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船降る星のストラグル  作者: あたりけんぽ
第三部 命散り易く、血は断ち難し

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胡弦:じっくり分からせてやりたい

 イナミは身構えることなく、そして前置きもなく口を開く。


「試験の結果は?」


 ベルタもまたシンプルに返す。


「上々。もっと早くにこうしてくれたらよかったと思うわ」

「もし気づかなかったら?」

「別に。兄さんと戦っても無駄に命を散らすだけで、私には何も関係がない」


 涼しげな顔で、辛辣な物言いである。


 イナミは肩を竦め、軽く笑みを浮かべてみせた。


「試験の合格祝いはあるのか?」

「それも、別に。次の確認に入るだけよ」


 ベルタが腕を軽く動かしたように見え、イナミも体の向きを微妙に変える。

 彼女に対して斜めに向くことで、初動の第一歩を踏みやすくしたのだ。


「これ以上、何を確かめるつもりだ?」

「本当に、兄さんと渡り合える武人かどうかを」


 言うや否や、ベルタのコートが肌を滑るようにするりと落ちた。

 旗袍(チイパオ)の下にはやはり、インナーウェアを着込んでいる。材質からして、機関のコンプレッションスーツほどではないが、身体能力を向上させる機能を持った強化服だろう。


 太腿(ふともも)にはベルトを巻いている。一見するとウェイトベルトのようだが――


 それまでの彼女は、たとえるならそよ風に揺れる柳のような、希薄な存在感だった。

 一変して、存在感そのものが突風となって押し寄せてくるようなプレッシャーだ。


 この会話をイナミ経由で傍受していたエメテルが、ちゃんと聞こえているのに叫ぶ。


《イナミさん、ダメです!》


 同時に、リストデバイスが着信音を鳴らした。

 イナミは相手に示すように腕を持ち上げ、その着信に応じる。


 通話が始まると同時にホログラムディスプレイが開き、エメテルの姿が飛び出す。


《私は特務部第九分室所属、エメテル・アルファです! ベルタさん、もしあなたが私闘を行おうとしてるのであれば、〈血龍(シュエロン)〉に抗議しますよっ!》


 ベルタは恐ろしく冷たい目でエメテルを見る。


「許可なら師父から頂いている」

《ま、まさかの承認済みですかっ!?》

「やるなら殺すつもりで、とも承ったわ」

《物騒すぎですよ、それ! イナミさんからも何か言っちゃってください!》


 イナミは頷き、腕に抱えていたマーケットの紙袋を床に置いた。


「手合わせに付き合おう」

《……イナミさぁん!?》


 エメテルがカメラの前で頭を抱える。

 申し訳ないとは思うが、イナミにも考えがあった。


「これは組織同士の話じゃない。俺個人に仕掛けてきたことだ。だから、この場合は、俺が相手を納得させなければならないんだと思う」

《……イナミさんが言ってる、納得させなきゃいけない『相手』って、ベルタさんのことじゃないでしょう?》

「ああ。あんな問答じゃ、ヴァシリは俺を認められない、ということだろう」


 単なるナノマシン体への疑念ではない。

 クオノという力を、守ることができる存在なのか。

 エメテルはたっぷりの間を置いて、諦めの吐息をついた。


《分かりました。……でも、気をつけてください。絶対、手合わせじゃ済まないですよ》

「了解した。面倒をかけるな、エメ」

《私に謝ってもダメでーす。後でルーシーさんにたっぷり怒られてください》

「実はポテトチップスを買ったんだ」

《この状況は不可抗力と見て、事情は私からルーシーさんにお伝えします、はい》


 話を聞いていたベルタが、少しだけ気の抜けた目で、一言。


「人、それを賄賂と言う」

「買収したワケじゃない。エメの気がたまたま変わっただけさ」


