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船降る星のストラグル  作者: あたりけんぽ
第一部 来し方より訪れし者たち
4/63

移民:あなたとの争いは望んでいない

 何度も振動するリストデバイスに、イナミ・ミカナギはうんざりしていた。


 逃げ込んだのは、鉄筋コンクリートの空きビルが目立つ、寂れた区画だ。

 壁には塗料で、何をモチーフにしているのか全く分からない落書きが描かれている。あるいはこれが『芸術』というものなのだろうか、と真剣に考えてもみた。


 デバイスはまだ震えている。


 コールの通知だとは分かっている。

 相手の名前は表示されていない。この端末番号を知る者はごく一部だ。公的機関からの連絡でなければ、『あいつら』だろう。


 諦めて盤面に触れ、通話を始める。

 通話者の映像を投影する機能は相手側がオフにしていた。誰かに目撃されたら困るからに違いない。


《どうして勝手なことを?》


 冷たい印象を受ける女の声だ。

 開口一番に非難されたイナミは、むっと眉をひそめる。


「勝手? お前は俺のなんなんだ」

《イナミは一市民。なんの権限もない。クオノは私たちが探し出すと約束したはず》

「信用できないな」

《機関なら都市圏外も捜索できる》

「手を広げる必要はない。変異体は、この都市で、クオノを探しているんだからな」

《……っ》


 区切って強調した言葉に、女が怯んで息を呑む。

 水面下で蠢く変異体。疑念を抱いている自分。どちらに対する恐れだろうか、とイナミは探ってみる。


 そもそも、信用など初めからない。

 イナミにとってはこの世界の誰もかもが警戒すべき『他者』だ。


 向こうは従わない異物をどう扱うだろうか。

 考えられるのは、侵入したウイルスを排除するために都市の免疫系を働かせることだ。

 足がつくデバイスは破棄したほうがいいのか――


 そうイナミが思案し始めたとき、表の通りで一代の二輪モーターサイクルが停まった。一般市民が乗り回すような物ではない。大型で、威嚇的なフォルムを持つ白いマシン。

 運転しているのは、見覚えのあるサイドテールの少女。


 周囲に素早く視線を巡らせると、上空に虫型偵察機が飛んでいるのを発見した。

 予想どおり、相手はイナミを捕えようと先んじて追っ手を仕向けたらしい。

 イナミは吐息とともに覚悟を決める。


「お前たちはすでにクオノを保護しているのか?」

《クオノはいない。信じてもらえないだろうけど》

「当然だな。それで、不都合な俺を拘束するつもりか」

《あなたとの争いは望んでいない》


 女の声色がイナミの追及に抵抗して硬化する。


《でも、あなたはこの〈アグリゲート〉で罪を重ねようとしている。住居侵入、器物破損、機関構成員の任務妨害――特に、ミダス体との接触は重罪》

「接触した以上は必ず仕留める」

《規則に従って、と言っているの》

「従っていれば、俺はクオノにもう一度会えるのか? そうじゃないだろう!」


 激昂が路地裏に響く。

 胸の底に沈んでいた思いまでが喉を這い上がってきて、イナミは苦しげに吐露する。


「クオノが無事でなければ、俺が生きている意味なんて、もう、ないんだ」

《……そこまで固執するのは、カザネ――という人の遺言だから?》

「そうだ。カザネ・ミカナギが俺に託した最後の命令だからだ」


 わずかな沈黙の後で、


《そう……》


 と、女は呟いた。なぜか落胆の色が濃いように聞こえた。

 破談、といったところか。


〈デウカリオン機関〉はクオノが持つ『力』に目をつけて監禁しているのかもしれない。

 だとしたら、全身全霊をもって叩き潰すまでだ。

 だが、この地上のどこに、〈アグリゲート〉以外の安全な場所があるのだろう。

 皆目見当もつかないが――


「俺は本分を(まっと)うする」

《何をするつもり?》

「特務官とやらがここに来たということは、()()()()()()だろう?」

《待って、イナミ、彼女は――》


