とりあえず……話聞かせろ
殺人鬼と書いてありますが主人公、それほど頻繁に殺すわけじゃありません。
今更だがこの世界について話をしよう。
この世界は人間界と魔界に区分されたシェリンテという。
その昔人間界と魔界は戦争をしていたそうで、その際に人間側が魔法という力を発見し、劣勢を均衡に立て直したところで一人の人間が魔界を統べる王――即ち魔王と和平を結んだことで終結したという。
お伽噺のようなものだが実際その通りなのだから仕方がない。
で、今俺がいるのはそのシェリンテ:人間界の大陸の右端――魔界につながっている町の近くである。
――――
結局不寝番をしてしまった俺。まぁ起きる様子がなかったためにそのまま起きていただけなのだが……いかんせん眠い。近寄ってくる気配などなかったために眠かった。それだけに尽きる。
暇潰しというのは持っている物でしないといけないという事態は何度経験してもダメだなぁと思いながらフードを脱いでからマントを脱ぎ、顔に取り出した竹筒に入っている水をぶっかける。
このマントは便利だ。適当に雨をしのぐために入った遺跡の奥で見つけた古いものだったが、マントの内側が異空間になっているからかなんでも入った。しかも取り出しも簡単だという。
とんでもなく便利なのでこのままで普通に旅している。旅といっても当てのない旅なのでこうしてここまで来ている。
とりあえずさっさと起きねぇかなと思いながらマントをつけてフードを被り伸びをしていると、「う、うぅ……」と身動ぎしたそいつ。
腕を降ろした俺は今日はどうしたものかと予定を考えつつ徒手空拳の練習をしていると、「あれ? ここは……あ、お師匠様!!」といきなり叫んだ。
「ようやく起きたな。ってか、お前の師匠じゃないからな」
「……あれ? でもどうして?」
「……いきなりぶっ倒れやがったんだろうがテメェがよ」
心配したとかそう言う言葉を飲み込んで俺はそう吐き捨てる。
その言葉を聞いたそいつは「え、そうなんですか?」と真顔で聞き返してきた。
……。原因を自覚してないのだろうか。だとしたら厄介だな。
まぁどちらにせよ厄介な奴だがなと思い直した俺は、マントの内側から干し肉を取り出してそいつに投げる。
そいつは何とかキャッチして「なんですかこれは?」と首を傾げた。
同じのを取り出して噛み千切りながら座った俺は説明した。
「旅には必要なものだ。顎も強くなるがな」
「そうなんですかー。ではいただきまかたっ! 本当に固いですよ!?」
「ああ。だから言ったろ」
「こんなの食べて旅するんですねー。なんか逞しいですね」
「こういうのは野宿の時ぐらいだな。宿に止まったりすれば食事を出してもらえるがな」
「そうなんですか!?」
「お前金持っているのか?」
「……え?」
「なぜそこで驚く」
悪戦苦闘している干し肉を噛むをやめ驚いたので思わず言うと、気まずそうな顔をして答えた。
「私その……あまりお金持ってないんですよ。そういうのはもらったことなかったので」
「…………」
なんだこいつ。一体どんな家から飛び出してきたんだよ。
真っ先に思ったのはそんな感想。次に思ったのは下手に一人にしたらこいつダメだなというもの。
責任感がわいたわけじゃない。客観的に見てこいつはダメだと思っただけ。
容姿も相まって尚更そう思った。
なんというか、とにかく保護欲を掻き立てそうな可愛らしい顔に豊満な胸、女性が羨む適度なくびれに適度に細い脚。
これでドジで天然までついているのだから男にとっては色々な対象になるだろう。俺は興味ないが。
とにもかくにもこれだとさすがに不自由しないだろうなと思える位には納得がいったので、ため息をついてから「まぁそんなのは追々だ。今は、軽い自己紹介をしよう。お前を突き放すのは簡単だが、どうせついてくるんだろ?」と言ってみる。
そう言うと彼女は目を爛々と輝かせて「じゃぁ教えてくれるんですか!?」と近づいてきたのででこを指ではじいて「そんな予定はない」と一蹴する。
露骨に落ち込むそいつに対しこいつ俺に何を教わりたいんだ…? と内心首を傾げながら自己紹介した。
「俺の名前はコール。年は、十は越えたが二十に達してないはず。声の通り男だ。当てもなく旅をしている」
「コールお師匠様ですね!」
「……『コールさん』か『お師匠様』にしてくれ」
「それではお師匠様で!」
「……で、お前は?」
若干話が通じないのもあるのか……本当に面倒だな。
投げやりで話を進めたいがそれをやったら俺にとって不利になること間違いないはずなので、とりあえず聞き洩らしの無い様に――
「私の名前はエレナ・スタンフィール・レジェンディアです! 歳は十四で、兄妹の一番下です! 魔王になれなくなった腹いせに旅を始めようと思った次第です!!」
――――あーこれ、本当に面倒な奴じゃね?
