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船降る星のストラグル  作者: あたりけんぽ
第二部 戦闘継続、二百年目

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30/63

遺物:慣れるのが先かな?

 一五(ヒトゴ)時。

 およそ六時間ほどの移動で、特務部第九分室は目的地上空に到着した。


 漂着船が横たわっているのは、山間のふもとだ。

 船首から船尾までの全長は、二百メートルはあろうかという大きさである。

 その巨体が地表に衝突した影響で、山は土砂崩れが起き、辺り一帯の木々は失われ、代わりにススキ野が形成されている。


 砲撃の被弾痕は背部に確認できた。

 外装甲を突き破り、内部で爆発するタイプの砲弾だったらしい。装甲が内側から捲れるように歪んでいる。恐らく中は、もっとひどいだろう。


 イナミは船員のことを想像した。

 爆発によって即死したか。それとも、船外に吸い出されて窒息死したか。


 宇宙空間での戦闘において、搭乗物を破壊された者の生存は絶望的である。

 それは漂流についても同じことが言える。航路から外れてしまえば、誰も通りかかることがないからだ。


 今になって思えば、自分とクオノも、あのまま救助を待っていたところで、いずれは餓死を迎えていたかもしれない。

 結果的には、質量消失の『波』に引き込まれたおかげで、地上に逃れることができたと考えられるが――


「船ってすごい」


 隣のクオノがぽつりと呟いた。


「〈セントラルタワー〉と全然違う。今まで映像でしか見たことなかった」

「〈ザトウ号〉は外から見なかったのか?」

「見た……と思うけど、あまり覚えていない。ただ、白くて大きい物……としか」

「ああ、それは俺も似たような印象だな」

「〈ザトウ号〉もここにある船も、たくさんの人を乗せていた。そうやって普通には行けない場所に行っていた。それって――やっぱりすごい」


 あまり起伏を表さないクオノの口調が、やや早口になる。

 些細な変化に気づいたイナミは、微笑を浮かべて頷いた。


 漂着船周辺の雑草は綺麗に刈り取られ、調査隊のキャンプが設営されている。輸送機離着陸用のスペースでは、辺境警備隊の兵士が赤いライトを振っていた。


 その誘導に従って、〈ケストレル〉を操縦するAI、バスケトは降下を始める。

 人間的な直感を持たない彼は、センサーの駆使のみで正確に着陸してみせる。搭乗員にはわずかな揺れしか感じさせなかった。


《着陸シークエンス完了》


 エメテルが、左耳に着けたカフ型デバイスを、人差し指と親指で揉むように触る。


「お疲れ様、バスケト」


 ローターの回転が止まったのを確認して、イナミたちはシートベルトを外した。

 ルセリアが立ち上がろうとして、自分の尻に手を当てる。


「てて……長距離移動ってのは、これだからイヤなのよ」


 ぼやく彼女に、エメテルがにたりと笑う。


「ルーシーさんはお尻おっきいですもんねー」

「お、お、大きくないわよ! あんたが小さいだけでしょ!」


 がしりと同僚の臀部を鷲掴みにするルセリアと、「うぎゃ!」と悲鳴を上げるルセリア。なんとも微笑ましい光景である。


 そうこうしている間に、〈ケストレル〉後部のカーゴハッチが倒れるように開いていた。昇降用スロープの機能も担っているのだ。

 そこから外に出た四人は、白髪交じりの男に出迎えられる。


「よく来たな、と言いたいところだが――」


 男は細長の顔で、野性味のある険しい目つきをしている。

 短く尖った耳は短い体毛に覆われているが、これは『分化』の影響である。〈大崩落〉以降、ヒトに哺乳類動物の形質が現れるようになった、突然変異現象だ。


 指揮官用の機械式甲冑(パワードアーマー)を装着しているので、辺境警備隊の隊長だろうとすぐ察しがついた。

 身体機能の補助は戦闘のみならず、調査用機器の運搬にも利用できる。

 そのため、辺境警備隊の任務には発掘調査隊への協力も含まれているのだった。


 男は第九分室を一瞥し、「ちッ」と舌打ちをした。


「女子供ばかりか」


 ルセリアはその一言を聞き流し、事務的にリストデバイスから職員証を提示した。


「特務部第九分室、ルセリア・イクタス。並びにエメテル・アルファ、イナミ・ミカナギ、クオノ・ナガスよ。よろしく」