 女が何かを言いかけたが、イナミは一方的に通話を打ち切った。

 リストデバイスを左手首から外し、背後に投げ捨てる。かつんと二度跳ねて、舗装を滑っていった。


 路地裏へ入ってきたクローク姿の少女が、それを見て眉をひそめる。


「誰と話してたのかしら、イナミ・ミカナギ」

「……ルセリア・イクタス、だったな」

「名前、覚えてくれてたのね」


 眼鏡型の端末を着けたルセリアが、涼しげに笑う。

 ミダス体が現れた住居で鉢合わせた特務官。

 シンギュラリティという強大な力を持つ戦闘員。

 今は、敵だ。


「あんたに訊きたいことがあるのよ」


 彼女はちらりと地面に落ちたリストデバイスを見る。


「誰かの命令で動いてるの?」

「俺に命令できる人間は、全員死んだ。俺は俺の意志で動いている」


 イナミは片手を首元に運ぶ。

 その動作を観たルセリアが、太ももに巻いたホルスターからハンドガンを引き抜いた。クロークがふわりと舞い上がる。


「妙な動きはやめて!」


 イナミは警告を無視し、襟に挟んでいた黒縁眼鏡の感触を確かめた。

 武器を取り出すとでも思っていたのか、ルセリアは拍子抜けした顔で銃口を下げる。


「見えづらいならかけてもいいけど」

「見えているさ、はっきりな」

「じゃあ、誰の眼鏡――」


 彼女がそれを知る必要はない。

 イナミが意識すると、全身の細胞が()()()()()


 ――〈制御変異コントロールド・シフティング〉。


 インナーウェアの下から水銀の質感に似た黒い粘液が溢れ出す。

 粘液はイナミの全身に纏わりつき、ダウンジャケットの厚みを潰して裸体のシルエットに絞り上げた。


 そこから表皮、装甲が浮かび上がるように形成。

 後頭部からはシロヘビ柄のケーブルがずるりと生え伸びる。


 外骨格を纏うと同時に、体内器官も人ならざるものに変異していた。


 身に着けていた衣服は体内に取り込まれ、顎の微細な(あな)から唸り声が洩れる。背中の二つの孔からは荒い吐息が吹き上がった。


 神経のシグナル伝達が高速化するにつれ、全身に青白い光が灯る。この明滅する紋様は、イナミの脈動(パルス)に呼応しているのだ。


 装甲に覆われた頭をゆっくりと持ち上げる。顔が塞がれていても、イナミの視界は前方に(ひら)けていた。肉眼よりも鮮明に感じるほどだ。


 この瞬間的な変異を目にして、ルセリアは今度こそハンドガンの引き金に指をかける。


「強化外骨格――じゃない、ミダス体! なんで熱検知されないの!?」

「二度目だ。俺をヤツらと一緒にするな」

「とにかく『それ』を解除しなさい! あたしは話をしに来ただけよ!」

「騙されないぞ。俺を殺しに来たんだろう?」

「何言って――」


 ルセリアが困惑している間に、イナミは猟犬さながらの疾走で接近を試みた。


 隙だらけに見えた彼女も即座に反応する。

 ハンドガンから銃弾が連続して放たれた。その弾道から、両肩に命中するだろうと予測。


 ――いい腕だ。


 着弾の衝撃がイナミを襲った。

 砕けた金属片と火花が路地裏の暗がりに散る。


 銃弾は外骨格に浅い傷をつけたのみだった。その程度なら一瞬で修復できる。傷は風に吹かれたようにすっと消えてなくなった。


 対するルセリアは、銃撃と同時に後方へと飛び退っていた。イナミの突進が止まらないと見るや、表情を険しくする。


「くっ……〈迎え撃つ〉!」


 琥珀色の瞳がきゅっと(すぼ)まった。

 シンギュラリティの発動を予期したイナミは足を踏ん張って急ブレーキをかける。足裏の皮膚と舗装の摩擦音がけたたましく反響した。


 前方に現れた氷の結晶が機雷のごとく破裂する。

 生体の血を凍結させる能力だと思っていたが、どうやら空間そのものに作用する力だったらしい。


 飛散した氷の破片が装甲に当たるが、深く貫通するほどの威力はなかった。

 もしも突っ込んでいたら――いや、とイナミは考え直す。そのままでも直撃地点には足を踏み入れていなかった。第一、自分を直接狙わなかったのはなぜか。


 ――威嚇か?