 そう答えながら、イナミは脱いだダウンジャケットを近くに放り投げた。


 ベルタはこちらの引き締まった身体をしげしげと眺めてから、自らのウェイトベルトに指を伸ばす。

 引き抜かれたのは、鉛の芯ではない。

 二十センチほどの長さもある鉄針だった。


「あらかじめ見せておくわ。私のシンギュラリティ、〈胡弦鳴動フーシアン・バイブレーション〉を」

《え》


 エメテルが洩らした戸惑いの声は、その後に響いた音に掻き消された。

 しなやかな腕の振りから投擲された針が、太い柱を易々と貫いたのだ。


 まるでレーザーのような貫通力を持った針は、さらにその奥の柱に突き刺さって止まる。それでもまだ小刻みに震えているらしく、太い弦を弾いたような音色が空間に浸透する。


 ベルタは力を誇る様子もなく、淡々と告げる。


「触れた物に振動を与える能力よ」

「手近な武器を超振動ブレードに変えられる、と」


 イナミが口にしたのは、現代ですでに復元されている技術だ。

 刃に超音波などで振動を与え、ただ切る以上の運動でもって物を加工する道具である。いうなれば、目に見えない速さで前後するノコギリのようなものだ。


 その技術は、恐らくヴァシリを通じて彼女に説明されているだろう。ベルタは「ふん」と鼻を鳴らした。


「物分かりはいいようね」

《ちょ、ちょっと待ってください!》


 エメテルの、すう、と深呼吸する音をマイクが拾う。


《まさかシンギュラリティを使うつもりですか!?》

「無論」

《重犯罪ですよ!》

「殺すつもりでやると言った。それ即ち、持てる力の全てを振るうということ」

「そのとおりだ、エメ。実戦形式なら当然シンギュラリティもありだ」

《ああ、もう、この人たちは!》


 なおも続く抗議を無視して、ベルタは左手をそっと持ち上げる。琴爪のような超小型機械を五本の指に()めていた。


「この力を使えば、こんなことも可能」


 そう言うと、空を薙ぐように手を払う。

 瞬間、機械から煌めく『何か』が放たれた。


 先に見た針のイメージから、イナミは咄嗟に避ける。

 と、同時にナノマシン体の超感覚が、空を切る『何か』を近くした。


 背中と肩に、薄刃が食い込む感触。


 思わず息を止め、制動をかける。

 ベルタが放った『何か』。それは極細の金属繊維(ナノファイバー)だった。

 一瞬で柱から柱へと張り巡らされたクモの巣に、イナミは捕まったというわけだ。


 慌てて動かなければ、肉を裂かれることはない。慎重にナノファイバーから離れ、止めていた呼吸を再開する。


 とはいえ、先ほどの針を思い返すに、これはただの網ではなさそうだ。

 現に、ベルタは手を構えている。まるで指が弦を叩くハンマーと化したかのように、力の解放を待っている。


「今、力をかければ、『胡弦』があなたに殺到する」


 超振動ブレードと化したナノファイバーが、巻きついている柱を切断し、包囲の中心に立っているイナミを輪切りにするというのだ。


 人が身に着けたものとは思えない、恐ろしい戦闘技術である。

 何より恐ろしいのは、ベルタの目に躊躇がないことだった。〈血龍(シュエロン)〉の暗殺者として、何人も寸断してきたに違いない。


「打つ手なしなら、ここで屍を晒すがよろしい」


 シンギュラリティ能力者でなければ、この場に膝をついて命乞いをするしかないだろう。

 だが、イナミは能力者ではないにしろ、力を持っていた。


「この手のは対処済みだ」

「……なに?」


 眉をひそめるベルタの前で、イナミは〈制御変異コントロールド・シフティング〉を実行する。


 身体を構築するナノマシンが一斉に活発化し、黒い液体金属へと変異する。

 体外に溢れ出た液体が、渦巻くようにイナミを衣服の上から包み込んだ。

 全身を絞り上げるようにフィットした液体は、連結構造を固定、外骨格を形成する。


 イナミの姿は一瞬にして、機械生物という単語を思わせる異形へと変貌した。

