跳躍:俺が証明するんだ
イナミは、サブエントランスフロアの中央に立って周囲を見渡した。
非常灯の照明がうっすらと空間を照らしている。
人気はない。職員もミダス体も、ここには来ていないようだ。
「それで、評議会室ってのは、どう行けばいいんだ?」
《えっと、そ、それがですね……頂上にあるのは確かなので、どこかにエレベーターがあるはずなんですけど……》
「機密になっているか。外壁をよじ登るか?」
《『ネズミ返し』って迎撃システムがあります。無謀です》
それでもそこを行くしかないのなら、とイナミが踵を返そうとしたときだった。
イナミの視界に、順路を示す光のガイドが示された。
「……なんだ? エメテル、お前が出したのか?」
《え、何がです?》
「ガイドだ。俺を案内してくれている」
《……タクティカルグラスには何も表示されてませんけど》
二人は一斉に押し黙った。
イナミは、ナノマシンの機能として、通信器官を持っている。〈ザトウ号〉ではそれを使って情報を得ていたのだが――
ドゥーベは、イナミだけが受信できるような形で、情報を送ってくれたのだろうか。
「行ってみる」
《分かりました。道中、ミダス体が徘徊してるかもなので、気をつけてくださ――》
ぶつ、と彼女との通信が切れた。
緊急事態とはいえ、職員に情報が洩れないための切断処置だろう。
イナミは単身、ガイドの指し示す道を走って辿る。
エントランスのエレベーターは使わないようだ。奥の廊下へと入って、非常階段を地下に下って、施設メンテナンス用の扉を開けて、ダクトやパイプの露出した通路を行って――
やがて、宇宙船時代の面影を残した一本道へと出る。
その先にエレベーターがあった。
位置的には、〈セントラルタワー〉の中心シャフト内に設置されている。もしかしたら、元から船内移動用として設けられていたのかもしれない。
そのドアが開きっぱなしになっている。
用心深く中を覗き込んでみたが、かごはなかった。
シャフトの底に残骸が横たわっている。上のほうでは、ワイヤーが鋭利な刃物で切断されていた。ミダス体が侵入したのだ。
ガイドも上層を示している。イナミは腕の力でシャフト内に這い上がり、出っ張りをよじ登り始めた。
「結局は、これだ……!」
洩らしても仕方があるまい。
身体だけでなく、〈跳躍〉も駆使して最上層を目指す。
出っ張りから出っ張りへと移動しながら、イナミはこの力について考える。
自分はただのナノマシン体だ。
クオノのように脳機能を拡張されているわけではない。
それなのに、シンギュラリティとは異なる力――超能力が使えるようになるなんて、ありえるのだろうか。
あるいは、ナノマシン体だからこそ使える力なのか。
シンギュラリティ能力者が脳の活動によって空間に干渉するのなら、自分は全身のナノマシンを活動させることで空間に干渉している――とか。
だから、自分しか跳べないのではないか。
だから、着ている物と一緒に跳ぶには、外骨格で覆う必要があるのか。
考えているうちに、シャフトの終わりが近づいてきたように見えた。
ずいぶんタイムロスをした気がするが、地上からの高さ、およそ二五〇メートル。それを数分満たずで登り詰めていることを考えれば、異常な速度だった。
イナミはひしゃげたドアへと跳びつき、最上層通路へと転がり出る。
環状通路の外側はガラス壁で、〈アグリゲート〉の全域が見渡せた。タワー周辺で起きている戦闘も、である。
進んですぐ、二つの両断された白い何かが視界に入った。
初め、ロボットに見えたが、それが見覚えのある白装束を纏っていると分かって、イナミは声を上げてしまう。
「ドゥーベ!」
うつ伏せに倒れている上半身を抱え起こす。
仮面は外れて、クロヒョウの頭部を光に晒していた。見覚えがある。エメテルが調べたプロフィールに登録された顔だ。
