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船降る星のストラグル  作者: あたりけんぽ
第三部 命散り易く、血は断ち難し

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58/63

虐殺:『それ』を思いついたの?

〈アグリゲート〉において、企業はまだ力を取り戻していない。

 インフラ事業の他、市民の生命維持に必要不可欠な、たとえば食糧生産プラントは、〈デウカリオン機関〉の内務局が管理運営をしている。


 一方、企業は余剰資源を仕入れ、市民の生活水準に関わる物を生産している。

 ファッション、雑貨、娯楽などだ。

 そこには再興スポーツの道具も含まれる。


 午後。その日の授業を終えたラジエットは、ショッピングモールを訪れていた。


「うーん、決まんにゃい」


 と、友人のティオが困り果てた様子でぼやく。

 新しいシューズを眺めている間、ひくひくと動いていたイヌの立ち耳は、ほんの少しだけ垂れ気味だ。


 当人曰く、耳は『イイモノセンサー』なのだという。

 目で見て決めるのに、どうして聴覚が決め手になるのだろう――とは、ラジエットが常々疑問に思うところだった。実際に訊いても、『この子が語りかけてくるんだよう』と言われるだけで、全く理解できない。


 さておき、ラジエットは「うー」と唸り始めたティオを優しく(なだ)める。


「また今度にしたら? その日の気分もあるし」

「あるある、それある。そうしよっかなー」


 こちらを見ている店員に、二人は頭を下げてブースを後にした。


 ショッピングモールは三階建てで、『アーケード通り』を模した巨大施設だ。

 上階は、通りの中央が吹き抜けとなっていて、一階の様子を覗くことができる。

 屋根は降雪にも耐えられる丈夫なガラス張りで、今日のように天気がよい日には、日光が屋内を柔らかく照らしている。


 スポーツ用品店は二階にあった。

 手すり側に立ったラジエットに、ティオはしゅんと肩を落として謝る。


「なんかごめんね、ラジエット。カタログで大体決めてたんだけどなー」

「別にいいよ。迷ってるティオ、見てるの楽しいし」

「何それー」


 笑い合っているうちに、ラジエットはふと思い出した。


「あ、じゃあ、少し付き合ってほしいんだけど」

「いいよー。なになに?」

「プレゼントを探したいの」

「それって、あの男の人に?」

「だから、ミカナギさんと私はなんでもないんだって」


 これで何度目の否定になるのだろう。ラジエットはむっとなって強く言った。


 が、ティオのほうがむしろ熱心に思い出している様子だ。


「真面目ワイルドって感じのカッコいい人だったなー」


 ラジエットはそんな友人に思わず微笑みながらも、さりげなく言った。


「あのね、お姉ちゃんと、ちゃんと話したいの」

「ほー……」


 ティオはラジエットをじっと見つめた後で、ぱっと笑顔を輝かせた。


「じゃあ、私の『イイモノセンサー』にお任せあれ! びしっとばしっとプレゼントを選んじゃうぞー!」

「うん、頼りにしてる」


 ティオには自分の身の上を明かしていた。彼女と同室で暮らし始めてから初めての祝日、家族と過ごさないの、と尋ねられたときのことだ。


 ミダス体に襲われた経験を話す辛さは、あの光景を振り返ることだけではない。死を漂わせる不吉な存在だと拒まれることだ。潜伏体と化しているのではと疑われることだ。


 だが、ラジエットは、ティオには明かそうと決心した。

 人見知りがちだった自分に積極的に踏み込んできてくれた。親友だと思える存在なった。次第に、自分の事情をごまかすのが裏切りに思えて心苦しくなった。だからだ。


 果たして、ティオは真剣に話を聞いてくれた。最後には優しく抱き締めてくれた。

 そして話をことさらに重く受け止めることなく、今もこうして一緒にいてくれている。


 その気軽さがラジエットにはありがたかったし、変わるきっかけになった。


 拒んでいたのは、自分のほうだったのではないだろうか。

 姉に対しても、そうだったのではないか。