 何を恐れたか、青ざめた顔のルセリアが声を震わせる。


「あんたが人間だって言うなら、あたしに力を使わせないで!」


 イナミはその言葉を無視し、思考を巡らせる。


 シンギュラリティの発動には程度によって時間を要する。さらに観察したところ、対象を視認する必要もありそうだ。

 彼女はその弱点を補うべく、前もって氷の機雷を生成していた。


 愚直な接近は難しいだろう。

 ならば、多面的な攻撃をしかけるまでだ。


 イナミはここが狭い路地であることを利用し、再突進すると見せかけて両側の壁を交互に蹴って上昇する。ルセリアの頭上を跳び越し、背後に回り込むつもりだった。


 が、意表を突くのは無理だったようだ。

 上から落ちてくると踏んだルセリアは、姿勢を低くして駆け抜け、空へと振り返った。


 イナミはまだ空中にいる。

 両者の視線が交錯した。

 このままではシンギュラリティの恰好の的になる。


 ――と。

 ここまで全て、()()()()だった。


 イナミは意識を体内に集中させた。

 胸の奥で気泡のようなものが生まれ、イナミの身体を内側から食い破るように膨張していく感覚が広がっていく。


 瞬間、路地裏から青白い光が消失した。

 そして、氷の機雷が破裂する。


 悲痛そうな表情だったルセリアが、


「え……?」


 驚愕の呻き声を洩らす。

 つららだけが地面に落下し、粉々に砕け散った。

 彼女の目にはイナミの姿形が忽然と消えたように映っただろう。動揺のあまり、思わず叫んでしまうのだった。


「どうなってるの!?」


 空には偵察機が浮遊している。ならば、イナミがどこに消えたのかも分かるはずだ。

 居場所を知らされたルセリアは慌てて振り返ろうとしたが――


 イナミは、()()からルセリアに組みついた。

 細い腕を捻り、ハンドガンを手放させる。

 地面に落ちた武器を遠くへ蹴り飛ばし、考えさせる(いとま)も与えずに彼女の顔を壁へと押さえつけた。

 その背に体重をかけて身動きを取れないように――


「……っ、やめて、触らないで!」


 ほとんど子供の喚き声だった。

 先ほどまで冷静に立ち回っていたルセリアが、がむしゃらに暴れ出した。少なくとも関節を外して逃れようなどという抵抗ではない。パニック状態だ。


「化け物にするくらいなら殺して!」


 イナミが人間なのかミダス体なのか、判断できずにいるのだ。


 ルセリアの頬を涙が伝っていることに気づいて、イナミは息を呑む。


 確かに彼女は優秀な戦闘員だが――

 年端も行かぬ少女であることもまた事実である。


 イナミは彼女の耳元に顔を寄せ、強く言い聞かせた。


「落ち着け! この外骨格は『液体金属』だ!」


 ルセリアが目を見開いて呻く。


「う、え……?」


 イナミは外骨格を解除した。

 装甲は粘液となって体内に再び潜り込む。

 それからルセリアを向き直らせ、至近距離から見つめ合った。


「触られているのに平気だろう。大丈夫だ。お前が変異することはない」

「液体金属って?」

「俺の体内には『それ』が流し込まれている。意志に応じて外骨格を形成するんだ」

「そんなの聞いたことない」

「だろうな。だが、そういう物なんだ」


 ルセリアは理解に努め、しばしまばたきを繰り返した。

 それからようやく、イナミが人類の敵ではないことに思い至ったらしく、噛みつかんばかりの勢いで喚き散らす。


「そ、それを早く言いなさいよ! あたし、てっきり……」


 ――まったく、泣いたり怒ったり、感情豊かな女だ。


 イナミは疲れを感じながらも、容赦なく彼女の首を鷲掴みにする。


「あぐ……」

「それでもお前は敵だ。素手でへし折るくらい、なんてことはない。大人しく――」


 と、脅そうとしたときだった。

 どこにどう触れたのか、ルセリアのスーツが突然膨らむ。ファスナーがかちかちと外れ、彼女の黒いハーフトップインナーがイナミの視界に飛び込んできた。

 頬を紅潮させたルセリアが言葉にならない声を発し、身体をわななかせる。


