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船降る星のストラグル  作者: あたりけんぽ
第三部 命散り易く、血は断ち難し

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経路:地に這いつくばって

 日没、古き良き時代のネオンを模した照明が灯り始める。

 都市〈アグリゲート〉の繁華街では、二十世紀から二十一世紀の文化を模した物が親しまれていた。

 現代の人々にとっては、一周回って新しい物と目に映るのである。


 この時間、繁華街を出歩く市民の層ががらりと変わり始める。居酒屋や風俗が営業を始め、その客引きが表に出る頃だった。


 ところが現在、人の姿はない。

 恐ろしく閑散としている。


 主だった通りは、警備局の車両が封鎖していた。機械式甲冑(パワードアーマー)を着込んだ兵士たちが、腕部デバイスから立体投影した地図をしきりに見下ろしている。


 地図の上を、『敵性存在』を示す赤い光点が移動中。

 横道を駆け、ビルとビルの細い隙間をすり抜け、そして転がり出るように、兵士たちの目の前に飛び出して――


「撃て!」


 指揮官の号令とともに、構えられたマシンガンが一斉に火を噴く。

 現れた『それ』は、ぼつぼつと音を立てながら、全身を穴だらけにされていく。着ていたオフィススーツはすでにぼろぼろだ。他の場所でも銃撃を受けたのだろう。


 そう、銃撃を受けてなお、『それ』は生きていた。


 血を撒き散らしながらも、爆ぜるように生まれた傷は、たちまち塞がってしまう。まるでセメントを流し込まれたかのように。


 新人と思しき兵士が怯えを露わにし、クローズヘルムの内側で呻きを漏らした。


 自己組成型(アセンブラー)ナノマシンに侵され、肉体を群体へと作り変えられた者。

 人は『それ』を、ミダス体と呼んでいる。


 ミダス体が頭と胸を防御しながら突進してくる。


 迎え撃つは、放電槍(ディスチャージャー)を手にした兵士。パワードアーマーの人工筋肉による力の増幅を受けた鋭い刺突が繰り出される。


 が、ミダス体は悠々とそれを跳び上がって避けた。

 そのまま兵士たちの頭上を越えて、車両の屋根に着地。衝撃でみしみしと揺れる足場にバランスを崩すことなく、すっと立ち上がる。


「しまった……!」


 兵士たちの動揺を嘲笑うように、ミダス体は顔を歪め、その向こうへと跳び下りていった。


 ヒトのみを虐殺する生物が、なぜ兵士たちを無視したのか。

 地図を再確認した指揮官が通信機に怒鳴る。


「逃げ遅れた市民がいるぞ! 特務官を至急こっちに――」


 彼らは、さらに頭上、建物の屋上から屋上へと跳び移るもう一つの影に気づかない。

 後頭部から尾のような器官をなびかせる異形の生物。

 漆黒の外骨格に瞬く、青白い光を。


   〇


 薄暗い路地裏に、逃げ惑うハイヒールの音が反響する。


 一般市民の女性だ。内務局勤めで、オフィスを出た矢先だった。

 初めはリストデバイスから伝達される避難指示に従っていたが、いつまでも追ってくる気配にパニックを起こし、ついには経路を無視したのだ。


 今、その背中を、ミダス体が遠目に補足する。


 このミダス体は変異したばかりで、集積思念体との情報共有はまだだった。

 つまりは単なる欲求――ヒトへの殺意、変異時に消耗したエネルギーの補給、それだけに留まらない執着心に、突き動かされているのである。


 宿主の記憶によれば、女は恋人だった。婚約も済ませていた。

 でありながら、宿主は他の女に手を出した。望まぬ婚約だったわけではない。ただ単に、性欲に従っただけだ。


 それで相手が許してくれるはずがない。

 破局は必定だ。


 にもかかわらず、宿主は女と添い遂げたいという未練を残していた。この期に及んで、添い遂げる()()とさえ思っていた。


 ミダス体となった今、その執着心を晴らす術は簡単だった。

 女を『自分』にしてしまえばいい。

 女の記憶を吸い上げ、自身の記憶を捧げ、まとめて集積思念体の一部と化せばいいのだ。


 他者が存在しなければ、惑わされることも、(すが)ることもない。

 波風の立たない、均一化された世界――


 ミダス体はせらせらと笑い声を発した。『視認した標的を攻撃する』の意を伝える音声通信だ。受信者はいないが、本能的に『狩り』を宣言したのである。


 ただ一人、女がその声を聞いた。

 女は上半身だけで振り返ろうとしたばっかりに、足をもつれさせ、しまいには挫いた。受け身の心得もなく無様に転倒する。水に溺れているかのように喘ぎ、もがきながら、顔だけはこちらに向けていた。

