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船降る星のストラグル  作者: あたりけんぽ
第一部 来し方より訪れし者たち

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12/63

冷却:なんだか、親子っぽい

 その敷地には駐車場が設けられていた。

 セダンにバン。形状や色は様々ながら、どれも似通ったデザインだ。ボディについているエンブレムは全て同じなので、メーカーがひとつしか存在しないのだろう。


 運転手たちはみな、敷地の半分を占める大きさの施設に来訪しているらしい。


 利用者はルセリアやエメテルと同じ平時の衣服で、なんらかの任務に携わっている人間には見えない。というより、明らかに家族連れのプライベートだった。


 謎の施設に連れてこられたイナミは一言。


「……『歓迎パーティー』では、最低限の人権は守られるのか?」


 駐車場に敷かれた歩行者誘導路を進もうとしていた二人の少女は、つんのめるように立ち止まった。後からついてくるイナミに対し、呆れ顔で振り向く。


 ルセリアは頭が痛むように、こめかみを押さえる仕草をした。


「……『最低限の人権』って、どういうこと?」

「俺はお前たちの管理下にあり、あの宿舎で拘束されることになっている。つまり、捕虜という立場だ。それで『歓迎パーティー』なんだろう?」

「あんた、パーティーってもんを知らないの?」

「本来の意味でなら知っている。隠語として使っているんじゃないのか?」

「……あのね」


 ルセリアは重い、本当に重い溜息をついた。


「そこは素直に受け取りなさいよ! 大体、こういうのは捕虜って言わないの。戦争はとっくに終わってるんだから!」

「じゃあ、奴隷か」

「もっとひどいわよっ! あたしたちをなんだと思ってるワケ!?」


 彼女は、ネコが威嚇するように、「ふーっ」と唸った。


 よく通る大声に、周囲の市民が何事かと振り向く。


 エメテルに袖を引っ張られてようやく、注目されていることに気づいたらしい。ルセリアは顔を赤らめて咳払いをした。


「単に拘束して監視するなら、隔離施設に連れてくってモンでしょ」

「む」

「七賢人の指示は、つまり、ウチに居候させて、面倒を見ろってこと。もしかして分かってなかったの?」


 イナミは困惑気味に、


「そうなのか?」


 と、傍らのエメテルに尋ねた。


 彼女までもが苦笑いを浮かべて、「そうなんですよ」と肯定する。


「といいますか、イナミさん、もしかして……お買い物したことないんですか?」

「買い物? すると、ここが金を使うところなのか」


 今さら納得するイナミに、二人は脱力した。

 苦笑いを浮かべたエメテルが、控えめに質問する。


「移民さんには生活マニュアルが渡されるって見ましたけど、読みました?」

「全部は目を通していない」

「……でしょうね」


 エメテルは気を取り直し、ガイドさながらに施設の案内を始めた。


「内務局が物資供給をコントロールしてるので、食料などを手に入れるには、マーケットを利用するんです」


 内務局――移民手続きの担当者が所属していた部局だったと、イナミは記憶している。


「昔は食料品の配給で奪い合いになってたそうですが、社会と生産が安定したおかげで、お買い物システムに移行できた――とのことです」

「ふむ」

「お金はイナミさんも持ってますよね」

「いや、持ってはいないが」

「あ、えっと、お金っていうのは物じゃなくてですね。個人口座に振り込まれてると思うんですけど」

「ああ、それなら説明を受けた記憶がある。確か――」


 イナミはリストデバイスを覗き込んだ。一度は放り投げてしまったが、外装が傷ついただけで、中の機器は損傷していなかった。


 ホログラムディスプレイを呼び出すと、ホーム画面が映される。そこに並ぶアイコンのひとつに、口座の残高を確認できるものがあった。


 横に並んだエメテルが「これこれ、これです」と大きく頷く。


「後は見てもらったほうが手っ取り早いですね」


 ということでマーケットに足を踏み入れると、爽やかな植物の匂いを強く感じた。

 中はずらりと棚が並ぶ空間になっている。出入口近くには、野菜を積んだコーナーが配置されていた。匂いはそこから漂ってきているようだ。


「はい、これ」


 ルセリアに、カゴを乗せたカートを押しつけられる。彼女の手は速く、すぐさま野菜をカゴに放り込んだ。

 エメテルはというと、教えることはもう何もないとばかりに、浮かれた様子で別行動を取り始めてしまった。


 イナミは困惑しながらも、ルセリアの後をついていくことにした。


 彼女は冷蔵ケースの前に立ち、並べられたパックを注意深く見比べる。

 密封されているのは、鶏肉だ。細切れを板状のブロックに固めた加工品である。


 どれも同じ品質に見えるが、唯一、イナミにも分かる違いがあった。

 ブロックには『Farm.1』や『Farm.3』といった文字がレーザー刻印で記されていた。


牧場(ファーム)、というのはなんだ?」

「生産施設よ。都市の外にある、ね」


 ルセリアは『第三ファーム』を店員に注文し、受け取ったパックを野菜の上に乗せる。


「生きてるジーンバンクを発掘できたおかげで、家畜動物の『復元』が進んだの。そのクローン動物の工場が『ファーム』よ。第一、第三、ってあるのは、遺伝子操作の競争をさせて品質改良のノウハウを積み重ねるため、ってトコかしら」


