亡霊:おびき寄せられたんです
イナミとルセリアは船外へと飛び出す。
そこでは、辺境警備隊と機械兵団が戦闘を繰り広げていた。
敵は二足歩行型ロボットだ。
塗装の禿げた鋼色の装甲が波のように蠢いて見える。
多関節アームで、格納庫に倒れていたマシンと同じ物を構えている。盾にしているところを見るに、兵器としては役に立たないようだ。
一つ目の曇ったレンズが逃げる兵士を捕捉する。
ロボットは俊敏な動きで獲物を追いかけ、マシンを鈍器のごとく振り回した。
だが、殴られたように倒れたのは、ロボットのほうだった。
マーティンが物資コンテナの上によじ登り、対物ライフルで狙撃したのである。その重い一撃によって、ロボットの頭部は穿たれていた。
死を免れて茫然とする兵士に、マーティンはがなり立てる。
「死にたくなきゃ、走れ走れッ!」
はっと我に返った兵士は、あらかじめ設営されていた遮蔽物を利用して逃れた。
ルセリアはコンテナの下からマーティンに叫んで尋ねた。
「みんな撤収できてるの?」
「まだだ!」
反射的に怒鳴り返したマーティンだったが、クローズヘルムの内で唸り声を洩らした。
「――全員は無理だ。いつの間にか囲まれていた。巡回に出てた連中は通信に応じねえ」
言葉の最後のほうを掻き消すように、遠くで新たな爆発が起きた。
航空機離着陸場の辺りだ。〈ケストレル〉が破壊されている。
ルセリアは歯噛みしながら、こちらに突進してくる一体を睨んだ。
「〈切り裂く〉!」
イメージをより深めるためのシンプルな言葉、いうなれば『詠唱』によって、強力な空間干渉が起きる。
ルセリアのシンギュラリティは空間中の水分を凝縮し、凍結爆発を起こす能力だ。
だが、ロボット相手には薄い氷が纏わりついて、動きを短い間だけ止めるのみに終わった。
ロボット内部には冷却水が循環してはいるものの、
「まず……」
不凍液なのである。
イナミは〈制御変異〉を済ませ、ロボットへと立ち向かった。
ロボットの図体はパワードアーマーを着込んだ人間よりも一回り大きい。
その巨体と重いマシンから繰り出される殴打を、イナミは〈超元跳躍〉で避ける。
跳んだ先はロボットの頭上。
肩に跨り、外骨格の内側からアーミーナイフを取り出す。ナノマシンに押し出された刃物を構えたイナミは、その刃先を首の根本――装甲で守られていない隙間に捻じ込んだ。
太いケーブルの感触。
暴れる間を与えずに、ナイフを通して生体電流を送り込む。
全身の装甲内部で火花が飛び散り、破裂したバッテリー液が血のように溢れ出す。
頭脳をも焼かれたロボットは、そのまま筋肉を硬直させた状態で停止した。
肩から跳び下りたイナミはさらなる襲撃に見舞われる。
複数のロボットが左腕に格納されていたブレードを突き出してきたのだ。
紙一重でかわすも、肌を焼かれる感覚がシナプスを駆け巡った。
ただの近接武器ではない。
電流が流れている。
イナミの外骨格は極めて頑丈だが、その実、弱点だらけだ。
高圧電流は、ミダス体に対して有効であるように、イナミにも致命的な損傷を与える。自分が放電するのと、他者から電流を浴びるのとでは、全く違うのである。
今の接触で、外骨格の一部は焼けただれていた。
破壊されたナノマシンを剥離し、損傷部を再形成。
イナミは相手の面倒さに苛立ちを覚える。〈跳躍〉があっても、これだけの数だ。跳んだところに電磁ブレードの猛攻が襲いかかってくるだろう。
――まるでハチだな。
ギアーゴが船を〈ハイブ号〉と呼んでいたのを思い出す。この『ハチ』たちが『歩兵』に違いない。
ひとまず距離を取ろうとしたイナミの耳に、人の悲鳴が飛び込んでくる。
「ひ、ひいっ! 来るな! 来るなよ!」
にじり寄るロボットに、兵士がマシンガンを乱射していた。
イナミは即座に〈超元跳躍〉で接近する。
亜空間を通るため、踏み切り速度は消失。
改めて足を踏ん張り、ロボットに肩から体当たりを食らわす。
倒すことはできずとも、よろめかせることには成功する。
イナミは背後の兵士に振り返った。
「今のうちに!」
だが、兵士は錯乱状態に陥っていた。
視界外から現れた漆黒の外骨格兵士に対して、マシンガンを向けたのである。