 ティオに出会っていなかったら、こんな気持ちになれていなかった。

 ラジエットにとって、ティオはかけがえのない友人だ。

 彼女は今も、乗り気でラジエットに尋ねるのである。


「どういう系のプレゼントって決めてるの?」

「それが、まだ……」

「お姉さんの好きな物は?」

「……分からなくて」

「じゃあさ、ラジエットの好きな物でいいんじゃないかな?」


 思ってもみなかったアイデアだ。

 ラジエットは「私の……」と考え込んだ後で、困り果てる。


「改めて言われると、思い浮かばないんだけど」

「まーまー、色々歩き回ってみようよー」

「う、うん」


 好きな物、とは違うけれど。

 ラジエットはここのところ、カメラに興味があった。

 応接室に写真が飾ってあるのを見て、である。それから〈アレクサンドリナ女子寮学校〉所有の機材を使わせてもらい、扱いを覚えている最中だった。


 現代の技術で一から製造されたフィルムカメラだ。

 撮影機能ならリストデバイスにも搭載されているし、デジタルデータでの保存が一般的なこのご時世、フィルム購入やら管理やら、コストは高くつく。


 しかし、ラジエットはフィルムカメラの『味』が好きだった。撮影、現像という手順を踏んで印刷された写真が好きだった。不思議と、撮った瞬間の『音』と『匂い』まで感じられる気がしたのだ。


 ――そういえば。


 ラジエットはリストデバイスを見下ろす。

 家族で撮った写真があったはずだ。

 そのデータは、今は誰も住んでいない家に保管されている。


 ――今度帰って、取ってこよう。


 そう漠然と考えながら、ラジエット好みの雑貨を扱っている店、というよりは、ティオの行きたい場所へと連れ回されて、しばらく。


 吹き抜けの下から騒ぎが聞こえてきた。


「ん? どーしたのかな」


 手すりから身を乗り出して覗き込むティオの隣に、ラジエットも立つ。


 一階では、道行く人々が何かを忌避するように左右へと分かれていた。

 見ると、三十代の男性が酔っ払いのようにふらふらと歩いていた。柱にぶつかって転倒すると、それきり起き上がれず、激しく咳き込む。口からは唾液が滝のように垂れていた。


 ティオが「わ」と顔をしかめる。


「なんかの病気なのかな。救急呼んだほうがいーよね――」


 音と景色がフラッシュバックする。




『きみ、そこに座っていなさ――』

『うる、さい!』


 その男の人は、助け起こそうとしたパパの手を引っ掻くように払いのけた。


『……ッ』


 パパは衰弱していたように見えた男の人の豹変ぶりに驚いて後ずさる。


 私たちを見ていたママが、怒って男の人に歩み寄ろうとした。

 だけど、パパは苦笑いを浮かべ、かぶりを振って制止する。


 結局、男の人はパパに言われたようにベンチに座り込んだ。手にした酒瓶を何度も(あお)るが、中身はすでに空っぽである。


『行こう、ロスティ。警備員は呼んだんだろう?』

『ええ……』

『ほらほら、きみはもう特務官じゃないんだ。人に任せよう』

『そう、ね』


 私は二人の話をぼうっと聞いていた。男の人に気を取られていた。


 前を見ているようで何も見ていない目、汗まみれの赤くなった肌、薄く開いた口から洩れる意味不明な言葉とよだれ。とにかく全てが気味悪い。


 生まれて初めて覚える種類の不安から、パパと手を繋ごうとする。

 が、パパは何かを気にして手を引っ込めた。

 代わりに逆の手を差し出されたので、変だな、と思いつつそちら側に回った。



 引っ込められた手は。

 さっき男の人に叩かれた。

 隠すように握られた拳の中で。

 血が滲んでいたなんて思いもしなくて。




「――ット! ラジエット!」


 激しく頭を揺さぶられて我に返る。

 気づくと、ティオが肩を掴んで叫んでいた。


「何やってるの!?」

「え」


 ラジエットは持ち上げていた自分の手の行方を目で追った。

 指先で非常警報装置を押している。

 徐々に意識が戻ってくるにつれ、ショッピングモール内にサイレンが鳴り響いていることに気がついた。


 そうだ。このサイレンは、自分が鳴らしたものだ。

 なぜ?


