そういやこいつよく気絶するな……
パソコン修理中にて、スマホで投稿
パチパチパチと薪が燃える音がする。というより、野宿する準備をしているのだから燃えている。燃やしていると言った方が正しいか。
一切準備を手伝わず、横になっているエレナのそばを離れないシュラヌを見ずに薪を燃やしていると、空に影が見えたので思わず火を消した。
夜ではあるが、星空と火の灯りに映る。別に追われているわけではないが、こちらに来る可能性を考えると反射的に消してしまった。
……まぁこのメンバー追われる理由一杯あるがな。
そのまま息をひそめること数分。
誰も近づく気配がないため大丈夫そうだなと思った俺は新しい薪を燃やすことにした。
「アレは飛竜の速達便だな」
「ん? 分かったのか?」
「ああ。たまに見かける。偵察兵とかではないところを見ると、おそらく何かの連絡を届けるために飛んでいるんだろう」
そう言って視線を上からエレナの方へ向け直すシュラヌ。なんというか、本当に過保護にもほどがある気がする。
「周囲に囲む気配がないんだから大丈夫だろ」
「そそっかしい感じがしてな。今は眠っているが、いつ起きるか分からんと不安だ」
「腹が減りゃそのうち起きる」
「…お前は逆に放任だな」
そりゃ弟子と自称してるだけの旅仲間だからな。別に俺が困ること殆どないし。
そんなことを思いながら干し肉を食べていると、夜だというのに「う、うぅん……」とうめき声をあげて当の本人が体を起こした。
「お腹空きました……」
「シュラヌに分けてもらえ」
「シュラヌさーん。食べ物分けてもらえませんか?」
「別に構わぬぞ」
そう言ってバックから取り出した包みを渡す。受け取った彼女はそれを開いて「なんていう食べ物ですか?」とシュラヌに訊ねた。
「おにぎりじゃったか。穀物をお湯で炊いて人の手で押し固めた主食らしい。これがまた美味での、人間も面白いものを考えたものだ」
「そうなんですかーいただきます……おいしいですね!」
「そうじゃろそうじゃろ」
「……」
完全に孫と爺の関係だなと思った俺はその光景に背を向けて辺りに広がる暗闇の木々を見渡す。
不審な気配はない。そもそもあったらあったでシュラヌの存在が手出しをさせるのをためらわせるのだから警戒するのはあまり意味がないのだが、一人でいた時の習慣でやっている。
現在位置は山の中腹あたり。丁度洞窟があったのでそこにエレナを寝かして俺達は外にいた。シュラヌは洞窟の入り口にいたので、実質的に俺が最前線なわけだが。
右手首の痛みが引かないなと思いながら左手で干し肉を持って食べていると、「お師匠様ー。こっち向いて一緒に食べましょうよー」との声が。
「俺もう食べたからいい」
「えーいいじゃありませんかー。こうして旅する人達と楽しくおしゃべりするの」
緊張感がないのかこいつはと脱力しそうになった俺だったが、いつも通りかと思い直して干し肉を食べたままの手でマントに手を突っ込んで緑色の液体が入った透明な容器を引っ張り出す。
魔力があると言っても魔法が使えるほど学があるわけではないので、こうして回復薬を飲んで回復を促進させる。これは結構な安物で次の日になったら元通りになる程度だが、高価なものになると飲んだ瞬間に傷が癒えるという奇跡的なものがあるらしい。見かけたことがないし興味もないが。
いつも飲んでいるが苦いのは変わらねぇなと思いながら容器をマントの内側にもどすと、「こっち向いてくださいよ!」と後ろからエレナが肩を揺さぶってきたので仕方なく振り向く。
「で、何を話せばいいんだ?」
「そうですね、お師匠様の殺害自慢が聞きたいです!!」
「だったらシュラヌの方がすごいだろ」
「わしは言うほど殺しておらぬぞ? 大戦時なら人を塵芥の様に殺したが」
「シュラヌさんはドラゴンですから参考にできません! それに、お父様の知人らしいので話がかぶって面白くありません!!」
大体そんなものだろうがと思いながらも、俺の話をする前に今日の反応を見て疑問に思ったことを訊いてみた。
「その前にお前さ、血を見たら気絶するってどういう事だ?」
「うっ……」
「それで殺したいとかよく言えたな」
「うぅ……」
言葉に詰まっている彼女。その彼女をじっと見ていると、少しを間を置いて説明してくれた。
「……実は私、流れる赤い血を見るのがダメなんですよ。幼い頃に何かあったみたいなんですけど思い出せませんし。多分、そのころから人や動物や魔族の方々から大量に流れる赤い血を見ると気絶してしまうんです」
「ふむ。しかし、それを克服せんことにはどうすることもないじゃろ」
「そうなんです……だから、お師匠様に頼んでいるんです。最初に会った時のあの冷静な手際。それに見惚れて血を見ても問題なかったのです」
「……なるほどな」
ようやく理解した。こいつがどうして俺に固執するのか。
俺は他者と比べたことなどないが、こいつから言わせれば俺の手際が鮮やかなのだという。それを使える様になれば自分も血を見ても気絶しないだろうという考えがあったから。
というより、血を見て気絶するって色んな意味でダメな気がするけどな。そんなことを思いながら、不意に思いついたことを訊いてみた。
「そういや魔法は使えるだろ? 魔王の直系で教えてもらったりしただろ?」
それに対しての答えは、ずいぶん過保護だなとわかるものだった。
「……お兄様たちは教えてもらっていたようですが、私はなぜか教えてもらえませんでした。何度か聞いてみましたが、『お前には魔力がない』というだけで……」
「「…………」」
俺とシュラヌは黙りこくる。どうしてそんな嘘をついたのかという疑問を浮かべて。
彼女は、魔力を持っている。それも、この人間界じゃ最強種と呼ばれる魔族と冒険者たちに匹敵するほどの、だ。
ここまで心配性だとさすがに呆れてものが言えない……等と思いながらため息をついた俺は、悲しそうな顔をしているエレナを見て「お前も大変だな」とねぎらった。
「そうなんです! ですから教えてもらえませんか!!」
……まぁ、多少血に慣れないと今後の生活に響くからな…。
そんな今後の事をいつの間にか自然と考慮していた俺は、「まぁ最低限は」と答えていた。
「本当ですか!?」
「良かったの、エレナ」
「はい!」
喜んでいる彼女を見てため息をついた俺は、反射的に空を見ることにした。
やっぱり、ムカつくぐらいの星空だった。