人知ってるそぶりを見せる者はいなかった。なので、最後の一人に自己紹介の権利が移る。
《……》
{どうしましたか?}
不良は黙り視線を俺達から外したままだ。何か言えない事情でもあるのだろうか? でも簡単な自己紹介だから言えないことは言わなければいいのに。それとも不良は自分のことを語らないのが大義なのか?
『あっ、わかった! ヤンキーってコミュ障なんだろ!』
一番患っていそうな奴が皮肉を不良にぶつける。
《そんなわけないだろデブ!》
もちろん言われて言い返すのが不良だ。煽られて乗らないはずがない。
『じゃあヤンキーは自己紹介の教育を受けてないとかww』
《なんだとコラ!》
また一触即発な空気が流れる。しかしその空気を分断するような断頭台の刃がここに用意してあった。
{おい、学習する脳みそはその頭に入ってんだろうな? カチ割って確かめてもいいんだぞ?}
『《すいませんでした!》』
両手にニートと不良の頭を掴んだユホが二人の頭蓋骨を軋ませながら笑顔で問いかける。もちろんあの囚人二人は謝罪するしかない。それにしても会って間もない奴らなのにここまでのスキンシップできるとはよくよく考えたら凄いことではないのか。
ユホは二人が謝ったのを確認するとアイアンクローを解いた。
{じゃあ、自己紹介の続きをしてください}
不良の方を向き自己紹介を促す。大鬼神の面を笑顔の裏に隠して。
《……サン……ング……》
ん? さんぐ?
{すいません。聞き取れなかったのでもう一度お願いします}
すると、不良は苦虫を噛み潰したような表情のまま自身の名を打ち明けた。
《サンダーバーニング……》
「『(【{………………ぷっ}】)』」
須臾の沈黙を乗り越えて、俺の内部には笑いという喧騒が起こる。それは年代も問わず、全員のツボにヒットする広域殲滅型の攻撃だった。
《な、なんだよ》
不良、いやサン……ダーバ……ダメだ。笑いが口の中で抑えられない。
【……それは本名かの?】
笑いの渦からいち早く脱出したサダばあちゃんが俺達の代弁者となってくれた。それがもし本当ならば、こいつの人生はウルトラハードモードだったに違いない。
《ああ。身分を証明するものは――ないが本名だ》
自身の服で物をしまうことのできる収納内を探すが身分証明するものは見つからなかったらしい。それより名前のことで慣れているのかサンダーバーニ……やっぱりダメだ。とにかくこの不良は冷静に対応している。しかしその冷静は即、崩壊するアイツのせいで……。
『サンダーバーニング……ぷっ……DQNネームにしても酷すぎだろ……ぷっぷぷ』
《おい眼鏡デブッ! 表に出ろや!》
表に出れるのはさっきの出来事で一人までとわかったから実質出ることはできない。まあ、それは不良の常套句だから仕方はないが、こいつら本当に学習しないな。アイツが黙ってないのに。
{私は仏や神みたいな偉大な存在じゃないですけど、女子高生の顔も三度までですよ。覚悟してください}
このあとすぐ、俺の内部に断末魔が響く。俺とたけるとサダばあちゃんはその光景を温かい目で見守った。あとユホは三度も待ってない気がするのはスルーで。
「大丈夫かな。俺の人生……」
2
そんなこんなで一週間。運よくまだ誰にもバレてない……と思う。なぜ曖昧な表現を用いるかと言うとこいつらのせいだ。例えば学校生活でばあちゃんが出てきたら口調が違うし何故か本体は若い身体なのに前かがみで歩くのだ。ジンシはもちろんオタク的行動に走り、サンダーにしてもいきなり素行の悪い生徒になるのでクラスメイトや担任は嫌でもこっちを見る。と、思ったらたけるやユホが出て来ると優等生に早変わりするので俺の肩書きはいつの間にか『変人六面相』となっていた。多重人格者と勘違いされているだけでバレてはいないんだよな……?