 イナミは思わず遠い目をして唸った。


「ああ、競争か。よく分かるよ」


 イナミも、つまるところは『品質改良』の過程で生まれた実験体だ。

 同系統の研究が複数のチームによって進められていたのも、成果を促すための競争だったのである。


 ――お前も俺と同じようなものなんだな。


 イナミはニワトリに共感した後で、食用だからここに並ぶということは優秀なんだろう、と密かに称賛を送った。


 ルセリアが不思議そうに、こちらを横目で窺っている。が、大したことではないと見て取ったか、すぐにリストデバイスから投影したメモに視線を落とした。


「次に必要なのは、っと……」


 見る見るうちにカゴが食材で満たされていく。

 主食だったゼリーパックの箱よりも量が多い。イナミは不安になって訊いた。


「こんなに食材を使うのか?」

「そりゃ使うわよ。ここんトコ、あたしは力を使いっぱなしだし」

「シンギュラリティに、食事が関係あるのか?」

「重い物を持ち上げたら、身体に負荷がかかるでしょ。それと同じ。超能力(スーパーナチュラル)じゃあるまいし、なんの反動もなしに力は使えないわ。具体的にはATPってのがすごく消耗されるらしいけど」

「アデノシン三リン酸――生体エネルギーとなる化合物だな」

「よく知ってるわね」


 そこで、ルセリアはふとイナミを見上げた。


「〈跳躍(ジョウント)〉の後、身体に負担は来ないの?」

「いや……」


 特に反動が来た覚えはなかった。

 シンギュラリティとは違う力――ルセリアがさりげなく口にした言葉が気になる。


「スーパーナチュラルとは、なんだ?」

()()()()()()のことよ。未来のことが分かるとか、人の心を読めるとか。そんな人間がいたなんて記録はどこにもないけれど、なぜか存在を信じられてる――そういうおとぎ話みたいなのね」


