08話 弛んだ土曜日
買ってきたばかりの弁当が、重ねて三つ入れてあるビニール袋を片手に、無事、家に到着したのですが。
「何でまだ廊下で寝てるんですか……というか、まやまで一緒になって寝てるし」
呆れの声を漏らしても起きる気配は無し。二人で一人用の毛布を使っている為、ひっつくように寝ていても若干長さが足りないのが気になります。
これはもうあれですね、先に食べちゃいましょう。彼女等は心行くまで寝れば、その内起きてくるでしょう。
勝手に決め付けてリビングへ戻ろうと──。
「蓮にぃ……寒い」
「夏じゃないんですから。そんな格好じゃ当たり前ですよ」
僕が帰ってきたと理解するや否や、毛布に潜り込み、頭だけ外へ出して様子を窺っていたらしい、まや。
服装も変わっておらず、猫耳付きのフードを頭に被せたまま。立っている僕との位置関係的に、彼女の視線は自然と上目遣いで、まるでもっと毛布を持ってきてと言わんばかりで……。
「──毛布はもうないです。自分の部屋の物を使って下さい」
「んむぅ。じゃあ、お布団でいいよ?」
「取ってくるの面倒なだけじゃないですかね? 弁当買ってきましたから、食べるのなら早く食べちゃいましょう」
「……お布団持ってきたら食べる」
「いや、食べるのなら持ってきても無駄足じゃないですかね」
「いいのー。持ってくるのー」
こうなってしまったら、言葉の通りにしないと意地でも動かない妹様。一体、何のために持ってくるのか分からない布団を自室から持ち出す。
まやが出てきたらまた戻さなきゃいけないのです、と。これはなんて無駄な行為なんですかね。
諦念に捕らわれつつ、二人に布団を掛けてやる。毛布の重みの上に、布団の重みが追加包まれてれた事を確認したらしき、まやは、毛布に包まって這い出てきた。
「さー、食べにいこー」
僕と天姉を取り残し、まやは、リビングへと向かいます。布団は、未だに眠りこけている天姉に掛けられたまま。その姿を見て、あぁなるほど、と気付き、布団の乱れを正して再度、天姉の上に被せ──。
「……起こそうとしていた僕が、睡眠を推奨してどうするんでしょうかね」
言っている事とやっている事に矛盾を感じながらも、その手は休めずに動かす。──僕も昼食にしましょう。一仕事を終え、リビングに置いてきた、弁当の入った袋の元へと急ごうとしたところで──。
方向転換をした直後に、生暖かなか細い手が伸びてきて、僕の足首を掴んだ。突然の出来事でバランスを崩しそうになるが、掴んだ手をすぐに離された為に、バランスを崩してふらつくまでに留まる。
「天姉さん? 今度は僕を物理的に殺す気ですか? 起きているならお昼にしましょう?」
「れんれん……眠気を何とかして」
「そんな無茶苦茶な。布団じゃなくて水でも掛けますか?」
「……バケツ一杯にお願い。だけど後片付けも、れんれんね」
「ごめんなさい前言撤回します。で、どうすれば眠気は吹き飛ぶんですか?」
寝起きで体が重いのか、怠そうに、おもむろに上半身を起こして両手を突き出して向けてきた。
抱きかかえて起こせとでも言うのでしょうか。そんな歳でもないでしょうに。しかしそこは流石姉妹とでも言うべきでしょうか。妹のまやとよく似て、融通が利かない。目下、僕の悩みの種の一つです。
致し方なく、と念じつつ、抱え上げようとしたところで、不意に近付いてきた天姉の両手が僕の頬をさすり、必然的に顔と顔との距離が縮まって。
「──」
「──ん。目が覚めた」
一瞬が過ぎてから訪れた甘い吐息が肌を撫でると同時に、意図せずとも胸が高鳴る。激情に駆られるものの、維持でも面に出す事はせず、平然を取り繕った。だがその心構えも虚しく、既に天姉はいなかった。
何なんでしょうね、あの人達は。好き勝手が過ぎますよ。
「──全く持って、心臓に悪いですね」
虚空に虚勢を張る、無駄な行為に及びながら。
そう、呟いた。