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船降る星のストラグル  作者: あたりけんぽ
第三部 命散り易く、血は断ち難し

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血龍:禍根は断つべし

「まさか、貴様が(わし)の前に現れる日が来ようとはな」


 と、ヴァシリ・ヤンは言った。

 何が『まさか』なのか。どんな理由で自分だけと会ったのか。イナミは警戒心を強める。


 部屋の奥行きはさほどもない。〈超元跳躍ディメンショナル・ジョウント〉を使わずとも、脚力の跳躍でなら、数歩で辿り着けるだろう。

 にもかかわらず、長机の向こうにいるヴァシリ・ヤンが、妙に遠い。そのくせ、存在感だけは間近に感じるのだった。


 イナミは乾いた声で尋ねた。


「俺のことを知っているのか? わざわざ調べたのか。こんなただの末端構成員を」

「そうとも。得体の知れない()()が儂らの土地を踏み荒らすとも限らんからな」


 ヴァシリは厳しくこちらを睨んだまま、表情を変えない。


 疑問を持たれるのは当然だとも思う。

 外骨格を形成する〈制御変異コントロールド・シフティング〉。空間を転移する〈跳躍(ジョウント)〉。

 前者は管理外技術の賜物(たまもの)であり、後者はシンギュラリティにはありえない力だ。


 これでただの末端だと言い張るのは無理がある。

 しかし、相手が何者なのかと(いぶか)るのは、イナミも同じだ。


 ヴァシリ・ヤン。

 機関のデータバンクによれば、年齢は百歳を超えているとある。


 それこそ各地の移民が集まって〈アグリゲート〉となり、〈デウカリオン機関〉が発足したその時を、幼い頃に体験していることになる。

 医療技術が復元されてなお、平均寿命が七十歳ほどであることを(かんが)みると、ヴァシリは驚くべき長寿である。しかも外見は六十代ほどで、老化の衰えが全くない。


 その秘密は、彼のシンギュラリティにあるらしい。

 肉体の気脈をコントロールする能力とあったが、


 ――『気脈』というのは、血管、それとも神経か?


 イナミには全く理解できない記述だった。

 じりじりとした沈黙の中で、ヴァシリが長机を指先で叩いた。イナミはその硬い音に反応して、視線を手元に向ける。


 ふん、とヴァシリは息を抜く。


「貴様の気はなっとらんな」

「……『気』?」


 またも、その意味不明な単語だ。

 気を遣う、気をつける、気分、雰囲気、空気、気体――


 自分の警戒心が伝わっている、という意味だろうか。すでに手遅れだが、イナミはポーカーフェイスを意識する。


「……俺は、あなたの意図が分からない。なぜ俺だけに話を? ルセリアを外した理由はなんだ。教えてほしい」

「ふむ、覆い隠すのではなく、さらけ出すか」

「ここには、あやふやな問答をしに来たんじゃない。それに、俺はもう移民でもない。機関の特務官だ」

「だが、貴様はナノマシン体だ」


 イナミは下ろしていた腕を、その指先を、ぴくりと震わせる。

 ヴァシリはさらに、事実を淡々と告げるように続けた。


「貴様とミダス体、何が異なるというのか。儂にはそれが見えん。人に牙を剥くことはありえん、という保証が貴様にはあるのか」


 ヴァシリ・ヤンは素性を知っている。データバンクやメディア、全てを漁ったところで知りようのない情報を掴んでいるのだ。


 なぜ、どうやって、この老人が?