 無意識の行動に理解が追いつく。


「その人に近づいちゃダメ!」


 一階に向かって大声で叫んだラジエットは、逆にティオの腕を強く掴んで、最寄りの出口を目指す。


「ちょ、ちょっと、どうしちゃったの、ラジエット!?」

「いいから。行くよ!」

「こ、こんなことしたら怒られるよ……?」

「怒られて済むなら、いいの!」


 ラジエットの鬼気迫る剣幕に、ティオは怯えて口を(つぐ)んだ。

 他の利用客も、火事なのか、先ほどの少女の警告はなんだったのか、と戸惑いながら出口へと向かい始める。


 倒れていた男は、天井を恍惚とした表情で仰ぎ、けたけたと笑い始めた。

 サイレンが福音にでも聞こえていたのかもしれない。その異常行動ぶりから独りだけ取り残された。


 ラジエットたちが駆け足でエスカレーターを下りていると、今度はリストデバイスが警報を鳴らし始める。

 利用客全員の腕から、プロモーションを流すモニターから、モデルを投影するホログラムシアターから、赤い光が洩れ出した。


 ティオはあちこちに視線を巡らせ、愕然と呟く。


「う、嘘でしょ?」


 ラジエットにはどんな警報か、わざわざ見ずとも分かった。

 ミダス体が発生したのだ。

 場所は、ここ、ショッピングモールで。



 男の絶叫が(ほとばし)る。


   〇


 ミダス体発生の報せは、瞬時に第九分室へと届いていた。


 イナミはインナーウェアの上からコンプレッションスーツを装着する。

 首の装置を操作することで、スーツの繊維が収縮し、身体にジャストフィット。この繊維は筋電位に応じて人工筋肉の機能を担う。ナノマシン体であっても、この強化服は身体にかかる負荷を軽減してくれるのだ。

 脊椎を守る走行が多足類生物さながらに蠢いて微調整されると、前面のファスナーがかちかちと音を立てて閉じていく。


 戸棚には、特務官用の基本武器が収納されている。

 ハンドガン、ナイフ、ATP補給剤など、それらを身に着けるためのフルハーネスベルト。そして、タクティカルグラス。


 装備を整えた上から純白のクロークを纏い、イナミは装備室を出た。

 隣の個室からもルセリアが飛び出す。二人の装備に差異はない。


 オフィスに戻ると、エメテルがオペレーターシートで情報収集を行っていた。

 電脳世界に意識のほとんどを没入させながらも、二人の気配を感じ取ったらしい。彼女はデスクに向いたまま、現在の状況を説明する。


「ミダス体が発生したのは、第二地区のショッピングモールです。パニックが起きてて、避難は間に合ってません」


 ルセリアが日頃見せないような、恐怖と憎悪が入り混じった表情を浮かべた。


 ――そうだ。


 イナミはすぐに思い出す。そこは三年前、彼女が大発生に巻き込まれ、家族を失った場所ではないか。


 ルセリアは、エメテルに感情の抜け落ちた声で確認した。


()()()()、じゃなくて、()()()()()()()、なのね?」

「はい。施設の防衛装置が稼働してますが、すでに犠牲者多数。ミダス体はものすごい勢いで増殖してます」


 人が密集した閉所は、ミダス体が脅威を振るうのに適した環境だ。

 モニターに表示された施設内の生体反応は、エントランスに近いほど『異常熱源』を示す赤色に染まっている。


 イナミは〈ザトウ号〉を否応なしに想起してしまった。システムに逃げ道を封じられ、抵抗空しく無重力を漂う屍たちを。


 施設の外では、いち早く駆けつけた警備局の部隊が戦闘を開始しているようだった。特務部分室は、それぞれ命令を受け次第、この戦闘に投入される予定だ。


 歯がゆそうに画面を見ていたルセリアは、不意に目を丸くして指差した。


「ちょっと見て。生存者がいるわ!」


 まばらに点在する緑色の光が赤色と接触して消失する中、二つの光が施設内を逃げ惑っているようだった。エントランスどころか、施設の奥へと向かっている。


 それまでずっとこちらを見なかったエメテルが、ようやく振り向いた。

 可憐な顔がひどく強張っていて、絞り出す声も凍えているかのように震えている。


「ルーシーさん、落ち着いて聞いてください」

「何? あたし? 落ち着いてるわよ。なんなの?」

「……リストデバイスの発信から逆に辿って、登録されてる市民の名前を調べたんです。そしたら、そのラジエット・イクタスさんという名前が出てきて――」


 ルセリアの上半身がぐらついた。

 そう見えて、イナミは彼女の背中に手を回そうとした。

 が、ルセリアは自分の力で踏みとどまった。


「ちょっと、嘘でしょ」

「こんな嘘なんて言いません。本当なんです。何度も確認しました」

「だって、そんな、これがあの子だって言うの?」

「でも」


 エメテルは悲痛な顔のままで補足する。


「ラジエットさんは冷静に行動してます。正しい判断だと思います」

「正しいって、何が!?」

「ルーシーさん、考えてみてください」


 エメテルはやや低い声で、ルセリアに思考を促した。


「変異したてのミダス体が徘徊する施設で、シンギュラリティは使えない。武器もない。他に人がいっぱいいて、あちこち逃げ回ってる。そういう状況で、()()()()()ために、ルーシーさんならどうしますか?」