 クローズヘルム型頭部の後ろから、シロヘビ柄のケーブルがずるりと生え伸びる。

 体表面に灯った青白いパルス光の紋様が、薄暗闇を明るく照らした。


 この変異を、ベルタは映像で見知っていたらしい。


「それが液体金属の鎧……!」


 イナミはその一言を聞き洩らさなかった。ベルタは、ヴァシリからイナミの正体を知らされていない。ならばよし。


 彼女は空いている右手を示してみせた。そちらの指にもナノファイバー発射装置がはめられている。


「無駄よ。あなたがどんな鎧を纏おうとも、私の胡弦はあなたを切り裂く」

「だから、いいんだ」


 イナミは、背中にある排気孔から白煙を吹き上げた。


()()()()()()()()()()()。と言っても、大体は知っているだろうがな」

「ええ。鎧と縮地のことなら」


 意趣返しをしてやろうと大きな態度を見せていたイナミは、一瞬沈黙する。

 エメテルが、イナミにだけ聞こえるように、


《〈跳躍(ジョウント)〉のことだと思いますよ》

《ああ……》


 のんびりと理解するが、間抜け面はフェイスマスクに出ない。


 そうと気づかずに、ベルタは淡々と告げる。


「胡弦のコントロールは完全。空間を越えて私の目前に現れようものなら、浅慮の報いを受けることになるわよ」

「果たして、そうかな」


 イナミは話を全く聞いていなかったように、足を前へと踏み出した。

 ナノファイバーが足に、手に、身体に絡みつく。


「……死にたがりめ!」


 ベルタがシンギュラリティ〈胡弦鳴動フーシアン・バイブレーション〉を使う。

 指先からナノファイバーへと振動が伝達され、イナミの外骨格深くに食い込む。摩擦の火花が激しく散った。


 しかしながら、出血はない。

 手術用のメスならそれを抑える効果もあろうが、ベルタが使っているのは繊維だ。細胞をずたずたに断つ武器だ。


 様子がおかしいことにベルタは気づき、ただでさえ無の表情をさらに硬化させる。


「影……否、実体はある。胡弦からあなたを感じているはず。なのに……!」


 無論、イナミは不死ではない。

 心臓や脳への損傷を避けるように、ナノファイバーを受け止めている。


 この状態で〈超元跳躍ディメンショナル・ジョウント〉を行えば――


 胸の奥で生じた亜空間が、イナミの肉体を内側から喰らい尽くしていく。その断裂に巻き込まれ、ナノファイバーがぶつんと千切れ飛んだ。


 イナミ自身は『引き波』を立てて消失。

跳躍(ジョウント)〉の先に選んだのは、それまで立っていた場所と寸分変わらぬ位置だ。


 出現座標の空間を捻じ曲げながら、イナミの手足、頭、胴体が現れる。

 このときも肉体の質量が通常空間に干渉し、精密機械でなければ観測できないほどのかすかな『押し波』が発生するのだった。


 第三者、ベルタの目には、肉体が破裂と膨張をしたように映っただろう。己の武器の手応えが変わったことにも気づいたはずだ。


 この瞬間、二人の戦いは本格的に始まった。

 ベルタが右手でベルトから針を引き抜き、イナミの胸部を狙って投擲する。


 イナミは身体をねじるように避けながら、さらに巻き込んだナノファイバーを〈跳躍(ジョウント)〉で断ち切る。


 ここで、ベルタの判断は素早かった。ナノファイバーの結界ではイナミを仕留めることはできない。そう考えたらしく、左手を蠢かせた。


 空間が糸の震える音で一気に満たされる。

 ナノファイバーの全てにシンギュラリティの振動が伝わり、支点に使われていた柱が呆気なく切断される。


《ちょーッ!?》


 エメテルの悲鳴を聞いている余裕はない。

 ナノファイバーが全方位から時間差をつけて迫ってくる。


 ならば、とイナミは真上に〈跳躍(ジョウント)〉。天井に手と足をつけて身体を固定し、頭を床に向けた状態でベルタを見下ろす。


「トカゲ男……!」


 ベルタが歯噛みするように唸りながらも、新たに結界を展開する。