ガードを固めてたのにそれ以上の威力を持った言葉を聞いた俺は、フードの中で目をぱちくりさせてから「ちなみに魔王になれなくなった理由は知ってるのか?」と聞いてみると、「私が力を使えないからっていう理由です! だから人間界に来て学び、お父様たちをぎゃふんと言わせたいんです!!」とご丁寧に目的まで言ってくれた。
俺は少し考えてから未だに干し肉に悪戦苦闘しているそいつ――エレナに訊ねた。
「なぁ。もしお前が王様になれたとして、国民の生活などをどうするつもりだ?」
「……国民の生活、ですかっ!」
「まずは噛み千切ろうと躍起になってるのを止めてこっちの話を聞いてくれ」
そう言うとすぐさまおとなしくなった。干し肉も口から離している。
以外と素直だなと思いながらも、俺は淡々と言った。
「魔界がどうなろうと知ったことじゃないが、お前は施政者として、王として、国という枠組みにいる民の生活などの事をちゃんと考えているのか?」
「???」
「俺もあまり学がある方じゃないから偉そうなことを言えないが、上に立つということは下の奴らに対し何かしらの政策や補助を行っていく。魔界じゃどうなっているのか知らないが、少なくともそれが明確じゃないと人間界では『王様になる』なんて言えない」
「……そうなんですか…………」
急にしおらしくなる。気のせいかとても落ち込んでるみたいだが、俺はどうでもいいので進める。
「力が使えないというのは何かしらの原因がある。みんな使えるものが使えないとか、力を抑えられている、とか。だが王様になるのに力はそれほど必要じゃない。自然となる奴に人が集まっていくだけだ。もっとも、そんな風に王様になれる奴なんて歴史上で数人しかいないって話らしいが」
言うだけ言った俺は立ち上がって伸びをする。そして俯いているそいつに対し「そういや俺の事どうして『お師匠様』なんて呼ぶんだ?」と質問してみたが、反応がない。
「……自分の兄たちを見返したいとか言っていた気がするが?」
「そうなんです! お兄ちゃんたちをぎゃふんと言わせたいんです!!」
余程鬱憤があったのか勢いよく立ち上がってそう叫ぶ。それを見た俺は目をぱちくりとさせてから背を向けて黙って歩き出した。
「って、お師匠様!? 自分から聞いておいて放置ですか!? ひどくないですか!?」
「事情は追々聞いてやる。ついてきたいのならついて来い。俺に言えるのはそれだけだ」
「行きます!」
……はぁ。本当に俺、何やってるんだろうか。
そう思いながら、後ろからついてきているエレナがだいぶ嬉しそうなのを知りつつ魔界に近いと言われている人間界の大陸の右端にある街(見えていないが)に背を向けて歩き出した。
もう本当、事情とかそう言うのは旅の途中で訊けばいいよな、今更だけど。
まだ進まない……ある意味すごい。