「どうって――」


 ルセリアは、はっとまぶたを見開き、琥珀色の瞳を揺らした。


「あの子が『それ』を思いついたの?」

「あるいは、誰かから教わってたか、です」


   〇


 ラジエットとティオは、すぐに施設のエントランスに辿り着いていた。


 そこはすでに、逃げ出す人々が押しかけ、怒号と悲鳴が飛び交っていた。

 二人は一瞬、この光景に(ひる)むも、後ろから来た市民に押されて人の塊の一部と化してしまう。


 スムーズに避難できない理由は明白だ。

 数年前の大発生を省みて拡張されたエントランスも、やはり狭すぎるのである。

 加えて、中には老人や子供もいる。全員が全員、急ぎ足で出れるわけではないのだ。


 大勢の体重がかかって、苦しげな嗚咽もラジエットの耳に届いた。

 これでも二人は早期にエントランスへ到達できたほうだった。ラジエットの迷いのない行動が功を奏したのだ。


 とにかく、人の流れは確実に施設の外へと動いている。

 二人はこのまま助かるだろう。そのはずだった。

 しかし――


「おかーさ……」

「え」


 ラジエットは、子供の泣き声を聞き留めた。

 もぞもぞと顔を向けると、店舗の奥に、八歳ほどの男の子が取り残されている。よりにもよって物陰に隠れていた。

 市民はみな、出口の方向だけを見ていて、男の子に全く気づいていない。


「――……」


 ラジエットは迅速に決断を下した。


「ティオ」

「な、何?」

「このままここを出て」

「出れるでしょ、このままなら。何言ってるの?」

「あの子を助けなきゃ」

「ら、ラジエット……!?」


 ティオが呼び止めるのも聞かずに、ラジエットは人ごみを横方向に泳ぎ出した。

 友人の声はすぐに聞こえなくなった。

 あらぬ方向へ動くラジエットに、大の大人が罵声を浴びせた。が、そんなもの、ラジエットの耳には入ってこなかった。

 川岸、店舗スペースに上がろうとしたとき、ラジエットは弾き出され、床に転倒した。


「っつぅ……」


 やはり、市民は目もくれない。

 近づいてきたのは、皮肉にも、ぐすぐすと泣く男の子だった。


「大丈夫?」

「平気だよ」


 と、ラジエットは笑みを浮かべたつもりだった。男の子が全く安心していないところを見るに、頼もしさは皆無らしい。


「ママはどこ?」

「分かんない。多分、あっち」


 はぐれてしまったのだ。ラジエットは悟り、男の子の手を握って立ち上がる。


「私と一緒にママのところまで行こう。ね?」


 男の子がうんと頷いた。

 ラジエットは濁流へと戻ろうとした、その足を止める。


 人々の絶叫が響き渡る。

 ミダス体が防衛装置を突破し、濁流の最後尾に追いついたのだ。


 衣服のぼろを纏った化け物の群れが、異常発達させた腕を振るい、市民を引き剥がす。放り投げる。刺し貫く。押し潰す。

 施設の壁に、柱に、鮮血がべったりと飛び散る。人だった物の一部も。


 男の子の背の高さでは、何が起こっているか見えないだろう。

 ラジエットは口を手で押さえる。それでも、思考回路だけは不思議と正常に働いていた。


 ――ダメだ。今から出口に行っても、間に合わない。


 男の子を連れて店舗へと引き返し、奥のドアを開けて飛び込む。