「お前……ジヴァジーン、なのか……?」
「来たか」
二つの意味で、ジヴァジーンは生きていた。
消息を絶っていた男が、七賢人の白装束を纏い、そして身体を断たれてなお虚ろにイナミを見上げている。
「娘を……」
それが誰のことかは、すぐに知ることとなった。何者かが評議会室の扉を開け放つ音が聞こえたのだ。
イナミは彼を静かに横たえて立ち上がる。
通路の奥から姿を現したのは、ベネトナシュだった。
評議会室には一人ではなく、二人の七賢人が控えていた。常にそばに控えていた彼女は、ドゥーベの娘だったというのか。
その細い腰に腕を回す者は、カザネの姿をしていた。もはや、イナミは惑わされない。あくまで彼女の姿をしたミダス体でしかない。
ベネトナシュは、通路に立ちはだかるイナミから、倒れているジヴァジーンに気づいて狼狽する。
「お父様!」
「まだ生きている」
イナミは彼女に教えながらも、ミダス体から目を離しはしない。
「彼女を解放しろ、ミダス体」
「そこをどきなさい、イナミ。この子がどうなってもいいの?」
「俺相手に人質か」
「ええ。あなたにはこれ以上ない人質よ」
いびつな笑みを浮かべたミダス体は、ベネトナシュの仮面に手をかけ、留め具を指先で切断した。
仮面が重力に引かれて落ち、床にぶつかって乾いた音を立てる。
ベネトナシュは反射的に顔を背けようとした。
しかし、ミダス体が頭を掴み、強引にフードを脱がす。
三つ編みが彼女の両肩に垂れた。
透き通るような銀髪だ。
瞑っていた目が恐る恐る開かれる。碧眼だった。
第九分室の少女たちとそう変わらない年齢に見える。
端正な人形めいた美少女に、面影もあった。
探し求めていた、クオノの。
「まさか、クオノ――だったのか? ベネトナシュが?」
「イナミ……」
仮面には変声機が搭載されていたようだ。生の彼女の声は、感情の起伏が乏しい少女のものと似通っている。
イナミの知らない十一年間を歩んできたのだという、成長が現れていた。
それでいて、二人は今再び、同じ場所に立って、同じ時を刻んでいる。
と、再会の感傷に浸っている場合ではない。
ミダス体がクオノの顎を乱暴に掴んだ。
「分かったでしょう、イナミ。お望みなら、この子が変異するところを見せてあげてもいいのよ。カザネ・ミカナギの変異を見せてあげられなかった代わりにね」
イナミは、その警告を無視し、一歩前へ出た。
「お前たちにはできない」
「……なんですって?」
「シンギュラリティと同じだ。クオノを変異させれば、お前たちが欲していた力も失われるかもしれない。そうだろう?」
どうやら図星のようだ。ミダス体は後ずさり、評議会室へと退く。
「クオノをさらって、どうするつもりだ」
「この子の力がある限り、私たちは強みを封じられる。だけど、うまく使えば私たちのネットワークに利用できるわ」
クオノが暴れようとしたが、ミダス体に押さえつけられる。
「あなたたちの命令なんて聞かない……!」
「〈ザトウ号〉のやり方を忘れたの?」
ミダス体はクオノの耳元で囁いた。
「クローニングで力の複製を試みる。成功したら、余計な自我を持ったあなたは不要。新しい女王様には、私たちの傀儡となって、遺物を統べてもらうわ。それもいつかは不要になるだろうけど、そのときはそのときよね」
「そんなこと、させるか」
イナミが獲物を前にした猟犬のように身構える。
「ここからクオノを連れ出せると思うなよ、ミダス体」
「あなたなら私たちの使命を理解してくれると思ったのに」
「使命だと?」
「『他者』というものがあるから、優位に立とうとして、他人を貶め傷つけ殺し合う。だったら、その『他者』という隔たりをなくせばいい。私たちならそれができると思わない?」