 恐怖に支配され、表情をひどく引きつらせている。


 かわいそうに。

 一つになってしまえば、怯えなど消え失せてしまうのに。


 ミダス体は、腕を投げ出すようなフォームで走って近づき、女へと襲いかかろうとした。


 後少しで手が届くところだった。

 しかし、その手が女に触れることはなかった。


 突然、女の前で、空間が()()()


 雛が卵を突き破るように、手が、足が、胴体が、虚空から現れる。後頭部から尾を引くように、シロヘビ柄の太いケーブルがずるりと()()()


 現れたのは、漆黒の外骨格生物。

 ミダス体の肉体を構成するナノマシンの一つ一つが、その外骨格生物を知っていた。


 同胞にして、ヒトを守ろうとする裏切り者。

 実験体一七三号――


「イナミぃいぃィッ!」


 奇声を発するミダス体に対し、顔のない外骨格生物は青白い光の紋様を身体中に駆け巡らせた。


 ミダス体は伸ばした手で、そのままイナミ・ミカナギの頭を貫こうとする。

 が、それよりも速く、固く握りしめられた拳がミダス体の胸部に届いていた。


 単純な殴打。暴力。


 ミダス体は背中から倒れ、舗装された地面をざりざりと滑る。


 素早く起き上がろうとしたところに、イナミが跳びかかって馬乗りになる。潰そうとするように、頭を押さえつけてくる。

 イナミの身体がさらに強い輝きを灯した。


「答えろ! 〈ザトウ号〉はどこに落ちた! お前たちはどこから来た!」


 ――〈ザトウ号〉。

 ナノマシンに刻まれた、懐かしい船の名だ。

 この実験体は生まれ故郷を求めているらしい。


 ミダス体は口を開き、唾液の糸を引かせながら、イナミに向かって吠えた。


「愚か者らしく地に這いつくばって探し続けるがいい!」

「……這いつくばっているのはお前だって同じだろうが!」


 イナミを中心に渦巻いた空気が、ぱちぱちと破裂音を奏でる。

 刹那、生体電流が押し寄せてきた。

 雷光。実験体が処分されるときに見るという閃き。


 その輝きに、意識が焼き尽くされる。


   〇


 焼死体と化したミダス体から、イナミはゆっくりと起き上がった。


 ミダス体が地上に存在する以上、〈ザトウ号〉が漂着しているのは確かだ。

 しかし、いつ、どこに? 都市を守護する〈デウカリオン機関〉でさえも、それは分かっていない。発見されていないのだ。


 いつだったかミダス体は、漂流物の雨を見た、と言った。

〈大崩落〉。

 戦争によって破壊された漂流物群が地上に降り注いだ災害。


 移民が合流するより遥か昔の出来事だ。データバンクに記録がないのも当然だろう。


 イナミはかすかな苛立ちを覚えたが――それ以上の思索は打ち切る。自分の任務は〈ザトウ号〉の位置特定ではなく、市民の救助だ。

 ナノマシンが形成した通信機ならぬ通信()を介し、オペレーターに尋ねる。


《エメ。始末した。他に反応は?》

《確認できず、です。今のところ、イナミさんが倒した一体だけですね》


 幼さのある少女の声が、流暢に答える。


 体表面に付着したミダス体の体液を放電で焼いてから、背後を振り返る。

 なぜかつけ狙われていた女性は、手足を投げ出すように倒れていた。


《彼女の容態は?》

《バイタル正常。ただ気絶してるだけですねー。わ、足首腫れちゃって……手当が必要と思われるので、救護班を呼んでおきました》

《了解。念のため、ここで待機する》


 と、答え終えたところで、聴覚が二輪モーターサイクルの走行音を捉える。

 徐行時、動力部はほとんど音を立てない。タイヤと地面の摩擦音が聞こえたのだ。


 音のしたほうへ目を向けると、白い大型マシン――〈プロングホーン〉が角を曲がってきたところだった。


 運転しているのは、ブルネットの長髪をサイドテールに結った少女だ。

 風で膨らみそうな白いクロークの下に、身体能力を高める圧搾強化服コンプレッションスーツを着用している。

 身体に巻いたフルハーネスベルトには、様々な道具を入れたポーチを提げている。ハンドガンを納めたレッグホルスターも、その一つだ。


 彼女は、ルセリア・イクタス。同僚の特務官である。


「処理できたみたいね」