 各々を紹介した上で、胸に拳を当てた。機関式の敬礼である。

 男も同様のポーズを取った。パワードアーマーの駆動系が、きゅい、と音を立てる。


「第三辺境警備隊長、マーティン・バートランドだ。言っておくが、ミダス体が出てこない限りの指揮権はオレたちにある。そのことを忘れるなよ」

「もちろん知ってるわ。まあ、あたしたちが特務執行権を行使した場合は、その()()じゃないんだけどね」


 少女の完璧な微笑に、マーティンと名乗った男は「ふん」と鼻を鳴らした。

 ルセリアは表情を変えずに〈ケストレル〉のカーゴを振り返る。


「輸送物資は中にあるわ」

「ご苦労。オレたちが運び出す。お前たちは邪魔にならないようにしていろ。くれぐれも森に入って、捜索に人員を割かせるような手間はかけさせるなよ」


 マーティンはそう言い捨てて、部下とともに〈ケストレル〉へと乗り込んでいった。

 その背中を見送ったイナミは、肩から力を抜くルセリアに、笑みを浮かべる。


「突っかかっていくんじゃないかと思ったんだが」

「正直そうしたいけど、現場の協調性ってもんも大事にしないとね」

「俺たちは嫌われているようだな」

「まあね。分からなくもないわ。ずっと都市外を巡回してる部隊なのよ。だから、都市の人間に対して反感を持ってるってワケ」

「遺物を流出させて、混乱を起こそうという動機になるか?」

「うーん、ぴんと来ないわね。帰る家をなくすようなこと、するかしら」


 ルセリアの冷静な答えに、イナミは「それもそうだな」と頷いた。

 彼女は通りがかった兵士を捕まえて尋ねる。


「特務部よ。発掘調査隊の主任に挨拶したいんだけど、どこにいるか分かる?」

「漂着船に機材を運び込んでいるところを見かけたが……」

「ありがと」


 兵士は惚けたようにルセリアを見つめ、続いてエメテルとクオノに、ぽかんと口を半開きにする。イナミには目もくれなかった。

 彼は歩き始めた後も、幻を見たのではないかとばかりに、何度も振り返る。

 その様子は、マーティンの『女子供ばかり』とは違う態度に見えた。どうも魅入られたらしい。


 ルセリアはというと、マイペースに漂着船にかけられた組み立て式タラップを指差した。


「あそこから入れるみたいね。行きましょ」


 船の多くは、宇宙空間の造船所で建造され、完成後に港へと移される。

 乗組員は船と港の間に接合されたチューブを通って搭乗するのだ。

 組み立て式タラップは、その搭乗口に固定されていた。外部ハンドルを操作し、ハッチを開放したのだろう。


 四人はそれを使って、船内へと入った。

 タラップを上がるときは『かんかん』と軽かったブーツの足音が、通路に入った途端に『ごっごっ』と重いものに変わる。


 通路は明るい。

 照明器具が点々と床に置かれている。端を這うケーブルを通じ、発掘調査隊が持ち込んだ発電機から電力供給を受けているのだ。

 四人はケーブルを辿って奥へと進んでいく。


 最後尾を歩いていたエメテルが、「うう……」と唸る。


「なんだか、臭いませんか?」

「ちょっとね」


 と、先頭のルセリア。


「ちょっとというか、かなり」


 とは、イナミの後ろに密着するほど近いクオノ。

 最も嗅覚が優れているイナミも頷いた。


「空気が汚染されている、というのではなさそうだな。鳥やネズミが巣食っているような、路地裏のゴミ捨て場に近い臭いだ」


 より具体的な表現に、ルセリアが振り返る。


「ゴミ捨て場って……なんで、そんな場所を知ってるの?」

「一人で動き回るのに、監視カメラがない場所を選んで使っていた。特に建物と建物の間にある細い路地はセキュリティが甘い。改善したほうがいい」

「……あ、そう」


 などと話しているうちに、(ひら)けた空間に出た。


 コンソール卓、操縦桿、それらを見下ろす位置にある座席、粉砕された巨大モニター。

 それらの手がかりから、エメテルはこの空間が何かを理解した。


船橋(せんきょう)、ですね」


 船を操縦し、乗組員への指揮を執る場所だ。


 そこに、物資コンテナよりかは軽そうな荷物を開封する者たちがいた。

 先ほどの兵士たちとは異なり、表情に緊張感はない。

 体つきから戦闘員ではないと分かる人々は、胸に技術研究所(ラボ)のエンブレムが入ったジャケットを着ている。


 温和そうな四十代男性がこちらに気づき、荷物の整理を中断した。


「どうもどうも。連絡にあった特務部第九分室……のみなさんだよね」