「勘違いも甚だしいぞ。俺もお前たちも、生物兵器だ。使命なんてのは、ただ敵を抹殺することだけなんだ。もっともらしい言葉で飾り立てても、やっていることは結局それでしかない」
ミダス体が返答に窮する。
イナミは歩幅を広げて議会室の扉を通った。
「お前たちの行き着くところは、『無』だ。未来も何もありはしない」
「だったら――」
ミダス体は立ち止まった。後ろに下がろうとしたところ、物にぶつかったのだ。
そこにあるのは、評議会システムの本体となる円卓と、ベネトナシュが座っていたと思われる座席だった。
「だったら、あなたたちが足掻いた先に何があるというの! ただ苦しんで、空しく滅びるのが未来だというつもり!?」
ミダス体はそう喚きながら、クオノを突き飛ばした。
華奢な彼女は壁に叩きつけられて倒れるが、気丈にも、すぐに身体を起こした。
《イナミ》
その声は、頭の中に直接響いた。
イナミのナノマシンに、〈感応制圧〉を通じて話しかけているのだろう。ここまで案内してくれたのも彼女だったというわけだ。
《注意して。そのミダス体は『盾』を所持》
《盾?》
《金属板を細断したシールドを体内に隠し持っている》
イナミは、クオノを手放したミダス体に迫る。
気密服を模したナノマシン群から、何十枚もの金属タイルが現れて、ミダス体を守るように宙に浮く。
バンテス・カルロのときと同じく、触手でタイルを操っているのだ。
イナミは構わず拳を叩きつけた。と同時に、生体電流を放ってみたが、タイルは不導体のようだった。
ミダス体がシールドを開き、ぎらついた目を覗かせる。
「脱出ポッドの外装甲を使わせてもらったわ。あなたのような外骨格なんて、纏うまでもないということよ」
「ちッ……!」
もう一打、力任せに殴っても、タイルは砕けそうになかった。
隙間に手を捻じ込むのも危険だ。丸鋸のごとく回転するタイルが、腕を噛み千切ろうと待ち構えている。
鋭利さで、というよりは、摩擦熱で外骨格をずたずたにされそうだ。
イナミはすぐに腕を引きながら、虎視眈々と隙を窺う。
シールドの展開量はミダス体の姿を覆い隠すほどではない。
とすれば、だ。
横薙ぎに襲いかかってきたタイルを避け、広い円卓の上に飛び乗る。
ミダス体も触手を使って自らを卓上に運んだ。
「さっきの威勢はどうしたのかしら?」
イナミは返事をせず、ミダス体の側面へとステップイン。拳の連打を繰り出す。
「一つ覚えねェッ!」
ミダス体は嘲笑い、シールドを押し出して防御に専念する。と見せかけて、腕を剪断刃に引き込もうと誘おうとしているのだ。
イナミがその罠にかかることはなかった。単純に攻撃が速く、青白いパルス光の残像を相手の目に焼きつけながら、次の一打に移っているのである。
両者は円卓の中央で火花を散らし合う。
投影されているホログラムディスプレイの幕が破られ、光が激しく明滅する。
この攻防の間に、シールドが一方向に集中しつつある。
イナミの狙いはそれだった。
今しかない。〈跳躍〉でミダス体の背後に回り、がら空きの身体に拳を突き入れて放電。これでおしまいだ。
そうなる、はずだった。
だが、〈跳躍〉を行ったイナミは、刹那、胸に違和感を覚えた。
「ぐ」
外骨格の内側、心臓部に、タイルの一枚が食い込んでいる。
あらかじめそこに、配置されていたのだ。
戦闘の傍観者となっていたクオノが、完全に動きを止めたイナミに、恐る恐る声をかける。
「イナミ……?」
「ヒトならそれで即死ね」
答えたのは、ゆっくりと振り返ったミダス体だった。
イナミの身体からパルス光が消える。
力が入らず、糸の切れた操り人形のように倒れた。
円卓上を手足が跳ねる。クオノの悲鳴が上がった。
「『引き波』の逆、『押し波』よ。質量を持つ物体が空間に浮上したとき、周囲の物体を押し出す力が生じる――あなたの押し波は小さくとも、ナノマシン体である私なら知覚できるわ」