 問い詰めたくなるのをぐっと堪えて、イナミは自然と答えていた。


「保証なんてない」

「ほう」

「俺が『俺』でいられる理由を突き止められる科学者は、もう死んだ。だけど今、俺が『俺』であることに変わりはない。だから、俺にできることを行動し続けるだけだ」

「儂ら人間には、その身の危険性を無視しろ、と?」

「逆に問うが、シンギュラリティにだって危険性はある。あなた自身、能力者のはずだ。それについてはどう考える」

「論点が違うな。異能(シンギュラリティ)は、いかにせよ、意志によって御すものだ。だが、ミダス細胞は意志によって御せるものではない。それが危険だと申しておる」

「だから、俺も排除されるべきだと?」

「そうするべきでない理由を提示できないのであれば、な」


 イナミは一拍の間を置いて、返事をする。


「太古の人間はなぜ火を受け入れた。危険である一方で、有用だと知ったからだろう。言ったはずだ。俺は行動し続ける。それしか……示す方法を知らない。見ていろとしか言えない」

「暗夜を行くがごとし、だな。道を踏み外さぬとも限らんぞ」

「一人で生きているワケじゃない。かつて俺の身体を作ってくれた人間と、ここで俺を受け入れてくれた人間に、報いたいと思っている」


 迷わずに答えることができた、と思う。

 ヴァシリの言う『意志』の部分で、嘘や偽り、躊躇(ちゅうちょ)を見せてはならないし、今さら見せようとも思わなかった。


 ヴァシリは「ふうむ」と唸り、改めての観察を始める。


 居心地の悪さを断ち切るために、イナミは先ほど抱いた疑問を口にした。


「どこで、俺がナノマシン体だと?」

「貴様の情報はジヴァジーンから伝え聞いておったよ」

「なに?」


 ジヴァジーン。クオノにとっての父親。

 社会から姿をくらました男と接触しているなど、イナミには寝耳に水だった。


 それどころか、ヴァシリは次なる質問を平然と繰り出すのだった。


「あの娘、クオノは息災かね」


 イナミは我を忘れ、長机に両手をつき、大きく身を乗り出す。


「なぜ、その名前を!」


 ジヴァジーンがクオノの存在までも外部に洩らしたのか。ジヴァジーンと〈血龍(シュエロン)〉は結託しているのか。クオノの力を狙っているのか。


 いや、そうではない。

 この老人は最初にこう言った。


『まさか、貴様が儂の前に現れる日が来ようとはな』


 自分とは会うことがないとでも思っていたような発言だ。

 そもそも、ジヴァジーンが情報を漏洩した、という認識が間違いなのでは?


 イナミは地上での(こと)の始め、十一年前、クオノがどのように保護されるかに至ったかを思い出す。

 ジヴァジーンたち第二分室がクオノを保護。脳機能拡張の恩恵を得た実験体と判明。その力の大きさから、七賢人が処分を決定。


 そして、表向きにはクオノは死んだことになった。


 ただしジヴァジーンたち第二分室は、秘密裏に命令を受け、クオノを助けている。

 その命令は、誰が?

 評議会の決定に背いた賢人がいたはずなのだ。

 その者は、今――


 イナミは、ヴァシリがなぜ自分一人を部屋に通したのか、その理由を悟った。


「あなたは……」


血龍(シュエロン)〉の長、ヴァシリ・ヤンは、〈アグリゲート〉の守護者だ。

 自分とクオノを再び引き合わせてくれた、大恩ある人である。


 だからといって、必ずしも味方というわけではない。

 目の前にいる男は、そういうバランスの上に立つ者なのだ。


「クオノは元気だ。ジヴァジーンのおかげで、健康に成長している。今は自分の務めを果たそうと頑張っているよ。俺なんかよりずっと立派で、大人だ」

「それは重畳(ちょうじょう)。懐かしいものだ。幼子の頃は地上に適応できず、よう熱を出しておった」

「……そうだったのか」

「貴様はナノマシン体ゆえ、そのような苦労も知らぬのだろうな」

「ぐ……」


 いきなりの飛び道具じみた揶揄(やゆ)に、イナミはしかめ面を浮かべる。


 ヴァシリは、にい、と口の片端を持ち上げた。


「貴様の名を初めに聞いたのは、あの娘からだ。十一年も経て、こうして相見(あいまみ)えるとは露にも思わなんだ。いっそ亜空間の彼方で野垂れ死んでくれたほうが、余計な荷を背負わずに済んだのにのう」