しかし、この時間を過ごして収穫もあった。まず、復習だが俺を入れた六つ魂は一人ずつしか表(本体)に出れない。そして本体が受けたダメージは内部の俺達全員に反映される。ここまではわかっていたが、そこには二つ規則があったのだ。まず一日を人数分でキレイに分割されること。つまり二十四時間を六人で割ると一人四時間になり、各人が一日四時間以上表に出ることはできなくなるのだ。連続してもしなくても一緒できっちり四時間でシャットダウンしてしまうが翌日にはリセットされる。次に個々の能力が本体を形作ることだ。もちろん筋肉量や骨格が変わるわけではない。変わるのは脳の方だ。例えば先程の『変人六面相』の話。天才児童のたけると凶悪優等生ユホが表に出てきたら勉強面ではかなり優秀になるのだが、もともと優秀でもない俺がいきなり勉強できるということは完全に脳がこいつらに切り替わっているといえる。ジンシにしてもそう。フィギュアの組み立てや二次元の知識などは俺にない。サダばあちゃんの料理の味付けや知恵などもまた同じだ。それにサンダーは……まだ何も見せてなかった。とにかく身体は一つだが別人が六人いると思った方が適切なのだ。しかし、これはあくまで一方通行に過ぎず、いくらたけるやユホが勉強の知識を掃除機のように吸収したからといって他の同棲者に反映されるわけではない。だから学校の勉強は中から一緒に勉強しなければならないのだ。まあ結局、筆記用具ないからこいつらの取ったノートを見て復習しなければならないのは二度手間だがしょうがないだろう。もちろん勉強をサボってたけるとユホに任せてもいいのだが、時間制限があるのが怖い。もしテスト中に脳が切り替わったら大惨事を起こすだろし、突然こいつらが消えたら俺の将来は勉強についていけずにジンシと同じ自宅警備員になりかねないのだ。さらにユホがそんなこと許さない気質だから嫌でも勉強しなければいけないのがいまの現状である。痛みだけが共有されるのは納得いかないけど。
それから気づいてたけどこいつらは間違いなく死んでいる。話の端々にそのような要素が含まれているからだ。初日のたけるの自己紹介も過去形だったし、一番わかりやすいのはサダばあちゃんで【生きてるころは――】とか露骨に口に出すようになっていた。それにあの時は驚いて忘れてたけど、転生とか言っていたような気がする。
そんなバレバレの状態なのにこいつらは一向に死んだことについて話したがらない。別に俺も聞きたいとも思わないので黙ってるけどな。
てか、今はそんな場合じゃない。
「おいっ! テレビから離れろよジンシ!」
『嫌だ! エミルちゃんの勇姿を最後まで見るんだ!』
床に這いつくばっても見ようとする執念。オタクとはなぜ二次元を前にするととんでもない力を発揮してそこに留まり続けようとするのか俺にはわからない。あと勇姿ってそれバトルものじゃなくてほのぼの日常系だろ絶対! すると、ついに奴が動く。
{ジンシさんの意を汲んで私も猶予を与えましたが、もう学校に行く時間です。本体のサキさんに迷惑をかけてはなりません}
『嫌だ嫌だ!』
ユホを前にしてもこの有様。散々トラウマを刻み込まれたのによく引かないものだ。まあ結果は見えてるけどな。
{しょうがないですね。じゃあ力づくでいきます}
そう言うと無理やりジンシを押しのけ表に出て床と同化した体をぐぐぐっと起き上がらせる。ユホとジンシが交互に表に出るけど支配力は圧倒的にユホの方が上。だから、
『あ~僕のエミルちゃん……うっ……う~』
こうなる。
{さて、いきますか}
ユホが入った俺の本体は清々しい表情のまま学校に向けて玄関を飛び出した。
3
「おう、変人六面相!」
教室に入るなり、俺を揶揄するのは慧だ。関係で表すなら親友以下ゴキブリ以上と言ったところだろう。
「なんかバカにされたような気がするんだが?」
気にしない気にしない。それより、この一週間もっとも苦労したのは学校生活だ。なぜなら俺以外の五人は全員がクラスメイトと初対面、人間関係も学校での立ち位置も理解しているはずがない。また俺は一日四時間しか表に出られないので最低でも誰かは必然的に周りと接触しなければならないのだ。まあ、そのおかげで『変人六面相』という名誉を獲得したわけだがな。ちなみに一週間も生活を送ればこいつらも近しい存在の名前ぐらいは覚える。
{そんなこと思ってませんよケイさん}
この口調を直してくれれば直、嬉しいのだが。
「でたなサキちゃん!」
こいつはユホが表に出てる時の俺をサキちゃんと呼ぶ。他の四人も同様でサンダーならヤンキーのサキでヤンサキ、サダばあちゃんならサキばあ、たけるなら天才のサキでサイサキ、ジンシならオタクのサキでオタサキという感じだ。それにムードメーカーのこいつが言い出したことでクラスでもそれで定着している。
一通り雑談を終え、ユホは俺の席に腰を下ろす。すると普段の俺にはありえない現象が起きるのだ。