「あ、あ……」


 引き締まった腹部とのコントラストで、インナーの下から押し上げる膨らみの存在がより強調されているようにも見える。


 かといってなんらかの感情が湧くこともなく、イナミは淡々と、胸元から彼女の涙目へと視線を戻す。


「素手でへし折るくらい、なんてことはない。大人しくしてくれ」

「な、何事もなかったかのように言うんじゃないわよっ!」


 ルセリアは、拳を固く握り締めながらも、殴りかかることはすんでのところで堪えた。その代わり、精一杯に睨みつける。


 一方、イナミは気にも留めず、自分と比べて背の低いルセリアを見下ろす。


「こっちもお前に訊きたいことがある」

「何よっ」

「お前はクオノの居場所を知っているのか?」


 ルセリアが目を見開いた。羞恥に染まっていた表情に、冷静さがいくらか戻る。


「居場所? クオノは人の名前なのね?」

「そうだ。性別は女。銀髪碧眼で三、四歳の子供だ」

「……あたしはそれを訊きたくてあんたを捕まえに来たのよ」

「だったら、なぜ俺を殺そうとした」


 ルセリアは「うー……」と唸ったかと思うと、喉を締められているにもかかわらず大声で反論した。


「あんたが先に敵意バリバリで来たんでしょ!」

「白ずくめたちから命令を受けていないのか?」

「誰!?」

「七賢人だ」

「あたしたちはミダス体が現れた理由を調べてるだけよ!」


 二人は一斉に黙り込み、視線を絡み合わせる。


 今にして思えば、ルセリアの銃撃は両肩を狙っていた。頭や胸ではなく。

 氷の機雷も――他に何か、感情的な理由があるようにも見えたが――イナミの位置よりずっと手前に発生していた。


 ただ、こちらが一方的に思い込みをしていただけだ。この特務官は七賢人から送り込まれた刺客だと。


 イナミは依然として用心深く、彼女の首から手を離した。


 自由となったルセリアは真っ先にスーツの機能を復活させた。インナーについてはとやかく言わず、潤んだ目元を素早く拭う。


「どうしてあたしがクオノのことを知ってると思ったの?」

「〈デウカリオン機関〉はクオノをどこかに隠している。変異体の動きから、それは確実だ」


 ルセリアは壁に背を預け、疲労感たっぷりに溜息をつく。


「ミダス体が『クオノ』って名前を言ってたでしょ? あたしたちはそれがなんなのかさっぱりだったから、あんたかミダス体のどっちかから手がかりを掴もうとしたのよ」

「なぜ、クオノに興味を持つ?」

「はあ?」


 真顔で返されてしまった。


「あんたはとびっきりの不審人物。ミダス体はクオノを見つけるとかなんとか言ってた。こっちは市民が殺されてる。調べるのは当然でしょ?」


 と、ルセリアは肩を竦めてみせる。


 確かに、彼女たちからすれば、都市で起きている事件を調査するのは当たり前である。

 変異体が洩らした自分の名前も、調べればそれなりの情報が出てくるだろう。自力で辿り着けて不思議はない。それにしては思っていたよりも早すぎるが。


 ルセリアは、今一つ分かっていない様子で、気楽そうに呟いた。


「でも、機関がとっくに保護してるなら安心ね」

「どうだかな」


 イナミは機関の末端構成員をやや脅すように睨む。


「お前たちは地上に残された技術を回収しているらしいな。人類再興という名目で」

「移民さんにはびっくりな話かしら?」

「ああ、驚いたさ。七賢人が利用目的でクオノを監禁しているかもしれないんだからな」


 ルセリアが頬をひくっと引きつらせた。

 今になって自分が陰謀に足を突っ込んでいると思い知ったのだろう。

 気の強そうな彼女も、迷うように視線をうつろわせてから、そっと口を開いた。


「クオノは一体、何者なの?」

《そんな人間は存在しない》


 無感情に言い放ったのは、例の女の声だった。

 どこから声が出ているのかと二人は自分の身体をまさぐる。やがて路地に投げ捨てられたリストデバイスから光が洩れているのに、イナミは気づいた。