「……生憎だったな、生きてて」

「はっ、まあよいわ」


 ヴァシリが長机の表面に指を滑らせると、白い光が浮かび上がった。木製と見せかけて、内部に機械が内蔵されていたのだ。

 スリープ状態にあった制御卓(コンソール)が復帰し、宙にホログラム・ディスプレイが投影される。


「今は貴様よりもっと重い厄介事がある。もう一人の特務官を呼び、本題に入るとしよう」


   〇


 連れられてきたルセリアも、やはりヴァシリの眼光に気圧されたらしい。持ち前の勝気さが鳴りを潜める。

 彼女はイナミの隣に寄り添って、小声で囁く。


「ねえ、なんの話だったの?」

「〈変異(シフティング)〉と〈跳躍(ジョウント)〉について訊かれた」

「興味を持たれたのね。スカウトされたりして」

「それは……ありえないな。あっても断る」

「……ちょっと安心」


 穏やかに話す二人の横を、ベルタが通り過ぎる。初めて見たときには油断ならない気配を感じたが、ヴァシリの横に立つと、影のように存在感が薄い。


 ヴァシリは、機関から提供された映像をホログラム・ディスプレイ上で再生している。イナミと白面の男が交戦したときの記録で、イナミの視界に合わせて画面が激しく揺れる。途中からは〈ハニービー〉の視点も加わった。