「サキちゃん数学教えて!」
「サキちゃん、放課後パフェ食べいこうよ!」
「え~サキちゃんは私と一緒に買い物するの!」
がやがやがやがやがやとクラスの女共が集まってくる。もう姦しいどころじゃない。
{まあまあ、みなさん落ち着いてください。仲良くしましょう}
どうやらユホの性格は女と同調するらしい。まあユホも女だから当たり前だけど、男の身なりでそれができるのは凄いと思う。またいくら目の前で言い合いが起こってもユホは女性には暴力を振るわない。その分男には厳しいけどな。
『ぶひいぃぃぃ! 女子高生だあ!』
「でた! オタサキ!」
「きゃあ、キモい!」
「おええええ」
外見は同じなのにここまで急に態度を真反対に捻じ曲げることができるこいつらも凄い。まあ、キモいものはキモいけど。実際、俺の負の面を構築してるのはこいつとサンダーの二人だしな。
{おい、周りに危害を加えるならお前という存在を亡き者にする}
『痛いっ痛い! すいませんでした!』
見えないと思うがほら見ろ。表では空気を読んだタケルが一時的に出て、内部でユホがジンシの腕を捻じ曲げる制裁を加えている。これはダメージが他の同棲者に反映しないための措置であり確立されたシステムなのだ。制裁後ユホはたけるにお礼を言うとまた表へ戻る。
{お騒がせしました}
目の前の三人に謝りを入れまた雑談が再開される。それにしてもジンシは自業自得とは言え不憫だな。俺は哀れんだ目で地面に沈んだオタクを見下げた。
「おーい。席着け」
滑るようにして前方の扉が開くと六フィート以上はあるだろう担任が入ってくる。それと同時に内部から時計に目を移すとホームルームが始まる数秒前であった。席を離れていた者は急いで自身の持ち場に戻り教壇に立つ教師に目をやる。これが一般的学校の朝風景だろう。
「よし、じゃあホームルーム始める――と、その前に」
担任がわざとらしく一旦言葉を区切る。
「実は今日。このクラスに転校生がくるぞ!」
『転校生』という単語はこの静寂空間に音を与える。もちろん良い音色ではなく雑音に近い音だけど。
「ていうか、もう来ている。入って来い!」
またもスライド式のドア独特の音が響くが――なんと聞こえてきたのは後方からだった。
「あっ、間違えました!」
とっさに一度扉を閉めて廊下を走り前方の扉を開ける。てか、なんだあの女は? 『転校生』という壁をFCIで崩そうとしているのか? しかしクラスメイト達はさほど笑ってはない。別にあいつを守ろうとは思ってないが、この一瞬で浮いた存在にはなるなよ。学校が辛くなるからな。
「……じゃあ、いきなりだけど自己紹介してやれ」
担任が目で合図して促す。たぶん事前に打ち合わせしていると思うから無茶振りではないだろう。
「はい。え~京都から参りました式部清納と言いますぅ。どうぞよろしゅうお願いしますぅ」
よしよし自己紹介は短いものだけど平凡だ。それに京都らしさは十分伝わった。しかし、その特別は一時的ですぐにこのクラスの一部と化すだろうな。
「誰か式部に質問したいことあるか?」
転校生恒例の質疑応答の時間が始まる。どうせ休み時間になったらあいつは質問攻めに合うだろうし正直この時間は無駄だと思う。それに俺は質問する気はないし、どうでもいい時間だ。
『はい!』
元気で大きく言わば小学生的な返事をする奴がこのクラスに残っていたとは……知らなかった。じゃあ、一応そいつの顔でも拝んでおくか。周りを見てみるが逆に俺に周りの焦点が集まっている。ということは――
『式部さんのパンツは何色ですか!』
とんでもないことを俺の口はほざく。そして俺自身が浮いた存在へまた一歩近づいた。てか、すでに浮いてると思う。
「えっ、黄色と黒の縞パンですけど」
なぜ答えた!? しかもちゃっかり阪神カラーじゃねーか! まさかこいつが返答するとは思っても見なかったので特にクラスの男子のボルテージは恐ろしく上がる。
「ユホ。もう一回殴らなくていいのか?」
女性に対して失礼というか変態的な質問を投げかけたジンシに制裁を加えるのが普通だが今回ユホは手を出さない。
{確かに相手が迷惑と思ったなら頭蓋を握り潰してましたが、別にあのセイナという人が嫌と思ってなさそうなので今回は見逃します}
内部警察のユホは恐ろしい表現を使う。またどんな風に過ごしたらそんな事が言えるのか、こいつの前世が少しばかり気になった。
『じゃあ、そのパンツ見せてください!』
「それは――無理やな~」
式部が困り顔を浮かべた途端、ユホは始動した。
「はい、ここサキくん解いてください!」
時間は飛んで四時間目。とにかく眠い。事実、サダばあちゃんはとっくの前に寝てるしジンシもサンダーも寝てる。まあ、この二人はもともと授業を真面目に聞くタイプでもないしな。でもジンシのほうは死んだようにしているのは気のせいか。
(これでいいですか?)
