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船降る星のストラグル  作者: あたりけんぽ
第二部 戦闘継続、二百年目

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32/63

遺物:お近づきになりたい

 都市外は機関の力が及ばない危険地帯、というイナミの想像は間違いだった。

 漂着船周辺は静かで、これといった事件が起きる気配もない。


 そもそもミダス体は人間を標的にした生物兵器であって、それならば自然と人間の生活圏付近に集まるのは自然なことなのかもしれない。


 いつしか山間部は夜の闇に包まれていた。

 監視台のライトが草原や木々を走り、周囲をぼんやりと照らし出す。

 漂着船の搭乗口前には、焚き火を囲むいくつかの輪ができていた。


 まるで一つの村のような光景から離れ、特務部第九分室は〈ケストレル〉機内で食事を取ろうとしていた。

 そこへ、発掘調査隊主任のモーリス・スミスが訪問する。


「よかったら、みなさんもこっちに来ないかい? 親睦を深めるには、火を囲んで語らうのが一番、ってね」


 人見知りのエメテルは表情を硬くしたものの、ルセリアは快く応じた。


「構わないわよ。お言葉に甘えようかしら。ね、みんな」


 と、彼女はイナミたち三人に目配せをする。

 クロークやフルハーネスベルトを外し、コンプレッションウェアを緩めた状態。

 これで発掘調査隊の様子を窺うつもりなのだろう、とイナミは意図を汲んだ。


 モーリスに案内された先で、二十数名の調査員、五十数名の兵士が、あちこちで焚き火を起こしていた。その周りに簡易イスを並べ、飲食をしている。

 招かれたのは調査員たちの輪で、イナミたちが近づくと、「おー!」と歓声が上がった。


 簡易調理場では、大きい鍋がキャンプコンロで温められている。運んできた食料のあり合わせでスープを調理したらしい。


 四人はモーリスの勧めで簡易イスに腰を下ろすと、女性調査員たちからスープをよそったプラスチックボウルとスプーンを受け取った。

 ボウルを抱えていた男性陣が、何やら落ち込んだ様子で空いている席に戻る。


 それを不思議に思って眺めていたイナミに、女性調査員が微笑んだ。


「あの人たち、お近づきになりたいんですって。察してあげてね、可愛い特務官さん」


 隣で聞いたエメテルが「か、か、可愛い……ですか!?」と動揺を(あら)わにする。焚き火の明かりを受けていても、赤面しているのだと分かった。

 クオノは無関心な様子で、ぼうっと揺れる炎を見つめている。

 ルセリアは、ちゃっかり隣に座ったモーリスを睨んだ。


「何? 『親睦』ってそういうこと?」

「いや、はは、僕が言っているのはもちろん、仕事上の付き合いって意味だから。適当に流してもらって構わないよ」


 女性調査員が、イナミに対してにっこりと微笑んだ。


「『可愛い』ってのは、あなたもそう」

「……俺が?」


 そんな言葉をかけられたのは、初めてのことだ。

 イナミは反応に困り、ルセリアを見る。


「そうなのか?」


 彼女は「む」と眉をひそめ、


「知らないわよよかったじゃないそっちはそっちで仲よくすれば」


 早口で捲し立てた。

 わけが分からないイナミに、女性研究員は「あらあら」と楽しげに笑う。


 そんなこんなで、食事は始まった。


 まず、研究員たちは自己紹介をしてくれた。彼らはそれぞれの専門分野を活かし、発掘調査に携わっているのだという。


 基礎的な遺物の知識に加え――

 ヒトや動物、植物に関する生物学。

 船舶、機械、金属に関する工学。

 食産業学や被服学に関する文化人類学。

 他には地質学などなど。


 発掘調査隊は、いわば研究者の『寄せ集め』だ。