 老人と美女は、長いこと、白面の男を静かに見つめる。

 やがて、ヴァシリのほうが落胆の吐息を洩らした。


「間違いない。こやつはサシャ・メイだ」

「知っているのか?」


 ヴァシリは先ほどと打って変わって、老いを感じさせる面持ちで頷いた。


「数年前まで、〈血龍(シュエロン)〉に身を置いておった。武の天才と呼ぶに相応しい男だ。学にも明るく、いずれは儂の後継に指名してもよいと、思っておったほどだ」

「そんなヤツが、なぜこんなことをしている」

「分からん」


 ヴァシリは苦しげに答えた後で、


「親に恵まれなかった子でな。環境を変えてやれば、あるいはと考えた。真っ当な将来を望める兆しもあった。が、突然、行方をくらまし――挙句、道を踏み外しおって……」


 ルセリアが、挙手などという大人しい仕草とともに、口を開く。


「恵まれなかった、ってどういう親だったの?」

「父親は反機関派に取り入ろうと、妻と二人の子に客を取らせておったのだ」


 ルセリアはあからさまに嫌悪の表情を浮かべた。

 イナミも言葉の意味を察して押し黙る。警備局の犯罪調査書を流し読みしているときに、似たような文言を見たことがあった。


〈アグリゲート〉にも、娼婦や男娼は存在する。

 しかし、こうした人々は『組合』に入り、権利侵害から保護されている。性感染症の蔓延を防ぐための定期検診も義務づけられているので、組織が一括管理しているのだ。


 違法売春が警備局に摘発されるのはもちろんのこと、サシャ・メイの場合、児童搾取の被害者ということになる。

 しかも、親が子を利用するという、倫理観の欠片もない行為だ。


 イナミはふと思い立って尋ねる。


「父親は刑務所か? 復讐の可能性を考えると、監視する必要がある」

「死んだよ。とうの昔にな」

「……〈血龍(シュエロン)〉は確か、私刑を行っていたな」

「確かに儂は粛清を命じた」


 ヴァシリはきっぱりと言い放った。


「が、死は部下によるものではない。ミダス体の餌食となったのだ」

「どこかで巻き込まれたのか」

「因果応報かもしれぬな。妻が潜伏体となっておった。暴力を振るわれ、死に瀕したとき、細胞が活動を始めたと聞いておる」


 ということは、サシャ・メイは同時に両親を失ったということになる。

 イナミは憐みを抱く。しかし、だからといって、犯罪を許そうとはならない。


「なぜ、サシャ・メイは反機関活動を? 父親の意志を継いだのか」

「そのような節はなかった。この耄碌(もうろく)が見た限りはな」


 ヴァシリはかぶりを振って、呻くように低く呟く。


「孤児となった二人の子を保護し、育てたのは儂だ。此度は儂の子が犯した罪。儂の不始末でもある。特務官よ、手を煩わせることを申し訳なく思う」


 と、〈血龍(シュエロン)〉の長が頭を下げる。

 その重さに、ルセリアは動揺して、両手を胸の高さに持ち上げた。


「あ、あたしたちに謝られても……悪いことしてるのは本人の責任なんだし……」


 イナミも同感だ。

 子供が暴れているならともかく、サシャ・メイは成人男性だ。能力を、確信的に、犯罪へと駆り立てている。〈血龍(シュエロン)〉でテロリストを養成したというのでなければ、それはまさしく『道を踏み外した』ということなのだろう。


 とにかくこれで、〈デウカリオン機関〉と〈血龍(シュエロン)〉両者の、サシャ・メイを追う理由、利害がはっきりした。協力し合うのは当然だ。


 イナミは話を聞いた上で抱いた疑問を、ヴァシリに尋ねる。


「さっきから『二人の子』、と言っているが――もう一人はどこにいるんだ?」

()()()


 答えたのは、ベルタだった。


「改めて。私の名前は、ベルタ・メイ。サシャ・メイは双子の兄よ」


 続けて、ヴァシリが険しい表情で告げる。


「〈血龍(シュエロン)〉より送る刺客はこの者だ。ベルタと手を携え、サシャの愚行を止めてやってほしい」


 ルセリアがますます困惑した様子で眉をひそめる。


「刺客って――その人に家族を殺させる気なの!?」

「私から師父に名乗り出たこと」


 ベルタは顔に感情を滲ませない。ただ、鉄の意志を秘めた眼差しをこちらに寄せる。


「〈血龍(シュエロン)〉のため、〈アグリゲート〉のため、禍根は断つべし」


 ルセリアは衝撃を受けた様子で、ぎゅっと握り締めた両手を、だらりと下ろした。


 ――複雑な追跡だ。


 機関としては、自分たちの法に(のっと)ってサシャ・メイを抹殺したいはず。

 一方、〈血龍(シュエロン)〉にも身内の恥がある。できれば自分たちの手で始末したいはずだ。


 イナミは黙ってヴァシリを見た。


 ――その時が来たら、こちらはこちらで動く。


 意図が通じたか、老人は首肯で応じるのだった。


   〇


 ベルタとは共有データスペース上のホットラインで連携を取ることになった。

 これでサシャ・メイの動向が掴め次第、それぞれの追跡者が一斉に動き出すことになる。猟犬が合図とともに解き放たれるのだ。大きな騒ぎになるだろう。


 邸宅の門を出たところで、ルセリアは今まで我慢していたかのように重い吐息を洩らした。


「これでいいのかしら」

「『これで』? まだ協力し合うことに不満が?」

「じゃなくて。ヴァシリにとっては子供、ベルタは兄。なのに、あんなあっさりしてて……」

「まだ、元の(さや)に納まる方法があると?」


 ルセリアは立ち止まり、じっと足元を見つめる。


「分かんない。あたしはできれば、そういうのはやだなって……」


 最後のほうは消え入るような小さい声だった。


 イナミはルセリアの思うことを否定しようとは思わない。そのとおりだとも思う。

 だが――思い返すのは、モーリス・スミスの斬死体だ。


 迷いのない剣の一閃。綺麗すぎる傷跡。サシャ・メイにとっては人も物も変わらないのではないか。そんな男に、果たして言葉は通じるのか。


 それぞれ考え込んでいた二人は、申し合わせたように背後を振り返った。

 邸宅から再び、二胡(アルフー)の音が聞こえてくる。


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