 今まで音声のみだった女が、投影機能によってその上半身を二人の前に見せる。


 白いローブに、深く被ったフード。そして顔を隠す紋章入りのマスク。

 肩幅はそれほどないので、小柄な体型と推測できる人物だ。


 ルセリアはじっと見つめ、虚像に人差し指を突きつける。


「薄気味悪いヤツね。誰?」

《薄気味悪い……》


 肩を落としたところを見るに、意外にも白ずくめはショックを受けたようだった。自分の胸にそっと手を当て、気落ちした声を紡ぐ。


《私の名はベネトナシュ。七賢人の一人》


 ルセリアは、頷くイナミと反応を待つベネトナシュを交互に見比べて、相手にしていられないとばかりに手を(あお)ぐ。


「いくら下っ端が七賢人の顔も姿も知らないからって、それっぽい恰好をすれば騙せると思ったのかしら」


 こんな返しは予測できていなかったのか、ベネトナシュと名乗った白ずくめは困ったようにマスクを押さえた。


《……違う。私は真実を言っている。イナミ、なんとか説明して――》

「そりゃ結構ね。あんたが七賢人だって言うなら、こうなる前にさっさとこいつの情報を開示してほしかった。……で、こっちには優秀なトラッカーがいるのよ。あたしのリストデバイスにアクセスしたのが運の尽きね。どんなに逃げても必ず正体を突き止めてやるわ。捕まって牢獄送りにされる前に、さっさと本当のことを吐きなさい!」


 早口に捲し立てるルセリアに対し、


《…………》


 なす術もなく黙り込んでしまうベネトナシュだった。

 イナミはあえて助け舟を出さず、七賢人が困り果てているのを楽しんだ。人を手のひらの上で転がそうとする割には情けない姿だった。


 ルセリアはなおも口撃を繰り出そうとして、突如、表情を凍りつかせた。眼鏡の弦に指を押し当てて、一人呟く。


「それ、ホントなの、エメ」


 どうやら、眼鏡型端末で通信している相手に教えられたらしい。

 ルセリアは『エメ』なる人物と二言三言交わした後で、リストデバイスから小さく投影されたベネトナシュを指差した。


「じゃあ、イナミがさっき話してたのも……」

「そうだ」

「なんで七賢人があんたとコンタクトしてるの!?」

「隔離施設で取引を迫られたんだ。七賢人が秘密裏に動くから、俺とクオノが『移民』であることは公言するな、とな」

「あんたが移民なのはもう知ってるわよ」

「少し違うんだ」


《イナミ、彼女は知るべきではない》


 ルセリアは制止する者が七賢人と知ってなお、やかましそうに虚像を手で払った。


「今さら情報隠蔽? クオノって子を巡って、市民が殺されてるのよ!?」


 その一言で、ベネトナシュは無言で俯く。

 代わりにイナミが口を差し挟んだ。


「クオノは追われているだけだ」

「分かってるわよ! だけど、デクスターが殺された理由がそれなら、これからもクオノに関わった人間が殺されるかもしれないでしょ!?」


 デクスター。それがあそこで死んでいた人間の名前だったか。

 顔を思い出していたイナミのダウンジャケットを、ルセリアが掴んで引き寄せた。


「あたしたちは守らなきゃならないの。教えて、イナミ」


 琥珀色の瞳に、強い意志の光が宿っている。

 ルセリアの手を振り払うことは、イナミにはできなかった。


 自分も彼女と同じだったはずだ。大勢の死体が転がる()の中で、可能な限りの命を救おうとした。

 だが、最も守りたかった人は、守れなかった。


《イナミ、やめて》


 ベネトナシュの懇願を聞き入れる気は失せていた。

 イナミは深呼吸をして、ゆっくりと言葉を紡ぐ。


「一から説明しても理解できないだろうが」

「じゃ、とりあえず理解できるように話して」

「分かった。簡潔に言うとだ」

「うん」

「俺とクオノは宇宙人なんだ」


 一瞬、辺りが静寂に包まれる。

 ルセリアはまばたきを繰り返し、無感情に問い質した。


「本気で言ってる?」

「ああ、本気だ」

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