黒板とチョークの音が止むと先生に解の照合を尋ねる。
「よくできましたサキくん!」
流石タケルだ。八歳なのに高二の問題をスラスラ解いていく。それにタケルは純粋そのもので形は俺だが無邪気なオーラーが滲み出ており、先生も自然と子供を褒めるような口調になっているのが笑いはしないがおかしい。そのたけるが席に着くと同時にチャイムがなった。
「じゃあ、今日はここまでです」
起立、礼、着席の動作を終えて昼休みが始まった。と、親友以下ゴキブリ以上のケイがいつものように弁当を持って近づいてきた。
「なあ、セイナちゃん弁当に誘ったけどいいか?」
なんの断りもなくそんなことを言う目の前の奴。それに誘ったなら断れないだろ。
「ああ」
俺の返事を聞いたあとケイは式部をこちらに召喚する。別に一緒に食べるのは問題じゃないが、俺の今の状態を見て引かれるのは問題だ。初対面だしな。上手くやり過ごせればいいが。
それに問題はそれだけじゃない。内部でも問題は起きるのだ。まず、内部の俺らは食べなくても生きていける。しかしこの本体は食べないと生命維持できない。なので誰かが表にでて食でおなかを満たさないといけなくなる。ここが問題なのだ。不思議なことに食べなくても生きていけるのに目の前に食べ物があると無性に食いたくなるのが人間の性。つまり、食欲だ。だから、今日も争いが始まる。
「『(【《{最初はグー じゃーんけん ポン!}》】)』」
「『(《{ノ~}》)』」
【ワシの勝ちじゃ!】
じゃんけんは六人同時戦だったが今日はサダばあちゃんの一発一人勝ち。てか、なんで都合よくこいつらは飯時に起きることができるのだろうか? ハッ! そういえば……。
「あんた朝の面白い人やな。なんで一人でじゃんけんなんかしてはんの?」
確実に死んだ……俺の第一印象。
「ふふ、セイナちゃん。俺がこいつの自己紹介をしてやろう」
嫌な予感しかしないけど、もしかしたらケイが俺の第一印象を第二印象でひっくり返してくれるかもしれない。俺は宝くじ一等当選より確率の低いこいつの発言に賭けた。
「セイナちゃんの面白いって言ったこいつの名前はサキ! 俺の友達で何の変哲もない極々平凡な男子高校生――」
よしよし。いいぞ。そのまま、よろしくなで終わったらお前に弁当のエビフライをやろう。
「――だった! そう。こいつはちょうど一週間前に突如として多重人格者へ覚醒を遂げたんだ! そしてついた名が『変人六面相』!」
「変人六面相?」
あ~あ。賭けた俺が馬鹿だった。とりあえずエビフライはお預けだな。
一旦、ばあちゃんに変わってもらう。
「おいおい。ついた名がじゃなくてつけた名だろ。名づけ親さんよ」
「ヤンサキ!?」
ほう。口調で判断するとはまだまだ甘いなマイフレンドよ。だが、その誤解に乗ってやろうじゃないか。少し懲らしめるために。
「あんっ! てめえ誰が変人六面相だっ――」
「その人は違いますぅ」
「『(【《{!?}》】)』」
中と外の俺達は一斉に俺の言葉を塗りつぶした奴に視線が移る。そしてその対象人物も俺の方を見ていた。
「あっ、いえ、なんでもありまへん」
一瞬だけだが間違いなく見透かしたような眼をしていた転校生は俺と目が合うと同時に自身の言葉を否定した。だが俺の中の全員が疑問を抱く。
{考えすぎでしょうか? あの子、私達の存在もわかってるような口ぶりでしたわ}
《でもよ。バカが多重人格者って言ったからじゃねえのか?》
(違いますね。まずあの人はサンダーさんと今日一度も接触していないのでわかるはずがありません。それ依然に今日転校してきたばっかの人にサキさんの真似したサンダーさんなんて見分けられるわけがないのです)
『たしかに』
【じゃが、その人と言っただけでサンマくんと特定できる要素はないぞ】
《ばあさん。俺はサンマじゃなくてサンダーバーニングだ!》
俺の中で小さな会議が開かれている。たしかにサダばあちゃんの言うとおりその人じゃ誰を指したかなんてわからない。それにこいつはどうやら天然という部類だ。見ればわかる。だからケイに多重人格と聞いてちょっとボケた感じに――いや、でもあの眼がなんか引っ掛かるんだよな~。
俺も自分なりに考えてみたがわからなかったのでサダばあちゃんと交代した。
【じゃあ、冷める前に食べようかの?】
とっくに冷めてるよサダばあちゃん! 俺はばあちゃんがわざとボケているのか、それとも本当にボケているのかも疑問だよ。
まあ、そんなことは置いといて昼食中の会話は特に変わった内容もなく、前の学校ではどんなだったとか、なんでこの学校に来たとか。一般的に転校生に問いかける質問ばかりだった。ちなみに前科があるジンシは表に出ないようにしっかりユホに監視されている。そして転校生が弁当を食べ終わると同時に待機していたクラスの女子はそいつを掻っ攫う。午前中では聞き足りなかったのだろうか? まあ俺には関係ないことだ。
「あ~あ。セイナちゃん取られちゃったよ」
ケイは名残惜しそうに呟く。もしかしてこいつ、あの転校生に惚れたのか? 確かに市松人形を彷彿とさせるような黒髪に大きな眼、形の良い鼻に小さな口と桜色に染められた柔肌。背は低いが十分可愛いと言えるだけの素材は持っていると思う。現にクラスの男共は転校生と接触する機会を窺ってやがるからな。だが自分の事情に比べればどうでもいい出来事だ。
そんな小さな変化が起こっただけの平穏な一日だった。やつに襲われるまでは。
夕日が窓から差し込む。その西日を身体全体に受けながら教科書を通学用カバンに詰め込んでいるところだ。もちろん帰る。部活はしていない。だから学校に留まる意味無し。
別れの挨拶がクラスの中で雨が水面を打つように波紋を広げるが、いつもにわか雨だ。そんな俺もその雨粒の一つなんだけどな。
にわか雨が過ぎ去ったのはクラスに誰もいなくなった時だ。さて、俺も帰るか。カバンを肩に下げてこの狭い箱から出ようとすると、誰かが静を保った水面に大きな石を投げ込んだ気がした。いや、投げ込みやがった。
「……サキくん」
聞き覚えがある声。しかし脳には刻み込まれて間もないような新しいもの。声元は前方。しかし前方と言っても俺が教室を出ようとしている後方のドアの前ではない。教室の前方のドアからだ。俺がそちらを振り向く前にそいつは登場を間違えたのかピシャっと扉を閉める。そして窓に映る影が急ぎ足でこちらに向かってきた。どうやらこれは今朝の既視感らしい。
「……サキくん!」
「……なに? 式部さん」
まだ恥ずかしさが残っているのか転校生は少し顔が赤い。しかし、次に出てくる言葉がその表情からは想像しがたいものとして空気を揺らす。
「気持ちよく死になはれ」
まず、俺はその言葉が飲み込めなかった。『死』と『気持ちいい』という両極端な文字が一つの文章の中に含まれている。どういうことだ? 安楽死のことか? 考えてもわからない。それに、なんで今日初めて会った奴に俺はそんなことを言われているのだろうか? なんか恨まれるような――!!