 逃げ込んだ先は、スタッフ用通路だった。

 商品を搬入するために、幅が広く取られている。つまり、搬入口がある。


 ラジエットはそちらへと駆け出そうとした。

 が、その逃げ道もすでに塞がれていた。


 曲がり角から、スタッフが必死に逃げてくる。

 ラジエットたちに何か言おうと口を開きかけ、

 異形の手に首根っこを掴まれた。

 別店舗ブースの奥へと引きずり込まれ、床に血がぱっと広がる。


 男の子が悲鳴を上げる前に、ラジエットはその口を手で塞ぎ、素早く(ささや)く。


「声を出しちゃダメ。あの怖いのが来る。我慢するの。いい?」


 男の子が頷いたかどうかを確かめる余裕などない。


 ラジエットは出口とは反対に、ショッピングモールの奥へと逃げ道を見出した。

 記憶が蘇る。


『ヤツらは目についた獲物を追う。人が逃げていく場所に集まっていくわ』


 脳裡に響いた声は、母親、ロスティ・イクタスのものだった。


『だからこそ、()()()()()()()に隠れるのよ』


 ラジエットは一縷(いちる)の望みに命を懸け、男の子の手を引いた。


   〇


「……出撃命令は、まだなの?」


 釘づけになったように動かないルセリアに、エメテルは力なく頷く。


 時間ばかりが過ぎていく。

 ルセリアはソファに力なく座り込んだ。


 そんな弱々しい彼女に、イナミは、エメテルと一瞬だけ顔を見合わせた。


「いつもの『知ったことじゃない』はどうした。ラジエットを助けに行く他、何を迷うことがある」

「あたしは特務官よ。あたしの力があれば、まだ助けられる人が大勢いるかもしれない。ラジエのところに行きたい。けど、そしたら、その大勢を見捨てることになるわ。あたしはその人たちを知らんぷりできない」


 家族が命に危機にあるというのに、彼女の使命感は強い。

 元々、妹のそばにいるのではなく、もっと大きなものと戦うことを選んだ人間だ。

 無力な人々を守るために特務官はいる――


 イナミとてそれは分かる。

 種の存続を考えるなら、重要人物でもない一人より多数を優先するのは当然だろう。


 が、しかしだ。


「ルーシー、大切な人間と赤の他人を天秤にかけるな」

「あたしだってラジエを助けに行きたいわよ」


 ルセリアは立ち上がり、イナミの真正面に立った。


「でも、他の特務官や警備局にだって、あそこに家族や友達がいるかも! それでも個人の気持ちを抑えて行動してる!」

「任務だの使命だの、捨ててしまえばいい」

「指揮系統がめちゃくちゃになるわ!」

()()()()()()()()()()

「あんただって特務官なのよ!? まだ自覚がないなら――」

「俺はそれでカザネをみすみす死なせた」


 焦燥のあまり取り乱していたルセリアが、その一言で後ずさった。

 二人の口論をおろおろと見守っていたエメテルも、イナミをまっすぐに見上げる。


「特務官として失格かもしれない。だが、これが唯一、はっきり言える俺自身の言葉だ。ルーシー、お前に俺のようになってほしくない。あのときこうしていたらなんて後悔に取り憑かれるぞ。俺とお前は違う。俺は無意識に命令を刻まれた兵器だが、お前は人間だ。人間は本来、命令に縛られる生き物じゃないはずだ」