 ルセリアは近くの客を意識し、声を潜めて続けた。


「プロフィールには何も書いてなかったけど――ラボでは何も調べてないの?」

「調べられたのは気を失っている間だったからな」


 と、イナミは肩を竦めた。


「放電の際にATPを消耗するのは分かっている。カザネは、デンキウナギと同じ、筋細胞で発電している、と言っていたな」


 それまではきはきと話していたルセリアが、急にきょとんと首を傾げた。


「デンキウナギって、何?」

「体内で発電するウナギだ」

「そのウナギが分からないんだけど」

「俺も見たことはないが、ぬめった皮を持つ細長い魚らしい」


 ルセリアは「うげ」と顔をしかめた。説明が悪かったのか、よほど気色悪い生物を想像したようだ。


 とすると、どうやらこの時代、ウナギは絶滅してしまったらしい。

 ジーンバンクに遺伝子情報が保存されているかもしれないが、復元されていないのは人類の生存に優先的な動物ではないからだろう。


 ちなみに、ウナギ以外の魚肉は缶詰として置いてあった。


「どの肉も加工されているんだな」

「まあね。ミダス細胞の侵入経路は外傷からだけど、一応、食料や水にも気を遣ってるの。それでも怖がる人は菜食主義者にならざるを得ないわね」


 ルセリアは無感情にそう言った。危険はほとんどない、という認識らしい。


「さっき、『こんなに使うのか』って言ったけど、イナミは小食なの?」

「吸収率のいい身体だからな。量より質だ」

「……なんだか、あたしの燃費が悪いみたいじゃない」


 こちらには不満そうに、口を尖らせてぼやくのだった。

 実際、あれだけ強い能力なのだから、使い手にかかる負荷もそれなりだろう。


 だとしたら、とイナミは考え込む。

 脳機能拡張実験を受けていたクオノならともかく、自分がなぜ、〈跳躍(ジョウント)〉能力に目覚めたのか。


 分からない。

 ただ、『液体金属』に記憶された感覚を呼び起こすと跳躍できる、という事実だけがはっきりしていた。


 違いがあるとすれば、潜航の場合、前方に作った亜空間のゲートへと侵入する。

 しかし、イナミの跳躍は、亜空間が体内から広がって身体を呑み込んでいく、という点だ。


 それはまるで、ゲートはわざわざ作らずともドアのように開けられることがなんとなくでも分かった、というような――


 もっといえば、三次元空間に束縛されることのない超次元的な『歩き方』のコツを掴んでしまった、というような――


 そういう感覚なんだよな、とイナミは言語化を試みるのだった。


 思い詰めて上の空だったところに、


「ルーシーさん、イナミさん」


 エメテルの呼び声が聞こえた。

 単独行動から戻ってきた彼女は、腕にいっぱいの紙袋を抱えていた。パッケージには、丸い野菜を薄くスライスした加工食品の絵が貼られている。


「回収任務、目標達成ですっ」

「……ポテチならまだウチに残ってるでしょ」

「パーティー用ですよう」

「って、キワモノばっかりだし。メインが入らなくなるわよ」

「じゃ、お夜食に――」

「我慢するって選択肢はないワケ!?」

「あ。これってなんだか、親子っぽい会話ですね」


 ルセリアは「へえ?」と腕を組み、エメテルに顔を近づけていく。


「どっちが子供か、自覚してるみたいね。……どれかひとつにしなさい!」


 エメテルは素直に「はあい」と引き下がった後で――少なくとも『どれかひとつ』を買わせることには成功している――イナミに囁いた。


「イナミさんはさしずめお父さんってところですね」

「……ただ黙って見ていただけだが」

「それが『っぽい』んですよー」


 無言で拳を震わせていたルセリアが、我慢しきれなかったらしくついに怒鳴る。


「バカなこと言ってないで! さっさと! 戻してきなさい!」

「わわ、分かりましたっ」


 エメテルは大慌てで紙袋を戻しに行った。途中、棚にぶつかって商品を落とし、駆け寄ってきたスタッフに「すみませんすみません」と頭を下げる。


「まったくもう、危なっかしいんだから」


 ルセリアはそうぼやきながらも、優しい目で見守っている。

 ぼんやりと考え込んでいたイナミは、その横顔にようやく、「ああ」と納得した。


「俺が父親だとすると、お前が母親になるのか」

「蒸し返すなっ」



 マーケットを一周し終えた頃には、カゴが商品で溢れそうになっていた。

 ルセリアが、ラベルについたバーコードを精算機の読み取り部に通す。ぴ、と電子音が鳴るたび、タッチパネルに表示された合計額が増えていく。


「……こういうのも、経費で落ちるのかしら」


 と、ぼやきながら、支払ボタンを押す。

 リストデバイスを操作し、盤面のほうに何かを表示させると、今度はそれを読み取り部に照合させた。彼女の個人口座から支払ったことになるらしい。


 大したシステムだ。本当に、一度は滅びかけた文明なのだろうか。


 ふと思い出したのは、旧市街地から跡形もなく消えていた金属類のことだ。


 幸い、地上には廃材が山ほど存在している。リサイクルには困らないというわけだ。紙の原材料となる木も、ファームのような施設で生産されているのだろう。


 この都市は、漂着物や遺跡から回収された物、技術によって成り立っている。

 人々はそれを忌避するのではなく、利用に知恵を働かせている。

 そうやって、〈大崩落〉以後を強く生き延びてきたのだ。


「どしたの? また、ぼうっとして」


 ルセリアの声に、イナミははっと我に返った。


「すまない。カルチャーショックだ」

「ふうん?」


 彼女は深く尋ねず、流し気味に首を傾げた。


 カートを所定位置に戻した三人は車に戻る。

 エメテルが近づくと、車両のロックが全て解除され、トランクも自動で解放された。


 イナミは、両腕に抱えた紙袋二つを、仮住まいの荷物の横に置いた。

 スペースは段ボール箱が占領しているが、重量は買い物のほうがある。人類の食にかかるウェイトがどれほどのものか、これだけで思い知った気分だった。


 エメテルが腕を組んで仁王立ちし、「ふっふっふ」と肩を揺らす。


「豪勢な晩餐をお楽しみに、です!」

「料理するのはあたしだけどね」


 ルセリアが運転席に乗り込みながらつけ加えた。

 演技がかった表情を崩したエメテルは、何やら慌てた様子で後部座席に入る。

 イナミも反対側からのっそりと腰を下ろした。


「エメテルはしないのか、料理」


 シートベルトを締めようとしていた彼女が、ものすごい勢いで振り向く。


「できますです!」

「……いや、俺が訊いたのは『するのかしないのか』であって――」

「できますですからすることもあるですよ!」


 ルセリアがルームミラー越しににやりと笑って、必死な彼女に追い打ちをかけた。


「一応言っとくと、シリアルにミルクを入れるのと、コーヒーの粉にお湯を注ぐのは、料理じゃないからね」

「はうあっ」

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