俺の重心が突然、後ろに傾いたまま、二、三歩仰け反った。自然にではない自発的に後ろに退いたらしい。なぜなら、さっきまで俺が本体の主観だったのにユホがいつのまにか操縦席を奪取していたからだ。そして、ユホのあの慌て様。何かに触れないようにしている。
「流石やわ~六つも視点があったら上手くいきまへんな~」
何を言ってるんだこいつは? 上手くいかない? 俺はこいつに焦点をきちんと合わせてみると右手に何か紙みたいなもの握っている。
{あなたは何者なんですか!?}
転校生の所有物よりも先に本人の正体を問いただすとは。ユホは曲がってないな。それよりさっきの転校生の発言は間違っている。なぜならユホと俺とタケル以外は寝ていたから。まあ今の騒ぎでサンダーとジンシは起きはしたが現状を理解してない。サダばあちゃんに至ってはまだ寝てる……って違う! 俺は屁理屈をこねたいわけじゃない! 今、何が起こったかを知りたいんだ!
と、自分自身をツッコんでみたりする。
「こちらは、はじめましての方やな」
天然なのか余裕なのか律儀なのかは知らないが、転校生は自身の素性を簡潔に話す。
「私は京都から参りました式部清納と言いますぅ」
{それはわかっています。私が聞きたいのはあなたの名前じゃなくあなたの……そうですね。そのお札のようなものを扱えるお仕事が聞きたいです}
お札? たしかに紙になんか書かれているけどあれが何だというのだ?
{まあ大方、除霊師の類でしょう。そしてわざわざ京都から私たちを祓いに来たといったところですか?}
「う~ん鋭い観察眼に感服致しますが、わざわざというわけではありまへん。それはたまたまこの学校に転校してきたらたまたま憑き人がいただけの話ですぅ。でも五人憑きとはびっくりしましたわ」
珍しいんだろうか? まあ、使えないのが二人もいるのだけど……ていうか、これは平凡に戻るチャンスじゃないのか! こいつらには悪いけどこの身体じゃどうも不便極まりない。祓ってくれるなら願ったり叶ったりだ!
俺はユホを一旦退けて再び主観に返る。
「元に戻せるのか?」
「オリジナルやな。ええ、戻せるで」
頭の中にパッと花が咲いたようだった。しかし反対勢力が一斉射撃を繰り出す。
《なに言ってんだてめえ! 一生憑きそう契り交わしただろうが!》
交わしてないよサンダー。
『二次元と三次元が繋がっているように自分らも繋がっていたいでしょう?』
繋がってないよジンシ。
【詐欺じゃ! オレオレ詐欺じゃ!】
詐欺じゃないよサダばあちゃん。
(未練はありますが、しょうがないですね)
冷静で潔いよタケル。
{私かっこよく避けてしまったので消えるに消えられません}
冷静で潔わるいよユホ。
多数決という名の暴力の結果。俺の身体は教室内を飛び回っております。
「待ちなはれー」
一番に思ったのは、式部の運動量の無さ。これじゃいつまで経っても俺を捕まえられない。ああそうか。だから、油断したあのときが唯一の除霊チャンスだったのかもしれない。ちな
みに俺は反逆者としてサンダーとジンシとサダばあちゃんに監視されています。腕を問題児二
人に捕縛されながら。
大体、除霊師とかならお札を投げたり、呪文を唱えたりするんじゃないのか。欲を言えば、
霊媒師やいたこのように黄泉の国から強い霊を召喚して欲しい。けどあの様子じゃ無理ですわな。
お札を握り締めながら鬼ごっこの鬼役は必死に追いかけてくる。もう半泣きなのがいたたまれない。
{もうやめませんか? あなたじゃ私を捕まえられませんよ}
「いや、絶対捕まえたる!」
その執念はどこから来るのだろう。俺もこいつへ抱いた期待はもう無くなったというのに。
「おい、お前達なにをしているんだ!」
突然の怒鳴り声に内部の俺達もユホも萎縮してしまう。それをしめたと思った式部がお札を貼ろうとするがユホのほうが何枚も上手だ。式部の伸ばした腕をお札に触れないようにガッチリ握る。
{何って先生。今日転校してきたばかりの式部さんと遊んでいるだけですよ}
そう。怒鳴り声をあげたのは担任の飯盛だ。粗方、教室前を通りかかったら声がしたのでクラスを覗いてみると俺が式部をイジメていると勘違いしたのだろう。まあ、教育者としては出来た人ではある。
「式部は泣いてるじゃないか! ちょっとこっちに来い!」
あ~これは何言っても駄目だな。頭に血が上ってやがる。ユホもそれを理解したようで渋々式部の腕を解放し飯盛に近づく。でも飯盛ってポケットに手を入れながら話す奴だったっけ?
