――が現れた
前回:唐突に表れた何かを森の中に蹴りいれました
「お、お師匠様? 今何かやりませんでしたか?」
「別に」
少し手間取っている間に走って来たのかエレナが立ち止まって息を整えながら聞いてきたので答えをはぐらかして歩き出す。
「お腹空きましたー。どうしてお師匠様はここまで歩いているのに平気なんですか?」
「あ?」
立ち止まって振り返る。すると、エレナは腹に手を当てて地面に座っていた。シュラヌはそんな彼女の後ろに立っていた。
彼女の質問に対し、俺は前を向いて進みながら答えようとしたところ、振り返った先に先ほど心臓にナイフを刺して脇に蹴りいれたはずの男が鬼の形相で立っていた。
死なないっておかしいだろうが…と思いながらもう一度ナイフを刺そうとしたところ、今度はその手首をつかまれていた。
ギリギリと力が強くなり思わずナイフを落としてしまったので地面に落ちる前に頑張って足でナイフを蹴る。
「ぐあっ!」
どこかに刺さったのかつかんでいた手を離す男。その隙を見逃さずに左手をマントの中に突っ込んでナイフを投げる。
が、それは当たり前のように弾かれる。俺はそれを気に距離をとり、襲ってきた男を観察する。
苦痛に顔をゆがめているその男の顔立ちは美形。しかも、身長もそれなりに高い。女だったら絶対に夢中になるような存在だ。長い銀髪というのも目を引く要素の一つだろう。
しかも色々と隠してるな…と思いながら捕まれた右手首を曲げようとして、激痛が走り思わず膝をつく。
フードで顔を隠しているお蔭で表情が見られていないが、それでも膝をついたとこを男に見られていたので冷や汗が流れる。
なんて馬鹿力だ全く。こんなのまともにやられたら体が壊れる。
右手はしばらく使い物にならないなとすぐに切り捨てた俺は立ち上がったところ、ナイフが飛んできたので人差し指と中指で挟んでキャッチする。
ナイフには血がついている。となると蹴った時に刺さったものか。
そう思いながら男が立ち上がった姿を見てみると、右足の太ももから血が流れていた。
上手く刺さったものだと思いながらナイフについた血をふき取ってマントの中に戻すと、「お師匠様!? 一体どうしたんで……」と最後まで言わずにバタンと倒れた音が聞こえたので振り返る。
そこにいたのは気でも失っているのか動く様子のないエレナと、先程まで俺の目の前にいたはずの男。しかも背中を支えている。
何時の間に…と思いながら呆然としていると、「おい! 大丈夫かエレナ!」と叫んでいた。
「どうやら兄妹のようじゃの」
「シュラヌか……なぜ分かるんだ?」
「先程エレナ嬢がお兄様と呼んでおったからの」
「そうか」
何時の間にこちらに来ていたのかなんてどうでもよかったので俺は少し離れて森の方へ消えたナイフを探す。
連れ戻しに来たのならあちらにも事情があるのだろう。俺がそこに介入する義理などないし、何よりナイフ一本でも欠けたら俺にとって死活問題。
頑張って左手一本で茂みの中をかき分けてナイフが飛んで行った方向へ向かう。
銀色の刀身だから分かりやすいだろうにと思っていると、樹に突き刺さっていた。
片腕で頑張って抜く。思わずしりもちをついたが、右手が使えないんじゃどうしようもない。
もうこのまま置いて行こうかなどと道に戻ってきた時、シュラヌが「丁度いいところに来た」と俺を見つけて言ってきたので、厄介事確定。
一体なんだ今度は……と思いながらシュラヌが黙って指をさした方を向くと、睨んでいるエレナと笑顔の男がじっと立っていた。
「喧嘩か?」
「ああ。連れ戻したい兄と旅をしたい妹の対立だ」
「それで俺に何をしろと」
「仲裁というか、言い分を聞いてもらえれば。私はあくまで同行者だからな」
「……はぁ」
にらみ合いだけで特に会話も交わさない。なんというか、険悪でもありこの家系のコミュニケーションでもあるんじゃないかと思ってしまう。
どうしたものかと思いながら、俺は「一体何があった」と訊ねる。
答えたのは、エレナだった。
「お兄様が私を連れ戻そうとしているんです!」
「それは知っている」
「お父様が私のことを心配していると言ってるようですが、私はお母様に許可を得てると言ってるのに聞く耳持ってくれないんです!!」
「確かにお前みたいな奴は親にとって心配し過ぎても足りないだろうな」
「お師匠様は一体どっちの味方なんですか!?」
俺の茶々に説明をしていたエレナが叫ぶ。
それに対し俺は「どちらでもない……が、お前が帰りたくないのなら仕方なく俺が話を聞いてやる」とため息をついて答える。
すると、エレナは表情を明るくして「本当ですか!?」と嬉しそうに叫ぶ。
よく考えたらなんで俺が話を聞かなければいけないのかというところに行きつくが、まぁここ数日こいつと一緒に居たせいだろうと責任を押し付けることにして、こちらを睨んでいる兄に視線を向ける。
なんか殺意がすごい。漏れ出ているというかそんなものではない。思いっきり俺の事を殺してやろうと考えているモノだ。
とりあえず会話しないと始まらないので、俺は話し掛けることにした。
「なぁ」
「なんだ可愛いエレナによりつく害虫」
「……」
寄り付かれているのは俺なんだがな…とため息をついて兄の戯言を聞き流し、もう一度話し掛けた。
「……なぜこいつを連れ戻す必要がある? 魔王候補から外れてるのに」
「貴様なぞに教える理由などない!」
「理由次第では手伝いをしてやってもいいが」
「実は親父の心配性が発動したせいで俺達が魔王になる条件の一つにエレナを連れ戻すというのが入ってしまったと教えるか!!」
「大変だなお前」
と、言ったところで気付いた。
「俺達?」
「ということはニアお姉さまとミアお姉さまも私を探してるという事ですか!?」
「そういう事! だから僕と一緒に帰ろうエレナ!!」
「尚更嫌です!」
「ゴハァァ!!」
即答の拒絶に兄は血を吐き出して頭から後ろに倒れ込む。少し観察してみたが、起き上がる様子はない。
俺は少し考えてエレナに先へ進もうと提案しようと視線を向けたところ――再び気絶していた。
「……やれやれ」
こんなんじゃダメだろとため息をついた俺はしょうがなく再び背負い、シュラヌに「さ、行くぞ」と言ってこの場を離れることにした。
「…なんというか、こいつがこんな風に育ったのはある意味奇跡だな」
「……一応現魔王の事を知っているからあまり言いたくはないのだが……まぁそうだな」
シュラヌと並走しながら呟くとそんな返事が。おそらくどう表現したものか分からないのだろう。
縁があるときっぱり言いにくいよな…そんなことを思いながら、俺はこいつが気絶した原因を吐き捨てるようにつぶやいた。
「……ったく。血を見て気絶するのに殺したいだなんてよく言えたなこいつ」
「……まぁ、それには同意するな」
珍しく意見があったなと思いながら、俺達は山を登り始めた。
正式タイトル名:変態が現れた