 彼らが調査を通してどういったものに関心を寄せているのか、話を聞いているうちに、イナミは〈ザトウ号〉での日々を思い出していた。


 自分がナノマシン体と分かってから、カザネたちはずいぶんと研究内容をオープンにしてくれたものだ。

 それはまるで、自分たちの計画をとにかくひけらかしたい子供らしさと、もう何も隠す必要がなくなってせいせいした解放感が、ない()ぜとなった様子だったが――


 目の前の彼らは屈託なく話す。こちらが理解できなかったとしても、都市での生活にどう関わっているのかを教えてくれた。


 気がつけば、クオノも身を乗り出して聞いている。

 七賢人として耳を傾けているのかもしれないが、それにしてはずいぶんと目が好奇心で輝いているようだった。

 長年、〈セントラルタワー〉に隠れていたとはいえ、教育は受けているだろう。学力はイナミよりずっと高いに違いない。何せ、(よわい)十五にして、評議会の話し合いについていっているのだから。


 エメテルは積極的に会話へ参加しないものの、それぞれが好き好きに話す全てを理解している様子である。イナミは誰かに集中しないと、頭に内容が入ってこなかった。


 一方、ルセリアは()()ボウルにスープをよそいに行っていた。果たして、何杯目になるだろう。


 そんなことを思い出そうとするイナミに、


「あの……」


 横から声をかける者がいた。

 先ほどの女生徒は異なる、褐色肌の若い女性である。イナミと同じ年頃で、妙に重そうな鎖のネックレスを上着の中に入れている。


「ミカナギさんは移民と聞きました。『液体金属』が身体に移植されているというお話も」

「詳しいな。調べたのか?」

「いえ、ニュースになっていますよ。見ていないのですか?」


 彼女はリストデバイスを操作し、ニュースアーカイブを表示した。

 記事には、どこから撮ったのか、変異状態のイナミを撮影した映像が掲載されていた。

 ふと顔を上げると、彼女以外の調査員たちも興味津々とイナミを注視している。


「ずばり、『液体金属』とはどのような技術なのでしょう」

「ああ――」


 イナミは自分でもよく分からない(ふう)を装う。ここ最近、同じ説明を繰り返してきたせいで、この種の嘘をつくのに慣れてきたようだ。


「脳から発せられる信号に反応して形を変える、らしい。それ以上のことはよく……移植手術をしたヤツもミダス体にやられたからな」

「欠片だけでもラボで分析してみようとは思わないのですか?」

「この『液体金属』は俺から離れると自殺するようなプログラムが組み込まれているんだ。だから、『欠片』はただの金属粉末にしかならない」

「そうなのですか……」


 本当のところは金属でもなんでもなく、ナノマシンに組成された細胞に過ぎない。硬化した装甲は、文字通りの骨。『外骨格』なのだ。


「解明されれば素晴らしい技術革命が起きると思ったのですが……」

「管理外技術は七賢人の管轄にある」


 そう、静かに言ったのは、モーリスだった。


「それに、詮索は感心しないな。ミカナギくん個人の事情もあるだろう」

「そう……ですね。失礼しました」


 イナミは「いや、気にしていない」と応じた。むしろ科学者が興味を持つのは当然に思えた。

 助け舟を出したモーリスが、話題を変えた。


「さっきの映像、〈セントラルタワー〉襲撃の記事かな。みなさんもその現場に居合わせたのかい?」


 ルセリアはスプーンを咥えていたので、代わりにエメテルが答える。


「はい。大変な戦闘でした。被害もかなり出てしまいましたし……」

「それでもミダス体を撃退できたのは幸いだと思うよ。その頃、ぼくらは別の調査に出向いていていたから、実際のところは分からないけど――帰る場所が残っていたのは、きみたちの力があってこそじゃないかな。ありがとう」