「で、なんです――」
「危ないっ!」
甲高い危険信号が耳に届いた時にはもう手遅れだった。赤が視界を埋め尽くす。なんだこれは? 空気に浮かぶ複数の赤い玉を見て俺は思う。夕日が反射した綺麗なその玉は俺を未知の世界へ連れて行ってくれるようだった。だけど先生の手にある光沢物とこの痛みの謎は解けそうに無い。
ゆっくり流れていた時間が、都会の喧騒のように慌しく進む。赤い玉は床に落ち俺の身体は後方へ飛んでいた。
「チッ! 浅かったか」
あんなに悔しがる担任の顔を俺は今まで一度も見たことが無い。
《てめえ、なんなんだよ!》
いつの間にか本体はユホじゃなくサンダーに代わっている。すると、思ってもみないところから返事が。
「あ、悪霊や。悪霊が憑いてるんや」
式部の声は完全に震えている。いや身体もか。そんな観察ができる出来る俺も実は震えてたりする。
《悪霊?》
左手で胸の傷口を押さえながらサンダーは疑問符を浮かべるが、空気を読めない担任の第二撃が襲ってくる。右手に光るものはバタフライナイフで間違いない。それをサンダーは上手くかわす。如何にも対刃物に慣れているような動きだ。
《おい転校生!》
サンダーは叫んだ。それに応えるように震えた少女はこちらをみる。
《おまえ、こいつが悪霊っていったよな! じゃあ除霊の仕方知ってんだろ!》
よく避けながら喋れるもんだ。でもサンダーの言うとおり飯盛に悪霊が憑いているんなら除霊師のこいつにやらせ……無理だな。危なすぎる。下手すれば死ぬ。結論、こいつは使えない。
「このお札を対象者の額に貼れば――」
式部が放った言葉に反応したのか、飯盛は式部を向く。まさか――
「させるかああああああああ!」
負の念を凝縮させたような形相の担任が式部に向かって吼えながら突っ込んでいく。机という障害物をなぎ払いながら駆ける教師は全世界探しても中々いないだろうな。
しかし、担任をサンダーは逃さなかった。いつもユホにボコボコにされている奴とは思えないほどの身のこなし。
飯盛の身体が吹っ飛び机が音を立てて散らかる。
それにこの怪力だ。
《それをあいつに貼ればいいんだな。よこせ!》
サンダーは無理やり式部の札を奪い取ろうとするが、あることを思い出したよう。
《おい。もしかしてそれに触ったら俺も消えるのか?》
そうだ。さっきまでそれを握りながら襲ってきたんだった。でも待てよ。
(でも、あなたはさっきお札を額に貼れば除霊されると言いました。別に触れるだけで除霊できるならそんな言い方はしませんよね?)
流石は俺の代弁者のタケルだ。タケルの言うとおり触ったくらいでどうこうなるもんじゃないだろう。
「そうや~。憑き人が触ったくらいで消えることはまずないねん。一人やったらな~」
式部が言う『一人』とは間違いなく憑いた人数のことを示している。そして俺には五人もの霊が。ということは。
「わかったようやねサキくん。そう。あんたには五人も霊が取り憑いているから通常の五分の一の力で滅せるんよ。だから額に貼らなくても触れさせるだけで十分なんや」
なんて除霊師に優しい設定なんだ俺。いやいやそれだったら。
「なら、やっぱりお前がトドメささないといけないじゃないか!」
「えっ、無理ですぅ」
なんだこいつ!