生存本能が働き、ナノマシンがタイルを押し出そうと蠢く。
その動きを感じ取ったミダス体は、触手を使って心臓深くへと金属片を押し込んだ。
「物体と物体が重なったとき、押し波で引き裂けないほどの強度を持っていたら、それは押し出されずに浮上した物へと食い込む、という実験例も過去にはあったわ」
初めて〈跳躍〉したときに、腕を貫いた鉄筋と同じだ。
呻き声を上げることもできない。
全身に血液が行き届かなくなり、再生機能の停止が間近に迫る。もって数分だろう。
虚ろな意識の中で、ミダス体とクオノの声をただ聞き、雨のように降り注ぐホログラムディスプレイの光を見ることしかできない。
そんな死にかけのイナミを、ミダス体は見下ろした。
「ずっと試してみたかった。あなたの頭を破壊したら、残された身体はどうなるのか。自殺因子が働くのか、それとも自我を失って肉の塊に成り果てるのか。どっちかしらね」
いたぶるように問いかけてくる。
答えは、イナミにも分からない。
想像することさえ恐ろしかった。
自分が自分でなくなったら、何が大切なのかも、何が守りたいのかも忘れて、それらを手にかけようとするかもしれない。
そんなことは許さない。
イナミは手足を動かそうと頭から命令を送り続けたが、指先がひくひくと動いたのみに終わった。
「無様ね、実験体一七三号。あなたは成功例でもなんでもない。私が、私たちこそが、〈ザトウ号〉の申し子なのよ」
カザネの顔がそこにある。
淀んだ脳裡にカザネの最期がよぎる。
『信じたい。私たちがしてきたことが……間違いじゃないって』
ミダス体は人類の敵だ。
ならば、それを生み出したカザネたちも、人類の敵なのだろうか。
カザネたちは過ちを犯したのか。
カザネたちは終末を招いてしまったのか。
違う。
ホログラムディスプレイには各地の戦闘が映し出されている。
ルセリアの姿もある。
みなが生き延びようと必死だった。
どんな状況でも、たとえ世界が滅びようとも、人類は強く生きようとしている。
そこに、自分は今、いるのだ。
ナノマシン体は人類の敵ではない。
そうではない者が、ここに一人、いるのだ。
「終わりよ」
宙に浮いたタイルが、イナミを処刑しようと回転し始める。
「この星を私たちで満たしてみせる。でも、あなたはここで処分する。ただ漂う塵となって、人類とともに消えなさい」
そのミダス体に、影が飛びついた。
「ダメっ!」
クオノだ。背後から円卓によじ登ったのだ。
しかし、彼女のか弱い力で、怪物を阻止できるはずがない。ミダス体は軽く腕を動かして、クオノを振り払った。
「邪魔しないで。なんなら、手足をもいでもいいのよ?」
冷酷な言葉を突きつけられたクオノは小さな身体を縮こまらせながらも――
「イナミ!」
叫んだ。
嗜虐的な笑みを浮かべていたミダス体は、まだ絶望していない声に反応して、イナミに視線を戻した。
そこに倒れているはずのイナミが、消えていた。
一瞬、身動きを停止させたミダス体は、押し波を感じ取って振り向く。
意識さえ働けば、力は使える。
イナミは瀕死のまま〈跳躍〉を行ったのだ。
タイルを押し込む力が急になくなり、修復された心臓が再鼓動を始める。
急流に血管が破裂しそうになるのを感じながら、イナミは再び立ち上がった。
「俺が証明するんだ。間違いじゃなかったと――カザネたちが目指したものを!」
「あなたに何ができると言うの! この盾さえ破れないのに――」
そのときだった。
イナミの胸から排出されたタイルが、からんと円卓に落ちた。
両者は初めて、ナノマシン体の触手が切断されていることに気づく。それが何を意味するのかも。
考えてみれば当たり前だ。〈跳躍〉はイナミの身体だけを亜空間に通過させる。