イナミはもう一度叫んだ。
「特務部だ! 退け!」
兵士は耳を貸さずに引き金を引いた。
幸い、弾倉はすでに空だった。
自分が銃撃を受けることよりも、跳弾による兵士の負傷を恐れていたイナミは、ほっと息をついた。なおも暴れる兵士を放電で気絶させると、乱暴に引きずって運ぶ。
マーティンの援護射撃を受けながら、漂着船の入口までどうにか退くことができた。
「すまん、部下が……」
「いや、俺の割り込み方も悪かったんだろう」
助け出した兵士は、その仲間たちに両脇から抱えられて、船内へと連れていかれた。
ルセリアは地中の水分を利用し、氷柱を生成してロボットの足を貫く。
「イナミ! とりあえず逃げ遅れた人を助けるわよ!」
「了解」
イナミは空高くに跳躍して戦場を俯瞰する。
一瞬でも視界を得れば、エメテルが救助対象を見つけ出してくれるだろう。
その期待どおり、マークが多数表示される。
その一つへと、イナミは重力に導かれるまま飛び込んだ――
〇
船橋では、絶叫と嗚咽と怒号が飛び交っていた。
クオノの目の前を、負傷者を乗せた担架が通る。
辺境警備隊に随行する医者の他、医学知識を持つ調査隊員が応急処置に追われる。
止め処なく溢れる血で、床がブーツの足跡だらけだ。
医療品は全く足りていない。状況は最悪である。
また一人――処置をしていた医者が首を横に振って、次の負傷者へと移った。
そうした光景の中、クオノは壁際で立ち尽くしていることしかできない。
蘇るのは、感情が希薄だった頃の記憶。
徐々に失われるカザネの体温。
無重力空間を漂う、血と肉。
彼が化け物に放り投げられ、壁に叩きつけられる音。
その彼が、こちらを見て叫ぶ。
「――クオノ!」
回想の呼びかけではない。
耳元で聞こえた彼の声に、クオノはびくりと肩を震わせた。
いつの間にか、イナミが帰還していた。
外骨格に傷は一つもない。
しかし、クオノは知っている。無傷なのはすぐ再生してしまうからであって、傷を負わないわけではないのだ。
それでも彼は、青白いパルス光を穏やかに明滅させながら、こちらを覗き込む。
「大丈夫か、クオノ」
「……イナミ」
クオノは無意識に彼にしがみついた。彼は優しく抱き留めてくれる。
――ダメなのに。
しっかりしなければ。
仮にも七賢人だろう。
だが、足が震えている。
イナミは頭を撫でてくれた。
「重く受け止めすぎるな。俺たちはまだ生きている。犠牲者に意識を引きずられると、動けなくなるぞ」
「……うん」
クオノはかすかに頷いた。
彼はそのことを身をもって学んだのだ。特務部第九分室と出会って。
ならば、自分も示さなければならない。わけも分からず胸に抱きかかえられていたあの頃とは違うということを。十一年間、何もせずに待っていたわけではないということを。
クオノは、イナミの外骨格の温もりから勇気をもらい、彼から離れる。
「ごめんなさい、もう大丈夫。ロボットは?」
「俺たちが籠城したのを見て、一定の距離を保っている」
「……そう」
マーティンとこれからの行動について話し合っていたルセリアが、エメテルとともに戻ってきた。状況はよくないらしく、溜息交じりに告げる。
「〈アグリゲート〉に救援要請を送ったけど、届くかどうかは分からないって」
エメテルが暗い表情で補足する。
「長距離通信機用のアンテナは早々に破壊されちゃったみたいなんです。〈ケストレル〉も失いましたし……その上、例の砂嵐が通過中みたいで」
ルセリアは周囲に第三者がいないことを確かめてから、こちらに囁いた。
「できるならとっくにやってるだろうけど……どうにかなんない?」
クオノは目を伏せて、首を横に振った。
「試したけど、干渉不可能。あの子たちは通信機能を有していない」
イナミが虚空を睨む。
「戦ってみた感じ、指示を受けながら動いているようではなかった。あらかじめ設定された任務を達成するのに、各々が自己判断を下しているんだろう。高度な人工知能だ」
ルセリアが腕を組んで、イナミを見上げた。
「その高度な知能とやらが、なんだってあたしたちを襲うのよ」
「ギアーゴが言っていたじゃないか。自衛しているんだ。だから、船に侵入した俺たちを敵と認識したんだろう」