「じゃあ、どうやって……」
「たぶん、オリジナルなら触れても大丈夫やと」
「オリジナルねえ~って俺っ!?」
式部はかぶりを振った。
「おふっ! まぢか!」
そんなことを話している間に化け物が呻き声を立てながら起き上がる。
「てめえ、よくも」
{ていうかなぜ、あなたは私達を襲うのですか?}
自分を殺そうとしている相手にこんな言葉をかけることができるのはもちろんユホだ。確かに悪霊といっても理由なしに殺しにかかってくるはずがない。悪霊は飯盛の口を介して言う。
「実に簡単な質問だ。俺をイジメたやつらへの憎悪。見て見ぬ振りをした教師陣への激昂。そして何よりそんな奴らを生み出した学校への復讐。ただそれだけだ」
{それではあなたの標的は――}
「そう。学校関係者の皆殺しだ。もちろん最後にはこいつも殺すがな」
左手親指を立てて右から左へ首を引く動作をする。
「まあ、ついてなかったのは生徒がほとんど残っていない放課後に憑いたことだ。だが、明日には校舎を真っ赤に染めることができる」
不気味で陰鬱な雰囲気がそいつから滲み出す。どんな色も混じりたくないと思うような完全な漆黒。俺はそれに飲み込まれそうになった。
{そんなことはさせませ――}
『あれ!? なんで僕が!?』
どうやらユホは出すぎたようだ。それにより強制シャットダウンが起こった。おかげで内部ではユホが歯切れの悪い顔のまま{なんでですか! まだ言いたいことあったのに!}と仰っています。
「変なやつだ。やっぱりお前から黙らせる」
得物を光らせ一直線に。
『自分は無理ですよ! 誰か代わってくださいっ!』
もちろん代われるのはアイツしかいない。振り下ろされた刃は空を切る。
《あぶねえな! この野郎!》
避けたサンダーは間髪入れず担任の顔面に拳を殴りにかかるが左手でいなされた。ここから教師と生徒の殴り合いが始まる。まるで70年代の映像を見ているようだった。シチュは逆だけどな。
いつの間にかバタフライナイフは床に落ちていた。そしてそれに続いて地面に沈むのは飯盛(悪霊)だ。
《けっ、いじめられてたとは思えねえくらい強いじゃねえかテメエ》
倒れし者を見下げてサンダーはそんなことを漏らす。
「……ふん。そんなこと言われたのは初めてだ。しかも初めに接触した奴が憑き人でさらにそいつ負けるなんてホントついてないぜ」
悪霊は地面に這い蹲りながら床に目線を落とし呟いた。だが、もっとついてないのは俺達の方だ。ほら見てみろ。直接戦ったわけではないのにみんなボロボロだ。特にサダばあちゃんなんて生きているかわからないくらい静かに目を閉じている。
「祓うなら祓え。今は気分がいい」
その言葉を聞いて今まで傍観者だった式部が前に現れる。手にはお札。それを飯盛の額へ手を伸ばす。
《やめてくれ》
俺の手が式部の腕を握る。そしてサンダーがとんでもないことを言い出した。
《おまえ気に入った。俺と一緒に来ないか》
え? どこに? サンダーが何を言っているのか瞬時には理解できなかった。だけど次の会話で意味が頭に浸透する。
「バカ言え、霊は一度憑いたら他の人に憑くことなんてできないんじゃ――」
《考えが甘いな。その理論を破るのがこの貧相な身体! なんと一度に何人もの霊を収容できる優れもの!》
おいおい。なんか通販番組が始まってるぞ。しかも地味に俺を貶しやがった。
「なんだって。買う! いくらだ?」
《なんと敷金礼金ゼロ! しかも家賃までゼロ!》
「おお!」
《しかし、うるさい住人と同居という欠陥点がありますがどうですか?》
失礼極まりない発言だ。暗に俺の価値が0円だと言っている様で気分はよくない。
そして、もちろん格安どころか無賃のマンション入居を断る理由もなく。
[おお。これが……いわくつき物件。それに五人も住人が居やがる]
さっきまで俺を殺そうとした悪霊が自身の身体の中にいるのも不思議な話だ。それにしても悪霊とは思えないほど端整な顔立ちをしたイケメンではないか。
{不可思議な巡り合わせですがよろしくお願いします。私はユホと申します。えっと~}
また勝手に自己紹介が始まるがユホは一瞬、言葉に詰まる。たぶん目の前のイケメン悪霊の名を知らないからだ。それを察したらしい悪霊は口を開き始める。
まあ、もうサンダーバーニングというこれ以上はないDQNネームを経験しているんだ名前で驚くことはなかろう。と、思っていたのはほんの数秒前だった。
[あっ、名前か? 私は暁美だ]
クイズ番組で出演者の誰も頭に解が浮かばないような状況が生まれる。もう放送事故といっていいほどの静寂が流れ、そしてその溜まったものを取り戻すように耳障りな騒音がこの場を占拠する。
「『(《{えっ!! 女の子!?}》)』」
いや、男でも『かおる』とか『はるか』なんて名前はいる。『あけみ』という名の男性がいても不思議ではない。だが、そんな理論も一言で崩れ去る。
[そうだけど……どうしたんだ?]