体内に巻き込まれた物体は、空間における連続性が断たれるのだ。
力への理解が、闘争の勝者を決した。
「……今度こそ打ち破る!」
イナミは正面からミダス体に向かって歩く。
迎撃しようと襲いかかるタイルをあえて受け止め、〈跳躍〉を繰り返す。
ただそれだけで、シールドは一枚、また一枚と削ぎ取られていった。
肉を切らせて骨を断つ。
ナノマシン体の自己修復能力があってこその戦い方だ。
あっという間に無防備にされたミダス体は、もう笑みを浮かべる余裕もない。右腕を剣に変えて突き出すが、それはイナミには通じない攻撃だ。
腕で軽々と剣を跳ねのける。
赤い火花が評議会室にぱっと散った。
その瞬きが消えるよりも速く、敵の顔面を鷲掴みにする。
ミダス体が初めて、偽りの言葉ではない、本当の悲鳴を上げた。
「なぜ、あなたと私たちはこうも違って……ッ!」
返答の代わりに、生体電流を送り込む。
エネルギーの奔流はわずか数秒でナノマシン体を完膚なきまでに焼き、細胞のことごとくを破壊し尽くした。
宙に残っていたタイルが一斉に落ちて、騒音を奏でる。触手は糸がほつれるように空気中に溶けて消えた。
力なく手足を伸ばしたミダス体を、イナミは部屋の隅に放り投げる。壁にぶつかった死骸は、ずるずると床に崩れていった。
荒くなった呼吸を整えるうちに、パルス光の明滅が弱々しくも安定する。
イナミは外骨格を解除して、クオノを抱え起こした。
「無事か、クオノ」
「うん、大丈夫」
「ずっと俺を見ていたのか」
「ごめんなさい。私、怖くて――」
カザネが自分のために行動し、そのせいで死んだのではないかと、彼女はこの十一年間、苦悩し続けていたのだ。
イナミは頭を横に振った。
「生きていてよかった、本当に……俺こそすまなかった。お前を一人にしてしまった」
「でも、イナミは来てくれた。それに、私、一人じゃなかった」
クオノが通路に視線を向ける。
そう、彼女のそばには常に『父親』がいたのだ。
イナミはクオノを抱え上げ、通路に倒れているジヴァジーンのもとへと戻る。
彼の呼吸はか細くなっていた。
その毛むくじゃらの頭を、クオノが愛おしそうに抱き締める。
「お父様……」
「間に合った……ようだな……」
イナミは拳を握り締めた。
とても『間に合った』とは言えない。カザネのときと同じだ。イナミたちはまた誰かの死を見届かなければならないのか。
と、暗い表情を浮かべていると――
クオノが大胆にもジヴァジーンの体内をまさぐり始めた。
「何やっているんだ……?」
「何って。部品の破損を確かめている」
「確かめてどうする」
「予備部品がある。交換する」
「助かるのか?」
「多分」
年月は人を変える。
自分よりもよほど冷静に、クオノはジヴァジーンの傷を見極めるのだった。
――なんだ。
イナミは脱力してガラス壁に寄りかかった。またどこかで爆発が起きたらしく、びりびりと振動が伝わる。
とにもかくにも、最上層の危機的状況は脱した。
思考を切り替えて、クオノに言う。
「地上ではまだ戦闘が続いている。クオノ――いや、ベネトナシュ。俺は下に戻る。それでいいか?」
仮面はない。フードもない。
しかし、彼女は少しだけ考えてから、はっきりと告げた。
「許可する。残りのミダス体を殲滅し、できる限り多くの職員を救って」
「了解」
イナミは再び外骨格を纏い、ガラス壁に向き直った。
何をやろうとしているのか理解したクオノは、慌てて制止しようとする。
「待っ、ここ、最上階……!」
その声が届く前に、イナミは空中へと〈跳躍〉していた。
問題ない。重力に引かれて落ちる間際、クオノに頷いてみせる。
そうして、地上約二五〇メートルの急降下に挑み、空気の壁を何層も突破する。
目指すは、地上で煌めく氷花。




