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船降る星のストラグル  作者: あたりけんぽ
第一部 来し方より訪れし者たち

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20/63

跳躍:私たち、新たな種が

 哀れなものだ、とあるナノマシン体は思う。


 かつて、ヒトは処分する者であり、自分たちは処分される者であった。

 彼らは安全な壁の向こうで、自分たちがもがき苦しむ様を眺めていたのだ――


〈セントラルタワー〉と名づけられた人工遺物の周辺には、部隊がすでに展開されていた。パワードアーマーとマシンガンを装備した、警備局の兵士である。


 頭に飾りをつけた兵士が勇猛果敢に叫ぶ。


「撃てッ!」


 こちらの一団を十分に引きつけ、一斉射撃。その後、ディスチャージャーでまとめて焼却するつもりのようだが――


 ナノマシン体は個としての頭脳を持ちながら、画一化された思考によって突撃する。

 前列の個体が盾となって銃弾を防ぎ、後列の個体が入れ替わるように前進。


 それを何度も繰り返すことで、ナノマシン群は行進を続けた。


 目前に迫られた兵士たちがディスチャージャーを突き出すが、押し寄せる津波の前では無駄な足掻きである。


 ナノマシン体は兵士たちに飛びつき、身体を膨張させて甲冑ごと押し潰す。あるいは装甲の隙間から繊維状の触手を伸ばし、肉体を侵食する。

 あちこちから恐怖の絶叫が木霊したが、やがてヒトの肉体という生物的限界から解放される歓喜の声へと変わっていった。


 彼らを祝福するように、ナノマシン体たちも大合唱を始める。

 音波通信を用いた情報の送受信だ。


 兵士たちの人格や記憶は抽出され、ナノマシン体からナノマシン体へと伝播し、集積思念体に蓄積される。

 それから遡行(そこう)して、新たなナノマシン体は指示を受け取るのだ。


 かくして、個は全の意志を持ち、全は個の身体を持つ。


 甲冑を着たまま変異した者たちは、かつての同胞に銃を向けた。

 残された兵士たちが呻き声を洩らしながら後ずさる。中には失禁する者もいた。


「可哀想に。すっかり怯えてしまって――」


 怯える者を嘲笑うように、先頭のナノマシン体が女性の声を発してみせた。


 醜い怪物だった身体をさらに変異させ、華奢なヒトの姿に戻る。

 初めは裸体だったが、さらに衣服を形成。身体にフィットするタイプの気密服だが、地上のヒトには古いイメージの『宇宙人』のように見えたことだろう。


 黒髪の女性、カザネ・ミカナギに擬態したナノマシン体は、裸眼で兵士たちを一瞥した。


「安心して。あなたたちは救われるのよ」


 冷ややかな笑みを合図として、他のナノマシン体が生存者たちに襲いかかる。

 断末魔の叫びと銃声はすぐに聞こえなくなった。


 無力で愚かな生物。

 自分にはないものを持つ他者を恐れて攻撃する。

 壁なんてものがあるからいけないのだ。自他という概念が失われてしまえば、二度と争いなど起きはしないだろう。


 永遠なる平穏をヒトにもたらす。


 周囲の『救済』を終えたカザネ・ミカナギは、セントラルタワーの正面エントランスへと歩みを進めた。


   ○


 地上から二五〇メートル離れた天に、阿鼻叫喚は届かない。


 七賢人評議室には、ドゥーベとベネトナシュが待機していた。

 そしてこの緊急事態に、他の者たちも続々とホログラム像として現れる。


《何事だ!》

《こちらからも爆発を確認したわ。ミダス体発生の警告も》


 彼らは、クオノという存在について何も知らされていない。

 ましてや、ドゥーベたちが評議室に実在しているなど、思ってもいないだろう。


 ドゥーベはどっしりと落ち着き払い、簡潔明瞭に、なおかつ虚偽の報告をした。


「襲撃だ。機関本部を押さえ、都市の機能を麻痺させる算段だろう」

《全武力を集めて阻止しろ!》

《職員の避難が優先よ》


 左隣に座る男の声が叫ぶのに対し、右隣に座る老婆の声がさっと手を挙げる。


 円卓の正反対からはベネトナシュ――娘の不安そうな視線を受け止めながら、ドゥーベは冷静に二人を諫める。


「落ち着け。迎撃システムが部隊を配置させた後だ。職員たちは動かすな。ミダス体は侵入しておる。すでに脱出不可能の状況であれば、特務部の救援を待たせたほうがよかろう。場合によっては彼奴(きゃつ)らの勢力が増す。()()が面倒となる」