「ええ、そのとおりよ」


 ルセリアは先ほどと同じように全員を紹介した。

 男性調査員はマーティンと異なり、親しげな笑みを浮かべて頭を下げる。


「僕はモーリス・スミス。発掘調査隊主任だ。そちらの任務は視察がてらの訓練と聞いているよ」

「ウチに新人が二人も入ったから、それでね」


 と、ルセリアはイナミとクオノを見た。

 クオノはオペレーター補佐という肩書になっているのだった。


 モーリスは「確か……」とゆっくり尋ねる。


「第九分室は実験部隊だったね。フェアリアンが配属されている」

「あ、私がそうです」


 エメテルが控えめに手を挙げた。やはり元気がない。

 モーリスはさらにイナミへと視線を移した。


「記憶違いじゃなければ、きみは、()()イナミ・ミカナギくんかな」

「どのイナミ・ミカナギかは分からないが、同じ名前の市民はいないはずだ」

「ははあ、とすると、第九分室はだいぶ特殊なんだなあ」


 モーリスはいたく感心した様子で何度も頷いた。


「とにかく頼もしいね。特務官さんがいてくれるんだからさ」

「頼られる状況にならないのが、一番だけど」


 ルセリアの軽口に、モーリスは「そうだね」と頷いた。


「視察ということは、ある程度は作業内容について報告したほうがいいのかな」

「共有スペースに保存しとくレポート程度でいいから、してくれると助かるわ」

「了解。現在は見てのとおり、調査に使う機材の準備中だ。空気サンプルとかはもう採取したけれど、本格的に動き出すのは明日になるかな」

「ずいぶんのんびりなのね」

「気象情報だと晴れが続くらしいから、余裕があるんだよ。機器が水浸しになることも、土砂崩れに巻き込まれる心配もない。ただ一つ、気になることがあるとすれば、旧市街地を砂嵐が通り過ぎていくかもってくらいかな」


 イナミは話を遮らないようにタイミングを窺って質問する。


「砂嵐が起きると、何か問題があるのか?」

「ここはそんな心配はないけれど、場所によっては汚染物質が飛来したりね。他には、通信障害が起きることもある。今回はそれだ。その間、仮に事故が起きてしまったとしても、本部に連絡できないのさ」


 確かにそれは問題だ。

 イナミは納得しながら、もう一つだけ訊いた。


「ここの臭いはなんだ?」


 モーリスは「ああ――」と鼻を動かす。


「ここを棲み処にしていた野生動物の糞の臭いだね。閉鎖されたブロックだったけど、どこからか入り込んでいたみたいなんだ」


 雨風を避けることができ、暗く湿った空間。視力は退化しながらも異なる感覚に優れた種の動物にとっては、隠れ家に持ってこいの環境なのかもしれない。


「それにしては、ずいぶん綺麗だな。汚れていないし、動物も見ていない」

「毎度悪いこととは思うけど、出ていってもらったよ。何匹かは捕まえてね。糞の採取と掃除はロボットを使った。換気もある程度したから、じきに臭いは消えるはずだよ。それとも、慣れるのが先かな?」


 あはは、と笑うモーリスに、イナミの背後に隠れたエメテルは、笑い事ではないと言いたげな表情を浮かべる。


 ルセリアは微笑で応じ、今しがた歩いてきた通路を見た。


「船内を歩き回ってもいいかしら。地図で見るだけじゃなくて、ちゃんと構造を把握しときたいの」

「どうぞどうぞ。一応注意しておくと、物には触らないように。壁や扉にも、ね。人の汗や脂で変質する恐れがあるんだ。何か気になる物を見つけたら、僕らを呼んでほしい」

「オーケイ、分かったわ」


 軽く手を挙げて感謝の意を示したルセリアは、通路へと引き返した。

 三人はその後ろについていく。


 イナミは気分の悪そうなエメテルが心配になって声をかけた。


「一度、外に出て休むか?」

「大丈夫です、我慢できます」

「いや、しかし――」

「実際、身体に害がある濃度じゃないんです。行きましょう」


 強い口調で言い返すので、イナミは彼女の意志を尊重することにした。


「クオノはどうだ。大丈夫か?」

「……ん」


 クオノはただ頷いてみせたのみで、前をじっと見つめている。

 あまりに機械的な表情――かと思えば、口元を押さえ、


「けほっ」


 と、咳き込んだ。


 ルセリアが振り返り、イナミと視線を交わす。

 第九分室がいつもの調子で活動するのは、かなり難しそうだった。

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