 そしてイナミは、彼女の肩に手を置く。


「俺は、他を犠牲にしてでも、ラジエットを救いに行くべきだと思う」

「あんたは……」


 ルセリアは握り締めた拳を、力なくイナミの胸に叩きつける。それから顔を隠すように、額を押しつけてきた。


「知らないのよ。毎年毎年、あの墓地に集まる人たちの顔を」

「これから俺も覚えることになる」

「……ごめんなさい、イナミ、エメ。あんたたちまで巻き込んで――」

「待て、謝る必要はない。俺たちにはまだ命令が出ていないんだからな。要は、俺たちの行動が必然だと思わせればいいワケだ」

「え」


 顔を上げて驚くルセリアの目は、かすかに潤んでいた。

 イナミは彼女に倣って不敵に笑ってみせ、ずっと待機していたエメテルに視線を向けた。


「エメ、部隊の展開はどうなっている」

「警備局が敷地を包囲完了。ミダス体がまず這い出せない状態です。そこに小隊数個と特務部分室が突入、生存者の救助と敵の掃討を行う予定になってます」


 エメテルはモニターに〈ハニービー〉の映像を出した。


 ショッピングモールの周囲には、人員輸送車両と移動式バリケードの輪が展開されている。


 駐車場には無事に脱出できた市民で溢れ返っていた。そこで引き留められているのは、ミダス細胞の連鎖変異を機関が警戒しているからだ。

 それを察して、市民は互いに監視し合うように距離を取っている。


 警備局の兵士と特務官が、ホログラムディスプレイを用いて、突入の確認を取っている。


 ここにイナミたち第九分室が独断で乗り込もうものなら、ルセリアが危惧するとおり、いたずらに動揺を煽ることになる。

 包囲網を乱すことにもなりかねない。


 ルセリアはしがみついたままの体勢で問う。


「何か考えがあるの?」

「一旦、俺たちは離着陸場に向かい、〈ケストレル〉に搭乗する。施設の屋根はガラスの天幕だな。ということは空からの突入が可能だ」

「待ってください」


 エメテルが即座に指摘する。


「パラシュートで、ですか?」


 警備局の兵士は主に地上で展開して戦う。航空機を用いた機動展開技術は導入されていない。ミダス体が出現した地で、一部隊が降下するのは危険すぎるからだ。


 イナミも降下作戦の知識はなかったが、実行できる自信はあった。


「俺の〈跳躍(ジョウント)〉を使う。うまくやれば、ルーシーを連れて降下できるはずだ」


 先の遺物調査の戦闘で、イナミは粒子加速砲の反動を〈跳躍(ジョウント)〉で相殺した。

 落下速度と人間の体重なら、もっと楽に消せるだろう。


 エメテルは「なるほどですね」と頷いた後で、


「でも、もっと問題は飛行許可を取るのに時間が――あれ」

「どうした」

「許可、もう出てます」


 そのとき、誰かがオフィスに入ってきた。


「私たちが出した」


 浮足立つ第九分室を(いさ)めるような、落ち着いた声だった。

 三人が振り返ると、七賢人評議会に出ていたクオノが、そこにいた。


「すぐ正式に通達されると思うけど、七賢人よりあなたたちに出撃命令」


 エメテルが敬礼を取る一方で、イナミはルセリアを抱えたまま首を傾げる。


「同じ突入方法を考えていたのか?」

「たまたま。試験したい武器があって。本当に偶然」


 クオノは誰かに似て嘘が下手だった。イナミは思わず口元を歪める。


 モニターに任務内容が表示された。イナミたちは〈ケストレル〉を使ってショッピングモールに突入することになっている。

 ポイントは、ラジエットがいる地点だ。


 それを見たルセリアが、クオノに駆け寄って抱き締める。


「クオノ、ありがと」

「私はイナミと違う。七賢人として判断。生存者は他の部隊に任せる。あなたたちは一番危険な場所でこそポテンシャルを発揮できるチーム」


 と言いつつも、そっと手をルセリアの背中に回し、


「無事を祈っている」


 と、耳元で囁いた。


 ルセリアは無言で頷くと、今度こそ颯爽と立ち上がった。


「行きましょ、イナミ。〈プロングホーン〉で出るわよ」

「了解」


 そこからの行動に迷いはなかった。

 二人は非戦闘員の少女たちに見送られ、オフィスを後にする。


 地下車庫では、メンテナンスロボットが出撃の準備を済ませていた。

 白色(はくしょく)の〈プロングホーン〉。大型二輪モーターサイクルは搭乗者を待っている。運転は例によってルセリア、その後ろにイナミが(またが)った。


 二人を乗せた〈プロングホーン〉は公道に飛び出す。

 風を肌で感じる中で、イナミ()()に通信が入った。


〈イナミさん。ラボからマニュアルが届きました。今からそちらに送るので、目を通しておいてください〉

〈マニュアル?〉

〈先ほど、クオノさんが『試験したい武器』って言ってたでしょう? それです〉

〈了解。把握する〉

〈それから……これを見てください。監視カメラの一つに映ったんです〉


 映像が送信される。

 施設内の通路に広がる血だまりに、突如、さざ波が起きた。まるで透明な誰かが跳び越えたかのように。


〈光学迷彩か?〉

〈かと思われます。このエリアに特務官はいません。それに施設の熱センサーにも反応がありませんし、この波の起き方はちょっと普通じゃありません。この波形、対音探査用のジャミングに似てます〉


 音探査は、遺物の調査時に使った物と同じだ。超音波を発し、動体の反応を探るものだ。

 それに対するジャミングは、超音波を撹乱し、その場にいないように見せかける技術である。


 イナミたちはこの使い手を知っている。

 シンギュラリティ、振動能力の応用だ。


〈サシャ・メイか〉

〈はい。こんなところにいるんです。ただ巻き込まれたとは到底思えません。……どうしますか?〉

〈俺がなんとかする。〈血龍(シュエロン)〉には伝えてくれ。こちらが緊急の対応に追われていることも含めてな〉

〈了解です。〈ケストレル〉に着いたらまた通信開きます〉


 今の話は、ルセリアには伝わっていない。


 イナミは情報を抱え込んだまま、送られてきたマニュアルデータを開く。

 そこに記されていた武器は――

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