 頭を下げるモーリスに、


「そんな……特務官の務めを果たしただけですから……」


 エメテルは控えめに答えた。


 調査員たちはクオノの表情に気づかない。

〈セントラルタワー襲撃事件〉は、都市中枢で起きたミダス体との大規模戦闘だ。

 ミダス体の目的は機関本部の制圧ではなく、最上層に隠れ住んでいたクオノだった。

 年端も行かぬ少女に与えられた強大すぎる力を巡る戦いだと、一握りの人間以外は知らないのである。


 この温厚そうな男性調査員が真実を知ったら、それでもクオノに微笑を向けてくれるのだろうか。その力を守ることを選択したイナミたちに感謝を述べるだろうか。


 分からない。

 だから今も、クオノの力は秘匿されている。

 未来を切り拓くために必要となる、その日まで。


 イナミは憂いを秘めながらも、モーリスに質問した。


「都市にいる時間のほうが短いんじゃないのか。調査員は少ないのか?」


 モーリスは、チタン製マグカップに注がれたコーヒーを一口飲んだ。


「確かに人員は少ないよ。だけど、派遣は強制されてはいないんだ。調査隊は専門が違う者の集まりだけど、共通点が一つある。それはね――」


 そう言って、マグカップを軽く持ち上げてみせた。


「遺物に触れるのが好きってことだ。僕らが持つ知識は、古い言い回しでたとえると、虫に食われた紙媒体(ペーパー)なんだよ。その欠けた部分に何が書かれていたのかを解き明かすのが、発掘調査の面白いところだ」


 調査員たちがうんうんと頷いて同意する。

 モーリスは静かに、明かりに浮かび上がる漂着船へと目を向けた。


「もう一つ、〈大崩落〉以前の遺品が見つかるかもしれない。死者の痕跡を拾い集めて、その存在をデータバンクに刻みつけるというのも、生存者たる僕らの使命なんじゃないかな」


 おお、と研究員から(はや)し立てられ、モーリスはぎこちなく笑った。

 感銘を受けたのはイナミも同じだった。


『死者の痕跡を拾い集め、存在を刻みつける』


 時には、〈ザトウ号〉のように封印されるべき船もある。

 しかしながら、搭乗していた船員たちには家族や友人がいたはずだ。遺族には、事故によって消滅した、としか伝えられなかっただろう。


 そうではない。

 生き証人であるイナミは、胸の辺りに手を当てた。そこには硬い物の感触があった。


〈ザトウ号〉も地上のどこかに漂着しているのだろうか。

 ならば、いつか見つけ出さなければならない。

 たとえ研究員たちがミダス体を生み出したという悪名を残すことになっても。


 物思いに沈むイナミの周りでは、賑やかさが戻ってきていた。


   〇


「え、そっちで寝るの?」


 そう訊いたのは、〈ケストレル〉キャビンに毛布を広げていたルセリアだ。

 床面積は四人が寝転がってもまだ余裕のある広さである。

 にもかかわらず、イナミがコクピットで寝ると言ったので、先の反応が返ってきたのだ。


「ちゃんと横になったほうが休めるわよ」

「コクピットシートを倒せば、十分、快適に寝られる」

「ふうん? ま、いいけど。もしかしてあたしたちに気を遣ってたりする?」

「それも少しはある」


 と、イナミは軽く笑い、コクピットに移ろうとした。

 その後にクオノが、


「なら、私もそっちで寝る」


 毛布を抱えてついてくる。

 再び、ルセリアが「え」と固まった。先ほどのイナミに対するものとは異なる反応だった。


「えーと、そっちは多分、こっちよりも寒いわよ」

「……? 室温に差はない」

「そ、そうかもしれないけど、イナミみたいにタフなのはともかく、シートで寝るのはやっぱりきついと思うのよね」

「慣れている」


 クオノは「じゃあ、おやすみ」と言って、ドアを支えるイナミより先にコクピットへと入った。操縦席と副操縦席を見比べて、後者に自分の寝床を定めたらしい。ちょこんと座って、毛布に包まる。