「ああ。無事、とは言いがたいが」

「生きてるんでしょ? だったら問題なし」


 ルセリアは〈プロングホーン〉から降りると、女性を抱え起こす。それから、タクティカルグラス越しに琥珀色の瞳を瞬かせてみせた。


「あたしの仕事って、これじゃまるであんたの専属運転手ね」


 イナミにはまだ、自分専用のマシンが用意されていない。なので、〈プロングホーン〉の後部座席に同乗させてもらい、現場に駆けつけたのである。

 そもそも、だ。


「俺は運転免許を取得していない」

「さっさと取りなさいよ。便利よ?」

「ルーシー。移民は定住から一年間、車両の運転を禁止されているんだ」

「そうなの!?」

「移民向けのガイドにそうあった。当分は、お前の後ろに乗ることになるな」

「……まあ、いいけど」


 ルセリアは溜息をついてから、物憂げに長身のイナミを見上げた。


「ねえ、イナミ。最近、〈ザトウ号〉のこと調べてるみたいだけど、場所が分かったら、どうするつもりなの?」


 問答を通信越しに聞いたようだ。

 イナミとて、隠そうという気は一切なかった。


「人の手に戻したいだけだ。管理は機関の判断に任せる。俺は一構成員に過ぎないからな」

「あれ、ずいぶん殊勝じゃない?」


 ルセリアは真意を窺うような、それでいてからかうような笑みを浮かべる。

 イナミも穏やかに笑い、


「譲れないってほどのことじゃない」


 と、肩を竦めてみせた。


   〇


 特務部第九分室、宿舎一階オフィス。

 エメテル・アルファが、背を倒したオペレーターシートに小柄な身体を横たえている。


 金髪をラフシニヨンにまとめているので、長く尖った耳が目立つ。彼女は遺伝子操作を受けて誕生した新人類(フェアリアン)なのである。

 十五歳という実年齢よりも、いくらか幼く見える容姿だ。


 透き通るような翠玉色の瞳は、ぼんやりと天井を見つめていた。

 汚れが気になっているわけではない。物思いに(ふけ)っているわけでもない。


 右耳のカフ型デバイスから脳へと伝達された情報を、視界に映し出しているのだ。

 彼女の世界は、情報が織りなすウィンドウとツリーで彩られている。


並走思考パラレル・プロセッシング〉――複数の思考スレッドで、膨大な情報を処理する能力。


 エメテルは今、それを駆使して、ミダス体の宿主の行動記録を遡っていた。

 その作業をソファから見守っていた銀髪碧眼の少女、クオノ・ナガスが尋ねる。


「エメテル、何か気になるの?」

「ちょっと変なんです。潜伏体だった男の人、ミダス体発生の現場に居合わせたことがないんですよ」


 クオノは宿舎に住んでいるが、特務官ではない。

 にもかかわらず、エメテルは任務に関わる情報を素直に話した。


 というのも、クオノは〈デウカリオン機関〉を司る『七賢人』の一人、ベネトナシュの名を有しているのである。


 加えて、シンギュラリティとは異なる力、外部干渉可能な機械をコントロールする〈感応制圧レグナント・テレパシー〉を持っている。

 エメテルの作業を、クオノは文字通り『横で見守っていた』のだ。


「それが、変?」

「はい。ご存知のとおり、ミダス細胞は空気感染しません。変異したからには、どこかで活動してるミダス体と接触したはずなんです」

「過去の行動記録を調べれば、どこで移植されたかが特定可能――今までのケースでは」

「そうなんです。それが分からないとなると、機関が把握してる以外の経路があるのかもです」


 休眠状態にあるミダス細胞保持者は、『潜伏体』と呼ばれている。

 市民に紛れ込んだ潜伏体を暴く(すべ)は、今のところ確立されていない。潜伏体本人さえも自分がそうだとは分かっていないまま、ある日突然、変異を迎えるのだ。


 ただでさえ後手に回っているというのに、知られざる侵入経路があるとすれば――


 エメテルは身体を起こし、クオノと見つめ合う。

 しばしの静寂。オフィスがやけに広く感じる。

 このことについてイナミとルセリアに相談したかったが、彼らはまだ現場で警戒中だった。

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