どうしたもこうしたもない。ただただ驚いているんだよ。すると、いきなりユホが悪霊の手を掴んで目視できる範囲内の少し離れたところへ連れて行く。何かあったのか? と思った時、悪霊はユホに見えるように自身のシャツを捲り上げた!? こちら側からは背中しか見えなかったが、ユホが酷く落ち込んで戻って呟く。
{……正真正銘の女性でした。私よりも……だいぶ}
そのままユホらしくなく沈んだ。まあ、うん。どんまい。
ユホを置いたまま自己紹介は進んだ。初めて俺らがあった一週間前のよう簡潔かつ手短に。
《さっきは殴って悪かったな。女には手を上げないのが俺の心情だったのに》
サンダーが自分の行いに悔いをみせる。だけどサンダーがユホに反抗できない理由がわかった気がした。
[そうかおまえが]
まじまじとサンダーの全体像を見る。サンダーは少し嫌そうに目を逸らすとアケミが一言発するために口を開いた。
[でも、おまえと殴りあったから私はこうしてここにいる]
サンダーは少し照れくさそうだった。
そして、お約束のサンダーバーニングという名前を聞いて驚き笑いを済ませる。
結局、俺の中に六人も住むことに……ばあちゃんが死んでなければな。俺は清清しい顔で横たわる老人を眺めながら自身の現状を飲み込んだ。
「なあ、サキくん」
突然、内部に締りの無い言葉が響く。ああ、こいつのことをすっかり忘れてた。
「どうした式部? アケ……悪霊なら飯盛からは消えたぞ」
「サキくんが取り込んだのは知っているますぅ。それに悪霊と呼べるような邪気はもうしません。それやのうて――」
式部は視線を落とす。つられて俺も。
「あっ」
俺の視線には血だらけで横たわる担任。そしてその血を帯びた俺の拳……。さて、
「式部」
「はい?」
「癒しの魔法とか使えるか?」
「使えへんよ」
その返事に短くため息を吐いてみせる。しかしそれは期待がはずれたことによるものではない。もともと式部には期待してないからだ。それは放課後のやりとりだけで十分すぎるぐらいわかった。
そして俺はいつの間にかお札をしまったと思われる式部の右手を握る。吐いたため息は身体から無駄な力を奪い楽にしてくれた。当たり前だが人間の呼吸は吐いたり吸ったりの繰り返しである。だから吐いたなら吸わなければならない。俺は周りの空気を吸い込んで力へと変換する。主に脚力に集中するように。
俺を含めて七人分もある頭脳。よく考えればもっと上手く事を運ぶことができたかもしれない。しかし、俺は現実から逃げる。若者らしく。
だけど、現実は俺らの足を絡め取り逃さない。
後日、先生の殴られた形跡と殴った形跡、浅く切られた俺の傷だけは必死に隠したが学校問題へ。しかし飯盛にはあの時の記憶が無い。それに便乗して俺は逃げたにも関わらず同じく記憶がないと白を切る。このことは瞬く間に学校中に広がり俺のわずかに残った平凡を蝕んでいった。そして第三者から見てとても不思議なこの事件は当事者の二人に二週間の謹慎処分を学校側が与えて幕を閉じた。
つまり霊を一人助けることの代償は決して小さくはなかったのだ。
エピローグ
《やることねぇ~外でもふらつくか》
[それは名案だ。で、どこにいくんだ?]
{ダメです! 家から出てはいけません}
『暇なら自分に代われよ。見たいアニメがあるんだ』
(ジンシさんそれもダメです。テレビの見すぎは目を悪くします)
【ほほ。こうやって縁側でのんびりするのもまたいいものじゃ】
自宅謹慎三日目のお昼過ぎ。俺は退屈という魔物と戦っている。初めは学校に行かなくて内心少し喜んでいたけども、見事にやることが無い。そしてこれがニートの生態かと実感した。ニートのジンシとばあちゃんは平気なようだが残りは鬱憤が溜まるばかりだ。そして不満が口から漏れ始めるころでもある。そんな時、
ピンポーン
音は自宅の無機物に反射しながら俺の耳に届いた。誰だ? もちろん家主の俺が出なきゃならないので玄関に向かう。両親は仕事で帰ってこないはずだが?
田舎独特の引き戸から小さなシルエットが見える。ん?
「はい」
音を立てながら戸は滑る。そして開けてみたものとは……バシッ。思いっきり閉めた。
「なんで閉めんねん!」
「いやいや、なんで式部がいるんだよ!」
そう。目の前に現れたのは制服姿の式部清納だ。まさか学校で除霊できなかったからここで決着をつけようとしているのか? 俺は別に構わないけど、ここは自宅だ。もし、同じ学校の女子と除霊ごっこなんてしていたらご近所で変な噂が……世間体が崩壊すること間違いない。それ以前にまた内部のこいつらが黙ってないだろう。
「なんや。せっかくプリント持ってきてやったのに」
プリント? 恐る恐る戸を開ける。と、そこには確かにお札じゃなくプリントらしい紙を持ってる式部がいた。
「でも、なんで式部が?」
プリントなら俺の自宅を知っているケイとかに普通任せるものなんだけどな。転校生のこいつに任せるとは何か裏がありそうだ。
「なんでって……単純に家が近いからや」
式部が隣に視線を移しながら、
「隣のマンションの一室が私が今住んでいるところやねん」
「えっ、ほんま?」
「ホンマ」
つい、関西弁が伝染ってしまう。しかし式部はそんなこと気にせず三日前のことを切り出した。
「それよりサキくん。ホンマごめん!」
なぜか頭を下げる式部。あの時、式部は何にもしてないのになんで謝るのか? すると、あいつが代わってくれと俺に言う。
[あれは、私が起こしたことだ。謝るのはこっちだ]
「あん時の悪霊やね。違うねん。私が謝りたいのは霊の気持ちも知らないで滅そうとしたことや」
式部は会ったときより少し表情が柔らかくなったような気がする。
「今回の戦いで霊にもちゃんと心があることがわかったんや。それにこのままじゃ私は殺人者と何も変わらん。だから――」
この続きの言葉は死んだ平凡から生まれた非凡に異色という装備を付け加えるものだった。
「わたしと一緒に霊を救おうや!」
市松人形の長い黒髪が空間を支配するように風に靡いたこの情景を俺は忘れないだろう。