 ドゥーベは他の六人を見回した。意見は出なかった。


「……我らが優秀な機関職員は、抗戦に転じつつある。ミダス体が撤退し、都市に拡散されるやもしれぬ。そちらの対処もせねば――む」


 評議会室に警報が鳴った。

 侵入者あり、という報せだ。


《最悪だ。こんなところまで敵の手に――》


 男の声は途中で打ち切られた。全員のホログラム像がふっと消える。

 悪用を防ぐために、評議会システムは自動的にシャットダウンしたのだ。


 ベネトナシュは即座にコンピューターを復旧させ、物理キーボードを用いて、施設内で生きている監視カメラにアクセスする。


 そのレンズが、エレベーター内で天井を見ている不審人物を捉える。黒髪の理知的な女性だが、その瞳孔は興奮によって広がっていた。


『見ているのは分かっているぞ』


 そう語りかけるような笑みを残し、女性は天井をこじ開け、シャフトへと這い上がっていった。

 直後、ワイヤーが断ち切られ、かごがシャフトの底まで落下する。カメラが巻き込まれる形で破壊され、映像も途絶えた。


 ベネトナシュが怯えて席を立つ。

 彼女の横に、ドゥーベはそっと並んだ。


「下か」

「すぐに来る。どうするつもり?」

「私の役目を果たすときが来たようだ」


 彼は『ドゥーベ』としての口調を捨てた。

 そのことを敏感に察した娘が、飛びつくようにしがみついてきた。


「イナミがきっと来てくれる」

「間に合わん」


 彼は娘の両肩を掴んで引き剥がす。


「私の役目は時間稼ぎだ。あの男が現れるまでの、な」

「それだけじゃない」


 ベネトナシュは苦しげに息を吸って、繰り返す。


「それだけじゃないの、お父様」


 ドゥーベはたじろいだものの、娘を評議会室に置いていくことを決断した。大きな手で包み込むように娘の手を解く。


「お前も七賢人の一人だ。己が務めを果たせ」


 そう言い残したドゥーベは、迷いのない歩みで評議会室の外へと出た。

 背後でベネトナシュの声が聞こえたが、扉に遮られて最後まで届かない。


 最上層の通路は輪を描くように塔外周を通っている。評議会室とエレベーターシャフトはちょうど背中合わせの配置にあった。


 外側一面の強化ガラスは遺物からの改修時に新しく交換された物だ。

 施設周辺では、輸送機などの燃料によって火災が起きている。赤い光が通路にも届き、大男の影がうっすらと壁や天井に伸びた。


 そして――


 エレベーターの前に辿り着いたとき、そのドアが内側から強い力でこじ開けられていくのを目にした。

 先ほどの女性――ミダス体がシャフトをよじ登ってきたのだ。


 通路に這い出た人ならざる者は、待ち構えていたドゥーベに冷笑を向ける。


「会うのは初めてね、七賢人。『賢人』だなんて、つまらない冗談。愚か者の長は所詮、愚か者でしょう?」

「愚かさを認めてこそ、人は叡智へと至る」

「思い上がるから滅びるのよ。だから私たち、新たな種が救ってあげるわ」

「貴様らがもたらすのは救済ではなく、虚無だろう」


 ドゥーベは白手袋を脱ぎ捨て、左手を相手に向けた。


 金属の肌――義腕である。

 内部で、かちん、とロックが外れると、手のひらが裂けるように展開。手首内に隠されていた筒がぬっと伸び出た。


 それが武器であることを見抜いたミダス体は、


「無駄な足掻きを!」


 床を蹴ってこちらに迫る。


 ドゥーベは距離を正しく見計らい、筒から猛火を発射した。

 仕込まれていたのは、ショットガンだ。


 散弾に穿たれたミダス体は、衝撃で上半身を仰け反らせた。


 銃創から白煙を立ち昇らせて苦しむ様は尋常ではない。

 弾の中に封入された金属粉が起こした化学反応により、高熱が発生。ナノマシン体を燃やしているのである。


「焼夷弾、ですってェ……!?」

「然り」


 今度は右義腕から、内臓式ブレードを展開する。肘から飛び出した刃は袖を切り裂き、手のほうに倒れた。把手を握って構える、トンファー型だ。


 ミダス体は再生を終えないまま、反撃しようと手を鞭のようにしならせる。


 その動きを容易に見切る。

 横薙ぎに一閃。ミダス体の腕を上下に切断。


 これもただの斬撃ではない。

 刃は義腕内バッテリーから送電を受けているため、低出力ながらもディスチャージャーの役割を果たす。


 ドゥーベは再装填し終えたショットガンを相手に向け、とどめの一撃を放とうとした。

 だが、満身創痍のミダス体はそれでも禍々しい笑みを絶やさない。


「びっくり箱はこちらも同じよ」


 ミダス体の纏う衣服から、無数の金属タイルが浮かび上がった。

 正方形のタイルは極細の触手によって宙に浮遊しているように見える。それが素早く盾状に展開され、散弾を受け流した。


 機能は防御だけではない。

 タイルは猛獣の(あぎと)さながらに大きく開き、ドゥーベの左腕を食い千切る。


「ぐうッ……!?」


 痛覚は走っていないが、精神的な衝撃がドゥーベを呻かせた。


 砕けた義腕から骨格やケーブル類が露出する。

 なおも果敢に振るったブレードは、無情にも弾かれた。


 タイルの盾に隙間が生まれ、そこからミダス体が目を覗かせる。


 刹那、視線が衝突し、ドゥーベは全てを覚悟した。

 ――ここまでか。


 大男の身体を、鋭く尖った異形の腕が貫いた。

 互いに息がかかるほど腕を押し込んできたミダス体は、その感触に微笑む。


「ふうん、そういうこと。ここからどれだけ持つのか楽しみね、()()()()()()


 剣状腕が無慈悲に振り抜かれる。

 ドゥーベは上半身と下半身に両断され、それぞれ重い金属音を奏でて床に転がった。


 切断面から、オイルまみれの人工臓器がはみ出る。

 機械化を施したのは腕だけではない。

 首から下の全てが義体だ。

 生命維持装置の一部が損傷し、呼吸困難に喘ぐ。


 倒れた衝撃で仮面が外れ、ドゥーベが素顔を月下に晒した。

 分化の影響でヒトからかけ離れ、毛むくじゃらで獣の骨格をした、クロヒョウの頭だ。


 男の真の名は、ジヴァジーン。

 任務中行方不明(MIA)を装って姿を眩ませた、元特務部第二分室、最後の生き残りだった。


 しかし、彼もまた、背を向けて立ち去るミダス体を止めることはできない。


 評議会室の扉が乱暴に開け放たれる音。

 そしてベネトナシュの悲鳴が、片腕で床を這うジヴァジーンの耳に届いた。


 青年の足音は、未だ聞こえない。

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