 キリがない。

 そもそもナノファイバーは五本の指の射出装置から出ているはずだ。こんな四方八方から糸が飛んでくるのはおかしい。


 イナミは目を凝らし、結界を観察する。


 周りの物体に巻きつきながら、糸同士も絡み合い、まるで編み物のような『目』ができているのが分かる。

 恐らくベルタは、状況に応じた最短距離で振動を送り、目標を攻撃しているのだろう。


 そうと分かれば――


 ベルタの手元から再び針が放たれる。


 イナミは手足の力で天井から離れた。背後でこすこすとコンクリートが貫かれる音を聞きながら、思い切ってナノファイバーを踏みつけた。

 足裏からふくらはぎにかけて、ざっくりと切り刻まれる。

 勝つためなら安い犠牲だ。とりわけナノマシン体にとっては、この程度。


「――ッ!?」


 技をしかけている側のベルタは、そのポイントがいかに重要かを熟知しているだろう。表情が明らかに歪んだ。


 が、遅い。

 イナミの〈跳躍(ジョウント)〉と同時に、振動していた糸の目が一気に弾け飛んだ。


 結界が緩む。前方が開ける。


 ベルタが右手の射出装置からナノファイバーを発射。イナミを直接貫くつもりのようだ。

 イナミは低姿勢でそれを(かわ)し、


「……――」


 両者ともに息を止める。

 二人はほとんど正面から密着するような距離で静止していた。


 ベルタの両手は虚空に伸び、

 イナミの右拳は彼女の心臓を狙う位置で寸止めされている。


 ぷしゅ、とイナミの背中から熱い吐息が洩れた。


「これで俺の力は分かってもらえただろうか」

(おおむ)ね。だけど、一つ手落ちがある」


 ベルタはなんの気もなしに手を引き寄せ、イナミの胸にそっと添えた。

 掌底。

 そこから、レールガンを撃ち込まれたときと似たような衝撃が、


「ごはっ……」


 イナミの胸から背中へと突き抜けた。


 パルス光が切れかけのフィラメントのように激しく明滅する。イナミの生体機能が一時的にショートしかける。


 崩れ落ちるところを、ベルタに掴まれた。

 無理矢理振り払おうとするが、却ってその力を利用された。足をかけられ、身体が軽々と浮く。背中から床に叩きつけられた。


「くっ……」


 起き上がろうとしたイナミの腹に、柔らかい感触が乗る。

 ベルタの尻だ。

 彼女はイナミに馬乗りになって、針の切っ先を喉元に突きつけていた。


「言ったはずよ。()()()()に振動を与えると。迂闊に近づくは危険と知るべし」

「……覚えておこう」


 答えながら、イナミは身体をチェックする。内臓が損傷しているようだが、そこまで甚大ではない。手加減されたのだろう。


 明瞭に言葉を紡ぐイナミに対し、ベルタは針を引き、太腿のベルトにすっと納めた。


「大した再生能力ね。それも液体金属の恩恵?」

「そんなところだ」

「丈夫で何より。師父が『殺すつもりでやれ』と仰った理由が分かった」


 と、彼女は微笑を浮かべる。

 初めて見た彼女の表情だが、それは単なる笑みではないように思えた。

 ベルタは身体を倒し、イナミの頭の横に手をついた。熱っぽい吐息が外骨格にかかる。


「ただし、技がなっていない。力づくで、乱暴」


 今の彼女は、キツネの特徴を持つ分化人というだけでなく、本当に――そう、おとぎ話でいうところの、妖狐がヒトに化けているかのような、蠱惑的な異常さがあった。


 イナミは直感的に身の危険を――命とかそういうのではなくて――を感じ取った。


「あなたの未熟さを()()()()分からせてやりたいけれど……お仲間が来たようね」


 モーターサイクルのホイール回転音がビルの前で停まった。

 足音が階段を慌ただしく駆け上がってくる。


「イナミ!」


 フロアに飛び込んできたのは、ルセリアだった。戦闘を想定してか、コンプレッションスーツを着用している。

