翌日になったわけだが
卒論が……終わらん
翌日。
交替で見張りをやったので多少眠れた俺は立ち上がって伸びをし、準備運動をする。
起きているのは俺だけ。他二人、特にエレナは爆睡している。随分と信頼しているのか、眠りだけは本当に深い。
首を左右に曲げて調子を確かめた俺は、若干霧が出ている周囲を見渡す。
……やはり山だな。天候が変わるというのはよくあることだが、霧になるとは。ついてない。
右手首の調子を確かめた俺は万全になったことを安堵し、次いでマントからロングソードを取り出して両手で握って中段に構える。
足場は平坦だが視界が悪い。だがその状態でも襲われる可能性を考慮すると久し振りに振りたくなった。
「ふっ」
軽く息を吐いて上段から振り下ろす。その状態から返す刀で左下から袈裟斬りを繰り出す。
そこから更に横に振り抜き、流れる様にまた左下から袈裟斬りへ。
今度は上段から振り下ろし、腹辺りで止めてから全力で相手の喉元あたりに突きを繰り出す。
空気を突いたからかパァンと音が響く。それを聞きながら数秒固まった俺は、一気に戻してマントの中にしまう。
……ふぅ。終わった俺はもう一度息を吐く。今度は体を落ち着かせるように長く、ゆっくりと。
呼吸は時間を置くごとに元に戻り、今では特に心臓の鼓動が緩やかに聞こえるまでに戻っていた。
霧は多少晴れてきた。時間も少し経ったのだろう。
「鍛錬とは初めて見るものだが、彼女が『流れるように』と評したのが分かったぞ」
「……そこまで綺麗な流れじゃない。綺麗な流れを見たいのなら道場へでも行けばいい」
「おそらくそう言う意味で言ったわけではないし、わしも違うと思うぞ」
彼女が言ったのは『殺すための軌跡』が綺麗、じゃろう。
霧の中。洞窟の方から聞こえるその言葉に、俺は固まる。
そんなことを言われたのは初めてだというのもあるが、そこまでの事をしていたという自覚がないために。
まぁ自覚がある方が何と言うかおかしいのだろうが、基本的にみられずに行動してきたために他者からの感想というのは新鮮である。
少しして我に返った俺は、「そこまでのもんじゃない」と否定する言葉を吐いた。
「いいのではないか? それだけ道を進んできたのだから。少しは誇れるじゃろ」
「人殺しで誇れるなんてないな」
「それはそうかもしれぬ」
シュラヌから振ってきた話題の流れを逆にするように言葉に対し、彼は笑う。それを見てフードの中で鼻で笑った俺は、霧が完全に晴れたのに気付き洞窟内で寝ているエレナを起こそうと近づく。
「……えへへ、こうですかー?」
「……」
とりあえず幸せそうに寝ているので、俺は無言で殴ることにした。
「ッダ! …うー……もう朝ですか……?」
「ああ。いい加減起きろ」
「…分かりましたー」
そう言ってゆっくりと体を起こす。それを一瞥した俺は背を向けて洞窟を出て、そのまま山頂へ歩き出す。
「って、え? ちょっと待ってくださいよ!! いくらなんでも二回目は――!!」
……旅の道中、ずっとこれでいいかなもう。
山頂まで登り切った俺はそのまま山を下る。道はそれなりに確保されているので道中は迷子になることはない。
が、危険がないわけではない。
「……なんでこんなところに」
『グルルル……』
普通に道を歩いていたら陣取っていたのかウェアウルフの集団が俺を囲んでいた。
全員が警戒した様子で唸り声をあげているのでとりあえず俺は動かずにどうするか考える。
全員始末して先を行くというのもあるが、俺が来たときこんな場所で遭遇した記憶がないので厄介事でも起こったのだろうと考えると動く気が失せる。
何時からこんな風に不幸続きになったんだ…と己を顧みていると、「見つけましたお師匠様ー!」と後ろから声が。
今それどころじゃないので振り返らないでいると、「食らいなさい!」と木々の方から声が聞こえたと同時に巨大な火の玉が飛んできた。
その速度はそれなりに速いが、それでもウェアウルフたちは簡単に避けていく。
俺は面倒だったので近くにいて逃げようとしたウェアウルフの首を飛ばすついでに火の玉を切り刻んで消した。自前のナイフで。
これも魔力を魔力のまま使う術。昔魔法を斬る奴がいたのでそれを独学で覚えた。
意外と簡単にできるしナイフの刀身に魔力を集中させればいいので身体的負荷はかからないが、身体から少し力が抜ける感覚はあるな。
魔法を消し飛ばしたのを確認した俺はナイフをしまい、ウェアウルフの死体の数を確認する。
……。六頭か。半分以上殺せたのか。
まぁ魔法の進路上の最初にいた奴らは簡単に避けてたからな。そんなことを思いながら先へ進もうとしたところ、後ろから「お師匠様ー!」と叫んで突撃してきた奴がいたので反射的に半身ずれて避ける。
「ギャッ!!」
エレナは顔面からダイブした。
悪い事はしていないのでそのまま進もうと思ったところ、茂みの中から腰にロングソードをぶら下げ鉄製の胸当てとレギンスと籠手を着け短い棒を持ったエレナと比べると絶望的な少女が不機嫌そうな顔をして現れた。
その登場に対して驚くことなどなく、俺はエレナを起こすことに。
「起きろ、おい」
「って、お師匠様が避けるのが悪いんですよ!?」
「俺はお前に突撃をされる理由がない」
「置いて行ったのに悪びれもないんですか!?」
「ついてこなかったお前が悪いんだろ」
「そして私に責任を押し付けてきた!? ひどくないですか!?」
「そんだけ元気なら今日は山を下りた先にある村まで行ってみるか? 確かそこに宿があったはずだが」
「ねぇ」
「本当ですか!? 久し振りにベッドで寝られるんですか! じゃぁ行きましょう! 今すぐ行きましょう!!」
「あの」
「じゃ、行くぞ、シュラヌ」
「ふむ……まぁ宿に泊まるのもたまにはいいか」
「ちょっと」
「さぁ行きましょー!」
「うむ」
そう言って先に行く二人の後を追いかける際、途中から声をかけてきたその女に対し俺は言った。
「山の中であんな火の魔法使うな。山火事になったらどうするバカ」
「なっ!」
これ以上の厄介事は御免だったので、俺はそのまま後を追う様に走り出した。
何か言っていたような気がしないでもないが、正直関係ないからな。