 実のところ、イナミは見張りをしておこうと考えていたのだが――確かに傍らにいてくれれば、別の不安も解消されるか、と考え直した。


「おやすみだ、ルーシー」

「え、ええ……おやすみ」


 ドアの閉め際、キャビンから、


「ルーシーさん残念でしたねー。早めに言い出せばドキドキナイトだったのに」

「はあ? 何が残念って?」


 というやり取りが聞こえた。

 ルセリアも、クオノと夜を過ごし、最近の変調についてそれとなく訊き出すつもりだったのかもしれない。


 イナミはそう解釈し、ドアを閉めた。


「今日は疲れたんじゃないのか、クオノ」

「ううん、平気」

「目が眠そうだぞ」


 そう指摘すると、彼女は毛布から手を出し、目の下をむにむにと揉んだ。


「さっきまで人が大勢いたから……それで緊張が解けた」

「そういうことにしておこうか」


 クオノの「むー」という聞いたことのない唸り声を、イナミは笑みで受け流した。

 シートに座り、側面のレバーを操作し、背もたれを倒す。


「ここで調節できるらしい。お前も倒したほうが――どうした?」

「え」


 クオノがこちらを凝視している。

 自分でもそうしていたことに気づいていなかったようだ。再び、顔を手で挟んで、ぽつりと呟いた。


「少し思い出したみたい。〈ザトウ号〉のこと。脱出するとき、イナミ、私にベルトをつけてくれた」

「ああ……」


 イナミはシートに身体を寝かせ、毛布を被った。


 自分にとっては、まだ新しい記憶だった。変異体を撃退するため、脱出ポッドにクオノを一人残してしまった。そのときの判断は正しかったのか、未だに確信を持てずにいる。


 クオノは十一年もの歳月を生きてきた。

 イナミはまだ一ヶ月も過ごしていない。

 その差を、痛感する。


「明日は早い。今日はもう――」


 言いながらコクピットの明かりを消そうとしたときだった。


〈ケストレル〉の周囲から、ぎぎぎ、と古い機械が軋むような音が聞こえた。

 イナミは反射的に跳び起き、聴覚を研ぎ澄ます。すぐ近くではない。森のほうからだ。

 夜遅くに調査隊と警備隊が行動するとは思えない。


「ここにいろ」


 素早く立ち上がり、キャビンへと戻る。

 そんなイナミの視界に飛び込んできたのは、


「いっ……」


 コンプレッションウェアを脱ごうとしているルセリアの姿だった。

 彼女は目を丸くしてイナミを見つめている。上半身ははだけ、腰の辺りまで白い肌を露出していた。黒いインナーがよく映える。


 一方、エメテルは床で半身を起こし、飛び込んできたイナミにぼんやりと言う。


「あの、お邪魔でしたら、私、後ろのほうにいるので――」

「今のが聞こえなかったのか?」


 イナミ自身はルセリアに対して特に反応を示さず、平然と尋ねた。

 硬直していた彼女は重い溜息とともに肩の力を抜き、コンプレッションウェアを羽織り直す。


「なんのこと?」

「外に出てみろ」


 疑わしげな二人を連れて〈ケストレル〉の外に出る。

 軋み音はまだ聞こえていた。


 エメテルがルセリアに寄り添いながら呟く。


「なんだか、古い機器が動いてるみたいな音ですね」

「じゃあ、警備隊の誰かが巡回してるんじゃない? パワードアーマー、結構使い込んでたし」

「そういう感じでは……ないですよ」


 辺境警備隊の兵士たちが、フラッシュライトを森のほうへと向けている。明らかに警戒している様子だった。

 イナミは彼らに近づいていった。


「何かあったのか?」

「いや、分からん。大方、地理的な現象か、野生動物の鳴き声だろう」

「これが動物の出す音なのか?」

「さあね。調査隊が来たものだから、驚いたんだろう」


 兵士はぞんざいに答えた。


「まったく、動物は気楽だな。ミダス体に襲われることがないんだからよ。どうして人間だけを襲うんだろうな」

「……憎んでいるからだ」

「何か言ったか?」


 イナミはなんでもないと首を横に振る。


 結局、辺境警備隊は何も発見できなかった。

 念のために外で待機していたイナミとルセリアは、共有データスペースに『異常なし』の報告がアップロードされたのを確かめてから、改めて休むことに決めたのだった。


   〇


 森の奥から、いくつもの『目』が漂着船を見つめる。

『彼ら』が蠢くたび、モーターやアクチュエーターが音を立てた。


 来訪者たちは『彼ら』の存在に気づいていない。

 まだ、その時が来るまで。

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