 リストデバイスをフラッシュライト代わりにしていた彼女は、フロアの中央で灯る青白い光に気がついた。


「イナミ、だいじょう……ぶ?」


 そうして彼女が目にしたのは、イナミに覆い被さるベルタの姿だ。

 イナミはその下から答える。


「このとおり生きている。手合わせはもう終わった」

「終わったの? ()()()()()()()つもりだったんじゃなくて?」


 不機嫌という不機嫌を煮詰めたような声だった。

 にもかかわらず、顔からは感情が欠落していた。


 イナミは、今まで感じたことのない種類の恐怖に襲われる。


「な、なんのことだ? ベルタ、もういいだろう、どいてくれ」

「……ふうん?」


 ベルタはイナミのフェイスマスクと、ルセリアとを交互に見比べただけで、すぐに腹から離れようとはしなかった。


 イナミは「あ、あー……」とルセリアに話しかける。


「上に気をつけてくれ。ベルタの投げた針が刺さっているし、柱も切れて――」

()に気をつけたほうがいいのは、あんたのほうだと思うけど」


 まったくもってそのとおり。

 イナミはぐうの音も出ず、困窮してしまう。


 氷点下のルセリアをからかうように眺めていたベルタは、満足したのか、憑き物が落ちたように笑みをふっと消した。

 ようやく軽い身のこなしで立ち上がり、軽く腕を振るう。展開されていたナノファイバーが指の装置に巻き取られた。イナミに断たれた物は、そのままだ。


「帰るわ」


 ベルタは飄々(ひょうひょう)とルセリアの横を通り過ぎた。

 刹那、


「うぶな子。可愛いわ」


 ルセリアはきょとんと立ち尽くす。が、すぐに赤面して振り返った。


「たちが悪いわよまったくもう!」


 一息に捲し立てる彼女の怒声が冷え切った空気にびりびりと伝わった。


 ベルタはどこ吹く風だ。拾い上げたコートの袖に手を通し、何事もなかったように去る。


「なんなのあいつ!」


 ルセリアは握り締めた手をぶんぶんと振るって、彼女の背中を見送った。


 イナミはようやく呪縛を解かれた気分で立ち上がり、外骨格を解除する。インナーウェアの下にシンギュラリティを受けた痕は残っていない。体内損傷の心配はなさそうだ。


 もしもベルタが本気だったら――


「……そうだったのか」


 ぼんやりとした呟きに、ルセリアがむすっとした態度で尋ねる。


「何が『そう』なの?」

「ベルタのシンギュラリティは振動能力だ」

「それで?」

「サシャも同じ能力だった。二人の力は、触れた物を振動し、加減によっては破壊もする。俺はあの攻撃を受けたんだ」

「……よく分からないけど、ベルタに同じ方法でやられたってワケ?」


 ルセリアは急に冷静さを取り戻して腕を組む。


「そういえば、サシャと戦ったのが誰か、やけに気にしてたわ」

「それで試されたのかもな。どうも俺はヴァシリだけじゃなく、ベルタにまで目をつけられたらしい」


 ルセリアは肩を竦めるように息を吐いた。


「はっ、よかったじゃない。あの人、綺麗だし」


 ダウンジャケットと紙袋を拾い上げたイナミは、ルセリアの言い草に首を傾げる。


「今の話に関係あるのか、それ」


 ルセリアは答えなかった。


 今の彼女は少し子供っぽい側面が強いように思える。まだ十六歳なのだから、そういう側面があって当然なのだが。

 余計に怒らせかねないので、イナミは指摘を控えた。


 ふと、柱に刺さったままの針を見つける。それをおもむろに引き抜き、見様見真似で投擲してみた。

 ところが、針はまっすぐ飛ばず、腹から鉄骨に当たった。

 ベルタは簡単そうに投げていたが、その実、鍛錬が必要な技術だったのだ。


 ――技がなっていない、か。


 イナミは彼女の言葉が妙に気になりながらも、ルセリアに「帰ろう」と声をかける。

 彼女はやはり無言で、こくんと頷いた。

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