「だったら、初めからここを守っててよ。そしたら、あたしたちだって迂闊に接触しなかったのに」
傍らで話を聞いていたエメテルが、「恐らく」と呟いた。
「作戦なんですよ。私たちはおびき寄せられたんです。これだけ目立つ物を囮にすれば、包囲は簡単でしょう。ほら、こんな風に」
全員が黙り込む。
特務部だけではない。船橋全体に重苦しい空気が蔓延していた。
イナミ一人が顔を上げている。
クオノは、彼が単身で機械兵団と戦おうとしているのではないか、と察した。
ある意味では無謀な人なのだ。誤った手段を取ってでも任務を遂行しようとする。
だからクオノは、今度はしっかりとイナミの手を握った。
イナミは驚いたようにこちらを見下ろし、かすかに頷く――
そんな中、ギアーゴが発言した。合成ゆえによく響く声で。
《皆様が交戦していらっしゃるのは、歩兵たちなのですか?》
ルセリアが「そうよ」となんの気もなしに答える。
すると、ギアーゴも深く考えていない様子でこう言うのだった。
《わたくしが管理していた歩兵が、皆様の敵。とすると、わたくしも皆様の敵ということになりますね》
クオノは弾かれるように周りを見渡した。
船橋を飛び交っていた阿鼻叫喚が、負傷者の呻き声だけになっていた。
意識のある者全員がこちらを注視している。
「ちくしょう」
吐き捨てたのは、マーティンだ。ハンドガンをギアーゴに突きつける。
「この野郎、暴れるつもりなら今すぐぶっ壊してやろうか!?」
銃口の前に、イナミが立つ。
「待て」
「あァ!?」
「こいつは至極当然の判断を下しただけだ」
呆れ顔のルセリアが、イナミをじっとりと睨む。
「それって弁護になってないと思うんだけど」
「そうか?」
「普通に聞いたらね」
「そうか……」
向けられた銃を全く意識していないイナミの様子に、マーティンは青筋を立てる。
苛立ちが爆発する前に、クオノはイナミに言った。
「説明が必要」
「つまり、戦争時で止まったままの判断基準を更新してやればいい、ってことだ」
イナミはギアーゴに振り返った。
「まず、お前はあくまで貨物管理担当に過ぎず、歩兵の司令塔ではない」
《ええ、もちろん》
「歩兵はまだ戦争をやっているつもりなんだよな」
《停戦命令を受け取っていないのでしょうなあ》
マーティンが、
「亡霊のようなもんじゃねえか」
と、小声でぼやいた。
イナミはそれを無視して、質問を続けた。
「だが、戦争はとっくに終わっている。歩兵は誤動作を続けているんだ」
《誤動作……》
ギアーゴのディスプレイが乱れる。
「歩兵は俺たちの敵か。肯定だ。俺たちは無意味に生命の危機に脅かされている。じゃあ、お前は俺たちの敵か。否定だ。お前は俺たちを脅威に晒してはいない。ところでお前はどう思う、ギアーゴ」
《わたくしは――》
ギアーゴは、イナミとマーティンが持つハンドガンを交互に見比べる。
《貨物管理担当――皆様の運航をお手伝いするという崇高な使命――〈ハイブ88E号〉は墜落――乗組員の皆様も亡くなられて――では、わたくしの存在意義は――》
思考の迷路に陥ったようだ。ギアーゴはボールキャスターを転がし、その場でぐるぐると回り始めた。
イナミはちらりとマーティンを見る。
辺境警備隊長は疑いながらもハンドガンを下ろし――
ようやくギアーゴの迷走が止まった。ディスプレイに大きな『目』が戻る。
《この身は未だ活動可能。皆様もまた尽くすべき人間。クオノ様には再起動していただいた恩もありますし、何より歩兵の誤動作を放置していてはわたくしの沽券に関わります。皆様のお手伝いをさせてください》
恭しく礼をしてみせたギアーゴに、離れた場所から様子を窺っていたモーリスたちは、ほっと胸を撫で下ろした。
マーティンは気まずそうにハンドガンをホルスターへと戻した。
「ちッ、紛らわしい真似をするんじゃねえ。……そもそも、こんなチビに何もできやしねえだろうが」
彼は自嘲のつもりで呟いたのだろう。
が、それを聞いたギアーゴは、外装パネルを展開し、体内から作業アームを何本も取り出してみせた。威嚇のつもりらしい。
マーティンは気だるげに「分かった分かった」と両手を上げるのだった。




